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いまち
2024-02-18 23:59:02
21679文字
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普通の男の、平凡な息子
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2
3
普通だと思ってた男の、平凡な息子
一日目のオリエンテーションが終わり、早速できた友達二人、ハーツラビュルとイグニハイドの奴らと部活見学に行こうと教室を出た。
どこから見ようかと話しながら歩いていると、突然、色とりどりのゴーストが僕を囲い込んできた。羽虫のようなそれは僕にまとわりついて、しきりに「ティナ」「会いたかった」なんて口々に囁いている。二人は驚いたような顔をしながら僕を見るだけだ。助けてくれよ。
なんだかわからないけど、このゴーストたちは、僕をティナとかいう人と勘違いをしているようなのは分かった。
「ちょ、待って! 人違い!」
「でも、ティナの匂いがするわ」
「似てるけど、ティナとは違うみたい」
「あなたは、だぁれ?」
「えぇ?」
「ティナ」とか「似てる」とかゴーストが言っているのはまさかお母さんのことか? 一瞬そう思ったけど、男子校のゴーストがお母さんのことを知ってるとは考えられない。でも、僕と似てるというのなら、お母さんのことかも、とも思えてしまう。
なにがなんだか分からないけど、ゴーストたちの誤解を解いた方がいいと思った。
「えと、僕はサン・クローバー! 君たちが言ってるのってティナ・キースリンクのこと?」
「ティナ!」
「そう、ティナよ」
「えっと、多分、それは僕のお母さん。だから人違いだよ」
「ティナがお母さん?」
「あなた、ティナの子供なの?」
……
やっぱり、お母さんのことで合っていたようだ。だから、なんで男子校のゴーストがお母さんのことを知ってるんだよ。しかも、なんだか懐いてたみたいだし。
「そうだよ、だから
……
」
「よろしくね、サン!」
「私たちもお友達よね、サン」
「ちょ、聞いてくれる!?」
話を聞いてくれないゴーストにもみくちゃにされていると、どこからともなく学園長が走ってきた。
「コラー! なんの騒ぎですか!」
学園長はゴーストを追い払うと、僕に問題を起こすなとキツい目で睨んできた。僕、何もしてないんだけど。幸い、友達もそう証言してくれてなんとか冤罪を被らずに済んだ。
「あぁ、そういえば貴方はクローバー君のご子息でしたね
……
あぁ、あぁ、だからディアソムニアで
……
なるほどなるほど
……
」
学園長は一人で納得したようにうんうん頷くと「なら仕方ないですね」とぽんと手を鳴らして去って行った。なんなんだ。せめてあのゴーストのことくらい説明してくれよ!
頼りになるんだかならないんだか分からない学園長に、なんだかなぁと思いながら、今度こそ部活見学に行こうと気を取り直す。二人とも災難だったな、なんて慰めてくれて、少し嬉しい。
改めて、どこの見学に行こうか話しながら歩いていると、おもむろにイグニハイドの奴が「ところで」と不思議そうな顔をした。
「サン、お前なんであのゴーストと話ができたんだ?」
「え?」
「それなー、動物言語学的な?」
「え、と、普通に喋ってたじゃないか」
ゴーストたちは普通に喋っていたように聞こえた。まぁ、一気に複数で喋ってたし、声も高くて聞きづらくはあったけど。
二人は何を言ってるんだろ? 僕もまた不思議に思いながらそう伝えると、二人は激しくかぶりを振った。なんでも、二人にはあのゴーストたちが何を言っているのか分からなかったらしい。
僕の言っていることは分かるけど、ゴーストたちの言葉はチリチリと鈴を鳴らすような音にしか聞こえなかったのだそうだ。
「えぇ、でも僕には普通に聞こえたよ?」
「なにそれこわっ!」
「二人とも、僕をからかってるんじゃ
……
」
「ないない!」
そうやいやい言い合っていると「もしかして」と片方が口を開いた。
「サンのユニーク魔法なんじゃない?」
「えぇ!?」
たしかに僕はまだユニーク魔法は発現していない。けど、なんとなく絡まれたゴーストと喋れるようになった、がそれなんてあんまりなんじゃないか? そんなことを考えて落ち込む僕を二人は慰めてくれたけど、そうじゃないんだよなぁ、とひしひし思った。
