銀白色の悠久想花

MHRウ教×マイハン♀(リラ)。両片想い。
本編ネタバレあり。

狩猟中に花を見つけたリラと、集会所で狩猟に出た彼女を読書しながら待つウ教のお話。
ウ教の本から現れた古びた栞。彼はその栞には並々ならぬ想いと思い出があった。



どれほどの時間が経ったことだろう。
八つ刻を過ぎた頃だ。

狩猟を終えて集会所に駆け戻ってきた里の英雄『猛き炎』たる娘、リラ。周囲を見回してウツシを探し始める。

難なく見つけた彼の読書姿。それが何となく珍しい彼女は、静かに、そうっと歩み寄って行った。

「ウツシ教官っ! お勉強? 何読んでるんですかー?」
「やあ、おかえり愛弟子! 無事で何よりだ!これは昨日エルガドで買った本だよ! キミが帰ってくるまで読んでいようと思ったんだけど……早かったね? さすがだよ!」

ウツシはちょうど自分の肩の位置、後ろから覗き込むように現れた煌めく銀髪に動じることもなく、穏やかに、可愛い愛弟子の無事を喜ぶように微笑んだ。

横目で見れば、興味津々に本を覗き込む愛くるしい横顔があり、それはいつかの面影を残していて。
彼にはそんな彼女の表情や仕草が、妙に懐かしくて愛おしてたまらない。

「どうしたの、興味があるかい? ハンターたちの歴史を語った本といったところだよ」
「はあー……。何か、むずかしそうですね……

ウツシの読んでいた本のはずだが、いつの間にかリラは彼の肩に顎を乗せ、手を伸ばして勝手にぱらぱらとページを捲っていく。

小さな活字がビッシリで、挿絵は見当たらない。彼女は思わず「うへえ」と声を漏らした。

「うわあ、字、ばーっかり。読んでて眠くなっちゃいませんか? あれ? どうしてこの本にモンスターの……モノブロスの話が?」
「ははは! 気になるだろう!? だから眠くはならないよ、キミもいつか読んでみるといい。読み始めたらきっと夢中になると思うなあ」
「うーん、そうだといいですけどね……

先ほど読んでいたところまで正確にぱらぱらとページを戻していくウツシの手の動きを見つめていたリラだったが、やがて彼女は「んん?」と彼の手から机上に視線を滑らせる。

彼の手前側に置いてある小さな栞が、気になった。

ミノトも気にかけていた手作り感に溢れるそれを改めて見ると、小さな長方形の上部に碧色の組紐が結ばれた和紙の栞。

組紐も紙の端々もすっかりくたくたで擦り切れそうになっている部分さえあり、年季とウツシの物持ちの良さを同時に感じさせる。

すっかり白茶色に変色してしまっているが、咲き誇る桜の花々だとしっかり分かる押し花はとても可愛らしい。

朧気ながらリラ自身にも、その古めかしい栞には確かに見覚えがあった。

「教官、それ。……そのしおり、もしかして」

思わず苦々しくリラが呟くと、ウツシは彼女の視線の先に気付き「ああ」とどこか嬉しそうに、先程も話題になった栞を手に取った。

「キミも覚えてるかい? この栞。まだ小さかったキミが、教官試験を受けることになった俺にくれたんだ」
「え? キミも、って
「キミが戻る少し前に、ミノトさんとも話したんだよ。懐かしいねって」
「まだ大事に持っててくれてたんですねえ……

苦笑するリラの、霞がかった記憶の彼方、蕾のような断片の記憶。
小さな長方形に込められた思い出たちは、次第に鮮明に、花のように咲き蘇る。


ハンターとして確かな実力を手にしたウツシが、更に目指した教官資格。
カムラの里のウツシ『教官』となるべく、彼が更なる修行と勉強を始めた頃のこと。

『ウツシにい。これ、あげる』

愛らしく柔らかい、小さな手が渡してくれたもの。
少々不格好ながらも、固く結ばれた碧色の組紐も桜の押し花もまだ新しい、色鮮やかな栞。

若かりしウツシは丁寧にそれを両手で受け取っていた。

『うわあ、とってもキレイな栞だね! これ、俺にくれるのかい!?』
『うん。おべんきょうは、いっぱいごほんをよむんでしょ? さとおさも、ヒノエねえも、ミノトねえもいってたの。さいてるさくらのおはなは、ごうかくのおはななんだって』
『えっ!? 合格って、試験を受ける俺のためにわざわざ作ってくれたの!? あ、ありがとうッ!!』

