らい
2019-10-28 21:00:16
4740文字
Public レオいず
 

スノードーム

レオいず♀(瀬名女体化)※閲覧注意(なんでも許せる方向け)



 ここ数日間、セナの体調がよろしくない。
 もともと月経痛には悩まされる体質だったようだけど、仕事から帰ってきて、すぐに寝込むようになった。ひどい日には、化粧もろくに落とさずに就寝してしまうこともある。舞台の上ではもちろん、誰にも見られていないプライベートな空間でさえ、美を磨き続けているセナが、なにもかもを放り投げて眠ってしまう。この世に存在するどの違和感よりもおかしいのは、明白だった。
 セナの不調は段々と悪化していて、今日は朝からベッドに横になっている。頭が痛かろうが高熱に苦しもうが、這いつくばってでも仕事に出かけるような、プロ意識の高い奴なのに。涼しい顔で取り繕うこともなく、布団をかぶって、何度も寝返りをうっていた。
 なんで、寒がっているんだ?どうして、寝たきりになっているんだ?おれは誰もが認める天才作曲家だけど、その原因を究明できる医者ではないし、快方に導く薬剤師でもない。出来ることは限られていて、だからこそ出来ることはすべてやり尽くしたかった。

 高く膨れ上がり、かまくらと化している布団をめくって、おれはセナの隣に忍び込む。セナの肩がぶるり、と震えたのがわかった。ただの風邪だといいんだけど。やっかいな病気じゃないといいな。
 やっぱりセナは、眉をつり上げて腰に手を当てながら、「チョ~うざぁい!」って四六時中プリプリしてるくらいがちょうどいい。作曲に夢中になっているときは、お小言がうっとうしくて、「話しかけんな!」と邪険にしたこともあったけど。些細なやりとりで怒って怒られて、普通に相手してもらえる日々が、こんなにも愛おしくて、ないと困るものだってこと、知らなかった。
 普通って、ある日いきなり普通じゃなくなる。
 急にお行儀が良くなるなんて、調子が狂うからやめてくれ。いつものようにガミガミ怒鳴ってくれよ。人間なにごとも元気が一番なんだ。


「セ~ナ」


 細い腰に両手を回すと、セナは「寒い」と小さな息を吐く。ちょっと前までは、「無意味にひっつかないで。暑苦しいでしょ」とか、「なぁに。今日は、甘えん坊だねえ」とか、なにかしらの言葉と一緒に振り向いてくれたのに、頑なに視線を合わせようとしなかった。せめて、目と目が合ったなら、一瞬だけでも安心させてやれるのに。
 セナは頑張り屋なので、次から次へと舞い込んでくる仕事に、身体がついていかなかったのかもしれない。モデル業界は熾烈な争いが繰り広げられているから、厳しい言葉を浴びせられて、傷ついてしまったのかもしれない。数多くの『かもしれない』と並べたところで、はっきりとした原因はわからない。しかし、心身ともに支障をきたしているのは明らかだ。
 おれは、セナの背中に鼻を埋めながら、ぎゅう、と腕の力を強めた。おれの体温を、すこしでも分けてやりたかったから。あげられるものなら、なんでも。セナの笑顔がもういちど見られるなら、なんだってしたかった。


「なぁ、セナ。たまには休もう。ゆっくり休憩しよう」
……休む?」


 セナはやっと返事する。覇気のない後ろ姿に、おれは続けた。


……うん。写真集の発売、主演ドラマ、新曲のレコーディング、握手会、全国ツアー、とにかくまぁ、立て続けに仕事が入ってたろ。こういうこと言ったらおまえは怒るかもしれないけど、ちょっと働きすぎだ。睡眠時間、いったい何時間とってる?ろくに寝てないだろ、おれには散々『寝な!』って叱ってたくせに」
……そうだね。……あんたのこと、言える立場じゃなかったかもね」
「うんうん、素直でよろしい!……よし。体調が落ち着くまで、長期休暇をもぎ取る方向でいこう。おれからも事務所に頼んどく。個人の仕事……は肩代わりしてやれないけど。Knightsの活動は任せとけ。おまえがいなくなった穴は、おれが埋めてやるからさ」


 セナは、なにも言わなかった。仕事に対する意識が高い女だから、たぶん休暇を取ることに躊躇いを覚えているんだろう。セナの意思はなるべく尊重してやりたいけれど、これ以上は、さすがのおれとて黙っちゃいられない。


