氷紀
2024-02-26 22:15:11
9927文字
Public とある息子たちの話
 

とある脱線息子の猶予期間

ゲ謎派生パラレルワールドの〓×6期の👹
『とある脱線息子の記憶』の続きです。〓くんも無傷じゃない。



 アパートに戻ってきて、買ってきた食料のうちからカップラーメンを選んで食べて、シャワーを浴びて。
 僕は元の服に、そのひとは部屋着に着替える辺りまでの時間をかけて、少しずつお互いの話をした。やっぱりそのひとと僕の過去はかなりの割合が重なっていて、哭倉村のあの出来事から、アニエスと西洋妖怪、そしてバックベアードの最初の事件までは、完璧に同じと言えるくらいだった。変わり始めたのはそのあとだ。

 ダイスの出目の二つか三つ、そのひとは僕との差をそう言った。

 父さんが体を取り戻したことで、そのひとは随分余裕ができて、だけどその分だけ違うものを背負いこんで、そして、あの東屋で話してくれた事件が起こったのだという。体が治ってから森を出て、それからは人間の街でできるだけひっそり暮らしながら、父さんや森の仲間から連絡があったときだけ、妖怪絡みの仕事をこなしているのだそうだ。
 僕の方も、できるだけかいつまんで話した。人間に頭を撃たれたあの件だけは、まだ感情が生々しすぎて上手く言葉にできなくて、だけどそのひとはやっぱり、黙って抱き寄せてくれたから、大事な部分だけは伝わったんだと思う。
「辛かったな」
「うん」
 相変わらず敷きっぱなしの布団に転がって、お互いに抱きしめ合って、寒くはないから上掛けは床に放り投げたまま、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。何かひどく安らいだ気持ちだった。
 息が楽だ。
 そのひとも多分、同じように感じているんだと思う。髪をつないでいなくても、声と気配でなんとなく分かる。
「あんまり辛すぎるときって、下駄もちゃんちゃんこも無茶苦茶重いよナ、使う力そのものが残ってても。ちゃんちゃんこは勝手に守ろうとしてくるけど、……それすら全部放りたくなったりして。父さんには絶対言えないけど」
「重い、ですよね。だから僕のはここには持ってこられない……ってことにしておこう、と。持ってこられるような状態なら、多分、そもそもここに来ません」
「だよなあ……僕とお前は、本当は、会わないで済む方が良かったんだ」
 でも、と言葉をつないで、僕を抱き寄せるそのひとの腕に、わずかに力がこもったのを感じる。
「僕は父さんをアテにできるけど……お前は、関わる戦いを全部自分の身一つで負わなきゃいけないし、負うモンだと周りも思ってるだろう。力があるんだから、強いんだから、戦えって。人間にも妖怪にも勝手に期待されて、勝手に失望されて、感謝されたりもするけど、その影ではだいたいいつも、誰かが泣いてる」
 まるで、僕の辿った道を見てきたような言葉だった。それに呼応するように、父さんにも、近い仲間たちにも絶対に言えないことが、言葉になってこぼれ落ちる。
「うん。それも、たまにすごく重くて。妖怪と人間と、どうしてこんなに上手くいかないんだろうって……上手くいくことがあるのも知ってるから、それが叶わないときが、一番……苦しい」
「ほんとに酷だよ、全部。他にどうしようもなかっただけだってのに、……それでだんだん嫌になってくるんだ。ヒーロー扱いされるのも、後ろ指をさされるのも、両方とも」
 抱き寄せる力に逆らわず、僕はそのひとの腕に自分の体を預けた。
「だけど、本当のことを言ったって、誰にも届かないんです。僕自身以外には」
「それだよな、一番は。“人間に育てられた幽霊族”なんて鬼太郎の他にいないんだ。……まあ、だから今、お前は時空の壁破ってこんなところに跳んできて、僕もお前に、ちょっと人に言えないようなことして。共犯だナ」
「ですね。……本当はあんまり良くないの、ちゃんと知ってます」
「僕も知ってる。でも、世界の全部に絶望するよりは、いくらかマシだろ」
 小さな笑みを含んだ声が、耳を心地よく掠めていく。
 本当はいちいち言葉にする必要もないことだ。これは、家族より親子より近いひとにしか、通じないことだから。

 二人だけの内緒話を続けるうちに、ふわりとした眠気がやってきて、僕は目を閉じた。まだ体は癒えきってないから、少しだるいような感覚もある。
 はやく治らなきゃとか、大丈夫だって言わなくちゃとか、そういうことを考えずに済むのはここだけだ。
 そのひとも、少しぼんやりした声になってきた。
……引き合ったのかナ、やっぱり」
「引き、合った……?」
「昔、父さんに教わったことがあるんだ。時間の流れは何本もあるんだ、って……となると、僕とお前以外の時間軸にも、別の“鬼太郎”がいるってことだろ? それも、何人も」
「そうですね……
 僕も、時空の壁を破る方法を見つけたとき、知ったことだった。そのひとの声は子守歌のように続く。
「その中から、お前が僕のところに跳んできたってことは……何人もいる“鬼太郎”の中で一番近くて、それでもほんの少しだけは違う、っていう……なんだろ、上手く言えないや」
 撃たれたあの場所を、そのひとはまた掌で包んでくれた。やっぱり体は少し緊張したけれど、でも、すくみ上がるようなあの感覚は、少しずつだけど軽くなってきた気がする。
「少なくとも、僕、頭撃たれたことはないもの」
 穏やかな苦笑が心地よかった。至近距離で肌に響く音が、ほんのかすかに、あの甘い感覚を連れてくる。それに誘われるように、僕はつい髪を伸ばしてしまった。僕の手首と同じくらいのひと束だけを、足の方へ。そのひとの左足の、膝から下をするすると包むように巻いて、止める。
「あ、おい、……大丈夫か、そんな」
「伸ばした、だけです。僕、にも……触れる、くらい……ゆるして」
 淡く甘い感覚と、やさしい睡魔に意識を半分くらい漂わせながら、僕は辛うじてそこまで口にした。あのとき、今だけゆるしてと言ったそのひとの気持ちが、一欠片だけ分かったんだ。
 痛む場所には気軽に触れられたくない。だけど自分と同じ傷を抱えているのが分かってしまったら、その傷がどれだけ痛むか知っていたら……僕の背を撫でて、痛みを包んでくれるそのひとの傷を、同じように包みたい。手が届かないから、髪で。
 少しだけ沈黙が落ちた。十秒か、二十秒か。
 そのひとは不意を打たれて言葉が出ない、という風だった。けれどやがて、深く安堵したような吐息と共に、少しだけ泣いているような声が応えてくれた。
「ありがと」
 目を閉じたままでも分かるくらいはっきりと、そのひとの力が包んでくる。そのひとの白い髪が、僕の体を温めるように覆うのを、肌で知った。そのひと自身の体も一緒に――まるで一つの繭に、二人でくるまっているような感覚だった。
 やわらかな力が降りそそぐ。直接髪同士をつないだり、体の奥に直接注いだときみたいな、酔ってしまいそうなものじゃない。痛みをそっと洗うように流れていく、やさしい力だ。
「おやすみ、鬼太郎」
 小さな呟きが聞こえる。同じ名前。
 そのひとの声で呼ばれたのが嬉しくて、僕も同じ言葉を返した。
……うん。おやすみ、鬼太郎」
 いつか僕も、同じ声になるんだろうか?
 そう思ったのを最後に、僕の意識はやさしい眠りに吸い込まれていった。