ななき
2022-08-27 17:12:04
3578文字
Public 吸死
 

吸血鬼の明け方、退治人の朝

(ドラロナ)添い寝してみたくなっちゃってノータイム実行しちゃった吸血鬼と、夢だと思ってちょっとだけ積極的になった退治人の話

退治人を撫でたい吸血鬼の明け方

最近、新しい習慣ができた。同居する退治人の寝顔を眺めること。そしてその柔らかい銀色の髪を梳いてみること。そうしてやると、ふにゃりと稚く口許を緩めるのがなんとも可愛らしく、幸せな気分になるのだ。

◇◇◇

日が上る直前の澄んだ気配をカーテンの向こうに感じる。日光は天敵だが夜明けの薄青い空気は嫌いじゃない。
そして言い訳をさせてほしい。誰に、と自分で返す。だってこれはさすがに、と思いながらも横臥した身体を起こす気になれない己が可笑しい。
私の目の前、吐息すら感じるほど近くに同居人の寝顔がある。

出来心だ。ソファベッドに伸びる身体が、いつもより端に寄っていたのが悪い。

吸血鬼の1日が終わるこの時間、同居人は既に眠っていることが多い。仕事が長引いたり締切に追われていなければ、だが。その寝顔を眺めて、少しだけ撫でてみることが最近の楽しい習慣だった。
今日も銀糸に指を通そうと身を乗り出して。気づいてしまったのだ。ソファベッドの上、筋肉質な身体の横の余白に。それは丁度、細身の吸血鬼1人分に見えた。
愛しい使い魔は先に寝入ったし、ほかの同居吸血鬼達も同様。誰も私を見ていない。
それで魔が差した。余白に滑り込むことを思いつくまで1秒。実行したくてたまらなくなるまでもう1秒。結果、彼の寝顔を至近距離で眺めている。
睫毛なっがいな。出会ったころより頬の線は丸くなったか。おお、ヒゲが生えている。
目許にかかる銀の房をそっとどかして、そのまま撫でてやる。銀糸がサラサラとして痛んだ様子もないことに満足した。

何をやっているんだろうかと思わなくもない。ゴリラに添い寝して毛並みを堪能しているなんて、指差して爆笑案件だ。自分でも理解できない。

いや嘘だ。理解はとっくにできている。
この暴力に頼りがちでお子様で自己評価が低く馬鹿のつくお人好しでこれ以上なく面白い昼の子に、私は惹かれている。ポンチな騒動と拳と飛び散る塵の騒がしい毎日を、彼ごと愛してしまっている。
おっぱい大好き童貞とどうこうなりたいとまで望みはしないが、この空の瞳をおもうくらいは許されたい。吸血鬼生で極上の宝石も数多見てきたが、そのどれよりも美しい。暗い部屋の中でも良く見える吸血鬼の特性に感謝だ。

うん?『この』、空の瞳?……気づけば焦がれる青が文字通り目と鼻の先で開かれていた。
目が、合っている、ということは。ドッと冷や汗が背を伝う。
彼と自分は同衾するような仲では当然ない。同居の砂おじさんが寝床に潜り込んでいたら、私限定で口より先に手がでるこの男はどうするか。
拳か蹴りか、砂にされるのは確定。まあそれは今更だ、甘受しよう。でも何故と問われたら何と言ってごまかそうか。きみが好きだなどと口が裂けても言うつもりはないのだ。朝日の中、外に放り出されるのだけは嫌だな。

高速で空回る思考とは裏腹に身体は凍りついた私を、彼が静かに見ている。ずいぶんおとなしいが嵐の前のというやつだろうか。いや、少し落ち着いて見やれば、碧眼はとろりとしていて覚醒に程遠い。なんだ、まだおねむか。いいぞ、そのままもう一度眠ってしまえ。これは夢だと忘れてしまえ。
砂になりかけながら文字通り必死に願う私の思考を止めたのは、私の手にそっと重ねられた彼の手だった。分厚くて少しカサついた退治人の手。

掌にすりよるようにされて心臓が跳ねる。張りのある肌。彼の掌が熱い。とろけた視線にも別の熱を勘違いしたくなって内心自分に舌打ちする。その間に掌は、私の腕を伝って肩から項に。するりと指が頸椎をなぞり、後頭部にたどり着いて髪に差し込まれ……おいやめろ、指だけでくすぐるな。それなんかエッチだぞ、あらぬところがソワッとするだろうが。
は、と浅い息が漏れた事で、彼は私の唇の存在に気がついたらしい。熱が頬に移ってくる。太い親指で唇をなぞられて腰が重くなる。思わず身じろぎすれば、赤い舌が唇を湿らせるのが視界に入って、背筋が痺れた。

ああ、まずい。このあと何が起こるか推測できてしまう。彼のためを思うなら、この手を払うべきだと遠くで冷静な自分が叫んでいるが、思考はすでに欲と期待で溶けている。

かすかにソファベッドが軋んで、彼の顔がさらに近くなる。夜明けに溶けそうな瞳が閉じられたと同時に、柔らかなものが唇に押し付けられる。彼の熱。彼の香り。
確かめるように私の唇を数度軽く食んでから、それは離れていった。リップ音すらしない優しい触れ合い。物足りないなんて思う己の浅ましさに脳が煮える。
まだ動かせずにいる私の視線の先では、銀で縁取られた青が満足げに細められている。見る間に、ゆるゆると目蓋がおりて、ふ、とやたらに色気のある吐息がひとつ落ちてきた。……今度こそ眠ったようだ。
じわじわと顔に血が登ってくるのを自覚する。こいつ、どうしてこんな。くそ、ハムカツのくせに。

今のが正気のときにも出来たら、どんなお嬢さんだってきみに恋するぞ。
わかっている。この男が私に口づけなど望むはずはない。微睡みの霧に、好いた誰かの姿を見ていたに違いない。
ああ、今だけは、そんな幸せそうに微笑わないでほしい。どんな夢をみているんだい。