心の丈は深海よりも

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
微妙に本編ネタバレあり。

闘技場の物置の清掃をする師弟であり恋人同士の2人。
何気ないやり取りの中でふと『ウ教はどれだけ自分を想ってくれているのだろうか』が気になってしまうハ♀。

いつの間に、こんなに物が増えたのか。

そんなことを思うのも何度目だろう。

里の闘技場、関係者専用通路の奥。
そこには普段、挑戦者として闘技場にやって来る『猛き炎』たる娘が足を踏み入れることのない物置部屋があった。

数多あまたの種類の武器や防具が壁一面にずらりと並び、壁面の棚にも小さな箱や小さな瓶。
大きさや形状が異なる箱は、不安定に山のように重なっており、束ねられた書類もそこら中に点在している。

(物置、まさかこんなことになってるとは……)

よくぞここまで散らかしたものだと感心さえしながら、娘はまず部屋のあちこちに置いてある書類たちを一箇所に集め、古そうなものを処分していた。

彼女の後ろでは、両手で大きな箱を抱えた闘技場管理者である『猛き炎』の師、ウツシがきびきびと忙しなく動き回り、必要なものと不要なものに分けながら整理整頓を行っている。

「いやあ、すまないね愛弟子! 手伝ってもらっちゃって!」
「全然良いんですけど、ずいぶん散らかってますね……。ちなみに最後に片付けたの、いつですか?」
「うーん、いつだったかな? まあ三年以内かな!」
「ええ、覚えてない? そりゃ散らかりますね……
「ハッハッハ! 掃除より優先したいことが山ほどあるからね!エルガドで頑張るキミを見守ったりとか、盟友としてキミと狩りに行ったりとか、恋人としてキミと出かけたりとか、キミと……
「ああぁぁあ! もーいいです!」

全くもう、と娘が頬を膨らませ、物置の整頓へと戻っていく。
彼女の手元や室内のあちこちには、ウツシがエルガドで仕入れた黒のゴミ袋が点在している。

掃除はいさぎよく捨てていかないと終わらない、とはウツシの言葉。

捨てるべきかまだ取っておくのか、分からないものは逐一「これどうしますか?」と、きちんと確認している娘なのだが、ウツシは書類を一瞥すると、ほぼ確実に「捨てていいよ!」と微笑む。
最初こそ納得していた彼女だが、あまりにも同じ反応なのでだんだん怪しくなってきていた。

(ほんとに捨てて良いのかな……? 後で困ったりしないといいけど……)

とは思うものの、娘に確かめるすべはないので、ウツシに従うしかないのだが。
当然だが、あっという間に室内のゴミ袋はゴミで満ちていった。
ぱんぱんに膨らんた黒いゴミ袋、気付けばその数は四つ。

空気を抜きながら順に袋の口を縛りつつ、娘は箱を抱えてキビキビと動き続けるウツシの方に顔を向ける。

「ウツシ教官、一回ゴミ捨ててきますね」
「あ! それなら俺が行くよ! 他に物置にしまうものがないか、確認にも行きたいし!」

屈強な体格であるウツシが、両手で抱えるほどの木箱。彼はそんな箱を軽々と持ち上げ、整然と部屋の壁際に並び重ねてから、何の苦も無さそうに、息も切らさず娘の傍へと駆け寄る。

彼女の周りにある、口の縛られた四つのゴミ袋を「よいしょ!」と左右の手でそれぞれ
二つずつ持ち上げたウツシを見た娘は、小さく目を見開いて、驚きにぱちぱちとそれを瞬かせる。

「え、えええ……! そ、そんなに持って、お、重くないんですか!?」
「え? 袋? 全然重くないよ?」

爽やかな笑顔のウツシが「ほら」と、自らの発言を証明するように、ゴミ袋を持った手を上げたり下げたりして見せた。

中には大量の書類の束や、怪我人のために用意されていたのであろうが、すっかり脆くなった木製の副木ふくぼくや、黄ばんでいる上にほつれにほつれた包帯など、古くなって使い物にならなくなった様々な備品類も放り込まれている。

そもそも紙だけでも相当な重さになっているはずの袋だが、ウツシはそれを感じさせず、まるで羽根を持ち上げているような様子だ。

(さ、さすがはウツシ教官……。鍛えてる男の人って感じ……)

ぼんやりとウツシの様子と彼の筋肉質な腕を見やりながら、娘がそんなことを考える。
師であり、愛する人でもあるというのに、彼女はふと、そんなウツシが男性であることを忘れてかけてしまうことがある。
ずっと傍に居続けてくれている人だからだろうか。

気付けば彼女は、じっと『愛する男性』を見つめてしまっていたらしい。
ウツシは不思議そうに「うん?」と首を傾げた。

「どうしたんだい、愛弟子? 俺、ゴミ捨てに行って大丈夫?」
「!! あ、ああ、も、もちろんです! すみません!」
「フフ、どうしたの? じっと見つめてくれてるから、少しでも俺と離れるのが寂しいのかなーなんて思っちゃったよ」
「そ、そんな、ことは……! は、早くゴミ捨てに行ってください!」
「あははは、はいはい。すぐ戻るねー!」

