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ツキシキ
2024-03-20 19:07:17
7724文字
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★ヴァイロンの塔まとめ
2作品。二次創作。ヴァイロン、クロウ、主人公がメイン。
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奇跡を纏わぬ凡人ら
過去がもうない主人公と、主人公にルダインを見ているヴァイロン(29F)
_____________________
溜めた魔力の塊が刻の流れで消失する。気分の好調も身体の不調も全てが過ぎて零になる。刻が流れまた繰り返す。まるで、あいまいな自分の記憶のように。
循環で成り立つこの力場はしかし、それだけで完結しているとはとても言い難かった。疾走する刻の魔力が、部屋の隅、奥へ続く段数、あちこちを加速と共に歪ませている。
自分の足場すらたやすく揺れ動き、少し気を逸らせば今にも置いて行かれそうな感覚がある。
そんな不安定さの中、流動と循環にはとても似つかわしくない、穏やかな声が響いた。
「其方は一度でも奇跡を祈ったことがあるか?」
目前の少年、歪む魔力と同じ髪色をした彼はそう問いかけてきた。
自分は今、挑むためにここへきている。奇跡とは勝負の大逆転を指しているのだろうか。だが自分は勝利を願うことはあっても、奇跡を祈ったことはない。少なくとも自分の記憶の範囲では。
そう答えると彼は悠然と微笑んだまま、
「
……
すまない。意地の悪い質問をしてしまった」
とだけ言って目を伏せた。こちらの喪失した記憶を気遣っての言葉なのだろうが、自分は無くしたその中身すらわからないものだからむしろ気にしようもなかった。
気にしているのは君の方では。
言いかけて、辞めた。
────君。
彼を何と呼べばいいのか、自分は未だに測りかねている。一度彼を撃破し、そして数えきれないほど挑み直している、今となってもなお。
ヴァイロン。冠するこの塔の名を口にすればよいだけの話なのだが、どこかへ散った記憶が拒むのか、その響きはいつも自分の唇をもつれさせた。そして逆に、彼が呼びかけてくる際に使うこちらの名前もまた、なんとなく座りの悪さを感じさせる。
だから自分は彼を名前で呼ばないし、聡い彼はそのぎこちなさを器用に汲み取って、こちらを名前で呼ぼうとしない。
けれども、そんな距離感とは対照的に彼の眼差しはいつもあたたかなものを含んでいる。その視線は魔力を互いにぶつけあう時も、去り際に言葉を交わす時も変わらない。どうにもやりにくいと思う、そんなこちらの気持ちすらもあの瞳は見透かしているようで、
難
がた
しはさらに増していく。下手をすれば闘志や怒り、侮りよりも厄介だ。
彼の翠緑の瞳が、ふいに塔の外へ向けられた。
自分も釣られて外を見やる。随分高くまで昇って来た筈だ。足を動かしたこの身であれば感慨深い風景かもしれないが、常にここに留まる彼にとってはどのような形で見えているのだろう。濃密な魔力で覆われたこの塔は、ただそこにある景色すらも歪ませられそうだ。
「祈りは弱者の行いだ」
彼の独り言が宙に溶けていく。彼との会話は毎度そうだった。
彼は事ある度にこちらを見据え、時に懸命だと称え、時に遍く全てを受け止めるように微笑んでくれはする。だが、ここまでの階に立ち塞がってきた出番人達と違い、彼の視線と言葉は自分を通り過ぎていくような気がしてしまう。ゆえに自然とこちらも返す言葉が少なくなり、呟きと会話の中間だけが半端に放りだされていく。
「力を持つ者はこうあれば良いと祈る前から既に動いている。其方が良い例だった。試行錯誤すら必要ないんじゃないかと思えるほどの確かな足取りで歩んだ。周りの者までもが其方と同じように万能になれるのではと錯覚してしまう時すらあった」
それは自分の知らない誰かの話だ。
そう言いたげなこちらを諌めるように彼は振り返った。静かな輝きを秘めた瞳だ。万能と言うならばそれは君ではないかと、そう言いたくなるほどだった。口にすればまたその瞳が色を変えるから、自分はただ黙っていた。
「猿真似に過ぎないと理解はしていたが、“俺”も其方に倣ってとにかく走り回った」
彼が言うのは、おそらく遠く遠く昔の話。過去の自分と彼でない彼の、重々しい絆の話。
「何分“俺”の選択肢は少なかった。やぶれかぶれでも動きさえすればと。何せ祈る暇すら無かったのだ」
皮肉なことに、過去の境遇と比べて此処は真逆だ。
今の自分達は暇を浪費する存在だった。焦りはほど遠く、呑気にも言葉を交わすこの時は最も無為だと、知っていて場を去ろうとはしない。
自分は望めばすぐさま次の階へ向かうことができる。最も頂上に近いその階に行けば、きっと何事かの決着が着くのだろうという予感もしている。
そのうえでなお足踏みしているのは、彼の瞳が。無くし物を探すようなその目つきが、放っておけない気分にさせるからだった。
