らい
2018-06-16 17:46:55
12520文字
Public つかそら♀
 

約1,677万色、あるいはそれ以上の種類から

つかそら♀(宙女体化注意)

1.

 この世に生きる女性たちに対して、好きだとか付き合いたいだとか───そういった色めいた感情は、誰しも抱くものだろう。特に『性別:男』として産声を上げたからには、至極当然のことだと思っている。ただし、それは胸の奥に秘めるべきものだ。アイドルという存在は、ひとときの夢を与える生き物なのだ。一等星のごとくきらめく夢のかけらを、泥まみれにするようなことがあってはならない。夢ノ咲学院のアイドル、そして誇り高きKnightsに属する一人の男───『朱桜司』として、誠実でありたい。心に突き刺した誓いの旗は、風にたなびくことはあれど、折れて倒れることはない。十六年間の人生のなかで、一度もなかったはずだった。


「付き合うなら、───さんだな」
「俺的には、───さんかな」
「両方とも、やりたい!」
「お前ら、最低だな~」


 待ちに待った放課後。気分が昂ぶってしまう理由はわからないでもない。だからといって、教室のど真ん中で下劣な話に花を咲かせるとは何事か!───司は眉を歪めながら、低俗な会話に興じるクラスメイトたちを一瞥する。司だけではない。黒板を消している日直当番の女子も、怪訝なまなざしを向けていた。その隣で談笑していた数人のグループだって、無言で目を見合わせている。

 世の男子が全て『ああいう』生き物であると思われては困る。これだから1年B組のBはBAKAのBと揶揄されるのだ。司は、形の整った唇をいびつに噛みしめた。
 あのLeaderですら、『そういう話』をするときは場所を選ぶというのに!───記憶の大草原で「わはは!」と駆けまわるKnightsの王が、常識人に思えるほどである。万が一、ファンの耳に入ってしまったら、一体どうするつもりなのだろう。深刻なイメージ低下は避けられまい。友達でもなんでもない、1年B組の級友という間柄をなくしてしまえば赤の他人であるけれど、彼らの将来がいささか心配になってしまう。


「司ちゃん、何ぼ~っとしてんの!」


 長いあいだ彼らを見つめていたことに気がついて、司はハッとした。机の横には天満光がいて、「もう、放課後なんだぜ!」と飛び跳ねている。
 ほうかご、と反芻しながら周りを見やると、B組の面々はさっさと帰りの準備を整えていた。リュックを背負ったりショルダーを肩に掛けたりして、各々の目的地に向かおうとしている。例のクラスメイトたちだけは、未だにゲラゲラと笑いあっているけれど。あの子はガードが固そうとか、その子は頼めば付き合えそうとか、聞こえてくる会話の断片は、相変わらずはしたない。苛立ちの温度をふたたび思い出してしまいそうになる。司はぐっと堪えながら、視線を戻した。


……ああ、すみません。少しだけ、考え事をしていました」
「ふーん。司ちゃんは、考えることがいっぱいあってすごいんだぜ!」
「?……そうでしょうか?」
「うん。おとなって感じがするぜ」
「はあ」
「まぁべらすな雰囲気がビシビシ伝わってくるぜ!」
「『まぁべらす』ではなくて、『Marvelous』です。というか私は、別に───」
「あっ!」


 何かを思い出したように、光は天井を仰いだ。無邪気な眉毛が、音符さながらに跳ねる。


「友ちゃんと創ちゃんが待ってるんだぜ!A組にダッシュダッシュなんだぜ!」


 ランニングのポーズを取りながら、光が助走の準備をはじめる。司は困ったように笑った。


「廊下を走るのはDangerousでは?」
「?どうしてっ?」
「椚先生に叱られてしまいます」
「うっ。それは、まずいんだぜ。こんなところで捕まるわけには、いかないぜ……


 光は「お縄はごめんなんだぜ!」と身震いした。以前、授業中に縛られてからというもの、さすがに慎重になっているらしい。あれは、B組の珍事件のなかでも上位にランクインする出来事だった。近くに座っていた仙石忍が半泣きになっていたのを思い出す。さすがの司も、絶句するほどの恐ろしさだった。


「オレ、気をつけるんだぜ!だから、けんとう?を祈っていてほしいんだぜ!」
「健闘?……ええと。どうかご無事……?で……
「ありがとうなんだぜ、司ちゃん!それじゃあ、バイバイ!」
……ええ。また、明日」


 机と机のあいだを駆けていく光を見送って、司は一息ついた。天真爛漫の四字熟語をそっくり擬人化したようなクラスメイトだ。頭で考えるよりもまず足が動く。何かにつけて悶々と考えてしまう自分とは、正反対のタイプともいえる。だからこそ『おとな』に見えるわけで、あんなことも言ったのだろう。

 司ちゃんは、考えることがいっぱいあって、すごいんだぜ。

 光の言葉を繰り返しながら、司はじっくり考えた。同学年のアイドルたちに比べると、確かにそうかもしれない。先輩である嵐にも、「司ちゃんは、ちょっと考えすぎるところがあるわよねェ」と指摘されたことがある。しかしながらそれが長所であるのか短所であるのか、司には未だにわかりかねていた。


