2024-04-30 19:11:15
23712文字
Public 小説(pixiv公開済)
 

レイズ/コール

第4部。Re:valeを取り囲んだマスコミの中にいた、彼らを知るフリーライター。
少しの罪悪感とともに、駆け出しの頃のRe:valeを取材した記憶を思い出す。

名無しの一般人オリジナルキャラクター視点です。恋愛要素はありません。
時間軸は第4部第17章第5話「屋上の音楽」を起点としつつ、回想に同棲時代その他を含みます。

※ファンによる二次創作です。公式及び実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。


 岡崎事務所からリリース情報が配信され、あの日、屋上で奏でられた新曲のタイトルは『Re-raise』だと知った。
 リレイズ――Re-raise。始まりはR。いや、Reか。

 アイドルは、自分自身をベットするような職業と言えるのかもしれない。ベットすればレイズされる。レイズすればリレイズされる。
 彼らは、彼らを賭けて、彼らの人生を生きている。

 ◇     ◇     ◇

 新曲を聴きながら、記事を書き上げた。

 最初は純然たる自己満足の為だけのつもりだった。発表はせずとも、ただ今の自分の力で、納得の行く記事、書きたいと思う記事を書いてみたい、と。
 けれど、メディア側の人間として罵られる覚悟もしながら臨んだインタビューで、思いがけず受け取ったたくさんの言葉に、気持ちは大きく動いていた。
 懐旧とともに、内省とともに、後悔とともに、語られたエピソードの数々。Re:valeを愛し、渦中にある彼らを真摯に気遣う語り手たちの想いに触れて、これは絶対に納得のいくかたちで世に出さねばならないと、そう思ったのだ。

 だが、現状では、マスコミ各社のどこに持っていっても門前払いされるのは目に見えている。誰だって火中の栗は拾いたくないだろう。
 私としても、どこでも良いわけではない。興味本位の大衆に媚びへつらったり、火のないところに煙を立てて煽るだけの媒体には、この記事を預けたくなかった。

 思案しつつ、原稿の仕上げに入る。
 頻出単語の検索、語尾の重複確認。紙ベースでの推敲、人称の最終チェック。記事の末尾に付す追補も漏れのないように作成する。
 こまごまとした作業が終盤に入るころ、最後の、最も大切な確認に取り掛かった。

 岡崎事務所への事前チェック依頼である。

 ×     ×     ×

 業界に知らぬ者のいない辣腕のRe:valeチーフマネージャー、岡崎凛人氏。かつて不採用となった記事の初稿を送った相手でもある。あの日以来、直接連絡を取ることは無かったが、岡崎事務所をドメインとする彼のアドレスは、パソコンの連絡先に今も残ったままになっていた。
 メーラーを起動し、新規メール作成のボタンをクリックする。テキストファイルにした記事を添付し、本文に挨拶と、今回の用件を出来るだけ簡潔に書き連ねていった。
 個人的な動機により、調査報道記事を作成したこと。発表媒体の目処は立っていないが、これをもって完成原稿とするため、内容のチェックをお願いしたいこと。事務所判断において報道を良しとしないのであれば、記事の公開はしないつもりであること。

 祈るような気持ちで、送信ボタンを押した。
 突然の、不躾なメールだ。そのまま迷惑メールフォルダに投げ捨てられてしまうかもしれない。勝手な思い入れで記事を作ったことを呆れられてしまうかもしれない。黙殺される、あるいは怒りを突きつけられる可能性は幾らでもある。その場合は、きっぱりと記事を封印する覚悟を決めていた。


 数日を経て、返信が届いた。
 緊張しつつダブルクリックしようとした指が、件名を見てふと込み上げた笑いの発作のせいで横にぶれ、別のメールを開いてしまう。

 私の送ったメールの件名は『御社所属タレント Re:vale様 調査報道記事作成のご報告』だった。
 いささか長すぎたからだろう。返信メールの件名は一部省略されて、『Re:Re:vale 調査報道記事の件』となっていた。
 Re:Re:vale。リ・リヴァーレ。口のなかで繰り返す。
 さらに私が返信したら、リ・リ・リヴァーレかな。どこか愉快な気持ちになって、メールを開く。

