【ライイヅ】よさそうなの獲ってきた

ライオスとイヅツミで悪食王のもとに時折ふらり訪れる気紛れな猫のお話。どちらかといえば”×”より”+”っぽいです。
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全くもって王の職務とは、こんなにも大変で面倒で気苦労と疲労が絶えないのか。
やれ謁見だ、やれ会食だ。人と接して話をする度にライオスが今まで極力しないようにしていた苦手なものたちが徒党を組んで押し寄せる。国を治める王になった手前、逃亡はしないがやはり人との関わり合いは疲れて仕方ない。
「(やっと近隣諸国との取り決めが終わったと思ったら書類業務……)」
右に置かれた書類の山の天辺から一枚とり内容に目を通し、やたら華美で大きくずっしりとした印鑑を目立つところに均等な力を込め押し付ける。メリニの紋章とライオスのフルネームが繊細に彫り込まれた匠の技が光る一品。
もう一度、判を押し終わった書類を確認して左に置かれた書類の山を高くする。右側の山を崩し左側の山をうず高くする単純作業。とかく黙々と判を押すだけで済むならそれでいい、というかライオスの確認印を押すところまで来た書類一式全てカブルーが目を通しているので正直確認せずとも何ら問題は無い。
彼の仕事っぷりには全幅の信頼を寄せている。彼が平気と言うならば大丈夫。それでも不安になるならヤアドも一緒に呼んで三人で相談すればいい。
「だーっ、疲れたっ」
ライオスが唸り声をあげ机に突っ伏す振動で左右の山が少しばかり揺れた。重たい頭を動かして数枚ほど床に落ちてしまった書類を目で追い、深く溜息を吐きながら椅子を後方に押す。
一枚、二枚、三枚と落ちたものを全て拾っていき半ば投げ捨てる勢いで雑に机の上に撒いたライオスは今日の仕事に目もくれず、ふらふらとデザイン性に富むも実用的であるソファにどっかり腰かけた。先程より低く間延びする言葉にならない疲労感に彩られた声音。重力に引っ張られ少しだけずり落ちる背中。体中を優しく包み込む感触に凝り固まった緊張が弛緩する。
「ちょっとだけ仮眠するか」
ほんの数分だけ。甘い誘惑に琥珀色の瞳が瞼裏に隠される寸前、ライオスの耳が何かの物音を捉えた。
開けられた窓から入り込む風がふわりカーテンを膨らませている。大方風で書類か何かが落ちたのだろう。そう解釈したライオスがぼんやりとした意識を眺めていると、ふわり膨らんでいたカーテンの裏に大きな影を見た。
目を凝らしカーテンが萎むのを待てば、それは勝手気ままに手土産を携え訪れる猫が其処にいた。
「イヅツミっ!」
すっかり疲労と眠気が吹っ飛んだライオスの目が興奮気味に瞬く。猫の目でも分かる程に歓迎ムード全開なライオスに満更でもないイヅツミが窓枠から下り、忌々しくも慣れ親しんでしまった体で足音を立てずに近付いた。
が、距離を縮めるにつれ獲れたてほやほやな小型魔物を瞳孔ガン開き荒い息遣いで名称から生態を早口で話し始めるライオスにイヅツミが苦々しい顔でドン引いた。垂れ下がった獣耳、いーっと引き結ばれた口に眉を顰めては辛抱堪らず手を伸ばすライオスから小型魔物をひょいと持ち上げる。
あからさまにがっかりするライオスにイヅツミの表情が元に戻るを通り越し、何回か小型魔物を上げては下げてをくり返しライオスの反応を愉しんだ。

