氷紀
2024-03-14 14:09:09
6396文字
Public とある息子たちの話
 

とある脱線息子の抱擁

ゲ謎派生パラレルワールドの〓×6期の👹 『とある~』シリーズの続き。強さと危うさ。


 明け方、煙草の匂いで目が覚めた。
 ぽかりと空いた窓の青い明かりに、そのひとの影が浮かび上がる。見覚えのある光景、たしか今回僕がここに来た直後にも、同じような姿を見た。でも今はそのときと違って、髪は絡めていない。だから僕が目を覚ましたことに、そのひとは気づいていない様子だった。

 宙を見つめる無表情も、煙草を吸う仕草そのものも、やっぱり見覚えがある。といってもそのひと自身の姿じゃない。もうずっと昔、お義父さんがあんな感じの顔で煙草を吸っているのを見たことがある。
 僕が物心ついたばかりの頃、お義父さんはよく戦場の夢にうなされて、この明け方の時間に飛び起きていた。当時は何となく、見てはいけないものを見てしまった気がして、ただただ寝たふりをしていた。今なら分かるけど、お義父さんは、そういう自分を、ちいさな僕から隠したかったんだろう。だから、気を静めるために煙草を一本だけ吸って、寝たふりを続けている僕のそばに戻ってくるのが日常だった。
 僕が大きくなるにつれ、そういうことは減っていって、僕が小学校に入る頃にはすっかり見なくなった。でも僕は覚えてる、ずっと。
 いつも優しく笑いかけてくれて、いたずらをしたらぴしゃりと叱って、怪我をして帰れば心配そうに眉を下げる、あのお義父さんの顔から表情が抜け落ちる瞬間。
 あのとき僕は、本当はどうしたかったのか。

 僕が静かに身を起こすと、そのひとは僕の方に視線をよこした。でも僕は構わず、そのひとを背中側からそっと抱きしめる。煙草を持つ右手は危ないからそのまま、左腕だけを胸の方に回して。
 僕は何も言わなかった。泥田坊のときもほうこうのときも、そのひとが何も聞かずに抱きしめてくれたのと、同じように。
 そのひとも何も言わない。紫煙の中に心を沈めたまま――でもほんの微かに、僕の方に寄りかかってくる力を感じた。返事の代わりに、そのひとの胸を、回した手のひらで撫でる。
 明け方の青がほんの少しずつ、明るくなっていく。ただよう煙、煙草も少しずつ短くなっていく。灰を落とす手つきは、やっぱりお義父さんにそっくりだ。

 このひとは、この甘くて苦い煙草で、どれくらいのものを呑み下してきたんだろう。父さんのいる森を離れて、誰にも言えない気持ちも痛みも独りで引き受けて、それでもこのお義父さんの煙草だけは、手放せないまま。
 何も言わなくたって、分かる。分かってしまう。そのひとの姿は、もしかしたらあり得たかもしれない僕そのもの、だから。

 ……だって本当に同じじゃないか。
 僕があらざるの地で見たお義父さんの記憶と、そのひとが持つ煙草と。

 本当は、全部止めて捨てれば楽になるって分かってる。
 でもそれだけは、やっちゃいけない。人間に優しくあってくれ、ってお義父さんの願いに背いたら――『鬼太郎』はきっと、己の力を振り回して孤独と絶望をまき散らす、災厄になってしまう。そうなったら、どれだけのものが壊れて消えるか。どれだけの憎しみが生まれるか。人間も妖怪も、望むだけ殺せてしまうような力をもって、生まれてきてしまったから。
 その怖さは、僕とそのひと以外の誰かには、もう絶対に分からないこと。

……なあ」
 フィルターまで焦げた煙草を灰皿に落として、泣きそうな声が僕に告げた。
「もう少し、……そのままでいてくれるか」
 僕は黙ってうなずいて、もう一度、そのひとの左胸を撫でた。

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