満開の桜を、それに込めた祈りを、そのまま封じた栞。
幼き小さな銀色の炎は、教官となる大志を胸に秘めた若かりしウツシに、可憐ににこりと微笑む。

『これつかって、おべんきょうがんばってね! ぜったい、きょうかんになれるよ!』

人の心を確かに奮わせ、燃え上がらせる、小さな炎。
彼女の笑顔の愛らしさと温かな想い、栞を受け取った瞬間の喜び。

『うん! 俺、必ず立派な教官になるよ!!』

幼き炎に「やくそくね」と指切りをして、穏やかに笑い合った日。

里長もゴコクも、ヒノエもミノトも見守る中、まだ合格してもいないのにウツシは早くも嬉しくて、泣きそうになったのを思い出した。

ところどころ、ふわりと優しく色付いた、セピア色の優しい記憶。

その時の記憶も、贈られた優しさも、それに宿る温かな想いも、全てをウツシはしっかりと覚えていた。
それは、自らの心のいしずえの一部となっている。

思い出に浸って、金色こんじきの双眸を滲み揺らしながら、彼の目は、今はもうすっかりくたびれてしまった手の中の栞を見つめる。

「これをもらえた時、本当に嬉しかったなぁ……。勉強も頑張ろうって思えたし、今でもこの栞を見ると、初心に帰ることができるんだよ」
「教官の初心……ですか?」
「ああ、そうだよ。もっともっと頑張って、立派な教官になるぞって気持ちになれるんだ」

栞を見て「えへへ」とウツシが声を漏らし、当時のような嬉しそうな笑顔を浮かべる。

そんな彼の肩に乗せていた顎を離しながら、リラはゆっくりと姿勢を正す。

ウツシの中の美しい思い出は、栞を作った彼女本人にしてみれば、今となっては恥じらいも大きい。自然と顔が赤くなる。
だが、今はまさに別のところにも、彼女が頬を赤らめる理由が存在していた。

……ん? リラ?」

栞を手に持って座ったまま、不思議そうにウツシが首をひねって確認するようにリラを見やる。
彼女は顔を赤くして、うつむいていた。

「どうしたんだい?」
……い、いえ。私、あんまり成長できてないなぁーと、少し恥ずかしくなっちゃいまして」
「ええっ!? 急に何言ってるの、そんなことない! どうしてそんなことを!?」

椅子から立ち上がりそうな勢いで全力で否定したウツシの様子と、その言葉に励まされつつ、リラは彼に恥じらいの理由を伝えようか否か、思案を巡らせ迷っていた。

このまま静かに濁して去ることが出来れば良かったが、如何いかんせん相手が悪い。

何とか着席を保っているような様子の、あまりにも情熱的なウツシの視線に負けて「ふう……」とリラはため息をひとつ。
そして、帰還の際に背負ってきた鞄の中からハンターノートを取り出した。

取り出しながら彼女はふと、ちらりとウツシに訝しげな視線を向ける。
じっとりとしたその視線の意味が分からず、ウツシは慌てた様子で首を傾げた。

「な、なんだい!? 愛弟子! そ、その目は一体どういう感じなの!?」
………。笑わないで下さいねー?」
「ええ!? わ、笑わない! 絶対笑わないよ!」
……ですよね、信じます」

何度も宣言するウツシの慌てぶりが、とても愛おしい。

クス、と悪戯っぽく笑みを零してから、リラは座っている彼に見えるように両手でハンターノートを差し出して、そっとページを開いて見せた。

開かれたページで一際目を惹く、鮮やかな色。

先程の狩猟で見つけた愛らしい小さな花が二輪、綺麗な押し花になっていた。
柔らかな白と花びらの縁を彩る、鮮やかなつつじ色の小さな花。

一目それを見たウツシの瞳には、太陽の煌めきのような光が宿り、穏やかに表情が綻ぶ。

「わあ……! とっても綺麗な押し花だね、愛弟子! どうしたんだい? この花!」
「さっき狩猟で行った砂原で見つけたんです。すごく綺麗だったので、そのぉ……

まるで風船がしぼんでいくように、リラの声がだんだん小さくなっていく。
それにともない、彼女の顔も少しずつ赤くなっていった。

「こ、この花を、押し花にして……教官と一緒に、その……お揃いで、栞でも作れたらなぁーと……
「えっ!?」
「は、花を見つけた時、ウツシ教官にも見てほしくなっちゃって!それで、その、せっかく押し花にするなら、栞とかなら良いかなぁーなんて……!」
「ッ……! ま、愛弟子……!」

