ちょち
2024-03-10 20:52:59
1224文字
Public 狂聡
 

狂聡連載12


「お寿司美味しかったあ〜……
 噛み締めるように言う聡実に笑って、狂児がよかったなあ、と頷いた。
「あんなうまいマグロ生まれて初めて食べました。あとウニ!ウニってほんまはあんな味すんねや」
「寿司は全人類好きやからな〜」
 脱いだジャケットをハンガーにかけながら狂児が適当な返事をすると、ベッドの端に腰掛けたまま何かを考え込んでいた聡実が、ふと立ち上がった。
「どしたん」
「お願いがあるんやけど」
 んー?と腰をかがめて、頭を撫でながら聡実の顔を覗き込む。
「服脱いでくれへん」
「えっ何」
 やるとなるとえらい性急やんと一瞬ビビッたが、聡実の真剣な様子にどうやらそういう意味でもないと気付いて狂児も真摯な表情になる。
「上だけ……
「ああ」
 それで察して、狂児はくるりと聡実に背を向けた。
 ワイシャツのボタンをゆっくりと外し、腕に引っかけたまま肩から落とす。
 背中越しに息を呑む気配がした。
「どうや」
 そっ、と確かめるように聡実の指先が背中に触れる。
 大きな背中を覆う、見事な丹頂鶴の刺青。袖口からチラ見えする腕部分なら見慣れているが、背中の紋紋はずっと昔まだ会ったばかりの頃に白いワイシャツの背中に薄く透けているのを見たきりで、知り合って6年にもなるがちゃんと見たのは聡実はこれが初めてだった。
 高校生の頃に気になって観てみたヤクザ映画に出てきたそれよりも綺麗だなと思うのは「本物」だからなのか、それとも狂児の背中だからだろうか。
 聡実の、鶴の羽をなぞるように動く指先が少しくすぐったくて狂児が小さく身じろぐ。
「なに?また確認?」
 ちょっと揶揄うように言うと、聡実が小さく笑って「そうかも」と呟いた。
 確認といえば確認なのかもしれない。会わなかった間も、ずっと追いかけていた背中だ。抱かれる前にちゃんと見ておかないといけない気がしていた。
 睨み合うように向かいあう二羽の丹頂鶴の間に、聡実が顔を埋める。
 狂児の背筋に少し緊張が走った。
……怖いか?」
「今更やん」
 口ではそう言っても、背中に触れる唇が震えているのは伝わる。狂児がゆっくりと振り向いて、制する様に聡実の手を取った。
「怖かったらやめてもええよ」
 優しい口調で言う狂児に、聡実が俯いてふるふると首を振る。
「引き返すなら最後のチャンスやで」
……アホか」
 狂児の言いたいことはわかる。
 でも、狂児がヤクザだということなんて聡実は中学生の頃から知ってるし、なんならヤクザの集会に飛び込んだことだってある。だからと言ってヤクザが怖くないかと言われれば今でもそんなことはないが。
「大丈夫です」
 覚悟なんか、とっくの昔に出来ている。
「狂児さん知ってる? 鶴って、いっぺん番になったらどっちかが死ぬまで一生添い遂げるんやって」
 呪いみたいなこと言うやん。
 狂児は苦笑いして、甘えるような顔で見上げてくる聡実の頬を包んで口付けた。