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沁月
Public
ウ教×ハ♀ 相思相愛 読み切り
愛おし、ケの日
MHRウ教×ハ♀。相思相愛かつ夫婦関係。
微妙に本編ネタバレあり。
2023年の『いい夫婦』の日ネタ。
何気ない、何もない、ごくごく普通の幸せな日。
1
2
次の日は、いつもよりゆっくりとした、いつもの朝よりほんの少しだけ、遅めの時間。
そんな時間に、先に起きたのはウツシ。
数分の差で娘も起床し、二人は互いに笑顔で「おはよう」「おはようございます」と、いつも通りに挨拶を交わした。
平凡で、平穏な朝。
布団をあげて、炊事場に夫婦で並んで、朝食を作る。
時間に追われていないだけで特別感に満ちていく、至福以外の何物でもない『いつも通り』の朝。
娘がふと壁掛けの
暦
こよみ
を見ると、11月の22日。
卵焼きを焼いた後、彼女のおにぎりを握る手は、その暦の数字の力でふと止まった。
「もうこんな時期
……
年末近いんですね。早いなぁ」
「本当にそうだね、今年もお互い無事なことに感謝しよう。
……
よし、お味噌汁できたよー」
「ありがとうございます、こちらもできました。おにぎりの具は鮭が良いんですよね?」
「うん! 今日は鮭気分でね! あ、向こうの用意しとくね!」
「はい、よろしくお願いします」
向こうの用意、はウツシの毎朝の定番の言葉。
就寝中は別所に置いてあった
卓袱台
ちゃぶだい
を、彼は慣れた様子で畳の間に運び入れる。
その上に、娘が朝食たちを並べていった。
海苔つき三角おにぎりが三つ乗った皿。
豆腐の味噌汁に湯気立つ椀。
鮮やかな卵焼き。
全てが、それぞれ二人分。
時間差で、夫婦が普段の定位置に座った。
寄り添い過ぎない、互いの顔がよく見える位置。
いつものように卓上を見たウツシの目が、幼子のようにきらきらと光を散らして輝く。
「今日も朝から一緒にご馳走、嬉しいなぁ! それじゃ、いただきまーす!」
「はい、いただきます」
共に手を合わせ、食卓を囲む平凡な幸せ。
美味しそうに、口いっぱいにおにぎりを頬張って、ごくん、と喉を鳴らしてから、ウツシが味噌汁もすすり始める。
そんな愛しい夫を見つめる娘の眼差しは、春陽のように優しく、穏やかだった。
今日は、時間の縛りはない。
お互いに気の向くまま、ゆっくり一緒に過ごすことができる。
食事を進めながら重なる会話は他愛のないもので、下らないことで笑い合える。
皿や椀が空になっても、その時間はゆったりと続いた。
「それで、ミノトさんの描いてくれた絵が最高でさ! でも、ハハハ、褒めたのに、凄く怒られちゃって」
「ふふ、照れ隠しですよ。ミノトさんらしいかも。
……
あ、そろそろお茶淹れましょうか」
「ありがとう! じゃあ俺はお皿を片付けるよ」
「あ、すみません。ありがとうございます」
「いいんだよ。今日はすごくのんびりで
……
何か、良いね?」
「ふふ、ですね。すごく、嬉しいです」
「うん
……
! 俺も!」
また、笑い合って。
それからすぐに、それぞれの目的をもって卓袱台に手をつき立ち上がった夫婦が、炊事場に向かう。
ウツシが片付けを。
娘は急須に茶葉と湯を。
どちらも慣れた様子の、日常動作。
茶葉は「賞味期限が危ないから助けてほしい」とヨモギから分けてもらった、茶屋の特注品。
湯呑みはウツシが
碧色
へきしょく
、娘が桜色。
シンプルなぼかしの色味に、金色の小さな桜の花びらが散りばめられたデザイン。
結婚祝いにもらった品だ。
夫婦ですっかり愛用している。
先に卓袱台に戻ったウツシが、炊事場で茶を淹れる娘の背に「あっ」と思い出したように声をかけた。
「そういえば俺、昨日の帰りに羊羹を買ったんだった!」
「あら、そうだったんですか?」
「うん! オテマエさんの新作! そこの炊事場の棚に置いちゃった」
「ありがとうございます。羊羹
……
良いですね、お茶と一緒に頂きましょうか」
上機嫌に棚から羊羹を取り出し、炊事場の調理台にて切り分け始めた娘。
刹那、彼女は「あっ!」と数分前のウツシのように、いや、彼よりも高らかな声をあげた。
そわそわした様子で、先に彼用に切り分けた羊羹の乗った小皿を持って、卓袱台に小走りで戻ってくる。
そんな妻の姿も、ウツシの目には愛おしい。
「ウツシ教官! 見て下さい、この羊羹!」
「え?」
「綺麗なんです、見て! ほら、桜!」
慌てた様子で「見て!」と改めて告げる娘の手の、皿の上。
そこにあったのは、鮮やかな一輪の
桜花
おうか
とその花びらを
象
かたど
った、まるで芸術品のように美しい断面の羊羹。
予想外の景色を見たウツシもまた「わあ!」と素直に驚きながら、微笑んだ。
「これは
……
凄いね!? 綺麗だな、こんな風になってるなんて知らずに買ってたよ!」
「食べるの勿体なくなっちゃいますね!
