氷紀
2024-03-14 14:09:09
6396文字
Public とある息子たちの話
 

とある脱線息子の抱擁

ゲ謎派生パラレルワールドの〓×6期の👹 『とある~』シリーズの続き。強さと危うさ。


 今夜は、そのひとは僕を抱く気はないらしかった。
 力の注ぎすぎは良くない。何か明確な決まりがある訳じゃないけど、僕の体のことを思ってくれてるんだろう。早く回復しなきゃいけないなら、多少の無茶はアリだと思うけど、でも今は――回復しきったそのときが、イコールで帰りの時間だと思うと、そんなに急ぐ気持ちにはなれなかった。
 もう少し、ここにいたい。

 抱く気はなくても、結局部屋に布団は一組しかないから、一緒に寝ることにはなる。そのひとが先にシャワーで体を洗って出てきて、僕も同じようにしたら、そのひとはタオルとドライヤーを持って待っていてくれた。
 髪を拭くくらい、自分でできる――けど、そのひとの手に自分の体を預ける心地よさを知ってしまってから、どうしても、意地を張る気になれない。

「僕も昔はこんな色だったっけ。……母さんにそっくりだ、ってよく言われたナ」
「ああ、僕の父さんも言ってました、それ。そんなに似てるんでしょうか」
 白いタオルで、丁寧に髪の水気を取っていく指先を感じながら、呟く。僕は母さんの顔を知らないし、父さんも目玉の姿しか知らない。だから、自分自身の姿を元にして、想像してみるしかないことだった。
「写真も残ってないから、分かんないもんなァ。僕の髪が白くなりはじめたとき、父さんにせっかくの色がって泣かれたけど、正直、ソンナコトイワレマシテモって気分だったよ」
「そうですね。勝手にそうなってるだけで、どうしようもないのに……
 冗談めいた声音につられて、僕の声にも笑みが宿った。少しずつ、少しずつ――何かが柔らかく、ほどけていく気がする。そのひとの手が、本当に優しいから。
 今は丁寧にタオルを扱う指先が、どんなに柔らかく僕に触れるかは知っている。背を包んで、髪を撫でて、手を握って、抱きしめて、肌に触れて、……僕の体の内側をとろかすその手は、あの人狼を殴り飛ばして殺したのと同じ手だ。
 僕と同じことをしてでも、僕を守ってくれる手。

 髪の水気をだいたい取り終えて、そのひとは今度はドライヤーを手にとった。ごうという音に阻まれて、他の音は聞こえなくなる。だから会話はそこで途切れてしまったけれど、僕は安堵した気持ちのまま、優しい手に髪と頭を預けていた。
 今、少し髪を伸ばしたら、僕は簡単にそのひとを吹き飛ばせる。同時に、そのひとの手も頭に、つまりは急所に触れていて、もしそのひとが少しでもおかしな気を起こしたら、僕は無傷では済まないだろう。周囲の音がドライヤーの音に掻き消されている今、音で変事に気づくのは難しい。だから、互いに信用しているのでなければ、これはかなり怖い状況……とも言えるんだけれど。
 僕はただ、髪に触れる指の心地よさに、身を委ねてぼんやりしていた。
 構えなくていい、預けていていい、戦わなくてもいい。少なくとも今ここでだけは、そのひとに守ってもらえることを、体の芯がやっと信じてくれた気がする。
……こんなモンか」
 やがて、ドライヤーの音が途絶えた。壁から電源コードを引っこ抜いてドライヤーを片づけたあと、そのひとは再び、万年床の布団の上に戻ってきた。そして僕の髪に、確かめるように触れる。
「結構、縮んできたよナ……最初の頃よりは」
 するりと通った白い指が、髪の長さを教えてくれた――腰と背中の境目くらい。最初は腰まで伸びきっていたことを思うと、確かに縮んできている。弱っている証の戻せない髪を、そのひとの指がまた梳いた。
「体は楽になってるか?」
「だいぶ。まだ戦える気は、しませんけど……さっきも、こっちを狙ってる奴がいるのは分かったのに、とっさに動けなくて」
 思い出しながら、答える。体が普通の状態であれば、あのパーカーの形をした霊毛を着せかけられる前に、僕は飛び出せていたはず、だった。でも結局、僕は買い物袋を預けられて、そのひとの姿を見ていただけだ。
 素直な言葉が零れ出る。
「あと、さっき見ていて……あなたがすごく強いことも、分かりましたけど。独りの強さだ、って思いました」
「お前には分かるよなァ、やっぱり。最終的にそうなっちまうんだ」
 複雑な苦笑を秘めた声。
 僕は前の夜と同じように、そのひとの体にそっと寄りかかった。
……生まれ持っちゃったから、ですよね」
「そう。確かに役には立つし、使い方次第だって思って、ここまで生きて来たけど……面倒なことの方が、多い気がするナ」
 肩を抱き寄せる腕も、前の夜と同じように。
 でも、その腕の強さが、何だか悲しい気もした。静かな呟きが続く。
「妖力だけなら父さんより上だろうって、……他ならぬ父さんに言われたこと、あるよ。母さんが父さんより強くて、その血が混ざってるから、って」
「確かに。きっと母さんは、とんでもない力の持ち主だったんだと思います……でなきゃ、そもそも僕もあなたも生まれてこられなかったはず」
「だよな。……そう、なんだよ」
 何かを噛みしめるような声と共に、くい、と小さな力。
 一緒に布団に転がって、そのひとは確かに笑った。
「まあでも今夜は、お前を守れたから良しとするサ」
……うん。ありがとう」
 せめてもの気持ちを込めて、抱きしめ返した。
 前にもらった言葉が、頭の奥に甦る。

 ――『強い』と『疲れない』は別。
 ――『平気』と『耐えられる』も、別だ。
 ――世界の全部に絶望するよりは、いくらかマシだろ。

 そのひとが何を背負ってきたのかは、そこまで詳しくは聞いていない。語れないものの方がきっと多いと思う。僕だって、撃たれるに至った事情は、しっかり話してはいない。
 それでもそのひとの歩んできた道が、生半可なものでないことは分かる。そうでなければ、僕に向かってあんなことは言えないだろう。痛みを背負って耐えながら、絶望に覆われそうな心を、ただ一つの星のような希望で照らして、ぎりぎりのところを歩いてる――たった独りで。
 形は違っても、その気持ちはやっぱり同じなんだろうと感じた。

 せめて僕にも、そのひとと同じくらい大きな手があればいいのに。
 一番恋しいお義父さんの手には、どうしたって敵わないのだとしても。