 返信は、謝辞から始まっていた。
 取材及び執筆への労いと、記事への好意的な感想を述べた後、マネージャーの自分が確認した限り、書かれた内容はすべて事実に基づいており、また記事の公開にはなんら問題はないと明快に言い切ってくれた。
 ひとまず安堵し、有り難い感想を噛み締めつつ読み進めて行くと、思いがけないことに、岡崎マネージャーによる発表の場のアイデアが書かれていた。
『個人向けのウェブサービスは如何でしょうか。長文投稿が可能で、かつ画像を入れ込むことが可能な、メディアプラットフォーム風のサービスが適しているのではないかと思いました』
「なるほど……その手があるかあ」
 ひとり頷く。ウェブサービスならば、刷り部数に左右されることも、グループ会社から圧力のかかる心配もない。個人の発信になるが、岡崎事務所の申し出を得たことで、胸を張って公開出来る。
 だが、その続きには、なるほどどころではない、さらに踏み込んだ大胆不敵な提案が書かれていた。
『もしもそういったサービスをご利用になるのでしたら、せっかくですので――
 読んで、頭が理解した瞬間、思わずヒュッと息を吸い込んでいた。
 大丈夫だろうか。これは、火に油を注ぐことになりはしないだろうか。
 迷い、戸惑いつつも、とりいそぎの返信をとボタンを押す。
 件名にRe:Re:Re:valeと入力された作成中メールが立ち上がったのを見て、思わず笑みが零れた。
 リ・リ・リヴァーレ。

 レイズから、リレイズへ。リレイズから、リリレイズへ。
 ――その先は、オールインだ。

 私も、私を賭けて、私の人生を生きよう。

 ◇     ◇     ◇

 校正は自前で行った。見つけた誤字・脱字などを修正し、岡崎事務所に報告をしながら二稿・三稿と重ねたのち、記事の公開へと進む。
 媒体として選んだのは、個人用のメディア風配信サイトだ。SNS、ことにラビッターとの連動に強みを持ち、時宜を得たときの拡散力には目を見張るものがある。
 私の所持しているSNSのアカウントは、残念ながらどれもフォロワー数は三桁がやっとで、拡散は期待できない。けれど、記事をアップしたらすぐに連携しろ、シェアしてやるから、と先輩が約束してくれた。
 先輩のラビッターのフォロワー数はおよそ三千人。人数よりも、ベテランのライターだけあって、中身が濃い。業界関係者がぎゅうぎゅうに詰まっている。
 彼らが私の記事を読んで、どう思うか。ワンクリック、ワンタップ、拡散の手を伸ばしてくれるか。

 テキストは完璧。写真は画像ディレクトリにアップロード済。ページの下部にはひっそりと、けれど記事を最後まで読めば絶対に見落とさない場所に、岡崎事務所の許諾を記す一文を入れてある。
 意を決し、投稿ボタンを押した。
 一本目。
 ……二本目。
 ふたつの記事が並ぶのを見届けて、SNSへの共有リンクをクリックし、ラビッターに投稿する。一分も間を置かず、先輩がシェアしてくれた。
 あとは、見守るだけだ。

 岡崎マネージャーからの提案。それは、かつてお蔵入りとなったあの記事を、メディアサイトに一緒に掲載してはどうか、というものだった。
 付け加えての、破格の申し入れ。
『記事には、当時撮影されたRe:valeのふたりの写真をお使いいただいて構いません。ただし、掲載する写真は予め当事務所に提出し、透かしを入れた上で、記事ページのどこかに岡崎事務所許諾と明記して下さい』

 ×     ×     ×

 スマートフォンがずっと震え続けている。手に取ってホーム画面を見れば、ラビッターの通知バッジは見たこともない数字になっていた。
 記事のアップから、数時間。SNSのトレンドは、Re:valeで――私の書いたRe:valeの記事に出て来る単語で埋め尽くされていた。
 元同級生、ゴレイロ、大学のサッカー部。
 たんぽぽ、児童公園、事故物件。
 二本の記事のどちらも、凄まじい勢いで読まれ、引用され、拡散され続けている。