……
あっ、今お茶をお持ちします!」
再び炊事場から娘がウツシの湯呑みを、そして自分用の羊羹と湯呑みも順に持って、卓袱台へと戻ってくる。
「はーい、お茶です。お待たせしました」
「ありがとう、俺の可愛い妻よ」
「!
……
うぅ
……
! 全く、もう!」
改めて言われて、意識しないはずもなく。
愛する夫の言葉に、娘が頬を上気させて苦笑しながら、卓袱台の定位置に戻り座る。
自分はこの人の『妻』なのだと。
そう意識するだけで、彼女の心は、何にも代え難い至福で温かく満たされた。
二人はまた「いただきます!」と元気に声を揃えて、手を合わせる。
ウツシが木製の
菓子切
かしきり
を手に、羊羹の断面をしげしげと眺めながら、ちらりと娘の方を見た。
彼女は珍しい羊羹にきらきらと瞳を輝かせ、色々な角度から興味深そうに覗き込んでいる。
その様子を見られただけでも『買って良かった』と、ウツシの心は食べる前から満たされていった。
「凄いよね。キレイな羊羹だね、愛弟子」
「さすがオテマエさんです、とっても美味しそうですし」
「最近、観光客向けのお土産の試作品を作ってるみたいでね。闘技大会の受付がヒマだと、色々味見をさせてもらえることがあるんだよ」
「えー、そんな良いことあるんですか? 今度から集会所の茶屋で休憩しようかなぁ」
「ハハハ、キミはまだエルガドに行くこともあるだろう? 機会を見て、またちゃんと買って来るよ」
「約束、ですよ? ふふ、じゃあ安心してこの羊羹食べますね」
美しい桜の羊羹を勿体なさそうに見ていた娘だが、程なくして菓子切で分け、ぱくん、と一口。
彼女の小さな口からは、すぐに「んー!」と幸せの声が零れて、広がっていった。
満足げに、優しく見つめてくるウツシの眼差しを心地良く感じながら、娘は羊羹と共に、優しい甘さの平穏を噛み締める。
いつも
忙
せわ
しなく、あっという間に流れていく時間。
こんなにゆったり流れることもあるのかと、妙に新鮮な心地でもある。
「
……
ね、ウツシきょうか
……
。
……
あなた」
「
――
んぐふッ!?」
思いも寄らぬ、妻の不意打ち。
口に入れていた羊羹を吹き飛ばしそうな勢いで、ウツシが「げほっ!」と不自然にむせた。
茶どころか羊羹を噴きそうになる不覚を恥じつつ、彼は流れるように湯呑みを掴んで中身を傾ける。
その後、自分自身を整えるように「ふーっ
……
!」と息を吐いた。
「な、な、何だい? ど、どうしたの急に」
「
……
初めてじゃないですよね? あなた、って呼ぶの」
「そ、そそ、そうだけど
……
! と、突然は、ず、ずず、ずるいよ
……
!」
耳まで赤くしたウツシの、初恋の少年の如き
初心
うぶ
な様子がおかしくて、愛おしくて、娘が思わず笑みを零す。
昔から不変の、彼の愛くるしい純粋さ。
娘は卓袱台からじっと真っ直ぐウツシを見つめ、その視線を浴びる彼の顔はますます赤くなった。
「ど、どうしたの? お、俺の顔、何か変?」
「まさか。
……
私たち、夫婦なんですよね?」
「う、ん
……
そうだね」
「
……
何だか、この時間が夢みたいです。お互い毎日狩場に出たりしてるからですかね」
「
…
俺も、夢みたいだよ。妻になったキミにお茶なんて淹れてもらって、一緒におやつを食べたりできて」
「ただ一緒に居られて、特別なことが何もないっていうのは
……
すっごく幸せなことですね」
「ああ、そうだね。
……
全く、その通りだ」
愛する人と共に居られる、穏やかで平凡な、命の危機から遠く離れたありふれた日。
狩猟の日々に身を置く自分たちには、あまりに貴重で愛おしい時間。
二人は見つめ合い、笑みを交わしながらそんなことを再認識する。
