Marriage? 恋を奪い取れ! 3/3
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「わたしに?」
「そうだ。
……いいか?」
「もちろんです、任せてください! 困っている仲間を救うことは、すなわち正義ですから!」
夜中にやってきて頼みごとをする非常識な俺に対しても、文句を言う訳でもなく、素直に応じてくれる。心の底からお人よしなんだろう。
────それをわかっていて利用する俺もどうかと思うが。いつもの“正義”という言葉が、今ばかりは耳に痛い。
「場所を移動したい。悪いが、ついてきてくれるか」
「えっと、じゃあ、着替えるのでちょっと待っててもらえますか?」
アメリアはぱっと立ち上がると、チェストの上にある呼び鈴を鳴らそうとした。慌てて手を掴んで止める。強く掴み過ぎたのか、アメリアは一瞬顔をしかめたが、それでも俺を責めることはなかった。代わりに不思議そうに俺を見つめ返す。
「その必要はない。手早く行くぞ」
フリルをあしらったドレスは確かに動きにくいだろうし、着替えようと言うのもよくわかる。ただ今回ばかりは逆に、ドレス姿の方が都合良い。時間も惜しく、下手に侍女を呼ばれて勘ぐられるのも面倒だ。
「え、ひゃあっ!」
アメリアの腰に軽く手を添えて、倒すようにして抱え込む。本物の姫さんにお姫様だっこをするというのも奇妙な話だ。女の体重なんて興味も無いが、さほど腕に負荷を感じない辺り、少なくとも軽い方なんじゃないかと思う。
「ジャラジャラいうその飾りだけ外していってくれ」
「はっはい」
仮に姫がいなくなったのを気づかれたとして、宝石目当てだなんてみみっちい誤解はされたくない。アメリアは俺の腕の中でもぞもぞと動いて、豪勢な首飾りなんかを床に落としていく。ぞんざいな扱いにこっちの方が肝を冷やした。これくらいの高級品は身の周りに転がっているということだろうか。こんなちょっとした動作にも育ちの違いを思わされて嫌になる。
「じゃあ行くぞ」
「どこへですか?」
「まずは森を越えてから説明する」
そう言って、アメリアを抱き抱えたまま窓の外へ飛び出す。説明をする気など当然ないが、アメリアは信じたようだった。
普段なら正義執行の気合入れでうるさくなるはずだというのに、今夜どういうわけかずいぶんと大人しい。恰好がそうさせているのかもしれない。
俺から言うことも特になく、互いに無言のままで地上へ降り立つ。城下をこの状態で歩くのは目立つことこの上ないので、町外れの森を選んだ。長く呪文を遣い続けるのは骨が折れたが、ここで騒ぎになったら元も子もない。ただでさえ今日は、月明かりが冴えている。
「はぁ、やっと着いたな」
「えっと、すみません、
翔封界ならわたしも使えるのに
……」
「別に構わないさ」
アメリアが呪文を使うなら、一度俺から離れなければいけない。させるものか、と、膨らんだ焦燥が暴力的な色を帯びていく。
「で、その
……そろそろ、下ろしてもらっても、良いですか? ずっとだっこされてたから、ゼルガディスさんもしんどいでしょうし────」
「気にするな、軽いもんだ」
「でも」
離したくないと言ったら笑われるだろうか。うろたえるアメリアを見ていると、俺らしくもない甘ったれた考えが浮かんでくる。
だが、アメリアは真っ赤な顔で、慌ててばたばたと足を動かし始めた。さすがにそう簡単にはいかないらしい。
「やっぱりだめですっ、わたし下ります!」
「何が駄目なんだ。俺は良いと言っている」
「何がって
……恥ずかしいんです、なんでかわかりませんが!」
理由はよくわからんが、そこまで言うのなら仕方ない。
────ただし保険はかけさせてもらうことにしよう。
ひとまずアメリアを下ろす。そして後ろ手に短剣を取りだした。
「それで、ゼルガディスさん。頼みごとって何ですかっ? わたしで良ければいくらでも、張り切ってお手伝いします!」
「ああ、それがな
……」
純粋な笑みが痛い。だがここでひるんだらここまでした意味が無い。
短剣を、地面に投げつける。
「
影縛り」
今夜は月が出ていて良かった。光がなければ影もできない。
「なっ!」
驚くのも無理はない。すかさずアメリアの口元を押さえる。ここで呪文でも唱えられて影を消されるわけにはいかなかった。
さて、どう場を回すべきか。衝動的に動いたせいで、一番言いたいことが何なのかまだ整理しきれていない。
動機としては、とりかえしのつかないことになる前に、王族という立場からアメリアを引き剥がしてやりたかった────いや。ただ、誰の邪魔も入らないところに連れ去ってやりたいと思っただけ、か。
「なあ、俺と一緒に旅をしないか」
出てきたのはそんな言葉だった。感情の蛇口が開いてしまえばあとは楽で、すらすらと言葉が湧いて出てくる。
「俺はこれからも自分の身体を戻す旅を続けるつもりだ。それにおまえもついてきてくれないか。今までのような、短い旅じゃない。本格的にセイルーンを出て、ああいっそ、帰らなくったっていいんじゃないか?」
