ちょち
2024-03-10 20:52:14
1959文字
Public 狂聡
 

狂聡連載11


 はー疲れた。
 週の真ん中水曜日。事務所のトイレで眠気覚ましに顔を洗って、目の前の鏡で自分の顔と向き合う。濃くなった目の下の隈を指先でなぞりながら、狂児は大きく息をついた。
 現代のヤクザはなんだかんだ言っても結局複数のシノギ……もとい、経済活動をまとめる一企業であるので、いわゆる中間管理職に位置するような立場の狂児はそれなりに仕事を溜め込んでしまうと本当にブラック企業並みの残業を強いられる事になる。
 まあでも、週末にはまた聡実くんと会えると思うとおじさん頑張れるな。……と、勝手に撮ったスマホの画像を見て、狂児はにんまりと微笑んだ。
 しかも会えるどころか、次は多分……何かまた不都合などなければ、「そういうこと」になる。
 ともあれ仕事も一段落したので、LINEの返事を送ることにする。聡実から送られてきた直近でこの日かこの日ならという予定に、じゃあ金曜でと返したきりなのだ。
『ごめん、ちょっと久しぶり😉』
『仕事ようやく一段落したヨン』
 深夜のこの時間なので寝てるかバイトかなと思ったら、意外とすぐ既読がついて返事が帰ってきた。
『おつかれさまです』
『起きてた?』
『バイトの休憩時間で』
 そっけない返事をどんな顔して打ってるのかなと思うと、ずっと口元が緩みっぱなしになってしまう。
 おつかれさま、というスタンプを送った。
『そろそろ金曜の待ち合わせとか決めようかと思って』
 お茶目なスタンプ付きでそう送ると、電話がかかってきた。
「お、もしもし聡実くん」
『今大丈夫ですか?』
「大丈夫や。あんなあ、後で地図とかちゃんとラインで送るけど、組のツテで新宿のホテル押さえてるから待ち合わせそこのロビーでええ?」
……ホテル』
 あっ直接的すぎたかと狂児は焦った。先に別のところで待ち合わせて食事からが良かったか。
「あっいやヘンなホテルとかやなくて、フツーのちゃんとしたホテルやしな! 飯もそこで食うたらええかなって!」
 いや言い訳がましいな!と頭の中で自分で自分にツッコミを入れる。
 そもそも「ヘンなホテル」って何!?あまり寝ていないのもあって思考がどうしても直球になってしまう。言ってることに嘘はないのだが。
「寿司! そのホテルにな、寿司屋あるで、寿司食べよ聡実くん!」
『お寿司? 嬉しい』
 少し浮ついた声にホッと胸を撫で下ろした。
「回らへんカウンターの寿司やで〜! なんでも食べてええからね」
 ふふふ、と小さく笑う声が聞こえて、見えているわけでもないのに釣られて笑顔になる。
『あっ……そうや、ひとつ聞いてええ』
「どしたん」
 少し間があいて、やがて恥ずかしそうに小さな声で聡実が言った。
『僕、なんか……その、準備しといたほうがええん……?』
……………………
 ……なにて?
 疲れているのもあって、思考がフリーズする。
 いや、するやろ。こんなん。
『狂児さん? 聞いてる?』
「全然大丈夫」
『ええ?』
「俺が全部準備するから。全然大丈夫。ぜんっぜん、だいじょうぶ……
『3回言うた』
 アカン勃ちそうや。狂児は洗面台に突っ伏した。
 女とする時も、ここ10年規模でおネーチャンになんやかやシてもらわんかったら勃たんかったのに。こんな、たかが想像で勃つとか高校生か!?
 だって聡実くんが、あの聡実くんが、俺のために「準備する」って。ネットで検索とかしたのだろうかと想像して、狂児はますます頭を抱えた。異様に顔が熱い。いや顔どころか、真夏のように全身熱い。
 正直めちゃくちゃ興奮するが、それはそれだ。おそらく初めてであろう聡実にそんなことをさせられないという、歳上のオトナの彼氏然とした気持ちが……だいたい2割。残りの8割はもう、ただただ「勿体ない」に尽きた。
 あんなに我慢して躱し続けておいて今更だとは自分でも思うが、狂児は根が貪欲なのだ。一度覚悟を決めてしまったら、何から何まで全部欲しい。
「マジで聡実くんはなんもせんでええからね」
『そ、そう』
「おん……
『なんか持って行った方がええもんとかもない……?』
「とくには……普通の、いつものデートの荷物でええよ。あ、でも着替えとか気になるなら……泊まりになるから……
『そっか。わかった』
 アカン、かわいい。今すぐ抱きたい。もう5秒後に金曜になれ。今金曜日なのでは!?
 思考がグルグルしてこれ以上聡実の声を聞いたら本当に発狂しそうだったので、できるだけ平静を保って、まだ仕事あるから切るな、ラインはまた送るから、と手早く告げて通話を終えた。
 はー…………と、長い息を吐き出す。
……アカン、抜かななんも出来ん」
 このトシになって、まだそんなことがあるとは思いもよらなかった。