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しか野
2024-04-18 00:34:58
17553文字
Public
pixiv移行済
Dawn(スミイサ/複座)
※pixivの加筆修正版をご覧ください。
1
2
集まった民間人はほんの数人程度。小型船だが、2人が加わってもさほど問題はなさそうだった。俺たちもお願いします、と船長らしい男性に申し出る。
「あと10分ほどで出ます。荷物はそれだけ?」
「ああ。連れも一緒だが、いいかな」
「定員ぎりぎりですが、まぁ問題ないでしょう。今日は波も穏やかだ。
……
やつらさえ、来なければ」
「
……
」
男性は憎々し気に吐き捨てると、では、と他の民間人のもとへ行ってしまった。
「
……
さ、イサミ。先に乗って待っていよう」
「
……
」
「風でキャップが飛ばないように気を付けて」
スミスはイサミの手を引く。彼の足取りは、まるで重石でも括り付けられたかのように鈍い。桟橋を踏んで、歩いて、乗り込んで、船が波を切り始めたらもう後戻りはできない。無理やり引っ張ったり、抱き上げて連れて行ってもいいが、スミスはその手段を選べなかった。
「イサミ
……
」
深くかぶっているキャップのつばを少し持ち上げる。彼はまるで迷子の子供のような、寄る辺ない表情をしていた。もどかしさを覚えるが、スミスは根気強く彼が自分の足で進むのを待った。そうしなくてはならない、彼が自分で選択しなくてはならないのだ。
彼は芯から善良な人間だった。恐怖に怯えながらも、その輝かんばかりの善性は彼の中から損なわれることはない。それゆえに、ここまで来たというのにまだ迷っている、迷い続けている。そのある種の頑なさを、スミスは哀れにも思った。そして同時に、夜明けの光よりよほど美しい、とも。
ふと、聞き覚えのありすぎる音が耳に入る。それは間違いなく戦闘機のエンジン音で、イサミも同様に気づいたようではっと空を見上げた。数機のA-10:サンダーボルトIIが飛び立ち、ある方向へまっすぐ飛んでいく。
「見て、あれ!」
民間人の1人が指さす方向に、いくつかの飛翔物──敵機の姿が見えた。スミスは思わず舌打ちをする。
「Damn it!
……
もう船を出します! 皆さん早く乗って!」
船会社の男性が声を張り上げる。ほとんど同じタイミングで、島中に設置されたスピーカーから警報が激しく鳴り響き始めた。間違いない、やつらが今日もまた攻め込んできて、ATFが迎撃に向かったのである。今ごろわずかに残る民間人たちは、疲弊しながら地下のシェルターに逃げ込んでいることだろう。
「イサミ、早く! もう船が出る!」
「あ
……
お、れは
……
」
もう四の五の言っていられる状況ではない。スミスがイサミの手を強く引くと、彼はたたらを踏んで、そこで止まった。
「イサミ!」
「
……
だめだ、やっぱり
……
俺は、行けない
……
スミス」
彼は力なく、諦めたように首を振った。Hurry up!と急かす男性へ、もう少しだけ、とサインを送ってからイサミに向き直った。
「イサミ、どうして
……
」
「怖い、けど、逃げられない
……
。だからスミス、あんただけでも行ってくれ」
「No way! なんて馬鹿なことを! それじゃあ意味がないんだ! お前が一緒じゃないと!」
「スミス
……
っ、ごめん、俺
……
」
「
……
いいんだ、イサミ。謝る必要なんてどこにもないじゃないか」
スミスは振り返ると、船に向かって首を振った。それで伝わったのか、ほとんど間を置かずして船が動き始め、滑るように沖へと発進してしまう。そうすればあっという間で、船はみるみるうちに遠ざかってゆき、やがて水平線の向こうに消えてしまった。イサミはそれを、食い入るように見ていた。
「ごめん、本当に、ごめんな
……
」
イサミは涙をぼろぼろとこぼし、壊れた蓄音機のように何度も何度も謝罪を口にした。どうか謝らないでくれ、とスミスは彼を抱き寄せ、それ以上の『Sorry』を聞きたくなくて口をふさぐ。初めてのキスが涙の味になる。つばがぶつかってキャップが落ち、風に飛ばされていった。
「
……
無理に連れ出して、ごめんな」
「! それは違う、スミス! あんたは俺が限界だって、分かってたから
……
だから、こうして俺を守ろうとしてくれたんだろう。感謝、してるんだ
……
ありがとう、スミス
……
」
Thank you、と万感の思いが込められたような声音で伝えられて、スミスは目の奥がかっと熱くなるのを感じた。だが泣くまいと、唇を強く噛んで耐える。
「本当に、ありがとう
……
俺も、たぶん、スミスのことが好きだ」
Maybe?とスミスはおどけて聞き返した。イサミは頬をかくと、
「そういうの、よくわかんねぇから
……
。恋なんてしたこともないし」
そんな、ティーンみたいなことを言う。さもあらんとスミスは思った。きっと彼は昔から、生真面目で、まっすぐで、己の秘めた勇気に中々気づくことのできない不器用な男だったのだ。それじゃあきっと、これが彼にとって最初の恋になる。
そしておそらく、最後の恋にも。
戦況がこれから大きく覆ることは、おそらくない。敵の数は未知数である一方、こちらの戦力は次々と減らされて、新たに作ることも叶わない。人員の補充も不可能。誰も口にすることはないが、おそらくATFは近い将来────
…
「
……
戻ろう、スミス。みんなが、オルトスが待ってる」
スミスの思考を遮るように、イサミは力強く言った。
メカニック班はきっと2人を信じて、機体を整備して待ってくれている。戻ったらサタケはどんな顔をするだろう? 馬鹿な奴らだと笑われるのか、あるいは『かわいい弟分を託したのになぜ戻ってきたのか』と詰られて殴られるかもしれない。それは甘んじて受けようと思う。
「了解だ。
……
なぁ、イサミ。これだけは言っておきたいんだけど」
「なんだ?」
「俺はお前と一緒なら本当に、逃げてもいいと思ってた。俺は本気だったんだぜ?」
「そんなの分かってるし、疑ってねぇよ。
……
俺は、あんたに助けられた。今度は俺が、あんたを守る番だな」
彼の目にもう涙はなく、赤い腫れにその名残を残すのみだった。彼の穏やかな決意の言葉に、スミスは何か良くない予感を抱く。
「
……
イサミ、どうか無茶はしないでくれ
……
一緒に生き残ろう、できるだけ長く」
「
……
うん」
約束だ、と2人は額を合わせて祈るように目を閉じた。
無粋な警報音がなおも響き渡る中、2人は手を取り合って在るべき場所に戻る。待ち受けているものが絶望だけなのだとしても、最後まで戦い続けるのだと決意を新たにしながら。
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