「記憶が消えて尚、其方の輝きは変わらない。それは其方の魔法が“力”だからだ。身に馴染み、忘れようがない習得物だからだ」
その言葉は裏を返せば、自分の記憶の一端を彼が握っていることを示唆していた。けれども、それをこの場で聞きだしてやりたいという気は起こらなかった。知る時が来れば自然と
……
という言い訳をまだ掴んでいたい。
「思えば、この塔を訪れる者は皆、“力”の持ち主なのだろうな。其方も、精霊には出会っただろう?」
その答えならば返せる。自分は頷く。
常に主の傍に寄り添う小さな生き物、あるいは主を求めて戸惑う健気な生命体。その存在を見かける度、頭の片隅にじりりと焼けつく何かを感じてはいた。その記憶の焼け焦げを、目の前の彼は撫で摩ろうとしているのだろう。
「心弱さに怯える者には叱咤激励の
隣人
フェルーラ
を。盛大な雷雲を愛するものには黒翼の
破壊
ハッシュ
を。欠けたモノを補うように、あるいは増幅器のように、精霊達は主と共にある」
「
…………
」
「
…………
其方の求めるものは何だった?」
その問いかけが過去形であることこそ全てを表していた。
覚えていない、と答えれば、相手は合点したように頷くだろう。それが嫌で自分は黙っていた。うすうす気づいているこの塔の仕組みも、自分の記憶喪失の真相も、黙ってさえいればただ謎のままである。不思議の奇跡で動くカラクリをわざわざ解体したところで、残るのは何の変哲もない歯車だけだ。それならば自分は黙り続けていたかった。
言葉は苦痛だ。慰めも、励ましも、次の瞬間には形に残らず消えていく。そのくせこちらの傷は掻き毟る。
「魔法は力に通じ、祈りは奇跡に通ずるのだと、私は思っている。“俺”はそれをわかっていなかった。そして“お前”は宗教家でもなければ信仰者でもない。だから魔法を行使する。祈りで済まなかったからこそ私はここに居て、其方は一度全てを失った。そうだろう?」
自分は言葉を返さない。代わりに否定も返せない。
塔の階段を昇る度、番人達は何度でも自分と対峙する。同じ業を繰り返す。では昇りきったその先にあるのも、同じことではないのか。また何もかもを落っことして、見ないふりをする、それだけではないのか。今ここに居る自分が初めてこの地を踏みしめたと断言できないことが恐ろしい。
記憶より先に無くすべきは力ではなかったのかと、見覚えのない自分の掌が問いかけてくる。
そんな自分の弱気を見て、彼はこの話を続けているのかもしれない。
それでも話はいずれ尽きるもので、彼の説法めいた言葉の徒然も、終わりを迎えようとしていた。
「実は私は少しばかり嬉しいのだ。“お前”が立ち止まり、考え込んでくれることが嬉しい。追いつこうと考えることすら愚かしい“お前”の傍に、私は大義名分を持って居られるのだから」
はにかむような笑い顔から自分は目を逸らした。彼が見ているのは自分ではなく、その背で手招く何かだということを知っている。彼の言葉の端々が、この場に満ちる刻の力場が、嫌でもそれを思い知らせる。
それでも自分だって、彼自身を厭っているのではなく、彼の語る言葉から跳ねかえる自分の虚像を厭っているのだから、結局は独り芝居なのだ。
「思ったよりも長い話になってしまった。名残惜しさがそうさせたのか、または
……
」
彼は目を細めた。
「貴方が望むなら何度でも同じ話をしよう。繰り返し、繰り返し、貴方が納得を編み上げられる日がくるまで。幸いにして、刻だけが私達を繋ぐのだから」
それは暗にこちらを責め苛む言葉でもあった。
自分をここまで連れてきた案内役ならもっと直情的に言うだろう。
────気付いているんだろう、知らないフリはよせ。
そうやってこちらの頬を張り倒してくれるのだ。だが、そんな言葉はここになく、ただむず痒くなるほどの聞こえの優しいものが流れていく。だから、自分は。
「
…………
また」
ようやっと、言葉を吐いた。これは自分の意思なのだという確信すら持てない、か細い声だった。しかしそんな自分に、相手は余裕の満ち満ちた顔で返す。
「ああ、また会おう」
カシャン、と何かの音がした。時を刻む音だ、と、奥底の何かが自分に語りかける。その天啓の正体を探すがそんなものは当然どこにもない。
きっと自分の空耳だろう。咄嗟に作り上げた逃避の言い訳はあまりに稚拙だったが、その出来の悪さこそが今の自分の全てだった。
かの天才はまだ遠く遠く、駆け抜ける刻のはるか先に居るのだと信じたい。自分の力はあくまで借り物であり、戦いを求めることがあっても、あくまでそこには運頼みを願う弱者の気持ちが残るのだと信じたい。
どれだけ力を尽くしても過去には戻れないのだと、あの冴えた悲しみを称える緑の瞳が知らしめる。それならば自分は歴史に名を残す天才ではなく、過去を持たない弱者でありたかった。ここまで塔を昇ってきた、その事実と衝動を差し置いて。
カシャン。
背中に時計の針を突きつけられてなお、塔を昇るための爪先は動かない。停滞の象徴は何度でも優しい翠緑とともに微笑みかけてくる。
それでも────時は、廻る。
~END~
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