いまち
2024-02-18 23:59:02
21679文字
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普通の男の、平凡な息子


普通の男の、平凡な息子


 サン・クローバー、16歳。
 僕の家は薔薇の王国にある、ごくごく普通のケーキ屋。家族は父さんと、お母さんと、弟二人と妹が二人、それとお爺ちゃんとお祖母ちゃんとで暮らす、まぁまぁ家族の多い家だ。
 うちは本当に普通の家だ。朝起きて、父さんとおじいちゃんは店の支度。お母さんとおばあちゃんは朝ごはんを作って、みんなで食べて、それぞれ学校と仕事に行く。そんな、よくある家のひとつだった。
 けど、それが僕にはちょっとばかり不満だった。父さんはあの名門校、ナイトレイブンカレッジの卒業生だ。それなのに、なんでこんなに普通なんだろうって。
 父さんの知り合いにはあのヴィル・シェーンハイトをはじめ、人気ライターのケイト・ダイヤモンド、名前は知らないけどどこかの国の大金持ち、色んな事業を手掛けているグループの大社長、詳しくは教えてくれないけれど、どこかの国の王族なんかもいるらしい。お隣のローズハートさんや、名前は知らないけど魔法執行官のおじさん、父さんの周りは有名で、地位がある人たちばかり。
 なのに、うちは本当に平凡だった。父さんはすごい学校を出ているのに、うちはといえば、昔からの大きくもない普通のケーキ屋で、お母さんは特別美人でもない、のほほんとした普通の人。
 なんでうちはこうなんだろう、いい学校を出たら、いい所に勤めてお金持ちになったり、有名になったりとかするもんじゃないのかな。そう思って、なんとなく悔しくて、小さい頃、父さんに言ったことがあった。

「なんでお父さんの周りはすごい人ばかりなのに、お父さんはこんなに普通なんだ」

 って。今思えばひどいことを言ったと思う。けど、父さんは怒りもしないで、いつものようにのほほんとしながら「俺は普通の男だから」と笑うだけだった。
 その時は、それがいやに腹立たしく思えたのを覚えている。そう思っていたのが態度に出てしまっていたんだろう、父さんは困ったように笑いながら僕の頭を撫でた。
「俺はそういうお金や権力よりも、母さんを奥さんにすることの方が大事だったんだよ」
 そんな、いい歳した大人ののろけ話を添えて。

 父さんが学生時代に賢者の島で出会ったというお母さん。お母さんはよく分からない人だった。まず、賢者の島の出身らしいけど、どこに住んでいたのか、どういう家で育ったのか、おじいちゃんおばあちゃんはどんな人なのか、そういった話は一切聞いたことがない。
 気になってお母さんに聞いても、困った顔をされるだけ。おじいちゃんとおばあちゃんに聞いても「私たちも知らないんだ」と悲しそうな顔をするだけだった。……きっと、悲しい別れがあったんだろう。なんとなく想像がついて、僕はそれ以上何もきけなかった。
 そういう気になるところはあるけど、お母さん自身は普通の人だ。普通に家事をして、普通に父さんとお店の仕事をして、普通に生活をしている。よく笑う優しいお母さんだ。一応、魔法士の資格も持っているらしい。
 そんな、普通の人だけど、ずいぶんと変わった知り合いがいた。
 お母さんの結婚前からの友達だという、背の高い獣人族の人がたまに我が家にやってくるのだ。この人は本当に不思議だった。
 偶蹄類のようなツノが生えて、爬虫類のようなキレイな緑色の瞳が印象的なその人は、怖そうな見た目のわりに、とても、おっとりした人だった。
 その人は僕たちが小さい頃から、たまにうちに訪ねてきては、お母さんたちととお茶をしたり、僕たちと遊んでくれた。それなのに何故か名前は教えてくれなくて、僕たちきょうだいは「ツノのお兄さん」なんて呼んでいた。
 ツノのお兄さんは急に現れては突然にいなくなる、神出鬼没な人だった。
 普段はどこにいて、何をしていて、お母さんとどういう知り合いなのか、まったくの謎。聞いてもツノのお兄さんも、父さんたちも教えてくれない。お母さんもまた、困ったように笑うだけで答えてはくれなかった。
 お母さんのことはずぅっと結婚前の姓で呼ぶし、父さんはその人が来ると、苦笑いを浮かべては暗に「帰れ」というようなことを言っている。だから、僕はツノのお兄さんはお母さんの昔の恋人なのかなって思っている。なんとなく怖いから、本人たちに確認する気にはなれないけど。