+++
一通りの部活を見て回って、僕たちはそれぞれ寮に帰った。特にやりたいことなんかもないし、緩い部がいいかなぁ。文化部で、緩そうなところだとどこだろう? 思い出しながら談話室の前を通ると、なんだか中が騒がしい。
気になって覗いてみると、僕と同じ一年生が熱心に冊子を眺めていた。その中にルームメイトもいて、せっかくだからと声をかけると、ここにあったアルバムを見ていたのだそうだ。
ディアソムニアの様子の写した写真を収めているもので、彼らが見ていたのは20年くらい前のものだった。
それくらいなら、お父さんたちが通っていた頃かとなんとなく思っていると、大判の写真を突き付けられた。
僕らのとは違う、寮長服を纏っているから、当時の寮長なのだろう。傍らには、いやにパンクな改造を施した寮服を纏った、女の子のように華奢な男が写っていた。
「すごくね!? あのマレウス・ドラコニアがここに通ってたって!」
いやに興奮した様子で語る彼らは、うっとりと頬を染めている。
――
マレウス・ドラコニア
僕でも名前は聞いたことがある。世界屈指の魔法士で、茨の谷を治めているという妖精族の現領主だ。その昔、ナイトレイブンカレッジに通っていたと風の噂で聞いたことがある。けど、それがこの写真の人物なのだろうか。
――
寮長服を纏い、糸車を模した巨大な杖を携えて、上品な笑顔を浮かべるその人は、僕のよく知る「ツノのお兄さん」にしか見えなかった。
「あのマレウス・ドラコニアと同じ学園の、しかも同じ寮に通えるなんて」と興奮しきりの彼らをよそに、僕は胃はひっくり返ったような気持ち悪さを覚えていた。
うちは普通のケーキ屋で、お父さんもお母さんも普通の、魔法士の資格があるだけの一般人のはずだ。そんな我が家にあのマレウス・ドラコニアが遊びに来るなんて、そんなことがあるだろうか。
たしかに、マレウス・ドラコニアとお父さんの在学期間は合ってるかもしれない。同じ学園に通っていたのであれば、多少の交流はあったのかもしれない。
でも、だからってそれだけの人間の元に世界屈指の魔法士が、他国の王族が、ホイホイやってくるものなのか? ないでしょ、いくらなんでも。
でも、うちに来るツノのお兄さんはお父さんたちと気安く接していた。お父さんはそうでもないけど、お母さんはそれこそ友達のように。だから僕たちも親戚のおじさんのような感覚で遊んでもらったり、話をしたりしていた。
思い返せば不敬にあたるようなことをたくさんしてきた気がする。
ツノが生えている人なんて珍しいから、肩車してもった時に思いっきり掴んだり、背が高かったから「木登り」なんて言って登ってみたり。そういう時、ツノのお兄さんは楽しそうに笑うだけだったけど、お父さんは顔を青くして怒っていた。
今になってその理由が分かった。他国の王族にそんなことをしたら、僕たちの家族まるごと処刑されてもおかしくなかったんだから。
考えれば考えるほどイヤな汗が流れてきて、内臓を鷲掴みにされたような気分になる。どうしよう、次に会った時にちゃんと謝ればいいかな。知らなかったとはいえ、とんでもないことばかりしていたのだから。
「おい、顔色悪いけど大丈夫か?」
「え!? あ、あはは、その、びっくりして
……
」
冷や汗をダラダラ流す僕に、彼らは「わかるよ」と頷いて、またアルバムに目を戻した。
僕はその場から離れて、急ぎ足で部屋に戻った。誰もいないことを確認して、ツノのお兄さんのことを確認しようと、父さんに電話をかける。
まだ営業時間内だけど、今の時間はそんなに忙しくないはずだ。けれど、なかなか出ない。なり続けるコール音をもどかしく思いながら、今日起きた訳の分からないことを思い出す。
ここにいるゴーストがお母さんのことを知っていたこと。
僕のユニーク魔法を発現したかもしれないこと。
ツノのお兄さんがマレウス・ドラコニアかもしれないこと。
考えれば考えるほど胃が重たくなってくる。あぁ、もうさっさと出てくれよ! 心の中で哀願していると、ふいにコール音が止まった。
「どうした、サン。もうホームシックにでもなったのか?」
冗談めかした喋り方の優しい声、聴き慣れた父さんの声だ。いつも通りの父さんの声なのに、底の見えない、不気味なものに思えてしまい、僕は言葉を失った。
