出口
2024-04-21 13:03:04
11496文字
Public 呪専パロ(五悠)
 

「催花雨の帳」

任務先で雨に足止めを食らった話。
悟→→→悠
※呪専パロ
※催花雨は春の季語ですが、これは夏の話です。
※既刊「パ-ティーがはじまる」収録作品の再録。

その日の任務は地方都市の、そのまた郊外。つまりド田舎の山ン中にある寂れた集落の空き家にあてがわれた。
地元では『■■の家』みたいな曰くつきの名前を冠された、ネームド廃墟。いわゆるホラースポット。確かに放置され廃墟になったそこは事故物件ではあったけれど、過去にどこにでもあるような悲劇の現場だったってだけ。
わざわざ俺が派遣されることになるくらい厄介な呪霊が巣食ったのは、主に後から追加された怪談話のせいだ。

インターネットの掲示板で流行ったらしく、今回の話の拡がりはいっそ異常だった。連れて来ていた後輩も、ネットの噂は知っていたようでテンション上げるから、
「ざけんな、そーいうのが厄介な呪霊を沸かせんだよ」
話を面倒くさくややこしくさせるのはいつだって無知なパンピーだけど、俺たち呪術師にとっちゃそこんとこは基本だろ? って言ってやったら、悠仁は「ごめんなさい」って言って、シュンと肩を落としてしまった。
強く言い過ぎたかもって思うけど、きっと他のヤツ相手でも同じように言ってた。だけどさっきまで分かりやすくワクワクしていた悠仁がしょぼくれんの素直すぎて、いつもは留守にしている罪悪感みたいなものが胸の中モヤモヤさせた。
虎杖悠仁はいつだって俺の調子を狂わせる。

どんなにややこしく厄介な案件だって、最強な俺にかかれば瞬殺で終わる。今日は後輩指導も兼ねていたから悠仁に任せたのにある程度時間も要したけど、それでも補助監督の車が迎えに戻る予定時間よりはずっと早く討伐を終えた。



帳を解いて、悠仁と一緒に近くの電話ボックスへ向かい歩く。
夏の日差しは強くて喉も渇くが、自販機は見当たらない。
ケータイの電波は一応入っているはずなのに何度かけても繋がらない上に、何件か送ったメッセージにも既読がつかないのにイラ立ち、ここへ来るまでに悠仁が見つけていた電話ボックスまで戻ったって訳。

山のあちらに白い雲が立ち上っているのは夏空って感じで、親の仇がごとくやかましく鳴き続ける蝉の声がうるさい。一応県道ってことになってる道路だが1台も車が通り過ぎることなく、日の1番高いこの時間には畑にも田んぼにも人影がない。あるのは、アスファルトに色濃く落ちる俺たちの影くらいだ。
都内に比べれば幾らか涼しい土地柄とはいえ夏の日差し。暑さに参った俺と悠仁は制服の上着のボタンを開け放し、じっとりと汗をかく。

そうして逃げる陰もない焼けたアスファルトの上を5分ほど歩き、ようやく電話ボックスへたどり着いた。

電話ボックスは屋根はあってもガラスに囲まれた半畳にも満たないブースのようなものだから、日光をまともに通すどころか温室状態でクソ暑い、いや熱い。
そもそもタッパある俺としてはドアを開け放って入らないと、ボックス内なんて狭すぎる。
「オマエ、小銭持ってる?」
電子マネーならあるけど大して小銭は持っていない俺は、財布を見たけど札と五百円玉しかなかった。この手の公衆電話は五百円玉なんて使えない。
「んーと、あっ、百円玉しかない!」
悠仁は言うけれど、百円なんてケータイ宛にかけたらあっという間に終わる。だけどこれで何とかするしかないと手のひらを出した俺に、悠仁が摘まんだ百円玉を差し出す。そしてそれが俺の手に触れる直前、ビクッ――と俺の手は震え白銀色の硬貨を取りこぼした。