金色の双眸を丸くして、ウツシが真っ直ぐリラを見つめる。

その視線を浴びながら、彼女はハンターノートを開いて顔を赤くしたまま、下を向き続けていた。

自分は、幼い頃と同じようなことをしようとしていたらしい。
いつまで経っても考えが成長していないような気がして、幼い頃の話を聞いた時よりも恥ずかしくなってしまった彼女が、妙に静かなウツシの方をちらりと見る。

「教官……?」

何を見ているのかと、リラがウツシの視線の先を確かめてみる。

彼は小さく目を見開いて、感極まった様子で花を見つめていた。
滲んだ想いの光が、彼の金色の瞳に揺れている。

過去を懐かしみつつも現在を見つめ、想いを馳せているような様子。
彼にしては珍しく、大切な愛弟子の声も聞こえないような様子だ。

不思議そうに、リラがウツシの前に少し顔を近付ける。

「ウツシ教官ー? ……ど、どうしました?」
「! あ……! あぁ、ごめん……!」

我に返ったような様子で「ごめんね」と告げるウツシの目は、何となく潤んでいるように見えた。

不思議そうに首を傾げるリラに、彼は照れくさそうに微笑む。

「キミは……俺のこと、昔からずっと忘れることなく想い続けてくれているんだなって、改めて感じて……! 何か……う、嬉しくって……!!」
「! な、な、何言っちゃってるんですか、突然……! お、大袈裟です!」

だって、あなたが大好きだもの。
ずっとずっと告げずにいる、大切な想いがあるんだもの。

そう告げたら、あなたはどんな顔をするだろうかと、リラは小さく寂しそうに笑った。

微笑みながらすっかり泣きそうになっているウツシの言葉は、彼女を予想外な形で驚かせつつ、胸を高鳴らせた。

いつ如何いかなる時も、あなたを忘れることなど、できるはずがない。
思わずそんな言葉が出そうになってしまったが、彼女はそれをぐっと飲み込んだ。

ウツシは心から嬉しそうに目を細めて、ハンターノートの押し花を一瞥いちべつすると、自分の潤んだ双眸を腕でやや乱暴に拭っていく。

大切な人、大切な愛弟子。
昔から自分は、彼女をずっと見守っている。
彼女を見てきたのは自分だ。
その自負に埋もれてしまっていたのかもしれない。
今まで、あまりにも気付かなかった。

(俺は、今まで……何を見て……!)

大切な彼女こそが、ずっとずっと。
今も昔も想いを込めた花を手に、幼い頃からずっと、自分が『教官』と呼ばれる前から、今に至るまでずっと。
変わらずに想い、ずっと見守ってくれていた。
それが今更、ようやく分かるとは。

……鈍いね、俺は。こんな、今更……ごめんね、リラ……!)

自らの胸の内で、ウツシが何度もリラへ詫びる。
まだまだ自分は未熟なのだと、痛いほど感じることができた。

次に見えた彼の顔は、とても晴れやかなもの。

「よおおぉぉし! 我が愛弟子、リラ! キミが大切に、大切に持って帰ってきてくれたお花だ! 一緒に、最高の栞を作ろうじゃないか!」
「ど、どうしちゃいましたか? 大袈裟ですね、ホントに……
「大袈裟なもんか! キミが俺を想って持ってきてくれたお花だからね!」
「ま、まあ……それは、そうなりますかね」
「キミさえ良ければ、早速一緒に作りたいなあ! 必要な材料を揃えに行こう!」