 そんな普通の家の平凡な僕に今年、ナイトレイブンカレッジからの入学許可証が届いた。両親が魔法士で、僕自身も魔法は使える。ミドルスクール卒業後はどこかの魔法学校に入るんだろうな、なんて思っていたところに届いたのだから、心底驚いた。
 僕のナイトレイブンカレッジの入学に、父さんも、お母さんも喜んでくれた。おじいちゃんもおばあちゃんもお祝いとお小遣いをくれて、ちょっとだけ誇らしい気持ちになった。……それと同時に、父さんみたいにならないよう、しっかり勉強しようとも思った。
 それからはなぜか、毎日のようにイチゴタルト作りの練習をさせられた。
 なんでも、父さんは昔ハーツラビュルという寮で副寮長をしていて、僕もきっとそこに入るだろうから、今から練習していて困ることはないだろう。と、いうことらしい。
 父さんの言う寮と、タルトとなんの関係があるのか分からないけど、お菓子作り自体は嫌いじゃないし、父さんと何かをするのも好きだから、練習自体は楽しかった。
 練習にと作ったタルトは近所の友達やアルチェーミさん、近くに住むローズハートさん、それとツノのお兄さんに食べてもらった。みんなから美味しいと誉めてもらえて嬉しかった。
 ローズハートさんなんか「君がハーツラビュルに入ったら『なんでもない日』のパーティは大成功間違いなしだね」なんてほめてくれて、入学祝いにとハートの女王の法律書をくれた。
 貰ったからには一応、読んでみたけれど、意味の分からない決まり事ばかりでちんぷんかんぷんだった。
 でも、ハーツラビュル寮に入ったらこれを全部守らなきゃいけないのだそう。正直面倒に感じた。
 ちょっとふざけたところのある父さんはともかく、真面目なローズハートさんが、こんなちんぷんかんな法律をを守ってたのかと思うと、ちょっと信じられなかった。

 ミドルスクールを卒業して、父さんとローズハートさんにナイトレイブンカレッジの話を聞いたり、タルト作りの練習をしているうちに、あっという間に入学式の日がきた。
 ナイトレイブンカレッジの入学式は夜に行われるということで、用意された式典用の服を着て、家の前で迎えの馬車を待った。夜も遅いから弟たちは寝ているけれど、父さんとお母さんは一緒に待っていてくれた。これからしばらく、みんなとは会えなくなるのだと思うと、少し、寂しくなった。
 馬車が来て、乗り込む間際、お母さんは僕を抱きしめてくれた。
「頑張ってね、サンちゃん」
 ぎゅっと抱きしめて、頭を撫でてくれたお母さんの目には涙が浮かんでいた。大げさだなぁと思いながら、二人に「行ってきます」と伝えて、馬車に積まれた棺桶に横たわった。
 これから魔法で眠らされて、目が覚めた時にはナイトレイブンカレッジに着いているらしい。それがどんな感覚なのか想像がつかなくて、楽しみなような、怖いような半々の気持ちになっているうちにだんだんと頭がぼうっとしてきた。

