「や、らせる、かぁぁぁぁッ!!」
ゲタ吉の叫びが川縁を貫いた。沢城くんと僕と、迫ってくる巨大な影の間に立ち塞がる黒いTシャツの背中。小さめの商業ビルくらいはありそうな黒い卵型の塊に向かって、霊毛パーカーを巻いた右腕を振り抜く動きは、沢城くんそっくりで
――その拳が突き立てられた先は、巨大な卵の外殻。妖力の余波の地響きが体に伝わってきて、僕は思わず膝を突いた。
「先輩、」
「平気、まだ
……これくらい、なら」
何とか強がってはみたものの、さっき一度解放した地獄の鍵の余波が、確実に体の内側を焼いていた。酷く熱い。でもまだ戦いは終わってない。
軋む体を叱咤して、視線を上げた。
ゲタ吉が目の前の巨大な塊の上へ駆け上がる。塊から生えた触手の一部をパーカーでいなして、残りは速度で振り切って、更に思い切り飛び上がって、空中、ゲタ吉の右手の人差し指に、まばゆく青白い光が灯る。ほんの一瞬で集束した力が狙う先は
――卵の横合いやや上側、くらいの位置。
ゲタ吉が落下しながら、絞りこまれた一撃を放った。陶器が砕けるような音と共に、卵に掃き出し窓くらいの穴が空く。全体からすればほんの小さな穴だ。
これと同じ卵型の妖怪は、眼前のそいつを含めてあと二体。
墓のが出現を予測していたモノの『核』にあたる本体だ。
卵の瘴気が操る、怪物めいた何かの群れを蹴散らして、核にあたる卵三つを川縁まで追い詰めるところまでは、予定通りに行った。
でもその核の性質が予想外だったのだ。
一体目は、沢城くんの指鉄砲とゲタ吉の体内電気で崩壊し、中の核から胞子めいた瘴気をぶちまけた。川縁一帯を呑みこむ、火事と見紛うほど細かく大量の
――そんなものが人間の街へ流れ込んだら、大量の死者が出る。それを防ぐ為に、僕は地獄の鍵を解放した。胞子を全て囲い込んで焼き尽くし、核は沢城くんたちが改めて破壊してくれたけど、お陰で川縁は一面の焼け野原になった。
人間の巻き添えは出ていないから許して欲しい。
だからその外殻を崩壊させないように、先に中身だけを潰さなくてはいけない、と方針を変えたんだろう。ゲタ吉の足元からリモコン下駄が飛び、空いた穴へ突っ込んで行く。それは本当はゲタ吉のものではなく墓のの持ち物で、よく勝手に借りて怒られていると言っていたけど、今日ばかりは許されると思う。
横手から迫ってきたもう一体は、沢城くんが引き受けてくれた。動けない僕との間にちゃんちゃんこをさっと広げて、触手を巻き取って引き千切り、その間に沢城くんを狙ってきた別の触手を躱した上に足場にして、ちゃんちゃんこを回収しながら更に大きく飛び上がる。
ゲタ吉と全く同じように、沢城くんが指鉄砲を撃ち込んだ。卵の殻のほぼ真横、空いた穴はゲタ吉がやったのより二回り大きいくらいか。
そこへリモコン下駄を打ち込んだ衝撃で、卵が大きく横に倒れこむ。卵同士は触手を伸ばして激突を回避したが、沢城くんが倒した卵が、ちょうど隣の卵にあいた穴を塞ぐ形になった。更に沢城くんは、自分で卵に空けた穴をちゃんちゃんこで塞ぐ。慎重だ。
着地した沢城くんが、僕の目の前でゲタ吉と肩を並べる。
背の高さも髪の色も違う、でも気配は本当にそっくり、というかほとんど『同じ』で、その二人が本当に同根の存在なのが、分かってしまった。
内心に複雑な気分がよぎったのは一瞬のこと。
ゲタ吉と沢城くんの厳しい声が響く。
「ダメか。気体か液体かは、分からないけど」
「ですね。下駄で潰せる核じゃない
……どうする」
卵二つは、表面に生えた触手を狂ったように振り回している。中からは散発的に、がん、ごんというぶつかる音が聞こえていて、中身をかき混ぜられてパニックになっているようだけれど、弱る様子は一向にない。
「電気は一体目のときにやったけど、殻にしか通らないし、殻を破壊したら一体目と同じことになる
……」
低い呟きと共に、ゲタ吉が血まじりの唾を吐き捨てた。近くからよく見れば、霊毛パーカーの下の黒いTシャツは、べたりと重く濡れている。ここに至るまで相当な集中攻撃を食らって、それでもこの程度で済んでいるのかと思えば
――それはそれで驚異的、としか僕には言えないけれど、いくら幽霊族が頑丈だからって、失血が酷くなれば、いずれは。
「ちゃんちゃんこで封殺は