想いの深さが伝わってしまったのか、否か。
決して聞くことのできないリラだが、ウツシと一緒に時を重ねられるのなら、それが何より幸せだった。

すっかりやる気になった彼を見て、嬉しそうな笑顔の中に安堵を宿しつつも、ほんの少しだけ呆れたように息をついてから、リラは「はい」と頷いた。

幸い、この後は空き時間。
それはウツシも同じようだ。

笑みを浮かべながら彼女が一旦、両手でハンターノートを静かに閉じる。
花が壊れないように、そうっと、優しく。

直後にウツシも本の間に大切な栞を挟み、それを閉じながら手に持って、椅子から元気に立ち上がった。

「行こう、リラ! カゲロウさんの雑貨屋さんを覗いてみようよ! 和紙と組紐が欲しいよね! 俺たちの共同作業にふさわしい、良い材料があるかもしれない!」
「き、共同作業って……全くもう。一緒に栞を作ろうってだけで、本当に大袈裟なんですから」

ぶつぶつと呟きつつも、リラの表情は喜びの笑顔そのもの。

自分の持ってきた花に想いを汲み取ってくれるウツシの察する力が少々怖かったものの、彼がここまで意欲的になってくれたことが愛おしかった。

待ちきれない様子で本を片手に持った彼が、先に集会所の出入口の方へと駆け出す。

「リラー! 早く行こうよー! 材料売り切れちゃうよー!」
「え、すっごいやる気……! ま、待って下さい教官! 売り切れませんから!」

リラは一旦、狩猟時の荷物を全て集会所内のボックスの中に放り込んだ。
手にはハンターノートを大切に抱えて、迷わずに走り出す。
長年、大好きな人の待つ集会所の出入口。
不意にウツシが、手を差し伸べてきて。リラの心臓はどくんと震え、目は大きく見開かれた。

「えっ!? なん、ですか、この手……
「昔みたいに。ダメ?」
……だ、ダメな、ことは……!」

こんなことをされたら、気持ちが抑えきれなくなってしまう。リラが目を泳がせた。
溢れんばかりのウツシへのこの想いがバレることは、まだ怖い。

優しく伏し目がちに微笑み、ウツシは躊躇うことなくリラの手を取った。

「はえっ……!? き、きょうか、ん……! 」
「はは、こういうの懐かしいね! 行こう、リラ!」

微笑むウツシの笑顔は太陽よりも眩しくて、リラはしばらく呆然と見惚れてしまった。
顔が熱い気がするのは、きっとこの笑顔のせい。

昔から変わらない、とても大きくて温かい手。
今は昔よりもごつごつとして、固くなって。けれど包み込んでくれる優しさは変わらない、愛おしい手。

リラはウツシに優しく手を引かれ、外へと繰り出した。

懐かしいような、新しいような、あまりにも不可思議な感覚。
締め付けられるようなのに心臓は早鐘を打ち、打てば打つほど熱を帯び、内側から火傷しそうで。
時間が、ゆったりと流れているような気がした。

歩きながら響くウツシの声に、リラは真っ赤な顔のまま懸命に答える。


──ねえ、どんな紙と組紐がいいかな?

教官、何色が好きでしたっけ?

──俺より、キミの好きな色にしたいなぁ!

ボク? あ、私は……

──フフ。
何だか、本当に……懐かしいね、リラ。

懐かしくて。
すごく楽しいです。



そんな会話を重ねて駆けていく、二つの背中。
二人を見守っていた、集会所内のゴコクとミノトが、どちらからともなく顔を見合わせる。

ゴコクは感慨深そうに穏やかに、ミノトは呆れたような様子でありながらも、安堵したように微笑んでいた。

手を繋いで、二つ並んだ見慣れた背中。
遠い昔から見ていた不変の光景。

永く見守り合うその背に宿る、互いの想い。

そんな想いと二人を見守る、長命種である竜人族の眼差し。

人間よりも遙かに長い時間を生きる、竜人族。
彼らの記憶は、本には決して記されない歴史の中に交錯した人々の想いを、後世に繋いでいく。

仲睦まじく並び立つ師弟の想いの花は、そんな彼らの眼差しの中、記憶という栞の中にも爛漫に咲いた。

仲良く寄り添う二つの大輪の花。

『リラ。俺はこれからも、キミ見守っているからね』
……私もです。教官。』

二人の想いと命の脈動、生きた証は、長き命の記憶の中へ。

例え幾千の時が流れようと、その中で咲き誇る花。
何があろうと決して枯れることのない、栞の中の大切な押し花。

里の中に、カゲロウの雑貨屋で、あの頃と同じように仲良く、和紙と組紐を選びながら笑い合う二つの声が、木霊した。


@acadine