ちょち
2024-03-06 16:49:42
1988文字
Public 狂聡
 

狂聡連載 7


 やってもうたやん…………
 狂児が目覚めるとそこはホテルのダブルルームの一室だった。
 もちろんここが自分で取ってチェックインまでした部屋だということはわかっている。だが、どのように部屋に移動したのかの記憶がまるでない。当然のように聡実はいなかった。
 部屋に移動した記憶はないが、うーーっすらと聡実にめちゃくちゃキレられていたことは覚えている。それはもう、この世のありとあらゆる罵詈雑言を並べ立てられて、なんなら日本語だけでなく英語やそれ以外の言語まで混ざっていたが、不思議と全部悪口だということは理解出来た。聡実くんっていまだに汚い言葉とか全然知らんようなクリーンな印象やのに、こんなに悪口の語彙持ってるんやなあ……と謎の感動を覚えたことだけやたら鮮明に覚えている。
 多分なんか、怒らせたんやな。それはわかる。あと、途中で酔っ払って記憶が吹っ飛んだことは自覚している。
 教えてもらったカクテル、知り合いのバーテンダーにも本当に良いんですか?と確認されただけあってマジで強かったな……と実感した。聡実は喜んでいたし、甘党の狂児にも確かに美味しかったが。よく考えたらなんで自分も飲むねん……なのだが、狂児は酒に強くはないが全く飲めないわけではないし、まあ正直『女性を酔わせる酒』ということでかなり舐めていたところはあった。それに、いくら男同士といえどもさすがに令和のこの時代に見た目からしてこんな二人連れで聡実にだけそういった酒を飲ませるのは、ホテルの従業員に何か警戒されるのではないか?と思ったのだ。何より、そんな騙し討ちみたいなのはフェアじゃない。
「あかん、死にたい……
 何がしんどいって、狂児が自力で連れ込むのでもなく自主的に聡実が『この部屋』を確認してしまったことだった。
 やっぱりツインにしておけばよかった。別にめちゃくちゃ下心丸出しというわけではなく、別に金がないわけでもないのに変なところで生まれの貧乏性が出てしまったのだ。するにしろしないにしろベッド一個しか使わんやろと思ったのだが、冷静になったらそうとも限らない。なぜそこで思いとどまらなかったか。
 かなり良いホテルのスウィートとまではいわないがラグジュアリールームで、なのにでかいベッドがひとつだけって。うわこいつあんな事言っといてヤる気まんまんやんと思われたに違いない。
 聡実に醜態を晒したのは……まあ、今更かなあ、とは思う。相当呆れられたし引かれただろうが、自分が大人ぶって格好をつけているほどには聡実が騙されてくれているとは思っていない。名前通り何かと聡い子であることは良く知っているので。
 そもそも何を言ったのか何をやったのかもほとんど覚えていないが……
 さすがにこのままお別れになるほど最悪なことはしていない……と思いたいし、聡実がそんなことで狂児を見捨てるとも思っていないが、事実を突きつけられるのが恐ろしくて自分から連絡が出来なかった。
 恐る恐るベッドに転がっていたスマホを手に取ると聡実のLINE通知が入っていて、ちょっとホッとする。
『たぶん頭打ってたし、具合悪かったら病院行って。大丈夫やったら連絡して』
 おそらく時間からして、家についてわりとすぐ送ってくれていたのだろう。
 優しい……。あんなにキレてたのに。
 いや、あれはあれで多分聡実もかなり酔ってはいたのだろうが。
『おはよう🥱昨日はゴメンな😂』
 既読はすぐについたが、返事がない。
 顔文字チョイスに失敗したのか!?と焦っていると、返事の代わりに電話がかかってきた。
「こわ!!」
 怒られを覚悟して通話ボタンを押す。
……もしもし」
『おはよう。昨日はご馳走様でした』
「ああ、ハイ、いや……
『もう大丈夫なん?』
「ああ……うん、ちょっとアタマ痛いけど、ゲロ吐いたりもしてへんし。ごめんな、せっかくの誕生日やったのに迷惑かけて」
…………狂児さん』
 それきり聡実が黙り込んでしまった。
 ええ、何この沈黙、マジで怖い。
 やっぱりもう付き合いきれないと言われるのだろうか。ヤクザだらけの空間に連れ込んだ時ですら愛想を尽かされたりしなかったのに?まあさすがに今回ばかりは明確な失態なので、それはそれで致し方なしである。悲しいが。
 狂児が一人で悩んでいると、電話の向こうでひゅ、と息を吸うような音がした。
「どうした……
『会いたい』
 ぷつり、と通話が切られる。
 狂児はスマホを握りしめたまましばらく呆然としていた。まだ二日酔いのせいなのか、急に切られた通話の意味も、最後に聞いた四文字の意味もちゃんと頭に届くのにやけに時間がかかる。
 でも。確かに。
 会いたい、と言ってくれた。
……はい」
 電話の向こうには届かない返事を漏らして、狂児はよろよろと立ち上がった。