らい
2018-06-16 17:46:55
12520文字
Public つかそら♀
 

約1,677万色、あるいはそれ以上の種類から

つかそら♀(宙女体化注意)


2.


「ゲーム研究部へ、いらっしゃいませ~!」


 ゲーム研究部は、基本的には男所帯の部活であるらしい。整理整頓がうまくいっておらず、室内の至るところにカセットが散らばっていた。
 ゲームという名が付くものであればジャンルは問わないのか、人生ゲームの自動車ゴマやトランプのジョーカーが落っこちている。司はそれら一つひとつを拾いながら、部室の奥に進んでいく。私物まみれのプライベートハウスと化しているKnightsのスタジオで見慣れてはいるものの、ゲーム研究部の部室はそれ以上である。足の踏み場はあるにせよ、ごちゃついた空間はどうにも慣れなかった。


「以前にも増して、chaosな空間ですね……。」
「う~ん……。確かに、いつもより散らかってるきがします!」
「いつもより?」
「ししょ~と宙が使うときは、今よりもっと片付いてるんだけどな~?」
「他の部員の方々が、使っていたのでしょうか?」
「多分、そうだと思うな~?……そういえば、昨日、部員のひとたちに誘われました!『今日は、宙ちゃんは来ないの?』って。宙は、忙しくて行けませんでしたけど」
「誘われた」


 なぜだか繰り返してしまう。司はハッとして、先ほどの拾い物を、すぐそばの棚に置いた。ところが雑に置いてしまったせいで、自動車のコマがふたたび落下する。
 もういちど拾い上げているあいだに、宙は続けた。


……でも、ゲー研は大体こんなかんじです。男のひとが多いと、こうなります!宙もできるだけお掃除するようにはしてるけど、気が付いたら散らかっちゃってるな~?」
「はあ。先日、Leaderも似たようなことを仰っていました。『気が付いたら、楽譜の海でぶくぶく溺れちゃってるんだよな!』と。大量のルーズリーフを、床いっぱいに広げて……


 宙がどうぞ、と座布団を差しだした。司は「お気遣い感謝いたします」と礼を言って、腰を下ろす。ややあって、その横に宙も座った。


「うちゅ~のおに~さんも、『散らかしたがり』なんです?」
「散らかしたがりというか、なんというか……。うちのLeader、一度スイッチが入ると止められないといいますか。縦横無尽に駆けまわっては、周囲を散らかすのです」
「Ho~?」
「先日の場合はあまりにも度が過ぎたので、当然ながら瀬名先輩にしこたま叱られていましたけど」
「HuHu~、それは大変な~?」
「それだけなら、『いつものこと』なのですが……。傍にいた凛月先輩が、『セッちゃん、うるさい』と文句を言ったので、事態は更にややこしい方向に……
「HeHe~。零に~さんのおと~とさんに、飛び火です?」
「まさしく。……鳴上先輩が止めてくださったので、事なきを得たものの。私ひとりでは、瀬名先輩の怒りをおさめることはできなかったでしょうね……


 泉のしかめっ面を思い出しながら、司は身を震わせた。ついでに、スタジオまで追いかけられ、床に正座させられた記憶までよみがえる。あのような罰を受けるのは、もう二度とごめんである。極力、隠し事はしないでおこう───改めて誓いを立てながら、司はふいに横を向いた。
 宙は体育座りをしたまま、ちいさな身体を木馬のごとく揺らしている。制服のスカートから、ほどよく肉のついた上腿が見えた。

 春川は、どう?
 全然いける。

 例のクラスメイトたちのやりとりを思い返してしまう。司は、慌てて目を反らした。


「き、……気を抜くと、すぐに私の話ばかりしてしまいますね。失礼しました」
「どうして謝るの?宙は、ぜんぜん気にしてないな~?……あっ。宙がぶらぶら揺れてたので、心配になっちゃいました?」
「え?……いえ。そういうわけでは、ありませんが───」
「宙、だいすきなひととおしゃべりしてるときは、楽しくって勝手に身体が揺れちゃうので!」
「だいっ……