+++
「じゃあな、頑張れよ」
そう言って、お父さんとの通話は切れた。話を聞いた僕はベッドに寝転んだまま震えていた。
やっぱり、ツノのお兄さんはマレウス・ドラコニアで合っていた。その話を振った時、お父さんは「なんだ、知らなかったのか」なんて電話の向こうで苦笑していた。
名前も教えてもらえてないのに分かるわけがないじゃないかと訴えれば「それなら、もっと世界情勢に目を向けるんだな」と突き放されてしまった。ひどい。
マレウスさんの正体を知って、今までの非礼をお詫びした方がいいのかと恐る恐る聞いてみた。そうしたらお父さんは「そんなことをしたら却って不機嫌になるぞ」と、また苦笑い。お父さんたちとマレウスさんとの関係はそういうもの、らしい。なるほど、分からない。
最後にお父さんは「マレウスさんはお父さんたちの友達のおじさん」そのスタンスは崩さないでやってくれ。と、少し、寂しそうに言った。僕にお父さんたちの関係はわからない。けど、あまり深刻にとらない方がいいんだろう。そう、無理やり納得することにした。
それと変なゴーストのことも教えてもらった。あれはゴーストではなく、学園内で働く妖精なのだそうだ。お母さんのことを知っていたのは、お母さんは昔この学園へ頻繁に出入りしていて、妖精たちとも仲が良かったからだろうということだ。
……
そんな話、聞いたことがなかった。たしかに、同じ島内に住んでいたとはいえ、基本的に学園内から出る事のないお父さんと、島内のどこかに住んでいたのであろうお母さんが、どうやって出会ったのかは不思議には思っていた。どんな理由で出入りしていたのかまでは、教えてくれなかったけど、まぁ、そういうことなんだろう。
ついでに僕が妖精たちと話をできるのは、お母さんからの遺伝だそうで、ユニーク魔法ではないと言い切られた。これには心底安心した。せっかくのユニーク魔法、どうせならもっとすごい魔法を覚えたいもん。
詳しくは教えてもらえなかったけど、お母さんは普通の人には分からない、妖精の声を聞く事ができる、ちょっと変わった血筋なのだそうだ。
妖精と聞いてマレウスさんのことがちらついた。お母さんが妖精と関係する人ということは、マレウスさんがうちにくるのも、そういう関係なのかもしれない。よく分からないけど、ふんわりそんなことを思って、マレウスさんとお母さんの仲がいい理由はなんとなく納得した。
「はー
……
」
ため息しか出てこない。我が家のわけのわからない事情のせいで、授業が始まる前からものすごく疲れてしまった。夕飯まで少し眠ろう。気持ち悪さの残るお腹を抱えて、僕はじっと目を閉じた。
+++
夕飯を食べ終えて、それでもなんだか落ち着かなかったから、イチゴタルトを焼いた。何かを作っている間は余計なことを考えなくていいから気は楽だ。三号の小さなタルトだけど、一人で食べるには大きいから、明日の昼にでも三人で食べよう。
自分たちで食べるから梱包は適当でいいかと大きなタッパーを借りて、名前を書いて寮の冷蔵庫に置かせてもらった。
次の日、食堂でお昼ごはんを食べ終えて、さっそく二人にタルトを食べてもらった。
「女子かよ」なんてバカにされるかも、と、少し心配だったけど、幸いにも二人とも美味しいととても喜んでくれた。散々練習したし、色々な人からお墨付きをもらっているから自信はあった。けど、改めてこう褒められたらいい気しかしない。
食べていると、ハーツラビュルの奴がいやに神妙な顔で僕をじぃっと見ていた。
「
……
なぁ、サン一つ頼みたいんだけど、いいか?」
「連帯保証人にはならないよ」
「違げーよ!」
それならなんなのかと聞くと、タルトの作り方を教えてほしいのだそうだ。
なんでも、近々ハーツラビュル寮で「なんでもない日」のパーティーがあるらしい。パーティーで出すケーキやお茶菓子は原則寮内で作るものなのだそう。そして今回、その中のメインであるケーキやタルトを一年生で作るよう、寮長から命じられていたようだ。
けどそいつ含め、ハーツラビュルの一年生は製菓なんてしたことがない奴ばかり。レシピを読んでもちんぷんかんぷん。ほとほと困っていたところに、タルトを作ってきた僕がいて、もう縋るしかない、なんて思った上での「頼み事」だそうだ。
「そんなの作ったことなくてさ、全然分かんなくて困ってたんだよ、な? 頼む!!」