……包みが変わるだけに、」
言いかけた沢城くんが、思い切り咳き込んだ。彼も無傷じゃない、流血こそしていないけど、彼も道中で何度も派手に食らっている。
あまり長引かせるわけにはいかない。僕は何とか立ち上がった。
「沢城くん、
……ゲタ吉。一つ、方法がある」
「高山、無理は」
「
――あと一回。一回だけなら地獄の炎が打てる。タイミングを合わせて破壊して、まとめて呑みこめば
……」
「
……先輩、」
沢城くんの気遣わしげな視線、ゲタ吉の冷静な眼差し。
もう一発放てば僕がもう持たないことは、二人には分かっているだろう。良くて気絶、悪ければ僕の体が消し炭か骨になるかもしれないけど。
でも勝ち筋がそこにしかないなら、やるしかない
――二人を等分に眺めて、頷いたのはゲタ吉が先だった。
「分かった。
……沢城、前にやったよな、力を同期させるの」
「そうか、あれって」
「ああ、高山相手でもできるはずだ。どのみちチャンスが一回しかないなら、
……高山を支えてほしい。二つまとめてブチ抜くだけなら、俺一人で充分だから」
そう言って卵の方へ向き直ったゲタ吉に、言うほど余裕はないことが、失血からも気配からも分かる。本当に、チャンスは一回しかない。
ゲタ吉の右手に光が灯る。今までに見た中で、最大の
――そしておそらく、同じ規模で二回目を撃つのは無理だろう。
「高山先輩、手を
……」
差し出された沢城くんの両手を、僕も両手で受け止める。
力を同期させる方法があるって、だいぶ前に墓のから話を聞いたことはあったけど、実際やるのは初めてで
――戸惑う僕に向かって、沢城くんは静かに告げた。
「感覚は、ちゃんちゃんこを操るときとほとんど同じです。ただ、手の先にあるのは布一枚じゃなくて、『自分と同じ力をもったもう一人』だと感じてください。あとは僕が合わせます」
言われた通りにしてみたら、ふわりと揺れるような感覚があった。互いに包んでいる両手の先で、妖力の波長が合っていくのを感じる。入ってくるのと、流れていくのと。
沢城君の髪がふわりと伸びて、浮き上がるように広がる。
その髪の先に宿る妖力まで同調していくの感じて、僕は小さく息を呑む。薄々予想はしていたことだけど、本当に
――とんでもない器があるんだ、沢城くんには。
自分の使える力が二人分になったような感覚。
胸の中心から、火傷に似た痛みが退いていく。
「先輩、信じて」
「
……うん」
僕に力を預けるように、沢城くんが目を閉じた。波長が完全に同期するのを感じる。同じ“鬼太郎”だからできること。
視線を動かせば、ゲタ吉の右手に宿る光が見たことのない大きさになっている。
「開け鍵よ、」
目配せ一つ。小さく頷いたゲタ吉の手から、青白い光が一直線に放たれるのと同時に、僕は叫んだ。
「来い、地獄の業火よ!」
全身が灼熱に染まる。妖力だけではごまかせない体の痛みが胸に走って、思い切り沢城くんの手を握りしめてしまった。目を閉じた沢城くんの表情は動かないけど、支えるように握り返す力を感じる。
直後、沢城くんの髪に同じ炎が宿った。
沢城くんが合わせてくれるのを感じる。凶暴な獄炎乱舞が、僕の意図通りに動くように
――炎を象る僕の意志を、そっと支えるように。
ゲタ吉の指鉄砲の着弾に合わせて炎を一気に伸ばした。卵の位置を下から包み込んで、瘴気を一切逃がさないよう、螺線を描いて隙間を塗りつぶす。
「これで、どうだぁぁ、っ!」
二本の炎が、崩壊する卵二つをまとめて包み込み、内側へ向かって爆発させる。
拡散しようとする瘴気と胞子を全て焼き尽くし、卵の残骸まで全て燃え落ちたのを確認したところで、胸に焼け付く激痛が走った。
「先輩、高山先輩!!」
沢城君の絶叫が遠かった。視界が黒く塗りつぶされていく。
妖力はどうにかなっても、体の負担までは
……ってことか。
「ごめ
……ん、」
髪から炎が解ける。
崩れ落ちて離れた手と、代わりに抱き留めてくれた腕の感覚を最後に
――
意識が切れた。
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波箱
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