普通だと思ってた男の、平凡じゃないかもしれない息子
ハーツラビュルのパーティーの手伝いをしたり、妖精たちに絡まれたりしつつ、ナイトレイブンカレッジでの生活に慣れてきて、10月。寮対抗でのマジフト大会が開かれた。この学園のマジフト大会は、各国にテレビ中継されるほどの大行事だ。
僕も、何度かテレビで見たことがある。副寮長をしていただけあって、お父さんも昔は選抜選手として試合に参加していたらしい。その話をするたびにお母さんは「パパはね、ほんとにかっこよかったんだよ」なんて言って、嬉しそうに笑った。
そんなお父さんをもつ僕だけど、当然、選手に選ばれることはなく、友人たちも選ばれなかった。ハーツラビュルの奴は悔しそうにしてたけど、イグニハイドの奴は心の底からほっとしたような顔をしていた。
かくいう僕もほっとするタイプだ。テレビに出て目立とうとは思わないし、大会が近付くにつれ、殺気立っていくサバナクロー生を見ていると、シンプルに怖く思うものだ。
そんなわけで、大会当日、僕ら三人は屋台飯のハシゴをして、それから応援することになっている。
学外からも色々な屋台が入ってきて、ちょっとしたお祭りのようになっているから、たっぷり楽しんでこい。というお父さんの有難いアドバイスに乗っ取ってだ。
たらふく屋台飯を平らげて、先輩たちの応援をして、表彰式と閉会式が済めば、マジフト大会は終わり。優勝はサバナクロー寮、僕たちディアソムニアは2位だった。
フィールドの格闘技なんて言われるだけあって、試合は苛烈そのものだった。魔法が飛び交い、ディスクを奪い合い、ホウキから落ちるや落とすやのまさに大乱闘だった。
間違ってもエントリーされないよう控え目に生きよう。屋台で買ったレモネードを啜りながら、僕はひっそり心に決めた。
試合が終わって、ゲストが引き上げると、出場選手以外の生徒たちでコロシアムの後片付けをした。
どこの誰のプレイがすごかった。とか、VIP席のゲストに芸能人がいた。とか、そんな話をしながら。この学園は名門校なだけあって、OBもそれはそれは豪勢なものだった。
マジフトプロリーグの監督、どこかの王族、著名人
――そんな人たちに見られながらのプレイはさぞかし緊張するんだろう。先輩たちのプレイは見事なものだったけど、練習の時と比べてぎこちなく見えた。応援席の中にも、何人かがVIP席を見上げてはため息を漏らすやつも何人かいた。
そんなゲストの中にお父さんの友達とかもいたのかな、なんとなく、そんなことを考えながらゴミ箱のゴミを集めていると、ふいに視界が翳った。
「クローバーくん、至急学園長室までお越し下さい」
「へっ?」
顔を上げると、どこから現れたのか、学園長がゴミ箱の上に乗っていた。恐ろしく恰好つかないけど、学園長の声といい、仮面奥から覗く目といい、真剣そのものな雰囲気に気が張った。学園長室に呼ばれるようなマズいことなんて、した覚えがないだけに不安になる。
「サン、お前なにしたんだよ」
「なにもしてないよ。
……たぶん」
「急いでおりますのでこのまま連れて行きますね」
「え、ちょ!?」
返事をする間もなく、魔法で学園長室まで連れてこられた。転移系の魔法って少し酔うから苦手なんだよな。
部屋の中を見回すと、学園長さんの大きな机と、グレートセブンの肖像画。そこに、立派な角を生やした男の人が茨の魔女の肖像画を眺めていた。覚えのある後ろ姿に胸が締めあげられるような思いがした。冷や汗が背中を伝うのが分かる。
「お待たせしました、ドラコニアくん。彼がキースリンクさんのご子息です」
学園長さんが声をかけると、男の人は振り返った。品のいい笑顔、透き通った黄緑色の瞳、色の白い肌に艶やかな緑がかった黒い髪の毛
――見間違いようがなく、僕の知る「ツノのお兄さん」ことマレウス・ドラコニアその人だった。
マレウスさんは僕の前に現れると、じぃっと僕の顔を覗き込んで、にっこり笑った。薄く開いた口からは、鋭い牙が覗いていて、それがまた、恐ろしく思えてしまう。
「久しいな、サン。三月ぶりか」
「あ、はい、お久しぶり、です」
このひとが僕の中で「ツノのお兄さん」のままであれば、いつも通りでいられただろう。けど、僕は知ってしまった。このひとが現茨の谷の王、世界でも5本の指に入る魔法士、マレウス・ドラコニアであることを。
学園長さんの様子から察するに、マレウスさんは僕を呼んでいたんだろう。学園長を使って呼ぶくらいだから、知り合いだから顔を見に来た
……なんて理由だとは思えない。
緊張しきっているのが伝わってしまったのか、マレウスさんは寂しそうに目を伏せた。
「『ツノのお兄さん』とは呼んでくれないのか?」
「つ、ツノの!? くくく、クローバーくん! 貴方そんな不躾な真似をしていたのですか!?」
「ひぇっ!? や、だって、マレ
――」
マレウスさん、僕がそう呼ぼうとすると、マレウスさんはいよいよ悲しそうに肩を竦ませた。
「サン、僕は何者だ?」
「え!? えぇと、マレウス・ドラコニア
……茨の谷の国王さま、です」
「あぁ、間違いない。だが、同時にお前の両親の友人でもある」
「そうかもですけど」
「なら、いつもの通り『ツノのお兄さん』と呼べばいい」
そうは言うけれど、でも、それはマレウスさんの正体を知らなかったから言えたことだ。お父さんは今まで通りにしろ、なんて言っていたけど、知らなかった時と同じようにするのは、やっぱり、難しい。困って、答えられずにいると、外から雨音が聞こえてきた。
「あ
……」
これじゃあコロシアムの片付けは中止かな? そんな見当違いなことを考えていると、マレウスさんの後ろで学園長がどこかの工芸品のように大きく頷いていた。マレウスさんの言う事を聞きなさい、ってことかな?
