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racmon
2024-04-02 18:23:24
9952文字
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過去無配まとめ
べったーからの移行です
1
2
3
『セカンドグッドモーニング』
目が覚めると、俺はベッドにひとりきりだった。伸びのついでにシーツの上をなぞってみる。空っぽになったそこは俺の大好きな形に沈み込んでいた。体温もほんのりと残していってくれている。燃えるように熱かったあの体がここへ横たわっていたのだから当然だ。思い出すだけで顔が緩む。
「ンフゥ」
二度目の盧笙はすごかった。積極性が段違いだった。それでも俺は負担をかけたくなくて、少々無茶をする盧笙をこっそり庇いながら、できる限り優しく抱いた。おかげで全身が軽い筋肉痛になっている。
「アタタ
……
こら男の勲章っちゅうやっちゃな」
目を擦ってもぼやける景色に手が彷徨う。適当に掴んだのは昨夜脱ぎ捨てたものだろう。素肌に羽織るシャツは少し冷たい。温もりを求めて寝室を出た。俺の第六感は盧笙の気配を辿るときにだけ働く。迷わずクローゼットへ向かうと、その背中はくるりと振り向いた。手にはスチームアイロン。盧笙は嬉しそうに「やっと起きたか」と笑った。
「簓! これめっちゃ便利やな!」
「朝から元気やなぁ、盧笙」
「おかげさんで!」
さりげなく盧笙の体を支えていたつもりだったが、どうやらバレていたようだ。上機嫌にアイロンがけを楽しむ盧笙へ擦り寄る。特に構ってくれるわけもなく、盧笙はまじまじとスチーマーを見ていた。
「ええな、これ。買おかな。なんぼやった?」
「忘れたなあ」
「欲しいなあ。でもどうせ高いんやろ?」
——
買うたるがな。その一言を飲み込んで、俺は盧笙の言いつけ通りの言葉を選んだ。
「あー
……
次のボーナスで買うたら?」
「おっ。グッと堪えたか?」
にんまりと満足げな表情。俺の『尽くしたい欲』に待ったをかけた盧笙は、そっけなく感じるこのセリフがいたくお気に入りのようだ。酔っ払いの戯れからはじまった二人のルールは、今もまだ続いている。
へべれけの盧笙に胸ぐらを掴まれた時、俺はキスを予感して瞼を閉じた。そのときはいい仲になって日も浅く、俺は浮かれていたのだ。
——
なんでもかんでも俺に買い与えるなボケ!
うせやろ、と思った。「プレゼントするよ」とくれば「ありがとう! 嬉しい!」で、二人は唇を合わせ
——
。そういうものだと思い込んでいた。盧笙相手にあり得ない話だと、冷静になった今なら分かる。それから盧笙は、自分で物を吟味する楽しさと、迷う背中を押される心強さを語った。「ボーナス出たらこーたらええやん! ハイッ!」と俺に三回復唱させ、気が済んだ盧笙は俺の膝の上でスコンと眠った。
だから今日も正解を答える。決して盧笙のためだけではない。そこに思わぬご褒美が転がっていることも、俺は知ってしまっていた。
「簓ぁ、えらいぞぉ」
合格点の花まるは頬へのキス。とにかくこれが欲しくて、俺は盧笙への贈り物を我慢している。ただし、プリンは例外。そもそも長く続ける予定はない。いつまで経っても指輪が渡せないのでは、さすがに甲斐性がない。
「さっ、出るで。用意しぃ」
急かされて立った洗面所で、俺は自分の汚い寝起きの顔を見た。髪は広がり跳ね散らかし、まつ毛にまで寝癖がついている。どおりで視界が悪いと思った。だらりとついたよだれの跡は、さっき盧笙が唇で触れたところにあった。
「きったないのに。盧笙、あいつ、俺ンことめっちゃ好きやんけ
……
」
声に出すとますます痺れる。俺は体を駆け巡るムズムズに支配されて、くねくねと踊り狂った。鏡に映る姿は洒落にならないほど気色が悪い。でもとにかく幸せそうだ。もっと踊れ、喜びを全身で表現しろ、と駆り立てた。
「なにを暴れとんねん! はよせんかい!」
もうワンターン決めようかというところだったが、中断やむなし。いつものカッコいい俺に変身することにした。どうやら盧笙は、俺の容姿も好きらしい。あの盧笙が俺の顔にも恋をしているだなんて、はじめて知ったときは頭がおかしくなるかと思った。恥ずかしさと面白さで引き千切れた体を繋ぎ合わせたのは、零の「おいちゃんも簓クンの顔、好きだぜ」という妙な角度からのフォローだった。何度思い返しても真顔になれるので、零のことは侮れない。
俺が戻っても、盧笙はまだスチーマーを離していなかった。熱心な後ろ姿を眺めていると、とんでもないものを発見した。それは昨日の俺の仕業だ。
「なあ、盧笙
……
? 機嫌よう皺伸ばしてるとこ悪いんやけどさ、俺のこれ着てくれん?」
俺は近くに掛かっていたウインドブレーカーを手渡した。黙って受け取ってくれることを願う。
「なんでや」
やはり一筋縄ではいかない。ピンと伸びた気持ちの良いシャツに袖を通して、きっと見せびらかしたいに違いない。でも俺は、道ゆく人たちの注目が別の箇所へ集中することを心配していた。
「んーと、な。首元に、高さあった方がええんちゃうかなぁ、みたいな