「アッ!」
反応が早かったのは悠仁で、軽い傾斜になっていたらしいアスファルト上を、縦になった硬貨が転がった。
県道とはいえ田舎道の凸凹した道のことだから直ぐに止まったが、道の中ほどまで追いかけた悠仁がそれを拾いあげた時、ザアッ!! と一気に降り落ちて来た滝のような雫に目の前は真っ白になった。

――へっ?」
一拍遅れて反応する悠仁の声と、慌てたよう飛び込んでくる体。俺を電話ボックスの奥へ押し込めながら、アフッ! と息継ぎするよう覗かせた顔は、既にびしょ濡れだった。
ア然として悠仁を見返したのはほんの数秒。この数歩でここまでびしょびしょになり、情けない顔した悠仁に俺は堪えきれず笑い出す。
俺もボックスから片足出してはいたけれど、元々無下限呪術で弾いているから、濡れていない。押し込んで来る悠仁が濡れネズミでも、やはり水気までは吸い取らない。
「せ、先輩濡れないなら外出ててよ!!」
自分の不運を腹を抱え笑う男にムッとしたよう、悠仁は俺を見上げてくる。

「ははは…………
見上げられ笑いが途切れたのは、思いがけず近かった顔に戸惑ったから。戸惑うどころか息を飲み、ほんの背丈の距離くらいしか離れていない悠仁を見下ろしたまま動けない。
「近い」
胸なんてくっつきそうな距離で言う俺に、
「し、仕方ないじゃん! 狭いしここしか逃げ場ねーもの!」
そんなこと言われても困る、って落とす悠仁の眉尻まで近い。叩きつけるような豪雨がボックスの外の視界を真っ白にしている。傾斜のあるアスファルトは小川のように流れが出来て、当分はここから出るのが難しいことを告げていた。
なのにギュッと更に押し込まれ、電話ボックスのガラス扉が閉まった。雨は降っているがボックス内の温度は下がっておらず、更に湿度までもが上がってじわりと汗がにじむ。

ドアが閉まったことで僅かに空間に余裕が出来、戸にもたれかかった悠仁が少しだけ離れる。それでも狭いボックス内で、俺と悠仁の足の間にお互いの足が伸びる先は交差していた。
「ふはっ!」
一度むくれた顔をして見せた悠仁が噴き出すよう笑うのを見下ろすと、雨水でぺったりと張り付いた前髪の向こうの眉が楽し気に上がり、
「服のままプールに飛び込んだみてえ! もしかしたらパンツまで濡れたかも~」
笑いながらも張り付いて不快なのか、制服のズボンを摘まみ上げている。悠仁はこの下にトレンカも穿いているようだから、ますます不快なのだろう。
「先輩のそれズルい!」
言う悠仁の目は、それでも俺のことスゲェって言っていて、くすぐったいような視線から目をそらした俺は、
「それって言うな、天才の御業だぞ?」
無下限のこと言われてるの分かってたから、尊大に言ってやった。

「俺かけよっか?」
悠仁は体をよじるよう動かして、公衆電話の方に寄ると、俺が受話器を持ち上げるのを待ってから、さっき拾い上げた百円玉をコイン投入口へ入れた。そして、役に立たないケータイの画面を見ながら補助監督のケータイ番号の11桁を押すと、受話器を耳に当ててる俺の方窺うように見上げてる。
俺は何となく視線を合わせていられなくなり、サングラスの奥で低い天井を見上げた。ガススタなんかにある自動車洗浄機の中に居るみたいに、雨はガラスの箱を外から叩いてうるさい。湿度のせいか息苦しくて、補助監督が応答するまでの時間を異様に長いものに感じた。

小銭も無いことだし、応答した補助監督には必要最低限の連絡をしただけだった。
任務は無事に完了したこと。山深すぎてケータイの電波が不安定なこと。雨が激しく身動きがとれそうもないこと。そして相手方も降りの激しい雨に阻まれて、すぐには迎えに来れそうもないという返答。それでも出来るだけ迅速に迎えに来るよう努めるということ。
結局最後は音が途切れて、ため息と共に受話器を下した。
相変わらず俺の方窺っている悠仁に、
「しばらく足止め」
言うと、やっぱり? 仕方ねえなって顔で笑った。