そう頼み込んでくる顔は必死そのものだ。「なんでもない日」のパーティーについては僕もよく聞かされていた。たしかに、制限も多いし、慣れない人たちでの準備となると大変だろう。
「スペシャルランチ」
「へ?」
「スペシャルランチ、食べてみたい」
けど、なんとなくタダで手伝うのは癪に障ったから交換条件を出してみた。気になってたんだよね、ただでさえここの料理は美味しいのに「スペシャル」となるとどれほど美味しいのか。
僕が言うとそいつは「仕方ないな」と苦笑いした。
「その代わり、ちゃんと手伝えよ。店で売ってるみたいなイチゴタルト!」
「うん、いいよ」
交渉成立だ。
なるほど、これがお父さんの言っていた「ハーツラビュル生に恩を売る」か。悪くないかもしれない。
+++
それから放課後、さっそく手伝うことになった。
ハーツラビュルのキッチンには、うちの店の厨房に負けず劣らず、たくさんの調理器具が揃っていた。これだけあればタルトに限らずなんだって作れそうだ。
キッチンにいた他のハーツラビュル生は他寮生の僕に怪訝そうな顔をしたけど、彼が助っ人だと説明するとなるほどと納得してくれた。
……
なんてこともなく、余計怪訝な顔をされた。そりゃあそうだろう。
そんな周りの目は気にしないことにして、さっそく一緒にタルトを作った。お父さんに教わった通り、何度も練習した通りに生地を焼いて、カスタードクリームを作って、イチゴを切って、生クリームを泡立てて、冷やしたタルト生地にそれらを飾りつける。仕上げに粉砂糖を振るえば、いつものタルトの出来上がりだ。
「すっげー! なにこれ、魔法!?」
「見てたでしょ、普通に作っただけ。というか、結局僕が作ったんじゃないか」
「まぁまぁ、でもホントすげーよ! 店で売ってるヤツみてぇ!」
「それはどーも。それよりも、スペシャルランチ、忘れないでよ」
やっぱり、誉められて悪い気はしない。
それに練習も無駄にならなくてよかったなぁ、なんて思いながら使った調理器具を洗って、帰ろうとすると見知らぬハーツラビュル生たちに引き止められた。それはもう必死な形相で。
なんでも、他のお菓子作りも手伝ってほしいそうだ。タルト以外のお菓子やケーキはあまり作ったことはないから自信はない。だから断ろって帰ろうとすれば、通せんぼされてしまった。なんでだよ。見ると、僕を連れて来たヤツも一緒に通せんぼしてる。だからなんでだよ。
「頼む、サン! 礼は弾むから!」
「えぇ
……
」
彼らの顔は必死そのものだ。ケーキもお菓子もきちんと計量すれば、難しいことなんてなにもないのに。うんざりしつつも必死な顔を見ていると断るのも悪い気がしてきた。こうなったらお礼とやらはきっちりせしめてやろうと思い、了承するとそれはそれは泣きながら喜ばれてしまった。
「でも、タルト以外はそんなに上手くないよ」
そうは言ってみたものの、彼らにどれほど通じていんだろう?
+++
結局、なんだかんだと手伝いのなんのしていたら夜の九時も近い。
寮の夕食を食べ損ねてしまったので、彼らにはきっちり責任をとってもらった。とはいっても、普通のハムサンドとインスタントのポタージュスープをもらっただけだけど。それでも、寮に帰って自分で作るよりはマシだった。ずーっとお菓子を作って疲れたし。
帰ったらさっさと宿題を片付けないとなぁ。そんなことをぼんやり考えていると、さっぱりした匂いとザクザクと小気味いい音がしてきた。音のする方を見ると、レモネードを作っているらしく、大きなレモンを絞っていた。
「サンもレモネード飲む?」
「うん」
「オッケー、もいっちょ搾って」
たしか、疲れた時にレモンっていいんだよね。ハチミツを入れればもっと疲労回復に効くんだろうけど、この寮の、この時間にハチミツ入りのレモネードを飲むのはアウトだ。だったらシロップをいっぱい入れた甘いのにしてもらおうかな。そう考えていると、目の前に瓶が二つ突き出された。
「シロップとハチミツどっちがいい?」
「えっ?」
「甘くないヤツのがよかった? 炭酸にする?」
何を言ってるんだ、こいつは。ハーツラビュル生のくせにハートの女王の法律を知らないのか。
怪訝に思っていると、どこからともなく視線を感じた。なにかと思って見回してみるも、僕を見ているヤツはいない。
……