夫婦共に羊羹を食べる手が止まった頃、ふと、玄関の空気がゆらりと動く。
先に気付いたウツシが「ん?」と視線を玄関に向けると、
玄関引戸
げんかんひきど
が何の挨拶も前触れもなく、静かに開かれている途中だった。
「あれ!? な、何してるんだいヒノエさん!?」
「
――
あらあら、気付かれてしまいましたか。さすがはウツシ教官」
慌てた様子で立ち上がり、玄関付近の上がり
框
かまち
に向かうウツシと、まるで自宅のような様子で、ノックも挨拶もなく気配を殺して入って来たヒノエ。
娘はそんな二人に慣れた様子で、ウツシに続いて立ち上がり、彼の隣に立った。
「ヒノエさん? あはは、相変わらずですね。こんにちは」
土間に立ったヒノエは並び立った夫婦に向けて、悪びれた様子もなく微笑む。
「うふふ、こんにちは。差し入れに来たのですが
……
お邪魔してしまいましたね」
「え? 差し入れ?」
ウツシが呟き、夫婦が顔を見合わせて首を傾げると、ヒノエが両手で小さな風呂敷を差し出す。
目を引く
黄蘗色
きはだいろ
に、何やら植物が描かれたもの。
「こちらはヨモギちゃんの茶屋の、『本日限定』のうさ団子です。お二人にぴったりかと思いまして。さあさあ、どうぞ」
「な、なぁんだ、そうだったんだ
……
わざわざありがとう、ヒノエさん」
笑顔で風呂敷を両手で受け取ったウツシの隣で、娘も「ありがとうございます!」とヒノエに笑いかける。
彼女は「いいえ」と不変の陽光の笑みを浮かべながら、二人をそれぞれ交互に
一瞥
いちべつ
し、静かに、一歩退いた。
「それでは、私はこれで」
「え、もう? 少し上がってお茶くらい飲んで行っても
……
」
「うふふ
……
ありがとうございます、ウツシ教官。お気持ちはありがたく頂戴致します、が、まだお仕事もありますので」
「そうかい? それなら無理は言わないけれど
……
本当にありがとう、ヒノエさん」
「いえいえ、とんでもありません。あ、お見送りもこちらまでで」
改めて小さく頭を下げてから、ヒノエが言葉通り、さっさと
踵
きびす
を返して玄関引戸に向かう。
去り際、彼女はとても嬉しそうに瞳を輝かせ、ウツシと娘の方に振り返った。
「お二人の仲がよろしくて
……
ヒノエは、本当に嬉しいですよ。大きなお世話かもしれませんが、どうかこれからも末永く、素敵なおしどり夫婦で居てくださいね」
「もちろん! これからも仲良くしようね! 愛弟子!」
「も、もう、ウツシ教官ッ
……
」
娘は、人前だとどうしても照れが出る。
師の溺愛に振り回される愛弟子でいる方が楽になってしまう。
そのため、素直に『夫を愛する妻』になることができないのだが、その照れは、深い想いの表れ。
全て見透かすような笑顔を浮かべて、ヒノエは「それでは失礼します」と、静かに去って行った。
戸が完全に閉まってから、ヒノエからの風呂敷を受け取ったウツシは娘と顔を見合わせ、二人で一旦卓袱台の定位置に戻っていく。
「それ、限定うさ団子ってヒノエさん言ってましたよね。私と教官にぴったりって、どういう意味なんでしょう?」
「見たら分かるかな? 早速開けてみようか!」
ウツシが卓袱台の上で、手早く風呂敷を開いていく。
風呂敷の柄は、立派な菩提樹の絵柄。
その中には、団子を包んでいる竹皮の袋。
それらを見て、彼は何か察したように口角を上げ、竹皮も開いた。
刹那、羊羹を見た時と同じように、もしかしたらそれ以上に輝く、娘の瞳。
「わあぁあ、かわいいー!」
竹皮の中には、白と桜色を基調にした一串と、白と薄緑を基調した一串が寄り添うように並んでいた。
色合いとゴマを用いた目の付け方から察するに、対になっているようだ。
大きさは、通常のうさ団子よりも大きい。
「美味しそうだし、綺麗な色!