 ゴシップの検証とも言える記事を、何処の組織にも属さないフリーライターが書いたことが、大きくプラスに作用したらしい。既存の大手メディアの報道に飽いた層に、驚くほど好意的に受け入れられた。
 目につく場所に岡崎事務所の許諾を明記したことで、信頼性と信憑性を担保したのも効果的だった。しかしこれは、下手を打てば諸刃の剣だったろう。事務所の仕込みと取られる可能性を危惧していたし、実際そういった声もいくつか上がっていたが、もう一本の記事がその流れを押しとどめた。
 お蔵入りフォルダから取り出された記事。こちらは、初々しさに溢れるRe:valeのインタビューと、当時のふたりのプライベートを窺わせる貴重なポートレートがファンを喜ばせると同時に、駆け出しライターだった私の文章の青くささと、ブレイク前のRe:valeにかける期待と熱量が業界関係者に説得力をもたらすという、時を経たからこその深みを増した、不思議な味わいの記事となっていた。
 そんな記事を書いたライターが、五年後に、プロの仕事として再度Re:valeを題材とした記事を書いた、と。記事と記事とで、好印象の循環が起こっている。
 岡崎マネージャーの提案は、ここまで計算してのものだったのだろうか。だとしたら少し……いや、かなり、恐ろしい。


 ご用の際はパソコンのメールアドレスへ、と一言の呟きを残して、SNSの通知をすべてオフにする。ふう、とひと息ついてスマートフォンを置き、パソコンへと向き直った。
 ひとつの区切りはついた。気持ちを切り替えて、平常時の仕事のペースに戻さねばならない。
 ここしばらく私的な取材と執筆にかかずらっていたことで、連載用のストックが減ってしまっている。他に単発の仕事や、公開イベントの取材、編プロへの御用聞き。今回の件でクレームやトラブルが発生する可能性も考えて、ペースを取り戻すのみならず、前倒しが出来るものは早めに片付けておきたい。
 仕事の始めにメーラーを確認すると、新着メールがあった。早速なにかが、と身構えつつ差出人を確かめる。
 岡崎マネージャーからだった。件名から察するに、アップした記事を確認したという報告のようだ。トラブルの連絡ではなくて、ほっとする。
 それにしても、律儀な人だ。記事を上げる前にも報告はしているのに。と、少しだけ不思議に思いつつ、メールを開いた。

 上げていただいた記事の文章、写真、許諾表示、すべて確認しました、何ら問題ありません、という事務的な報告。問題が発生した場合には遅滞なく、遠慮なくご連絡下さい、連携を密にしましょう、という念押し。
 その後に、さりげなくくっつけるようにして、ふたりからの伝言があります、との一文があった。
 何のふたりとも、誰とも、書いていない。書かれていないけれど。
 おそるおそる、スクロールする。

『記事にしてくれて、ありがとう。
 話を聞きに行ってくれて、ありがとう。
 次にオレのことを書くときには、先に企画を持ち込んでよね。協力したいから!』

 文末にくっつけられた賑やかな顔文字は、岡崎マネージャーが入力したのだろうか。ここだけキーボードを明け渡したのだろうか。
 ぐ、と目の奥に何かが込み上げてきた。何度も目を瞬かせながら、さらにスクロールをする。

『記事にしないでくれて、ありがとう。
 次に僕のことを書くときがあれば、話を聞きにきて。』

――ありがとう、なんて」
 彼らは、察しているのだろう。
 私が、書くべきと決めて、記事にしたもの。書くべきではないと定めて、記事にしなかったもの。あえて、手を触れなかったことを。
 けれど。

『次にオレのことを書くときには、』
『次に僕のことを書くときがあれば、』

 書いても、良いのだろうか。
 私に書けるだろうか。「彼ら」と「彼」の物語が。

 長く考え込んでしまった末に、ふと、苦笑する。
 いずれにせよ私の自己満足だ。ならば、今回のように、あてもなく書いてしまえばいい。少しずつ少しずつ、紡いでいくうち、企画として彼らの目を通し、読んでもらえる日が来るかもしれない。来ないかもしれない。
 どちらだっていい。
 またいつか、Re:valeの物語を始めよう。
 誰だって、何度だって、始められる物語。

 そう。たとえば、書き出しはこんなふうにしよう。少しばかりセンチメンタルすぎたっていい。
 あの公園の、あの屋上の、青い空を思い出しながら、破れた夢を繕うように、大切に書き綴っていこう。

 ◇     ◇     ◇

 その日の空はよく晴れて、柔らかな風が吹いていた。
 響きあう歌声、鳴りあう金管楽器の音。
 白い雲がかすかにたなびく中、音楽は、無限に天上へと駆け昇っていく。

 永遠が見えるような青空だった。



〈Fin〉