ガラスのボックス内は、何時の間にか湿度と俺たちの体温に曇っていた。俺のサングラスも曇ってきたから外してポケットに突っ込むと、悠仁の視線がまた興味深そうに見上げて来る。
人に顔ジロジロ見られんの好きじゃないけど、慣れてもいた。人は隠そうとするものを見たがるし、かといって好奇心を惹く見た目をしてると見せたら見せたで視線は離れていかない。
だから今度は真っ向から見返してやると、口角を上げた悠仁にニコリと笑みを向けられた。大抵のやつは俺の視線が強すぎるとあちらから目をそらすのに、悠仁にはそれがない。それどころか、
「やっぱ先輩の目ってキレイだよな! 俺、五条先輩の目の色すげぇ好き!」
躊躇いもなく褒めて、好きと言う。覗き込んで来る視線に耐え切れずそらすのはいつだって俺の方だ。
俺の目は六眼という特殊なもので、日本人には珍しく見える色素をキレイと言われるのも聞きなれていたけど。だけど本当にキレイな目ってのは、悠仁のようにまだ汚いものを映していない、素直な感情をそのまま乗せられる瞳をいうのだと思う。
その危ういほどに真っ直ぐな瞳に覗き込まれると、俺なんかは直視に耐えられなくなる。

「クソ暑ぃな」
当たり前のことを口にして、曇ったガラスを見つめて。手を伸ばし拭ってみたらその部分だけ少しクリアになるが、滝のように流れる雨水に結局視界は阻まれている。
足元少しだけ空いている隙間から雨が吹き込んでいるのが気になるのか、悠仁の視線は下を見始めて、俺はやっとそっぽを向くのをやめ、彼のつむじを見下ろす。そして短く刈り上げた襟足ととその奥に伸びる頸骨の隆起、制服の下に着たパーカーの広い襟口から、背中へと続くラインを覗き込むよう見下ろした。





俺と虎杖悠仁が出会ったのは、ほんの2ヶ月ほど前。

後輩の伏黒恵から、両面宿儺の指を飲み込んだバカタレ一般人がいると救援要請を受け、仙台くんだりの普通科高校まで俺と傑は駆け付けた。
恵に課された任務は、特級呪物『両面宿儺の指』の回収で。事前調査は終えていたはずの現地に件の呪物が認められなかったことから、1人では手に余ると――悠仁が指を飲み込むつま先一歩手前ごろには、俺らが現地へ向かう指令を受けていた。

結局、悠仁が『両面宿儺の指』を飲み込む前に到着出来なかったのは、俺が仙台駅で閉まりかけの店舗に飛び込み喜久福を購入していたから。アレがなければ恐らくは、宿儺の指に集まる呪霊程度簡単に一掃してやっていたし、悠仁が指を飲み込むこともなかった。
でもな、普通想像つかねえだろ? 特級呪物、それも猛毒の両面宿儺の指を飲み込むヤツが、しかも一般の男子高校生がいるとか!? 俺も少しは悪かったと思うけど、俺だけが悪かったとも思わない。傑だってそこまで強く止めなかった。
全て、誰にも想定外だったんだ。

そしてそれがなければ、俺と悠仁はあの時ほんの一瞬すれ違っただけで、そのあと呪術高専の先輩後輩になることもなければ、俺が悠仁にハマることもなかった。

そう俺は、虎杖悠仁にハマっている。



仙台で悠仁に出会ってその直後には、
「悠仁とヤリてぇ~」
俺は教室の窓から見かけた悠仁を、そんな目で汚してた。
「後輩に手を出すのはやめなさい」
傍で聞いてた傑に、忠告でもアドバイスでもなく命令された。
うるせぇ、オメーは俺のカーチャンか。
つーか、別に手は出しちゃいないんだよ、まだ。

でもその時はまだ、色恋事にアドバイスは求めてないし、そもそも俺は恋なんてしない――ってなこと、余裕綽々で思ってられたんだよ。
悠仁が高専に入学して、最初の3日くらいは。
なのに俺は、気づけば悠仁にハマっていて、