「おれたちは誇り高き騎士だけど、前線で敵陣に猛進するだけなら村人Aでも簡単にできる。時には撤退して、次の戦に備えるのも重要な策の一つだろ?」
……そうかな」
「そうそう。まぁ、好き勝手に文句を並べる奴もきっと現れるだろうけどさ。人気者の宿命だから仕方ない。でも、おまえの頑張りは、みんな見てるから。まぁ一番に見てるのはおれだけど!わはは!」
……ほんとに、見てくれてる?」
「?なんだよ急に。具合が悪くて動けないからって幻滅するわけないだろ~、現在進行形でおまえを見てるよ!世界で、いや宇宙で一番に、誰よりも!」
「寒い」


 セナはふたたび身を震わせた。ああ、かわいそうなセナ。身体が思い通りに動かないって、辛いよな。いつだって精力的に働いているおまえのことだから、おれが思う以上に、歯がゆさに苛まれているんだろう。
 おれは、更にセナの身体をぎゅう、と抱き締めた。これ以上、ないってくらいに。ひとつになって、チョコレートみたいに溶けちゃいそうなほど。しかしながらセナは、「寒いよ、れおくん」としきりに呟いている。
 どうすればいいんだろう。
 どうすればいいんだろう。
 どうすればいいんだろう。
 好きな女が寒がっているのに、どういうわけだか暖めてあげられない。肉体的にも、精神的にも。
 おれに出来るのは、ただ、寄り添うことだけだった。今この瞬間、そして永遠に。今までも、これからも、ずっと好きと告げてくれたセナを守り続ける。それが、おれの望みだった。傍にいるよ。傍にいさせてくれよ。おれは、ここにいるよ。ずっと一緒にいよう。


「なぁ、セナ。長ぁ~い休みが取れたらさ、何しよう?」
「寒いよ」
「まずは映画の消化だな。休日に見ようとして、けっきょく積み重ねたままのブルーレイとか、たんまり溜まってるだろ。ソファーでくっついて、あったかくしながらふたりで見よう!」
「寒い」
「あっ、ちょっと待って!その前にセナとふたりで飯を食いたいな。お互いに忙しくて別々に済ませる日が多かったろ~、たまに顔を合わせても外食して終わりだったもんな!まずはスパーで心ゆくまで買い物しよう、カートにカゴふたつ乗っけてさ。一週間分の食糧を買い込むんだ。レジは時間が掛かるけど、ふたりでいればあっという間に終わるよな。ついでに、海までドライブしよう!潮風は気持ちいいだろうな~、夏はとっくの昔に終わっちゃったけど!」
「寒いの」
「ああ、そうだ!いっそ海外旅行にでも出かけてみるか?いいな、空の旅!仕事ではしょっちゅう飛び回ってるけど、じっくり観光したことってなかったもんな。バリ島、シンガポール、台湾、フィンランド、オーストリア、ドバイ、ラスベガス、キューバ、まさかのフィレンツェ!わはは、どこもかしこも夢の国だ!おれと色んな世界を巡ろうセナ!飛行機に乗って、水平線の彼方にどこまでも───」
「やめてよ」


 おれの腕の中にすっぽり収まっているセナが、ようやく振り返った。青の輝きを放つ宝石の瞳は、雨に打たれたかのように潤んでいる。
 目尻から、月のしずくがぽつりと零れた。


「ばかみたいなこと言わないでよ」
……
「飛行機に乗って死んだくせに」
……
「水平線の彼方に飛んでったのはあんただけなのに」
……
「もう、映画なんて見れない。買い物カゴだってひとつで事足りる。ご飯も食べられない。海に出かけたって、あんたの骨しかないんだよ」
……
「寒いよ。ずっとずっと寒い。寒いの」


 れおくん、寒いんだよぉ。
 セナの瞳からぼろぼろ溢れる水滴が、おれの首筋に流れていく。わああああああ、とひしめくセナの慟哭が、溢れ返っていた。
 せめて、涙を拭いてあげられたらよかった。しかし、頬をゆっくりと伝う涙は、ぱり、ぱりと音を立てながら氷の結晶となって、おれの身体にこびりついた。
 どうりでセナは寒い、寒いと呟くわけだ。
 おれには体温がなかったんだ。

 そういえば。
 郵便受けから手紙を取り出したとき、泣いてたな。
 台所でたまねぎをみじん切りにしているとき、泣いてたな。
 居間のソファーでココアを飲んでいるとき、泣いてたな。

 氷を解かす方法があるのなら、知りたかった。
 マッチ一本分の炎でもいいから、どうか、雪だるまになってしまう前に。