+++

 目が覚めて真っ先に飛び込んできたのは、仮面をつけた見るも怪しい不審者だった。一瞬誘拐されたのかと背筋が冷えたけど、入学案内書に載っていた学園長の顔がこんなだったことを思い出した。ナイス僕の記憶力。
 それからぼうっとしながら指定された席に座っているうちに、入学式が始まった。不審者にしか見えない学園長の退屈な話を聞いて、寮分けが始まる。父さんたちに聞いた通りの流れだ。
 一人一人名前を呼ばれて、闇の鏡と呼ばれる鏡に名前を言って、所属寮を決められる。
 僕たちの名前を呼んでいるのは、うちの店にもたまにくるデイヴィスさんだった。父さんがここに通っていた頃から、ナイトレイブンカレッジで先生をしてるって聞いたことがあった。
 知っている人がいることにくすぐったさを覚えていると、僕の名前が呼ばれた。
「サン・クローバー!」
「はい」
 呼ばれて、鏡の前に立つ。一応、知らない人じゃないし、ちょこっとだけ会釈をすると、デイヴィスさんは口の端を少し上げて笑った。この人のこういうニヒルなところはちょっと憧れる。かっこいいよね。
 デイヴィスさんに憧れつつ鏡に向き直ると、鏡の中から仮面のような顔が現れた。これが、闇の鏡らしい。
「汝の名を告げよ」
「サン・クローバー」
「汝の魂のかたちは……
 考え込むような顔をする闇の鏡を見て、ハーツラビュルなんだろうな、と少しばかり白けた気持ちで思った。
 傾向として身内は同じ寮に振られやすいのだと聞いている。父さんは元ハーツラビュル生だし、周りの人たちも僕がそこにいくんだと信じているようだったから。
 というか、そのためにタルト作りの練習や、わけのわからない法律書の内容を頭に叩き込んだんだ。ハーツラビュルでなければ困る。まだかなぁと思っていると、闇の鏡は重々しく口を開いた。
「ディアソムニア!」
「へ!?」
 予想外の答えに思わず変な声が出た。うっかり大声を上げてしまった気まずさに慌てて席に戻る。

 ――ディアソムニア

 闇の鏡の思いもよらぬ回答に目眩を覚えた。ディアソムニア? なんで? ハーツラビュルじゃないの?
 正直、ハーツラビュル寮以外に振られるとは思っていなかったものだから、ショックが大きい。ついでに混乱してきた。混乱しつつ、入学案内に書かれていた記述を思い出す、正直、ハーツラビュル以外はさらっと目を通しただけだからちゃんとは覚えてないけど。
 えぇと、たしかグレート・セブンの茨の魔女の高尚な精神に基づく寮、だったか。父さんたちからは勉強も魔法が上手くて、家柄のいいエリートが揃う寮だと聞かされていた。
 なるほど、分からない。僕の家はごくごく普通のケーキ屋だ、この上ない一般家庭だし、僕自身勉強も魔法も、まぁ、普通だ。
 父さんも魔法士としては別段強いわけではないらしいし、ユニーク魔法も面白いけど驚くほどすごいものではない。お母さんも魔法士の資格があるだけの普通の人だ。そう考えると、なるほど、やっぱり分からない。
 闇の鏡、もしかして間違えてるんじゃないかな? やり直しとかしてもらえないかな? というか、そんな寮に入って僕はついて行けるのか? 不安に思っているうちに入学式は終わり、各寮で歓迎会を行うと寮長さんについて行くことになった。

+++

 歓迎会も終わり、宛がわれた部屋でルームメイトたちと喋りながら床につく。みんなディアソムニアに振られたことを誇らしく思っているようだった。そんな彼らに純粋に喜べるのが羨ましいと内心思いつつ、適当に話を合わせながら、もう寝てるだろう父さんにメッセージを送った。
『寮はディアソムニアになったよ。タルト作りの練習が無駄になっちゃった。』
 もったいないことになったなぁと思っていると返信がきた。うちの店、朝は早いんだから寝てればいいのに。でも、ちょっと嬉しい。
『お前は母さん似だからな。だが、無駄ではないぞ。友達に作ってやったり、ハーツラビュル生に恩を売るのも悪くないんじゃないか? 頑張れよ』
 ……なんだよそれ。適当が過ぎるじゃないか。大体僕が母さん似なのと、ディアソムニアと何の関係があるんだよ。心の中で毒づきながら、でも、『頑張れよ』のメッセージが嬉しくて思わず笑ってしまった。
 一度決まった寮以外に行くのは難しいそうだから、僕はここでやっていくしかないんだろう。諦め半分、楽しみ半分で僕も、みんなも眠りに就いた。
 ……それにしても、ここに来てからずっと鈴のような音がしてるけどなんなんだろう? うるさいわけじゃないけど、妙に気になる。