【カブライ】あなただからですが!?

カブルーとライオスで悪食王とその彼を支えるシアンブルーの瞳を持つ男のお話。ミスライ要素有。
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「ライオス? ライオスならさっき中庭で見たけど。なんかミスルン捉まえて魔物のことを楽しそうに喋ってた。かわいそ、あれ当分の間止まらないパターンね……

ご愁傷様と書かれている顔に手を添え嘆息を吐くマルシルに礼を述べ踵を返し足早に中庭を目指すカブルーの表情は焦燥感に彩られていた。
長い渡り廊下を駆け抜け中庭が見下ろせる窓向こうを見続ける。等間隔で仕切られた窓枠が途切れ途切れ視界を遮る度、宮廷庭師自慢の綺麗に整えられた中庭にいるであろうライオスの姿をシアンブルーの瞳が隈なく探す。
生命力溢れる緑、見目鮮やかな花々の香りが鼻腔を擽り中庭が近い事を知らせる。逸る気持ちが足に伝染して、いつの間にか全力疾走をしていた。
整えた息遣いの方が断然速く走れるというのに、カブルーの呼吸は乱れに乱れ歯を食いしばり──目と鼻の先にいる嬉しそうに談笑に耽る王の横顔を視界に捉えた。
庭木を気にせず突っ切れば近い距離だが、妙に入り組んだ庭園の作りがカブルーの行く手を阻む。額から滲み垂れる汗を拭う余裕すら無く、胸中何度も彼の名前を叫び続けた。



王であるライオスの確認を得なければ進められない執務等々がある。
確かにそれもあるが、直ちにやらなければならないものではない。

あの魔物馬鹿に捉まれば、とことん喋り倒し相手が疎ましい顔をしようとも継続する心配がある。
それもそう。大いにそう。頭が痛くなるくらいの要因のひとつであるが、今回の相手には適応されない。
以前であれば相手も仕事があるのですから自重してください。そんな風に窘める事も、出来ていた。



美しい庭園を見渡すために設けられた小さな広場。その中心に佇む白亜のガゼボの下、この地方の植物が優美に彫り込まれたベンチに隣り合わせで腰掛けている二人の前に踏ん張りが利かず、足元から砂利が滑る音をさせカブルーが立った。
急に現れたカブルーに驚きもせず、ライオスは自分の方に頭を寄せ微睡むミスルンを起こさぬようにと人差し指を口元に当てる仕草が弾んだ息を整えず駆けてきたカブルーの神経を逆撫でる。
「聞けば迷宮調査から帰還してまだ一睡も寝ていないって言うから仮眠してもらっているんだ」
声量を抑え経緯を説明するライオスの眼差しの柔らかさ。それは人に関心をあまり示さない彼が彼にとって親しい間柄の者にしか向けない、いわば感情が宿っている瞳にカブルーの奥歯がギリっと噛み締められた。
「こういうが良くないってのは分かっているけど、調査帰りの彼を見かけてしまい……。つい魔物について是非話を聞きたい気持ちが先走ってしまった」
乾いた笑い声を零し困った表情を浮かべているライオスはカブルーの機微に気付いていない。
褐色の手が固く握りしめられ小刻みに震えているのにも、その肌の色に映える爽やかな水色の瞳が澱んでいるのにも気付いていない。
「(俺がどれだけあなたから”その表情”を向けてもらえるよう今まで努力をしてきたかっ……!!)」
自他共に認める人の懐に入るのが上手いカブルーであってもライオスから”親しい間柄の相手にだけする表情”を向けられるまで苦労の連続だった。食べたくもない魔物食を食べ、深層心理にある気持ちを自覚して、歩み寄り続け漸く彼のパーティメンバーとは違う立ち位置を獲得したというのに。
「(──いくら好きな魔物関連の話が出来るからと言ってそれはあんまりだろ)」
カブルーの脳裏に過る、瞳孔が開き興奮気味に喋り続ける以外の、パッと明るくなった表情で嬉しそうに楽しそうにミスルンに接するライオスの態度に腸が煮えくり返る。
真っ暗な火が燃え盛る心の奥で、もし、魔物関連の知識を今以上に持ちライオスと同じ熱量で語る事が出来たのならばこのような事態を回避出来たのかもしれない、そんな”たられば”の思考が浮かび上がる。