たちまち顔が熱を帯び、目に見えて赤くなっているであろう自分自身の分かり易さに、娘が唇を尖らせる。
そんな彼女に、ウツシは少々名残惜しそうに踵を返して背を向けると「じゃあ、ちょっと失礼!」と足早に物置から去っていった。

彼がいなくなった途端、物置は、耳が痛いほどの静けさに包まれる。

……。全く、もう……!」

娘は自分の小さなため息さえ、今の室内に大きく響いたような気がした。

愛する人と離れて寂しくない人間がどこにいるのかと、文句さえ呟きそうになってしまう。
短時間でも寂しいというのは、見えないように隠している、娘の心の奥底にある本心。

すぐに戻ってくると分かっているこんな一瞬でさえ、彼が去ってしまった後の静けさには、胸が切なく締め付けられる。

(……何だか、わたしの気持ちばっかりバレてるような気がする)

また小さく「はあ」と娘はため息をついた。そのため息に色がついているとしたら、灰がかった青だろう。

ウツシの、穏やかな陽射しのようでありながらも、月のように艶やかな、彼特有の、時に鋭く射抜いてくる美しい金色こんじきの瞳。
その瞳に、自分の心の全てを見透かされているような気がしてならない。

娘は、ウツシを心から愛していた。
今の自分があるのは彼のおかげだと、骨身に染みるほど感謝している恩人であり、何よりも大切な存在。
彼にはいつも幸せに笑っていて欲しいと、願わずにいられない。
そして、その笑顔の彼の隣に居られるのがずっと自分なら、これ以上の幸せなどない。

(……教官は? ……教官は、わたしのこと……)

そこまで考えて、ふと。
本当に、ふと、気になってしまった。

ウツシの心は、具体的にはどれだけ自分を想ってくれているのだろうかと。

愛弟子、愛弟子と可愛がってくれて、将来を約束した恋人同士になってからも、愛しい人よ、と優しく撫でてくれる彼の、想いの丈は。

…………。やめよ……

ぽつりと自嘲気味に、思考を切り離すように娘が呟く。
ウツシの想いの深さを疑っているわけではないが、このまま考え続けていたら、自分の中にあまりに滑稽で愚かな猜疑心が芽生えそうな予感がする。

ウツシがいつも優しく、自分を大切にしてくれていること、心から愛してくれていることは、紛れもない事実。

それがどのくらいか知りたいなど、自分の想いの丈よりも深いことを願うなど、ただの幼稚なわがままだ。

(こんなこと考えちゃうなんて…………ホントやだ、子どもみたい……)

ふう、と深く息を吐いてから、娘は整理整頓に集中しようと意識を切り替える。
書類整理は終わったので、壁沿いに並んでいる棚も整理しようと歩み寄って行った。

そういえば、と棚の上に目を向ける。

ごちゃごちゃと小さな木箱や瓶など、色々なものが置いてある中、棚の一番上。木箱や雑貨類の隙間。
そこに、先程ようやく捨てきったと思った、古そうな書類の束が置いてあるのが見えてしまった。

「もう、まだあんなところに……!」

あいにく書類は、棚の一番上。
箱や雑貨たちの間の、ずいぶんと奥まったところにある。
そもそも棚も高さがあるので、娘の身長では背伸びをして、指を伸ばしてやっと届くかというところ。

「んんーっ……!」

棚に張り付き、つま先立ちをした娘が、必死に手を伸ばす。
手を伸ばした先の様子が分からず、一番上で指をぺちぺちと動かしていると、かさ、と乾いた音と共に、紙の束に触れた。

(あった!)

限界まで、指を伸ばして。
指先で何とか紙の端部を掴んだ刹那。

がこん!と、嫌な音と共に、娘は吐き気がしそうな浮遊感に襲われた。

書類のあった棚の底板が外れた音と、それにともなう落下の感覚。
紙を取ろうと夢中になったあまり、変に体重が入ってしまったらしい。

支えを失い、ぐらりと後ろに体勢を崩してしまう。

「あ…………!?」

思わず娘の口から、小さな声が漏れる。
手に書類は握っているが、完全に後方へと体重がかかってしまい、踏みとどまることができない。

書類を手放してしまえば良いのに、何故か握力を緩めることができなかった。

妙にゆったりと、時間が流れているような感覚。

とにかく頭を庇うため、尻もちの形で受身を取ることに集中する。
何とか狙い通りに器用に体勢を整えた娘は、どすん、と低音と共に床に尻もちをいた。

「ッ、び、びっくりした……!」

思わず、また声を漏らした直後。
ふと、娘は自分の周りが妙に暗くなっているような気がした。

何事かと、前を見る。

すると、先程まで自分が張り付いて、底板を抜いてしまった大きな木製の棚。

それが、こちらに向かって、音もなく倒れてきているのが見えた。

@acadine