「どうしたら悠仁と付き合えると思う?」
「どうしたら悠仁とヤれる?」
「悠仁と無理やりヤッて良い?」

なんてこと、傑に相談していた。
傑が言うには「それは相談ではない」らしいが、知らねーよ、こんなモヤモヤ初めてなんだからどうやって始末したらいいか分かんねえし。

悠仁にハマってからこっち女とは遊んでいないし、かといって男と遊ぶことも出来ないでいる。そもそも悠仁以外のヤローになんて毛ほどの興味もない。
そりゃ悠仁とヤるにおいての後学のため、男同士でセックスしている動画なんてのも漁ったりしたが、ちんこピクりともしなかったからやっぱり悠仁は特別だ。

まー、最近『見ようによっては悠仁に似てるな?』ってゲイビデオのモデルを見つけて、そいつにはちょっと興奮しているのは認めるけど。
あくまで悠仁に似てるからって理由だし、実際は悠仁のが百億万倍可愛いし、悠仁のがイイ体してるし、悠仁のが声もたまんねぇ……んだけど。悠仁のエロいとこなんて妄想でしか補えないから、ジェネリックエロ悠仁ってやつ。
おかげでやっぱ俺、悠仁とならヤレるなってのかなりリアルに実証しちゃったし、悠仁とヤリたい行為の解像度も上がりまくって来た。

「悠仁が俺のこと好きだったらいいのに……
涙目でグダつく俺に、「良い先輩でいればそのうちワンチャンあるかも知れない」って傑は言うけど、それじゃいつになるか分からない。
出来れば俺は、今すぐ悠仁にちんぽ突っ込みたい!!

でもだからって、悠仁に嫌われるのは嫌だ。
悠仁に振られたあと、仕方ないからじゃあ次! って切り替えられる気はしなかった。正直そのパターンは、想像しただけで死にたくなった。

傑の言う「良い先輩」ってのは、悠仁に対して素直になれない俺がついひねくれた物言いしてしまうってのも指している。
傑のように、悠仁に頼られる先輩。慕われれば笑顔で応えて、相談を受ければ的確な助言を提供できる男。
つか、たまに悠仁に相談受けてるぽいけど、
「なに話してたんだよ?」
って聞いてもアイツは教えてくれない。守秘義務でもあるみたいに、
「私を信頼して相談してくれたんだ、言う訳にいかないだろう?」
なんて良識ぶったこと言うけど、俺だって信頼されたい! 俺だって相談されたい! あわよくばそれで親密度上げて、ボディータッチやら2人きりの密室でしっぽりしてみたい! 要するに悠仁とヤリたい!!

そんな俺を、傑は死んだ魚のような無感情な目で見つめてくる。その目やめろ。
でも、夜蛾センのとこから戻ってきた硝子に「なに? どーした?」って聞かれると、俺の相談事はツーツーに抜けてく。守秘義務どうした、オラ。

悠仁が俺としてくれるのは、暇なとき遊びに行くとか、稽古つけて欲しいとかそういうのばっか。気軽なやつ。傑みたいに精神的に頼られるってのはない。
傑も、恵だって悠仁と出会ったのは同じ日なのに、なんでそこ違うんだよ? って解せねえ……
もしかして悠仁――傑に惚れてんじゃねーだろうな? もしも傑が告ッ……そのことを相談されたらどう答えんだ? それもきっと守秘義務通して俺には教えてくれないんだろ?

――って聞いたら、もの凄く嫌そうな顔をされた。何だよ? 悠仁に惚れられんの不満って言いたいのか!? 悠仁のどこが気に入らねえっての!? って噛みついたら、
「悠仁に不満どうこうじゃなくて、君にそういう感情を向けられるのが面倒なんだ」
静かに怒ってたけど、「話そらした?」って聞いたら、思いっきり舌打ちされた。

悠仁のことガン見しながら見ないふりして、過ごしてた。
だからその雨の中の電話ボックス内でも俺は、悠仁のこと真っ直ぐになんて見られなかった。