【カミ東】春陽に”も”攫わせない

東雲さんのお相手が男性の場合季節絡みのお話と「元気が出る写真を送ってほしい」ネタの二本立て。🔪🍮編。 ※この二人付き合ってないでーす。

【カミ東】春陽に”も”攫わせない




仄かに肌寒い朝方の空気が和らぐにつれ初夏めいた季節の足音を聞く。爽やかで朗らかな気温は心地よく、温かな寝床で微睡みたい気持ちを簡単に溶かしていった。
小鳥の囀りで普段より早く目覚めた朝。敷いていた布団をたたみ、軽く身支度を整え玄関先へ歩を進める。
身に染みこんだ一連の動き。草履を履き玄関扉を開け鍵を施錠しエントランスホールを通り過ぎていれば、見計らったように上から降りてきたエレベーターが軽快な到着音を鳴らすと共に左右に口を開けた。
「お」
中から降りてきた人物はカミキリの姿を視界に捉えるなり軽く右手を肩付近まで挙げた。
「はよーっす」
「大家サん、おはヨう」
この時間帯に会う珍しさに宵闇色の大きな瞳が東雲を見上げる。言葉で言わずとも目で訴えかけるカミキリに東雲はマンションの外を指差し歩き出す。促されたカミキリが東雲の隣に寄り、少ない階段を共に下りた。
「散歩。この時期河川敷歩くのが好きでさ、風が気持ちいいんだ」
「だから早起キ?」
「うんや。早起きはたまたま。なんだったら昔の新聞配達のバイト時代思い出すし早起きは可能な限りしたくない」
目指せ遊んで暮らせる不労所得生活。リズミカルに口ずさむ東雲の暢気な面持ちをカミキリは無言で見上げ続ける。からころ、サンダルを鳴らしてマンションの門構えのところまで歩いてきた東雲が不意に止まるのでカミキリもまた立ち止まった。
「で。私こっちだけど、カミキリさんは?」
河川敷方面を指差す東雲にカミキリが抱き紡ぐ言葉はとっくに決まっている。尋ねられる前に自分から申し出るのも考えたが、東雲から言ってくれるのを期待して待っていた。
宵闇色の瞳に光が差し込み瞬き、嬉しさで目尻の血色が良くなっていく。
「一緒に散歩シたい」
元から朝の散歩をする予定で、その行き先が変更しただけのこと。
カミキリの同行を快く受け入れた東雲が八重歯を覗かせ笑い歩き出す。湿り気を露ほど感じさせない東雲の笑みと纏う雰囲気。まるで、この季節に吹き髪をもてあそぶ風のようだとカミキリは胸中独り言ちる。

陽光を受け止め煌めく河川に沿って真っすぐ伸びる遊歩道。時間帯が時間帯ゆえ人は疎らで時折朝練をしている学生たちやランニングに励む人、そして東雲とカミキリと同じようにのんびり散歩をしている人たちとすれ違う。
遊歩道に沿って等間隔に植林された若葉生い茂る桜並木が爽やかな風に吹かれ楽し気に葉を震わせていた。マンションから遠ざかるにつれ、疎らだった人影も無くなり周囲は東雲とカミキリだけになっていた。
他愛のない話を遮る事もない緩やかな風。その風がふと違う香りを運び二人を手招いた。
「めっずらしー。まだ桜咲いて残ってら」
隔てるものが何もなく遠くまで続いていた若葉色の桜並木が突如噎せ返る程の春一色に包まれる。狂い咲く満開の桜。ただその一本だけ異様に幹が太く、同じ時期に植えられたにしては出世コースまっしぐらな成長を遂げている。
足を止め無邪気に桜を見上げている東雲を歓迎するかのように一陣の風が吹いた。途端、枝を彩る小さな春色が東雲の上に舞い落ちる。ひらりひらり、と花びらが舞う幻想的な光景に感嘆の声を上げている傍ら無言で佇んでいたカミキリの右掌から折れた刀身が伸び──、目にも留まらない速さで東雲に触れる寸前の花びらを斬り刻んだ。小さな春色が更に小さくなり最後は薄汚い煙霧となり消え去った。
舞い散る花びらが斬り刻まれたことはおろか、隣にいるカミキリも自分と同じく桜を眺めている、そう信じて疑わない東雲の視線は老獪な桜の木から逸らされない。
醜悪で卑劣な行いなぞ全てお見通しだ。そう云わんばかりに宵闇色の瞳が桜の木をねめつければ、カミキリにしか聞こえない澱んだ叫び声が周囲を埋め尽し、後ろめたい欲望に塗れた花嵐で東雲を攫うべく吹き荒れる。
「うっお! 風つっよ!」
テンション高めにはしゃぎ目を固く瞑る東雲に狂い咲いた桜の花びらが襲い掛かった。
圧倒的な数の暴力。小さな花びらたちが纏まり大きな波となって東雲を飲み込む前にカミキリが前に躍り出ては真一文字に疾風諸共斬り裂いた。斬られた中心から分かれ攫い損なった春色の波が、見苦しく悪足掻き再び二人に襲い掛かる。
『その螟懈�縺�寄越セ』
正体を隠すことを止めた巨木が地面から這い出て直接東雲を狙う。後方の花嵐、前方の巨木。されど、カミキリは顔色一つ変えず東雲に降り掛かる厄災をいとも簡単に斬り払った。
禍々しい呪詛すら残せず霧散した桜の巨木と花嵐は消え去り、風が収まったことで目を開けた東雲は先程まで見ていた桜が一瞬で無くなってしまったことに首を傾げた。
「カミキリさん、ここに桜が咲いてる木あったよな?」
変に間の空いた桜並木の一角を指差す東雲にカミキリが緩く頭を振るう。
「ナイよ」
「マジ? っかしーな、見間違いか?」
云々唸り軽く握った手を顎に添えて考える東雲。そんな彼女の空いている方の手をカミキリが何てことないように握った。
「そろソろ帰ろ」
……そうだな、帰るか」
握ってくるカミキリの手を東雲が握り返せば、ふわりとカミキリの顔が綻び、来た道を帰るのに合わせ握った手を上機嫌に振り揺らす。
握られた手から伝わっているであろう涼しさを振り解かず掴み続けてくれる東雲にカミキリはうっそり目を細めた。



──何モノも大家サん攫わせナい
──攫っ 神隠しテいいの僕ダケ

今日の朝食はなんだろうか。楽しそうに語る東雲にカミキリは心中悟られぬよう話を合わせ共に帰路についた。