気のせいかな? 目の前のヤツは瓶を突き出したまま不思議そうに首をかしげている。
「どうしたんだよ?」
「いや
……
あー、っていうか、ハチミツはダメでしょ」
「わり、アレルギーでもあった?」
「じゃなくて。ハートの女王の法律の
……
えーっと、256条か58条だかで、八時過ぎにはハチミツ入りのレモネードを飲んじゃダメなんだよ」
「
……
なにそれ?」
「
……
お前、ハーツラビュル生だよな」
「は? この愛らしいハートのスートが目に入らないわけ?」
「正直へったくそだと思う」
「なにおぅ!?」
理解していないコイツにハーツラビュルにおいて、ハートの女王の法律の順守がいかに肝要か教えてやった。ローズハートさんの受け売りだけど。
正直、怒られた方が面白いといえば面白いんだけど、知ってて教えないというのも悪い気がするから、一応。ここの寮長がどんな人か知らないけど、もしローズハートさんみたいな人だったら大ごとだしね。
説明し終えると、そいつはまたも怪訝な顔をした。
「
……
お前、なんでそんなことまで知ってんだよ」
「お父さんが昔ここの寮生だったから、色々教えてくれたんだよ」
「は? そんなに知ってて、ケーキも作れるのに、なんでディアソムニアなんだよ」
「それは僕もずっと思ってる」
「
……
ま、でも助かったわ。あんがと」
「はいはい」
そそくさとハチミツを仕舞うのを見届けて、もらったレモネードにたっぷりシロップを入れた。一口飲めば、酸味と甘味が染み渡る。
ハーツラビュルのみんなとレモネードを飲んでいると、突然みんなの顔が強張った。一斉に僕の後ろを見つめている。
なんだろうと思って振り返って見ると、寮長服を着た人がにこやかな笑みを浮かべながら立っていた。
ゆるいウェーブの金髪に小ぶりな王冠を戴いて、長いマントに膝を覆う長いブーツ、品のいい長手袋に長い杖を携えている。昔見せてもらったローズハートさんの写真そのままの服だ。
目が合うと、ハーツラビュルの寮長はくすくすと笑った。
「ずい分と見込みのある子がいると思ったら、まさかディアソムニア生だったなんてね」
「りょ、寮長!」
だべっていた奴らが一斉に姿勢を正して整列した。なるほど、たしかにこれはトランプ兵。妙に納得しながら僕も並んだ方がいいのかと考えていると、寮長さんは「楽にしていいよ」とふわっとした笑顔でみんなに座るよう示した。
「ふぅん
……
」
そして、カウンターに出したままのお菓子を見て、僕を見た。
「これは、君が作ったのかい?」
「はい。彼らに頼まれたので手伝いに来たんです」
「名前は?」
「サン・クローバー。一年生です」
「クローバー
……
父君がここの寮生だって言っていたね?」
僕たちの話を聞いていたのか? だとしたら、ちょっと前に感じた視線はこの人だったのかな。
「はい。20年くらい前に、副寮長をしていたそうです」
「20年
……
あぁ! トレイ・クローバー先輩だね!」
「はい。あの、ご存知なんですか?」
寮長さんは大きく頷くと「少しだけ」とはにかんだ。笑い方といい、仕草の一つ一つが女の子のような人だ。
……
背は、僕より高いけど。
「せっかくだ、話をしよう。談話室においで」
「え? はい
……
」
「あ、オレも」
「じゃあ、僕も」
ぞろぞろと付いてこようとする名前も知らないハーツラビュル生に、寮長さんは困ったような顔をして「お前たちはお菓子が悪くなる前にしまいなさい」と手で制した。
「それと、片付けもね」
そういえば、まだ片付けは終わってなかった。洗った道具はまだ水切りカゴの上だ。名も知らぬトランプ兵たちは「はい、寮長」と頷いて、結局僕を連れて来た彼と二人で寮長さんについて行った。
+++
ハーツラビュルの談話室はディアソムニアのそれとは雰囲気がまるで違う。にぎやかというか、華やかというか、派手な感じの部屋だった。
「適当にかけて、楽にしてくれていいよ」
「あ、はい」
寮長さんに勧められて二人で適当な席に座った。
寮長さんは談話室の隅にある棚から一冊のアルバムを取り出した。ディアソムニアにもあった、寮の様子の写真を収めたアルバムだ。
「20年くらい前だと
……
あぁ、この辺かな」
ぱらぱらと寮長さんが捲るページを僕とそいつで目で追った。こうして見ると、寮服ってずぅっとデザインが変わらないんだぁとなんとなく思った。さすが名門校、伝統を大事にするんだなって、ぼんやり思った。