「この肌触り、この匂い。嗚呼、出来る事なら生きている姿をこの目で見たい」
ライオスの反応を見て遊ぶのに飽きたイヅツミは一国の王から小遣いをせびり早々に帰るかと思いきや軽い音を立て小型魔物を観察しているライオスの隣に腰を下ろした。物珍しさに隣に座るイヅツミを横目で見ていると、大きな目と目が合った。
「なら外に出ればいい」
簡単な事じゃないか。自分が入って来た窓に投げ掛けていた目でライオスを見上げ物言うイヅツミの真っすぐさ。あらゆる角度から観察していた小型魔物をイヅツミが座っていない逆側に置いたライオスが虚空を見上げほんの僅かな寂しさが入り混じった表情で頬を掻いた。
「たしかに迷宮が恋しい。生きている魔物にだって会いたい」
「だったら──」
「だけど、後悔はしていないんだ。それにきみが土産に持ってきてくれる」
細い目を更に細め柔和に微笑むライオスにイヅツミの獣耳と尻尾がピンっと立ち。
「出来るなら今度は生け捕りで持ってきてほしいっ。勿論それ相応の色は付けるっ!」
鼻息荒く言うライオスにしかめっ面になり獣耳も尻尾も垂れた。
こいつは根っからの魔物馬鹿だった。そう改めて思い知ったイヅツミがソファから腰を上げかけた時。

「なによりイヅツミに会えるのはすごく嬉しい」

照れ恥かしいのか、単純に言葉通りの意味なのか。仄かに頬を染め緩く床下を眺めているライオスの横顔にイヅツミはソファに座り直した。
「たとえ小遣い稼ぎで魔物を持ってきてくれているとしても俺は嬉しいんだ」
「(……。私は小遣い稼ぎでライオスのとこに魔物を持ってきているのか?)」
思えばイヅツミ自身、自分がしている行動の意味がよく分からない分かっていない。
魔物から避けられているライオスに見せびらかすために魔物を獲ってきている、のもあるが如何にも釈然としない。それにライオスの言い分にもやっとする。別に小遣い稼ぎのためにわざわざ魔物を獲ってきているわけじゃあない。
言語化し辛い難しい感情が齎す不快感からしなやかな尻尾がシターンッシターンッとソファを叩く。
だが、自分に会えるのはすごく嬉しいと言うライオスの気持ちは悪くない。魔物の生け捕りは面倒だが持ってきてやらなくもない。
イヅツミの獣耳がぴるるっと動き、横に置いていた小型魔物に手を伸ばそうとしていたライオスの膝の上に上半身を乗っけた。
「イヅツミ?」
伸ばしていた手を止め不思議そうに見下ろすライオスの気配を無視してイヅツミは目を閉じ小さく呟いた。
それはそれはそよ風にも攫われるくらい小さなものだったが、ライオスの鼓膜を震わせ彼の目を少しばかり見開かせ細めさせた。
「──嬉しいよ」
引っ掛かれるのを覚悟の上でイヅツミの頭を撫でたが杞憂に終わる。
ライオスの大きな手が優しく柔らかで毛艶の良い黒髪を頭のかたちに沿って撫でるたび、心地よさそうに獣耳がぺたりと倒れ、イヅツミの喉から人ではあまり聞かない声が振動となってライオスの膝上を震わせる。
「(念のためチルチャックに注意された撫で方はやめておこう)」
触りたい欲を堪えたライオスは今でも時々膝上に頭を乗せ甘える妹と同じように頭を撫で続けた。



暫くして聞こえる寝息と温かくなる膝上。規則正しく上下する背中を微笑ましく眺めていれば、扉をノックする音が部屋に響いた。扉向こうの相手に声量を抑え入室許可の言葉を投げかける。
察しが良いのか、静かに開けられた扉の隙間からひょっこりファリンが顔を覗かせていた。
ファリンが両手で持っているトレーをそっと顔付近の高さまで持ち上げる。書類業務の合間に一息吐こう、という彼女の配慮にライオスが口元に弧を描きつつ、人差し指を唇に寄せてから手招いた。
抜き足差し足忍び足。トレーを机の上に置き、今度はソファに近付いていくファリンは寝ているイヅツミの前でしゃがみ込みライオスと同じように優しい手つきでイヅツミの頭を撫でては微笑んだのだった。