でもなぁ
……そう悩んでいると、雨脚はさらに強くなって、学園長は激しい身振りまで追加してきた。
こうまでされてはさすがに目障りだ。そんな気にはなれないけど、仕方なく、頷くことにした。
「えっと、わかりました。その、お久しぶりです、ツノのお兄さん」
「ふふ。そうでなくてはな」
マレウスさんは満足そうに笑った。少し気は引けるけど、いつもと変わらない笑顔に、僕も少しだけほっとした。ついでに窓の外も晴れ上がった。にわか雨だったのかな。ドロドロになったコロシアムの掃除なんて、考えただけでもうんざりする。
「あはは
……えぇと、今日はマジフト大会を見に来たんですか?」
「それはついでだ。サン、今日はお前にひとつ、話を持ってきた」
「話?」
「えっ!?」
なんで学園長が驚くんだ。
それよりもマレウスさんの話ってなんだろう。マレウスさんは「お前は本当にキースリンクそっくりだな」と、また笑った。
「単刀直入に聞こう。サン、茨の谷に住まないか?」
「へ、え?」
意味が分からなかった。そんな僕にマレウスさんは言葉を重ねた。
「ここを卒業の後、茨の谷に来ないか? と聞いている」
マレウスさんは言い直してくれたけど、それでもやっぱり意味が分からなかった。
茨の谷って教科書で名前しか見たことがないところだ。薔薇の王国から北西にある島、その北にある小さな国。妖精族ばかりが住んでいるとか、鉱山だかが原因で戦争をしていたとか、それくらいしか知らない。
そんなところに来い、と言われても困る。かといって、王さま直々に誘われて、いつものノリで「ヤだよ」なんて言えるわけもない。そもそも、マレウスさんはなんでこんなことを聞いてきたんだ。分からないで、答えに困っていると、学園長がマレウスさんに声をかけた。
「ドラコニアくん、クローバーくんが困っていますよ」
「困るのか?」
「え、と、なんで僕が茨の谷に呼ばれるのかなー、とか?」
「あぁ、そうか。そこから説明が必要か」
「そー、ですね。ちょっと意味が分からないので」
ふむ、とマレウスさんは少しだけ、考えるような素振りを見せると、小さく頷いた。
「サン、お前の才能が欲しい」
「才能?」
そう言われても、なんのこっちゃ分からない。僕にはマレウス・ドラコニアにそうまで言わせるような才能なんてない。これは断言できる。お菓子作りは少しは得意だけど、それだって、一流パティシエどころかお父さんにも遠く及ばない。ハーツラビュルのパーティーの手伝いでそれはよく分かった。
分からないでいると、マレウスさんはくすくす笑った。
「お前の母親、キースリンクから受け継いだ血だ」
「お母さん? えぇと」
お母さんと言われて、なおのこと分からなかった。お母さんみたいなぼーっとした人になんの才能があるっていうんだろう。いよいよ分からないでいると、マレウスさんは学園長にむつけたような目を向けた。
「クロウリー」
「え、私に聞くんです?」
「サンはキースリンクと同じではないのか?」
「あ、あぁ、はい。クローバーくんもキースリンクさん同様、彼らに懐かれていましたよ。懐かしいですねぇ」
「えーっと
……」
二人してなんの話をしてるんだろ。置いてけぼりにされたようで、少しばかり居心地が悪い。
「サン」
「あ、はい」
「お前はキースリンクから何も聞いていないのか?」
「えぇと、なにがなんだか分からないんですけど」
答えると、マレウスさんは少し驚いた顔をして「なるほど」と、呟くと僕と、お母さんについて説明してくれた。
なんでも、お母さんは「精霊つかい」という特殊な血筋の人間で、妖精族にとって、とても好ましいもの、らしい。たしかにそれらしい話はお父さんから聞いていた。そして僕はその血を強く引いていて、マレウスさんは茨の谷の妖精族のために僕に来てほしいのだそうだ。
詳しく聞くと、お母さんがこの島にいた頃、マレウスさんは身寄りのないお母さんを茨の谷に連れ帰ろうとしていた。けれど、それより先にお父さんが口説き落として、薔薇の王国へ連れて行ってしまい、マレウスさんたちはそれはそれは残念に思ったのだそうだ。
……本当に、何やってるんだ、あの人は。どこの世界にマレウス・ドラコニアに喧嘩を売るような真似をするケーキ屋がいるんだよ。
「なんか、お父さんがごめんなさい」
「お前が謝る事ではない。僕だって、連れゆこうと思えば出来た。だが、お前の母親の幸せそうな顔を見たら、祝福する他なかったんだ」