夫婦箸
めおとはし
ならぬ
夫婦串
めおとくし
みたいです! 早速いただきましょうよ、教官!」
「そうだね、今食べるのが一番美味しいだろうし」
「冷めちゃいましたし、お茶を淹れ直して来ますね」
「ありがとう、さすが俺の妻だなあ。本当に気が
利
き
くね」
「!? んぐっ
……
!も、もう! 突然はずるい!」
先程のウツシと同じことを言いながら、娘は林檎のように真っ赤に照れて苦笑しつつ、ウツシと自分、二つの湯呑みを持って炊事場に戻っていく。
その間、ふとウツシは壁掛けの暦を見やってから、卓袱台の上の菩提樹柄の風呂敷に視線を移し、柔らかに微笑んだ。
「
……
ねえ、愛弟子。ちなみにさ。キミは今日が何の日か、知ってるかい?」
「え? 11月の22日、ですか?」
「うんうん、そう。知ってる?」
「うーん
………
」
湯気立つ湯呑みが二つ並んだ盆を両手で持ち、炊事場から娘が唸りながら戻ってくる。
定位置に座り、ウツシの前に湯呑みを置きながら「あっ!」と彼女は笑顔を灯した。
「今日って季節の変わり目ですよ、
小雪
しょうせつ
!」
当たりでしょう、と言わんばかりの娘の笑顔。
どこか誇らしげにも見えるその笑顔を見て、ウツシは声を上げて笑いたい衝動を抑えながら、双眸を愛しげに細める。
「そうだね、確かに季節の変わり目だ。
……
本格的に寒くなってくるから、体に気を付けるんだよ? 可愛い我が妻よ」
「うぅっ
……
! き、教官も、ですよ? あんまり無理しちゃ、嫌ですからね
……
?」
「ああ、分かってる。キミを悲しませることは、しないよ」
瞳に凛と光を宿し、ウツシがふと姿勢を直して、娘の方に手を伸ばした。
これだけ『夫婦』という言葉に囲まれていても、今日という日が分からない愛しい妻。
ウツシがその頭を軽く撫でると、彼女は幸せそうに目を細める。
「
……
ね、ね。いただきませんか?うさ団子」
「ああ
……
そうだね。夫婦串なら、緑がきっと俺の分だよね?」
「きっとそうです。あ、緑のところの一口ください、私の桜色のをあげますから」
「ハハハ、いいよ。じゃあ、どんな味か言わないでおこうっと」
「私も言わないでおきます! 予想しておこうっと、抹茶とかかなあ
……
」
「どうかな?ずんだかもしれないよ?」
「あー、それもありますね。どっちかな
……
考えておきます!」
悪戯っぽく微笑みながら、まるで
杯
さかずき
を交わすように、娘がウツシの持つうさ団子に、自分のうさ団子を軽く触れ合わせる。
夫婦が共に「いただきます!」とまた律儀に声をあげ、同時に幸せそうに団子にかぶりついた。
最上部はどちらの串も白団子。
一口団子を頬張った二人は、たちまち晴れやかな笑顔を交わし合う。
「おいしーい! おいしいですね、教官! お上品なお味! 最高ですね!」
「うん、美味しいね! 家で食べるうさ団子、何だか落ち着くなぁ」
「羊羹も最高ですよ。交互にゆっくり食べようっと!」
「俺も。こんなに豪華なキミと一緒のおやつ時間は、ゆっくり楽しまないとね」
「はい! そうです、一緒ですものね!」
卓袱台の定位置に座った夫婦が、同時に視線を交わし合い、またのんびりと他愛のない会話と笑顔を交わし始める。
平凡な日。
何気ない休日。
何もない幸運日。
羊羹にうさ団子、甘い和菓子に囲まれた11月の22日。
ふと、団子を堪能するウツシの視線が、卓袱台上の風呂敷に向けられる。
夫の視線の動きに気付き、もぐもぐと口を動かしながら、ふと娘も風呂敷の図柄を一瞥した。
菩提樹の絵柄は確かな存在感を放ち、おおらかに夫婦の時間を見守っている。
そんな中で、ウツシと娘が同時に、団子の二口目にかぶりつく。
夫婦の口いっぱいに、いつまでも続いて欲しいと願って止まない、ほんのりとした優しい甘さが広がった。
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@acadine
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