【獅子ライ】その咆哮は戦意を喰らう

翼獅子とライオスで悪食王が国を護るため守護獣を模した悪魔の力を羽織るお話。雰囲気でどうぞ。
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かの国は魔物を使役している王が魔物で国を護っている。
そのありもしない噂話は、風に乗りかの国から遠ざかるにつれ継ぎ接ぎだらけの尾鰭が生え、極彩色の御伽噺が夢ではなく真実なのだと語られた。

どれだけ友好的を謳い行動で示そうにも、警戒心を懐疑的な気持ちを不信感を募らす者達がいなくなる事は無い。
水面下で膨らむ増えた無数の刃。理不尽塗れの罵詈雑言を旗に掲げ攻め入る者達の羽より軽い心情。

まだ裏側で誰かの陰謀が張り巡らされいる、そうであればいい、とかの国の王が心痛な面持ちで俯き掠れ声で呟いた。

かの国の周りを跋扈する魔物の壁の一角が崩れた瞬間、烈火の勢いでかの国を滅ぼさん者共がなだれ込んだ。
かの国の国民、そしてかの国と同盟国になった者達が戦う力の無い民を国王を護るべく奮闘す。

王は叫ぶ。自分も戦うと、唾が飛ぶのも気にする余裕なく叫ぶ。国政を共に熟してくれる自分より小柄な頼りになる友人に押さえ付けられても尚叫び続けた。
喉が切れん限り叫び。みっともない姿だとしても這いつくばり前進する。
王の耳に届く轟音と怒号に前線に出ている大事な人達の声の幻聴が耳にこびり付き、此処からでは到底見えない戦いに身を投じる大切な人達の姿の幻覚に歯を強く食いしばり鉄の味が口腔内に広がる。
上から降り注ぐ自分の無力化の要請を頼む友人に王自ら間接を外し骨を折り拘束から脱しようとした矢先──。





見渡す限りの黄金色に染まった草原。
その真ん中に浮島の様に浮かぶ岩の上に翼獅子がその巨体を横たわらせていた。
無気力の色が濃い多眼に呆然としたライオスの姿が映り込む。
嘗て欲を喰らっていた立派な牙が生え並ぶ大口が開く。

『久しぶりだねライオス』
……翼獅子」

強靭な前足を重ね直した上に顎を乗せ目を眇める翼獅子にライオスが真剣な表情になった。

『感動の再会で積もる話に興じたいところだが率直に言おう。私の力を使わないか』
「それでまた俺の欲望を食べるつもりか」
『至極残念な事にもう食べたいという気持ちは私の中にはない。ただ君の中に忌々しく残っている私の欠片が存外この国を眺めるのが楽しいようだ。全く趣味の悪さにため息が出る』
「見返りはなんだ」
『何もいらないよ。強いていうならば、この国を脅かす者達を排除する僅かな時間君の五感を私と共有して欲しい。どうだ破格の取引だろう?』
「俺は”俺”に戻るのだろうな」
『もちろん』
「ならいい」
『・・・私からの提案だが、お前はやはりバカなのか?』

あり得ないものを見るような眼差しを向けられてもライオスは動じなかった。
裏表もない明け透けの瞳。その瞳から逸らさず岩から下りた翼獅子は真っすぐライオスに歩み寄り雄々しい翼を幾重も折り重ねメリニの王を包み覆う。
ライオスの身体が完全に翼で隠される寸前、翼獅子は多眼をやおら閉じ大きさの違う自身の額をライオスの額に擦り付けた。柔らかそうに見えその実其処まで柔らかくない翼獅子の黄金色の毛がライオスの短く色素の薄い金髪の前髪と絡まり合う。





突如、王が抵抗を止め不信を抱き拘束を緩めず顔を覗き込んだ者の褐色の喉奥から短い悲鳴が産まれる。
王の琥珀に宿る悪魔の瞳孔。身の毛がよだつ畏怖が反射的に王の上から身を引いた。
やおら立ち上がりつつ王は魔物だった頃の抜け殻で作られたローブを翻す。ふわり舞うローブがメリニに木霊する慟哭を吸い込んだかのように漆黒に染まり、重力に従い垂れ下がるローブから見えた王の首元から凛々しくおぞましい一対の角が生えていた。
人の姿を保ち魔物と化した王は自身の変化を目の前に翳した手を数度開閉させ、その場にいた大事で大切な者達に変わらない柔和な瞳を向け、ただ一言。

「行ってくる」

王と他の何かが混ざりあった声色を残し、ローブの下から生えた龍の翼をはためかせ窓から生き物が焼ける匂いが立ちのぼる空に飛び立った。
遠目に見える戦場と化した領土を見遣る眼は何処までも辛そうに眇められ、口端から炎の尾が零れては吐き出さぬよう王は飲み込む。
特に苛烈を極める前線には両耳が欠け落ちたエルフを筆頭に国の最高戦力達が懸命に前線がこれ以上押されてはならぬと踏ん張っていた。
肌を撫でる不快な熱と血生臭い風、悲しみと苦しみしか憶えない眼下に広がる光景、鼓膜を震わす破滅の足音に王の心が凪いてく。

刹那、永い眠りから目覚め慈しむ国を今度こそ護ると誓った魔術師と自分の右目と両耳を喰らった悪魔に執着していた嘗て迷宮調査隊の隊長だったエルフが戦闘中にもかかわらず空を仰いだ。

「俺が来たからもう大丈夫」

他にも只ならぬ威圧感に気付いた者達が次々に空を見上げ、臆した者達は身を竦め息を飲み込み震えた。

風に靡くローブが忙しなく動いているのに対して、緩慢な動きで鋭い牙の生えた王が口を開けて行き──。
たった一声、他の大陸まで残響が轟く程の咆哮をした。
不思議な事にその咆哮を聞いた者達は身体的外傷は全く負わず鼓膜一枚破れていない。されど、気圧された攻め入った者達の一部は失神や失禁をしてしまっていた。
そして、誰かの情けない悲鳴を皮切りに蜘蛛の子を散らすようにかの国から撤退していき、かの国には手を出してはいけないと忘れない恐怖を植え付けられ、それを戦場に赴いていない他の者達にばら撒いていった。

後にたったひと吠えで誰も傷付けず戦争を終わらせた王の名が世界中に轟くのだった。












「やっぱりもっと魔物らしくても良かったと思う」
『それ、私以外の前で言わない方がいいと思うぞ』

ライオス渾身の威嚇行為後、糸が切れたように空から落下するのをミスルンが転移術を駆使して落下死を免れたのだが……。ライオスの首元から生えた角が消えるまで、再び燃え盛る復讐の炎が灯る漆黒の眼光で射抜かれ続かれたのは言うまでもなく。なんならシスルとマルシルの元迷宮の主達もライオスの動向を監視続け、やっと元の姿に戻った際、翼獅子に警告された言葉をうっかり関わりの深い者達の前で言ってしまったがためにライオスは皆から滾々とお説教される日々が続くのはまた別のお話。