「(つまるところ俺は嫉妬しているのか……)」
自身の抱いた感情の種類が分かればあとは速かった。握りしめていた褐色の手から力を抜いて、カブルーはそっとライオスに向かって手を差し伸べた。
極力不快な表情を崩さず無言を貫けば、差し伸べた手に気付いたライオスが俄かに焦り出す。その「彼はミスルンが疲れているにも関わらず話に付き合わせた事に怒っている」という的外れな勘違いをしているライオスにカブルーは肯定も否定もせず、目を細め極力顰めた低い声でライオスの名前を呼ぶだけにとどめた。
「ま、待ってくれ。折角寝たところなんだ、起こすには忍びない」
「そこに寝かせておけばいいじゃないですか」
寝ているミスルンを起こさぬよう声を抑え眉尻を頼りなく下げて言うライオスにカブルーは淡々と答えた。
「寝かせるたって、誰かが彼を起こさないと、」
「平気ですよ。──どうせすぐ起きます」
……そうか」
言葉を遮り急かしてくるカブルーにライオスは自分に寄り掛かっているミスルンを慎重にベンチへ横たえさせた。しゃがみ込み寝ているミスルンを見ていた眼差しでライオスがカブルーを見上げる。
その琥珀色の瞳にありありと浮かぶ「本当にこのままで大丈夫?」「何か掛ける物持って来た方が良くない?」「それとも背負って彼の部屋に連れて行くか?」の数々をシアンブルーの瞳が冷たく睥睨する。
しこたま飼い主に怒られた飼い犬よろしくしょんぼり顔で差し出され続けているカブルーの手を掴めば、グッと腰を上げさせるべく手を引かれ少しばかり足元を縺れさせつつライオスは立ち上がった。
「ほら、行きますよ」
まだカブルーの機嫌を窺っているライオスの声色には覇気がなく、彼より身長が高いというのに背を丸め上目遣いを崩さないでいる。
そして、これ以上カブルーの機嫌を損ないたくないばっかりにベンチにひとり残してしまったミスルンを気に掛けたい気持ちを押し込み振り返る事も出来なかった。故にカブルーが顔だけ振り返っても彼は不安な面持ちで見詰め返すしか出来ず、カブルーがライオス越しにベンチから起き上がっているミスルンを睨んでいるなんて知る由もなかった。
黒い隻眼に眠気なぞ全く無く、片膝を立て座り遠ざかっていくライオスとカブルーを眺めているミスルンの表情はそこはかとなくつまらそうに見える。
ライオスに見抜かれず騙せた狸寝入りもカブルーには通用しなかった。ただそれだけの事。
声を掛け呼び止める事無く無表情で中庭から去って行く二人が視界から消えた途端、ミスルンは背凭れにポスっと背を預け白い雲が流れていく青空を仰いだ。



中庭が見えないところまでライオスを引っ張って来たカブルーは周囲に人の気配が無いのを確認した上で立ち止まる。意図的に強く握った手を解かず、体ごとライオスと向かい合うように振り返った。
カブルーの瞳を彩る凍てつく炎。端正な顔にありありと浮かぶ憤りの感情。思わずライオスが後退るが、後退った分だけカブルーが前に進み──、気付けば背中に固い壁の感触が伝わりこれ以上後退できないのを彼は知る。
後退っている間も決して外されなかった褐色の手に痛みを感じる程強く握られ始め居たたまれなさが募る。
「(こうなったらさっさと謝った方がいい。でも、怒らせてしまった原因の心当たりが多すぎる……!!)」
ライオスが頭の中で云々唸っている間、カブルーは自分の思いが腹の底から飛び出さないよう抑え込んでいた。
際限なく込み上がる理不尽な要求。あらん限りの声で叫び尤もらしい理由で着飾った馬鹿馬鹿しい一方的な約束を交わさせたい。勢いに流されその場では肯定した、なんて言い訳もさせない。させる気なんて更々ない。
マイヅルから教わった呪術を用いてライオスに魔術紋を刻み込むのも辞さない覚悟がカブルーの目から熱を奪い、底なし沼より深くドロドロした感情がカブルーの手に強く宿りライオスの手を離せないでいる。
「(いっそ今つけてしまおうか)」
握りしめていた手を離さず力だけ弱め互い違いにライオスの指にカブルーは自身の指を絡ませた。
薄く開いた唇から息を吸い、小声でカブルーが詠唱を開始しかけたその時。

ライオスの腹から空腹を知らせる虫が鳴いた。

「(このタイミングで?)」
完全に出鼻を挫かれたカブルーの顔が困惑に染まり、腹が鳴った当人は照れ臭そうに頬を掻き目線を床下に落としている。ただライオスでもカブルーが纏う雰囲気が変に和らいだのを察したので、恥ずかしさで赤らめた目尻をそのままに一つ彼に提案をした。
「その、視察ついでに城下町に行かないか?」
「あなた昼食前に何か腹に入れたいだけでしょ」
ライオスの見え透いた建前にカブルーが鼻で息を吐き、詠唱を再開すべく意識を集中し始めたタイミングで今度は指を絡ませていた手にライオスの開いていた指が折り畳まれる。
加減して握ってくる色素の薄い手の感触にカブルーの瞳が言いがかりよろしく「誤魔化そうったってそうはいかない」とジト目で睨み上げるも、ライオスは神妙な面持ちで見下ろしていた。
「たしかにそれもある。それもあるんだが、腹が減っていると生き物ってのは気が立つ傾向にある。何か食べた方がいいに決まって痛い痛い痛い」
対人戦闘ではライオスより遥かに優れているカブルーが身体にしみ込んだ動きで自分より体格のいい相手の身動きを封じ壁に顔を押し付けさせた。
カブルーの見開いた目に対して窄むシアンブルーの瞳孔。詠唱の代わりに小さく開いた口元からライオスへの小言が途切れず漏れ続けていた。
手首を掴み直したカブルーの手が情け容赦なくライオスの腕を彼の背中に沿ってぎりぎり締め上げ、参った参ったと拘束されていない方のライオスの手が壁を叩く音が周囲に響き渡る。
それでもカブルーが離す気配が無いため、ライオスは壁に顔を押し付けられたまま話し辛そうに口を動かした。
「城下町に新しく出来た料理店が西方大陸の料理を出すらしい。きみの故郷は西方大陸だろ? 一緒に食べに行ってほしいんだっ」
それでおすすめを教えてほしい。何の思惑もない駆け引きもしない、ただひたすらに訴えかけるライオスに馬鹿馬鹿しくなってしまいカブルーが拘束を解いた。
壁から離れ「この程度なら回復魔法使わなくても平気か」と独り言ちつつ痛む箇所を擦るライオスは兎角カブルーを咎めずに何てことないように笑顔で城下町の方を指差しながら歩き出す。まるで一緒に行くのが確定している素振り。それをフッと表情を緩ませたカブルーが慣れた動きでライオスの隣へ足早に駆け寄り相手の歩幅に合わせ歩き始めた。