「あった」
寮長さんの手が止まる。そこには当時の寮長と副寮長
……
若い頃のローズハートさんとお父さんが、真面目くさった顔で写っていた。
ローズハートさんはそのまま若くした感じで、心なしか厳しそうな顔をしてる。けど、お父さんはなんだろう、なんか無駄にかっこつけてるようでちょっと腹が立った。なんで寮服を着崩してるんだよ、厳格な精神はどこにあるんだよ。ローズハートさんを見習えよ。
呆れたような、複雑な気持ちで見ていると寮長さんは小さく笑った。
「君の父君で合ってるみたいだね?」
「あー
……
はい。そうです」
「へー、こっちの眼鏡の人がサンの親父? 似てねーな」
「僕はお母さん似なんだよ」
「ふーん
……
あ、でも目は似てるかも。人殺せそう」
「どんな目だよ
……
」
実際、眼鏡をかけてないお父さんの顔は妙な凄みがあるから、そう思うのは分からなくもない。けど、人殺せそうは言いすぎだろ。分かるけど。
「そんなことを言ったら失礼だろう」
「スミマセン
……
」
「いいよ、目つきが悪いのは事実だし」
「カッコイイ目だと思うよ。そうか
……
ふぅん」
寮長さんは考えるように写真をじっと見つめている。僕になにがあるってわけじゃないけど、なんだかすごい居心地が悪く感じる。落ち着かない気持ちでいると、おもむろに寮長さんが顔を上げた。
「この頃の寮長、リドル・ローズハート先輩は歴代の寮長の中でもとびきり優秀だったみたいなんだ」
寮長さんが言うには、入学から一週間で寮長に就任、ハートの女王の法律810条を完璧に記憶して、少しの違反も見逃さなかったらしい。さらに入学時から卒業まで常に学年トップ、主席のまま卒業したのだそうだ。
ローズハートさんはとても優秀な魔法医術士で、学生の頃から成績がよかったということは、なんとなくお父さんから聞いたことがある。ローズハートさん自身も厳しい人であることも知っている。知っている人の話を聞かされて、ちょっとばかりくすぐったさを覚えた。
「げー
……
そんなバケモノみたいな人、いんの?」
「うちの近所にいるね」
「は?」
「この人
……
えぇと、ローズハートさん。うちの近所に住んでるんだよ。お父さんの幼馴染なんだって」
「へぇ、だからか」
寮長さんはうんうんと頷いた。
「この当時の寮長、ローズハート先輩はさっきも言った通り、ものすごく優秀だったんだ。けれど、それは副寮長であるクローバー先輩も同様でね」
「間違いなく過大評価ですね。お父さんはお母さんを口説き落とすことしか考えてなかったそうですよ」
「どんな母ちゃんだよ
……
」
実際そうだったらしいんだよなぁ。勉強や就職よりも、この島にいたお母さんを連れて帰ることばっかり考えてたって、本人が言ってたんだもん。寮長さんはそんな僕に「身内だからってそんなに謙遜しないであげて」なんて言ってくすくす笑った。事実なんだけどな。
「実際優秀な副寮長だったそうだよ。『なんでもない日』のパーティーの準備も、寮生たちのフォローも、それはそれはマメな方だったらしい」
「
……
フォローは分かりませんけど、パーティーの話はよく聞かされました。パーティーのセットの仕方とか、お茶やお菓子の制限とか」
「え、ダメなのとかあんの!?」
「うん、マロンタルトはダメなんだよ」
「うへぇ
……
」
僕たちのやりとりを見て寮長さんはまたくすくす笑った。
「本当にディアソムニアにいるのがもったいないね。クローバー君、転寮はいつでも受け付けてるよ」
「えぇと、お気持ちだけ受け取っておきます」
「いや、今すぐ来てよ。サンがいれば百人力じゃん」
「やだよ。コキ使う気満々じゃん」
こんな状態のハーツラビュルに入ろうものなら過労死一直線だ。ディアソムニアよりは過ごしやすそうだとは思うけど、そんな目に遭うくらいならディアソムニアでビクビクしてる方がいくらかマシだ。ちょっと手伝うだけで高いランチをおごらせることもできるしね。
そんなことをひっそり思いながら、寮長さんたちと話をしていると、いよいよいい時間になってきた。さすがに長居しすぎた。
消灯時間も近いということで、暇を告げて、ハーツラビュル寮を後にした。
……
宿題、終わらせられるかな?
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