そう語るマレウスさんの目は慈しみの色が浮かんでいるように見えた。
「えーっと、ありがとうございます」
「それでもやはり、お前たち精霊つかいを迎え入れたいと、そう思ってしまう。僕の友人が言っていたが、本当にお前たちは厄介な存在なのだな」
「ごめんなさい
……」
「それほどに魅力的だと言っているんだ、謝ることではない」
精霊つかいなんて聞いたことがない。響きからすると、大層なものらしい。けれど、僕はそんな話をお母さんからも、お父さんからも聞いていない。
マレウスさんは僕に何をさせたいんだろう、そして、どうしたいんだろう。優しそうな雰囲気で話すマレウスさんだけど、言わんとしていることがまるで見えなくて、それがかえって、恐ろしいもののように思えてしまった。
「あの、僕が茨の谷に行くとしても、その、何をすればいいんですか? 精霊つかい? のお勤めとか、何も教わってないんですけど」
「お前はいるだけでいい。クローバーのような店を持つでもいいし、僕の傍で働くでも構わない。好きに生きるといい。お前が望む生活を送れるのであれば、協力は惜しまない」
「茨の谷って妖精族しかないんですよね、僕が行っても
……」
「人間はいるぞ。僕の側仕えにもひとりいる」
「
……。お父さんたちにはその話はしてるんですか?」
「当然。お前の好きに生きろ、と。あぁ、キースリンクはたまに顔を見せに寄越せと言っていたな。無論、それも構わない」
「そう、ですか」
条件は思ったほど悪くはないらしい。来いというわりには、行く行かないの選択を含め僕に自由はある。それでも「はい」とは言い辛かった。
「えっと、ごめんなさい。考えさせてください」
お母さんの血筋とか、お父さんとマレウスさんとの確執
……そんな話だけでも胃もたれがしそうなのに、さらに、卒業後の進路の話ときた。とてもじゃないけど処理しきれない、僕の頭は限界だ。
正直に謝って、深く頭を下げるとマレウスさんは「そうか」と、小さく呟いた。
「いくらでも待とう、百年でも、千年でも」
「えっと、四年生に上るまでには決めます」
「ならば一瞬だな。これを渡そう、決めたらこれに魔力を込めろ」
そう言ってマレウスさんが出したのは金色のバングルのような輪っかだった。受け取るとずっしり重たい。
「腕輪?」
「人間と妖精族を繋ぐ物だ、この世に一つしかない。大事にとってくれ」
「へ!? そんなもの、もらえませんよ!!」
繋ぐ物ってどういうことだろう。マレウスさんのことを考えればまず間違いなく、貴重な魔法道具か何かだ。どう考えても土産菓子感覚で受け取れる物ではない。慌てて突き返すと、マレウスさんはゆっくりかぶりを振った。
「お前には持つ権利がある」
「どういう意味ですか?」
「さてな。クローバーにでも聞けばいいんじゃないか?」
そう言って面白そうに笑うマレウスさんは、いつの間にか、見知ったツノのお兄さんの顔になっていた。
分からないけど、僕が持っていていい物だそうだから、怖いと思いつつ、輪っかをポケットにしまった。あまりにも重たくて、もしかして金じゃないかって気がした。けど、さすがにそんなものを渡してくるわけがないよね。
いくら王さまのマレウスさんだって、知り合いの子供にそんな高価なものを渡してくるはずがない。
……でもなぁ、金でなくても、貴重な魔法道具かもしれないんだよね、下手な金よりもっとヤバいものなのかも。そう思うと、やっぱり返したい気持ちになる。
それから、いくらか話をして、マレウスさんは茨の谷へ帰って行った。学園長はマレウスさんを送ると「ちゃんと考えてくださいね」と僕に釘を刺してきた。
そうは言うけど、どこから考えればいいのかも分からない。またお父さんに電話しないと。それと、マレウスさんや精霊つかいについて、お母さんから詳しい話を聞かないといけない。
ポケットの中の輪っかの、重さ以上の存在感に引きずられながら、ぼうっとする頭で寮に帰った。
僕の家は思っていたよりも普通じゃないのかもしれない、そう思い、腹の底から冷える思いがした。
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どうでも補足:最後に渡した輪っかは本編2-7
ティナとセベクの錬金術で作った金を加工したもの。半妖半人と人間が作ったものだから間違いではない。