空いた手を伸ばせばアメリアは怯えるように身をすくませた。すっかり怖がらせてしまったらしい。手を頭の上に置いて、そっと髪を撫でてみせる。つややかな黒髪は絡むこともなく指の間を通りぬけていった。それが心地よくて、何度も何度も同じ動きを繰り返す。
前までは人に触れることすら嫌だった。握手を求められて無視をしたこともあったように思う。それが変わったのも、おそらくアメリアのせいだ。
「俺にばかり付き合わせるつもりはない、おまえが行きたい所にだって行ってやる」
「ん、んんーっ!」
声を出そうとしているのか、アメリアの吐息が手のひらにかかる。本気でやろうと思えば、鼻も口も塞いで殺してやることだってできるんだと、気づいてしまったらもう駄目だった。加虐的な思考が止まってくれない。
「ああ、無理に返事をしようとしなくていいぞ。どっちにしろ答えは決まってるからな」
アメリアが嫌がるだろうということも、俺がそれを許す気なんてないということも。全ては決まっている。どんなに望んで、想い続けても、それだけで欲しいものが手に入ったことは一度もない。
「どうせおまえは、セイルーンを捨てられやしないんだろう? そして俺なんかがそんな高貴な世界に割って入れるわけがない」
アメリアは眉を寄せてひどく辛そうな顔をした。図星か。あまりに想像通りで笑えてくる。
「こんな風に無理やりするなんて、おまえは正義じゃないとかなんとか喚くんだろうが
……あいにく俺は、化け物なんでね。手荒いことだって慣れたもんだ」
正義を謳い続けるだけで問題が解決するほど世界は優しくない。まして、正義になれない側ならなおさらだ。もし、とんでもない奇跡が起きて、俺がセイルーンに割って入ってアメリアをものにしたってそれでも民の批判は起こるだろう。なにせ、こんな化け物だ。
ふと、手の甲を何かが伝った。涙だった。アメリアは、責め咎めるようにじっと俺の方を見つめて、涙をこぼしていた。
「なんだ、俺に幻滅したのか。まあそうだろうな」
「んんっ~~~!」
自嘲すれば、さらに涙が滴った。温かい。
良いな、と感じる。もう良い、これで良い。
どうせ心から望んだものはいつも手に入らないんだ。ならこの後ろ暗い温かさだけで十分だ。
「これだけ、訊かせてくれ」
これさえわかったら、後はもう俺の好きなようにするつもりだった。口元から手を離してやる代わりに、強く身体を掴んで抱きよせる。術で縛った身体が逃れるわけはないが、それでも確かな自分の腕で、存在を確かめたい。
小さな身体は俺の腕の中にすっぽり収まった。潰してしまわないかと恐れることすらもう忘れた。
「アメリア、俺のこと嫌いか」
「そんなの、っ~~~~~!」
アメリアの言葉は続かない。しゃくり上げる声だけが響く。
幻滅されたと思っていながら、あんな質問をする俺はきっと大馬鹿だ。自分の言葉が、行動が、もう無茶苦茶になってしまっているのはわかっていた。それでもアメリア本人の口から聞いてしまいたかった。断罪の刃は鋭い方が良い。
息を大きく吸う音がする。震える声が、かけられた。
「嫌いに、なっ、なれるわけ、ないじゃ、ないですかぁ
……!」
ああ、だから、どこまでいってもアメリアは愚直でお人よしだから、俺はどうしようもなくなる。突き放してくれれば、俺のこの想いも楽に消せたのに。
抱きつぶしていた身体をほんの少しだけ離して、正面からアメリアを見つめる。泣き顔はひどいもんで、だというのに俺はそれに満足していた。
「馬鹿な奴だ」
どうしようもないが、自分自身こそ馬鹿馬鹿しく思うが、それでも俺は安心していた。絶対に、こいつは俺を見捨てない。それだけわかればもう良かった。
手刀を叩きこむ。ついでに足で地面の短剣を蹴り飛ばせば、アメリアの身体は枷を失って、ぐらりと俺の方に向かって倒れ込んだ。
「ゼルガ、ディス、さん
………」
絶望の入り混じった声は、不思議と甘く聞こえた。
アメリアを抱きあげる。長旅になるだろう。まずは逃げ続けなければならない。この身体のおかげで、人目に触れない旅のやり方を熟知しているのが不幸中の幸いだ。
アメリアを繋ぎとめる術も考えなければいけない。手足を縛るだけで止まるような相手出ないのはわかりきっている。俺といる以外の道を消す
……なんならセイルーンを亡国とする案もあるだろうが現実的な話じゃない。何にせよ、こなすべき課題は多そうだ。
……本気で誘拐する気なら、もっとやり方はあった。無茶苦茶だと、自棄になっているだけだと、冷静な自分が脳内で吠える。
────喉から手が出るほど欲しいものを取り上げられることに耐えかねて、さっさと終わりにしたかっただけなんじゃないのか?
そんな自虐をねじ伏せて、森の奥へ足を進めた。夜風は冷たく、月明かりは木々に隠されていく。
「
……」
腕の中でくったりと気を失っているアメリアは、まるで眠っているかのようだった。俺の全てを許してくれるような錯覚さえしてしまう。まあ仮に否定されようと、俺はこのやり方を変えるつもりなどないから問題は無い。
お前だって、“叶わない”を思い知ればいい。俺と同じところまで────。
過酷で真っ暗の未来を予感しつつも、俺は何故か、嗤っていた。
~END~
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