 わかっている。『だいすきなひと』の定義が、『そういう意味』ではないことくらい。わかりすぎるほど、わかっているのに───ほてった頬の毛穴から、心の声がこぼれてしまいそうだった。膝のうえで拳をつくり、司は深呼吸する。司の心中を知るよしもない宙は、軽やかに立ち上がった。


「つかちゃんっ!宙、そろそろゲームしたいな~?」
「え、ええ。……そういえば、その為に来たんでしたね。……しましょう、Game。そうしましょう。ええ」
「HuHu~、ワクワクするな~♪さっそくソフトを選びましょう!つかちゃんは、なにがいいです?ゲー研には、たくさんのゲームがあります!ひとり用のRPGからみんなで遊べるパーティゲームまで、よりどりみどりの玉手箱な~」
「はあ……。春川さんのお好みで構いませんよ、私はGameにはさほど明るくないですし」
「わかりました。それじゃあ、宙のおすすめを選びます!」


 宙はテレビ台の下に駆けよって、大量のゲームソフトが入っている箱に前のめりになった。司はなにげなく、その背中をぼんやり見つめて───ぎょっとした。制服のスカートがぺろんとずり上がり、色白の太ももがあらわになったのだ。かろうじて下着は見えないものの、小ぶりな尻の曲線にぴたりと張りつくスカートは目に毒である。
 宙は、「HuHu~♪」と上機嫌に歌っている。司は首をぶんぶんと振って、座布団の角から伸びる、ひもに指をからませた。馬のしっぽのようなこれは、そういえば何のためにくっついているんでしょう。普段ならば気にも留めないような、些細な疑問で気を紛らわせようとする。気になりますね。一体、どうしてなのでしょうね。───柔らかいそれを親指でつぶしながら、司は必死に考えをめぐらせた。


「おかしいな~?ここにあるはずなのに、見つからないな~?」


 ところが、不安そうな声をあげる宙に、司はつい顔を上げてしまった。箱の奥底まで探そうと、宙が重心を傾ける。ふわりと揺れるスカートのひだが更にめくれた。更には『なか』が、見えそうになって───繋ぎとめたいはずの意思が、ひとつ残らず持っていかれそうになる。司は、勢いよく背を向けた。とんでもない重罪を犯しているような気がする。騎士道精神に誓って、なにがなんでも『見る』わけにはいかなかった。

 律儀に足を揃え、背筋を伸ばし、茶道のごとく正座しながら考える。
 宙との仲は、あくまで「お友達同士」であって、そこに男女の関係性はない。けれども男とふたりきりの部室で、無防備な姿を晒している。恐らく彼女のなかでは男と女はすべて「宙の大好きな人たち」で、性別の概念など存在しないのだろう。もちろん、れっきとした男である自分もそのひとりに数えられるのだ。友達として、信頼されている。それはそれで喜ばしいことなのだけれど、どうにも府が落ちない。心いっぱいに蜘蛛の巣が敷き詰められているような、複雑な気分になった。


「HuHu~、見つけました!」


 もはや『くじびき』状態といっても過言ではないほど、乱雑に突っ込まれていたのだろう。箱のなかから、ようやく目当てのソフトを発掘したらしい。宙の声が、木の実をつつく小鳥のように跳ねる。それを背中越しに受けとめて、司はホッと胸を撫でおろした。これで一安心である。膝をひねり、元の位置に戻ろうとした。


「つかちゃん。どうして後ろを向いてるんです?」
「えっ」


 しかしながら宙はそれよりも早く、とことこと可愛らしい足音とともに歩み寄ってきた。その場にあひる座りして、つぶらな瞳を不思議そうにまたたかせる。果てしなく澄み渡る瞳の色は、いつかどこかで両親と見た外国の、透き通った海の青に似ていた。その瞳孔には、司の姿が映っている。頬を熱っぽく染める赤の色が、硝子のなかで燃えていた。