……
」
「
……
あっ、お前っ!」
途端に真っ赤になる目尻と頬と、耳と首。なんて可愛いんだ、と崩れ落ちそうになる。今までも衝動に任せてそうしていたら、何枚の膝の皿が割れてしまっていただろう。
「調子乗って付けちゃった、俺のシルシ」
「気づかんかった
……
」
「うんうん、せやろねぇ」
俺に夢中になり過ぎて、最後には自分がなにをされているのかも分からなくなっていた盧笙。やるなら今だ、と俺の中の複数の俺たちは、満場一致でゴーサインを出した。その結果が、大小一つずつの鬱血痕である。
「お前昔っからこの形好きやな」
盧笙は渋々と上着を羽織った。丈が少し短いが、むしろジャストサイズかもしれない。とてもよく似合っている。オーバーサイズで買って、本当によかった。
「はじめて着たけど、首周りあるとなんか安心するな」
「ほなそれやるわ──」
条件反射のように出た発言も盧笙は聞き逃さない。俺は訂正のため、手を挙げた。ほんの少しだけ俺自身の希望も混ぜてみる。
「ほな、お揃いで買うたらええんちゃう?」
「うん、そうする」
盧笙とのペアルック。あの舞台衣装が泣くなあ、なんて思った俺の胸がチクリと痛んだ。
少しいちゃつきすぎたか、もう時間があまりない。
まだ素面だった昨日の盧笙が誘ったのは、近所の喫茶店のモーニングだ。終了時間は十一時で、今はもう十時を回ろうとしている。俺はほとんど部屋着のような格好で財布を引っ掴んだ。
「そんな顔丸出しでええんか」
「丸出してお前、恥ずかしいモンみたいな言い方すんなよお」
好きなくせに、と言ってみたら盧笙は否定も肯定もしなかった。
「いやだって、顔指されんねやから」
「いけるいける! それに俺、お前と噂になりたいし!」
「なんやそれ」
俺をあしらった盧笙はもう玄関に立っていた。俺はというと、自分が言った表現に良さを見出し、感極まって立ち尽くしていた。
「え、待って
……
。お前と噂になりたいって、めっちゃエロない?」
「はぁ?」
「誰でもええからくしゃみ止まらんぐらい噂してくれー!」
「アホすぎて置いていきたいところやけど、お前おらな意味ないねん。頼むから落ち着いてくれ」
俺がいないと意味がないのであれば、仕方あるまい。キリッと澄まし顔で盧笙を見つめる。「おかしなやつやな」と言われてドキドキした。あまりにもその声が優しくて、いくらでもおかしくなってやろうかと思うほどだった。
「はい、鍵」
キーケースを渡されて、俺はすぐに元あった靴箱の上に戻した。
「盧笙がしめてや。こっちで」
俺の物の隣に並んでいるのは、この部屋の合鍵。こちらは盧笙の持ち物だ。
「えー俺財布だけで行きたいんやけど」
「財布を置いてったらええやん」
「ほな昼飯は俺が出す」
「頑固なやっちゃ」
盧笙が慣れない手つきで施錠する。これでいいか、と俺を見た。その顔には照れが滲んでいた。
「ンフゥ」
「なにがそんなに嬉しいねん、まったく
……
」
やれやれと首を振る仕草でさえ、俺への愛を感じた。
駆け込みのモーニングにも初老の店主は快く頷いてくれた。煙草の匂いが染み付いた店内は、若い子たちがこぞって写真を撮りに来るには渋過ぎる。店の前を通ることはあっても、まだ一度も来たことがなかった。これからは盧笙と通うことになるだろうと思った。
「おもてた通り、ええ雰囲気や」
「せやなあ」
「ここ見る度な、また簓と来たいなあておもててん」
盧笙がそうやって、俺と過ごす時間のことを考えてくれているのが嬉しい。この喫茶店も、盧笙が提案しなければ行かず終いになってしまっていただろう。
「なんやかんやで一緒にモーニングははじめてやんなぁ」
「そうやな。うん」
おなじトーストセットを注文して、コーヒーのミルクを分け合う。一日の始まりとして、こんなにも完璧なことはない。ささやかでも、絶対に忘れられない光景。
「美味いな」
「ああ、美味い」
幸せの味を噛み締めていると鼻の奥がツンとした。大袈裟に「美味い」と繰り返して、誤魔化した。盧笙は静かに俺を見つめて、柔らかく微笑んでいる。
「楽しいな、簓」
ほろりと、コーヒーに涙が落ちた。盧笙は動じず、俺の目尻を拭った。
「また来よな」
盧笙は俺と店主に次の来店を約束した。来週の日曜の朝と、具体的に。さらには隠し持っていた財布で俺より素早く会計を済ませた。ジタバタする俺に「お返しやから」と、盧笙は言った。しばらく物はあげていないし、なにに対してのことなのか分からず首を傾げた。
「ほら。その、昨日。夜やん」
「ああ、そんなん、俺の方こそ
……
」
盧笙を大切にすることなんて、俺にとっては息をするのと同じことだ。それなのに盧笙はつくづく真面目というか、俺の想像を超えてくる。
「ほな、お返しのお返しさしてな」
「キリないやん」
「そんなんなくてええ!」
夜が明ければ朝が来るように、盧笙と過ごす毎日が当たり前に繋がっていく。小さな約束が果たされることにも、そのうち気づけなくなっていく。でも、俺と盧笙は知っている。実はそれこそが大きな奇跡の上にあることを。
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