ちょち
2024-03-06 23:03:51
2501文字
Public 狂聡
 

狂聡連載 8


 床に転がって手に握りしめたままのスマホをぼんやりと見上げている。もうとっくに画面は真っ暗になっていた。
 本当に、とんだ誕生日だった。
 25も年上の好きな男と、男の奢りでたっかい夕飯を食べて、高級ホテルで今夜は部屋取ってるよなんて言われて、ホテルの最上階のバーというドラマみたいなシチュエーションでカクテル飲んで……最初の一杯で相手の男が潰れた。
 いや、そんなことある!?
 先ほど電話越しに聞いた声を思い出して、またムカついてきた。
 二十歳の誕生日の翌日。昨日のためにフリーにしておいたはずの1日なのに、聡実は朝からアパートの自室に転がってひたすら怒ったり悲しくなったりドキドキしたりと数分ごとに入れ替わる感情の波に飲まれている。
 本当に、ゆうべは最悪だった。
 うまいこと正気を保ったまま酔えたら酒のせいにして誘ってみるのもええかななどと少しは思っていたのだが、全くそれどころではなかった。
 狂児はどこまで覚えてるんだろう。さっきの電話の様子からして……たぶん、あんまり覚えてなさそうだと思った。覚えてたらさすがにもっと平謝りしてくるはずだ。
 実際のところ、犯されそうになった時はちょっと本気で怖かった。でも、酔った勢いとはいえ初めて本気だとちゃんと伝わる声音で好きだと言われて嬉しかったし、聡実のことを大切に思ってくれているのもちゃんと聞けた。あのままされても良いかと少しは思ったのも事実だ。素面の狂児は何かと理由をつけてなかなか手を出そうとしてくれないことは最初からわかっていたから。
 別にそんな狂児を嫌だと思うわけではない。聡実がもしも逆の立場だったとしたら、やはりどんなに好きでも25も年下の相手に無体を働くのは躊躇するだろうと思う。その点において、狂児は反社のわりにはちゃんとした倫理を持っている。そこだけは関心しているし好きなところでもあるが、それはそれだ。
 けれど、あのまま流されてもきっとお互いよくなかっただろう。女子みたいで恥ずかしいなとは思うが、聡実だってやはり好きな人との初体験は良い思い出にしたい。
 それに後で知って傷つくのは、たぶん狂児の方だと思うから。なによりそれが聡実が抵抗するのに十分な理由だった。
 酒は本性を暴くという。
 少なくとも、本心では僕にああいう事したいと思ってくれてるんや。それがわかっただけ、聡実にとっては収穫だった。
 あとまあ、狂児の弱味ひとつゲットしたしな。この先何かまた腹立つことがあった折には、強請に使ってやろう。
 正直まだ大分ムカついているし、電話でも、もうちょっとキレるつもりだった。マジで覚えていなさそうなら昨日あったこと全部言って精神的に死なせてやろうかと思っていたくらいだ。
 でも一晩ぶりに声を聞いたら、なんだか色々なものが込み上げてきて。
 怒るより、ただ「会いたいな」と思った。
 思ったらつい声に出て、自分でビックリして咄嗟に通話終了してしまったのだが。さすがにないなとは思ったものの、それでかけ直すのも照れ臭くてゴロゴロしたまま逡巡している。気付くと結構な時間が経っていた。
 いつもの狂児ならすぐ折り返してきそうなのに、かかっても来ないし。
「狂児さん」
 今、どこで何してるんかな。
 今日は仕事があるから午前中に大阪に帰ると聞いていたし、多分寝坊で時間ギリギリでダッシュしてるところだったりするのだろうか。新幹線で落ち着いたらラインくらいくれるかなあ、連絡してきやすい様に一応なんか送っとくかあ……とゆるゆると文章を考えながら打ち込み始めた。
 平日の午前中だからか静かで、安普請のアパートの外階段の音だけがカンカンと床に響いている。慣れというのはすごいもので、今やうるさいと感じるターンはとうに過ぎ、足音の重さである程度歩いている人間の体格まで想像がつくようにすらなっていた。この感じはどっかの部屋に来た宅配かなあ〜と思った重めの足音が、自分の部屋の前で止まる。
 どくん、と心臓が音を立てた。
「聡実くん」
 慣れ親しんだ声。さっきの電話からどれくらい経った?1時間くらい?
 来てくれて嬉しいという気持ちと、なんで来るねんという気持ちがないまぜで泣きそうになる。
「あのー……。迷惑やったら帰るけど、出来たら開けてほしいナ〜なんちゃって……
 いやゆうべの今日でどういうノリで来てんの!?
 ちょっとイラッとして嫌々ドアに向かった。そっと覗き穴から外を見る。顔が見えないくらいドアに近づいているが、昨日から見覚えのあるスーツのかけらが視界に入った。
……帰ってください」
「そう来たかあ〜」
「もう知らんし……
「いやほんまごめん、ちゃんと会って謝りたいから」
 いつになく真面目な声に、心が揺れる。
「仕事はどうしたんですか」
「大した仕事ちゃうし、こっちで急用出来た言うて他のモンに任せた。なあ、聡実くん」
 少しだけ、ドアを開く。
「あのなあ僕は怒って……、エ!?」
 瞬時にガッ!!と爪先がドアに入り込んで来て聡実は恐怖に震えた。
 ヤクザか!?ヤクザやったわ!!と思わず脳内でセルフボケツッコミをしてしまう。
「いや怖いわ!!そういうとこやぞ!!」
「なあ聡実くん、話がしたいねん……
 やけに殊勝な表情と口調で言いながら、ドアを力づくでこじ開けようとしてくる。やり口が完全に借金取りだ。顔と行動が合ってなさすぎる。もう日常の基本行動にヤクザが染み付いているんだなこの男……と聡実は思った。
「わかった、開けるから下がって!」
「ほんまに?」
「ほんまに!」
 はーい、と言って狂児が一歩引くのを確認して、ドアを開ける。
 絶対に閉めさせへんぞという圧と素早さで部屋に滑り込んできた狂児に、そのまま力強く抱きしめられた。
「だ、誰かに見られるかもやし、閉めて中入っ……
「まだ会いたいって思ってくれてて嬉しかった」
「まだって何やねん」
 小さく呆れたようなため息をついてゆるく押し返すと、今日はちゃんとすぐに解放された。
「上がってええ?」
……どうぞ」