……気になるな~?」
「いえ、その。……私は」


 貴方のskirtが由々しき事態になっていたからです。私は、誇り高き騎士である前に、貴方の友達として。これが、最良の選択に違いないと、そう思ったわけで───などと打ち明けられるはずもなく、司はごくりと唾をのみこんだ。


……つかちゃん、隠し事してます?」
「!?な、なにを言って───」
「名探偵宙には、わかります!」


 腰に手を当てながら、宙が「えっへん!」と自慢げに振る舞う。高校一年生にしては幼くて、それでいて不快感のない純粋な愛らしさに、司の胸はどきり、と高鳴った。
 一般的な男子高校生は『お友達』に対して、果たして『可愛い』の感情を抱くものなのだろうか。
 そこまで考えて、司は膝に置いた己の拳を、その疑念ごと握りつぶした。そして、なかば無理やり解決策をひねりだすことにした。
 きっと、こうだ。
 転校生のプロデューサーが『お姉さま』であるというのなら、宙はたぶん『愛らしい妹』としての立ち位置なのだ。かけがえのない友人に対して『可愛い』とは思わないけれど、ちいさな妹として見ているのならば。ふつふつと芽生える『可愛い』の根拠を、はっきりと証明できる。そうだ、そうに違いない!───強引に結論づけた司は、改めて宙を見やる。ぱっちりと開かれた瞳を彩る、長いま つげ。だれもが憧れる小鼻に、いたずらに膨らんだピンクのくちびる。せっけんの香りがふわりと舞って、司の視界いっぱいを塗りつぶす。春川さんは、大切な友達であり妹のような存在で───スカートから伸びる、白くてふっくらとした太腿に、くらりと溶かされそうになる。司は泣きそうになりながら、視線をすっと外した。
 浅はかにもほどがある。大切な友達で妹であるならば、いとも簡単に心臓が跳ねるわけがないのに。


「むむ。つかちゃん、さっきから様子がおかしいです。そわそわしてます。今にも落ちそうな木の葉っぱさんみたいに、揺れてるな~?」
「は、春川さん。あのですね、近、近いので、もう少し、距離を───」
「?つかちゃん、どうして離れるの?宙、へんなにおいがしますか?」


 にゅっと近寄ってくる瞳が、美しく反射する。まるで蒼の宝石が散りばめられているようだった。うっかり見惚れてしまったことに気がついて、司はかぁっと頬を染めた。そして両手でバツを作り、宙の追及を遮断する。


「むしろ、sweetなsmellさえしますが!……これは、私の問題ですので!」


 個人的な問題はこの世にひとつだってないぞ。Knightsを治める王の台詞が思い返される。
 ですがLeader、今回ばかりは内緒にさせてほしいのです。ああ、でも、秘密があると知ったら、瀬名先輩は怒るでしょうね。凛月先輩も、お叱りになるでしょう。鳴上先輩だって、きっと呆れてしまいます。私は、たぶん。大切なお友達である春川さんのことを───頭の奥で、けたたましい警鐘が鳴りひびく。この気持ちにたぶん気づいてはいけない。気づいてはいけないと、言い聞かせているのに。


「つかちゃんは、宙の大切なお友達です。困ったことがあるなら、なんでも言ってほしいな~?」
「は、春川さん。ですから、私は」


『大切なお友達』のはずなのだ。それなのに、モヤモヤしてしまうのは。


「宙はまだまだ修行中だから、ししょ~やせんぱいみたいに多くの魔法は使えないけど。でもね、つかちゃん。宙は───」


 加速する想いを後押しするように、宙が笑った。


「つかちゃんに、いつだって笑っていてほしいなっ」


 雲の切れ目からひょっこり顔を出す太陽のような、まぶしい笑顔がほとばしる。きっと誰にでも見せていて、とくべつ珍しいものではないのだろう。けれども今の司にとって、世界にひとつだけの。朱桜司のためだけに昇る、太陽のきらめきだった。


「つかちゃん?」


 押し黙る司を不安に思ったのか、宙がふたたび覗きこんでくる。ブレザー越しに腕を揺すってきたので、司はとっさに振りほどいてしまった。
 宙のちいさな手がすっぽ抜ける。


「!?わうっ」
「わっ!?」


 宙の小柄な身体が、司の胸に飛びこんだ。
 顔から落下した宙は、生まれたてのひよこさながらに両手をばたつかせている。「むぐぐ!」と呻く姿は、だれが見ても愛しさを覚える光景に違いない。
 当事者の司は、無論それどころではなかったけれど。


「は、は、は、はるかわさ……!」


 耳から頬、首の下まで、真っ赤に染まっている気がした。血液ごと沸騰しているのではないかと、想像を膨らませてしまうほどに、体内のすべてが熱かった。
 司はしどろもどろになりながら、倒れこんだ宙の肩に引きはがす。指先に触れた肩は、想像以上に華奢だった。女の子のからだは、思いのほか小さいのだ。司は決して大柄ではないけれど、男女の差をいやでも意識してしまう。男ひとり、女ひとり。そこには果たして、無色透明の友情は存在するのだろうか。

 宙は、まるい瞳をぱちくりと瞬かせて、いつもどおりに笑った。


「HiHi~。……宙、急に目の前がまっくらになったので、びっくりしちゃったな~。つかちゃんは、痛くなかったです?」
「いえ、あの。……私は、平気、なのですが」


 嘘をついている。本当はちっとも平気じゃない。身も心も、すべてが熱くなっている。けれども、本当のことを告げるわけにはいかなかった。司は、平然を装いながら続けた。


「むしろ、私のほうこそ、急に。……その、すみません。突然、腕を振りほどいたりして」
「つかちゃんが謝る必要はないな~?宙のほうこそ、急に倒れちゃってごめんなさい!」
「春川さんが謝る必要は、これっぽっちもありませんよ。それくらいで痛がったり、怒ったりするような男ではありません。なので、お気になさらず」
「それなら、宙も安心です!でも───」


 宙は、不思議そうに首をかしげた。


「つかちゃん、普段はほとんど色が変わらないのに。今日は、たくさんの色が混ざってるな~?」
「え?」
「赤と、青が混ざって───」


 むらさきいろに、なってます。
 無音の空を撃ち落とすように、宙の声がぽつりとこぼれた。
 穏やかにたゆたう海色の瞳が、司を飲みこんでいく。そういえば、いつだったか弓道部で学んだことがあった。絵心のない弓弦やイラストが得意なプロデューサーとともに、部長である敬人から絵の極意を学んだときのこと。それぞれの色彩がもたらす意味を教えてもらった。己の記憶が確かならば、むらさきの色は───ポケットの中に入れてあるスマートフォンが鳴り響いた。司はすぐさま起立した。
 丁度よかった。
 さまざまな色がひっくり返って絵の具まみれの頭のなかを、跡形もなくまっさらに染めてしまいたかった。


……少し、席を外しますね」
「はい!宙は、のんびり待ってます。いってらっしゃいっ」


 おおきく手を振る宙を背にして、ゲーム研究部の引き戸を開ける。液晶画面にはメッセージが残されていた。Knightsの先輩である泉からの、何てことのない事務連絡だった。
 明日の放課後、現地集合になったから。疑問点があれば返信して。プロデューザーにも共有しとくから、そっちに聞いてもいいけど。
 司は了解いたしました、ありがとうございます、と打ち込んで、すぐに送信した。やや少し考えて、もう一文を入力した。


 お友達の色って、いったい何色なんでしょう?


 救いを求める人差し指は、送信ボタンを押せずにいる。