 例のクラスメイトたちは、未だに『女の子の話』で沸いている。
 気の知れた友人とは、どんな話でも盛り上がるものだ。身振り手振りで楽しげに笑いあっていた。仲が良い友人同士にしか作りだせない『輪』の独特な空気が、教室いっぱいに放たれている。司には、それが───話の善し悪しは、別として───どこか眩しい光に見えた。あの手の内容を公然の場で繰り広げる感覚は、司にはやはり理解できないけれど。それでも『友達』の存在というものは、ほんの少しだけ羨ましい。最近になって、ようやく分かったことだ。学校は友達を作るための場所ではないにしろ、かけがえのない友達と過ごす時間は、存外わるくない。たんぽぽが咲く春のような温かさを、こころに与えてくれる。


 つかちゃんが宙を、こんな素敵な場所につれてきてくれたんです。
 まるで昨日のことのように思い出す。司は記憶の影をたどりながら、祝福宴で得た『友達』の声を再生した。その『友達』は、『ああいう話』の対象にされがちな『女の子』なのだけれど。司にとっては、貴重な友人関係にある異性のひとりだった。少なくとも『ああいう話』の対象にしてはいけないと思っている。だって『友達』なのだから。互いに切磋琢磨しあって、清らかな友情を育んでいけるような仲の───またしても考えすぎていることに気がついて、司は我に返った。いくらなんでも脱線しすぎである。いいかげん、帰り支度をはじめることにした。

 教科書の角をトンと揃えて、かばんに入れる。続いてペンケースに手をかけると、開きっぱなしのチャックから消しゴムが落っこちた。すっかりと角がすり減ったそれは、床に転がっていく。そろそろ、替えどきでしょうか。購買に行かなければなりませんね。そんなことを考えながら手を伸ばす。
 ところが消しゴムは、『誰か』の上履きに辿りついた。トン、と止まったそれは、『誰か』の手によって拾われる。司は、伸ばしかけた指先をひっこめた。


「どんぐりころころ、どんぐりこっ!おいけにはまって、さぁたいへんな~」


 はい、つかちゃん。消しゴムです!───数少ない『友達』のひとり、春川宙である。宙はにこりと笑いながら、握りしめたそれを机の上にぽんと置く。司はすみません、と一言をそえて、ちいさく笑い返した。


「ありがとうございます、春川さん。……でも、それを言うなら『どんぐりこ』ではなく『どんぶりこ』では?」
「Ho~、そうなんです?」
「ええ。……まぁ、『どんぐりこ』のほうがなんとなく、貴方らしいですけど」
「宙らしい?どういう意味な~?」
「ええと。……春川さん、小動物というか『リス』のようですし。リスは、ほら、『どんぐり』が好きでしょう?」


 宙が「?」と柴犬のような笑みで見つめる。まるで異星人と交流しているようで、けれども自然と型にはまる心地よさが、司の肌にじわりと馴染んだ。先ほどまで抱いていた苛立ちが、春に流れる小川のようにスッと溶けてしまう。いわゆる魔法なのかもしれない。草木も生えない渇ききった心臓も、彼女としゃべることで穏やかな緑に包まれる。ふしぎな子だった。ほんとうに魔法が使えるのではないかと疑ってしまうほどに。


……おっと。長くなってしまいましたね」


 自他ともに認める悪いくせである。話が逸れてしまったことを詫びて、司は姿勢よく立ち上がった。がた、と椅子が鳴る。机の横にかけていたカバンを持ち上げると、宙がブレザーの袖をクイクイと引っ張った。


「あのね、つかちゃん」
「はい?なんでしょう」
「つかちゃんは、このあと、なにか用事がありますか?」


 小鳥のように首をかしげて、宙が問う。どういう意図で尋ねているのだろう。司は疑問符を携えながら答えを返す。


「?いえ、特には……
「それじゃあ、つかちゃんは今からまっすぐおうちに帰ります?」
「ええ。そのつもりですが……。Knightsの活動も、少しのあいだお休みですし」
「HoHo~、宙もです!今日のSwitchは、おやすみの日な~」
「同じなんですね。……ええと、それでは春川さんは?」


 せっかく『友達』と一緒にいるのだし、どうせならリムジンに乗せて家まで送り届けてあげようか。それとも、商店街の喫茶店に誘って、パフェでもご馳走しようか。でも、いきなり誘うのはおかしいのでは?恋人づくりに躍起になっている男のようで、ああ、恋人になろうとしているつもりは毛頭ないけれど、たぶん。いや、たぶんとは何だ。違う、そうじゃない───悶々と考えていると、今度は袖のボタンをぐりぐりと突かれた。


「つかちゃん。よかったら宙と、ゲー研で遊びませんか?」
「ゲー研………?」


 ややあって、宙が所属しているのはゲーム研究部であることを思い出した。教室で溜め息をついていたあの日、宙に連れられる形で遊びに行ったことがある。対戦ゲームの勝敗は言わずもがな、完膚なきまでに倒されてしまったけれど。機会があればまたゲームしようと指きりげんまんして、それきり約束を果たしていなかった。そういえば、と合点して、司は尋ねかえす。


……要するに。春川さんと私で、Gameをして遊びましょうと。私は、そういったお誘いを受けているということでしょうか?」
「うん!つかちゃんさえよかったら───」


 今日の放課後、宙といっしょに遊んでほしいな~?
 ぱっちりと開かれた瞳が、司の顔をじっと捕らえた。おおきく開いている身長差のせいもあって、上目遣いで見つめられている。
 毛穴ひとつない、たまごのような肌。くるりとカーブするまつ毛は長く、きゅっと吊り上がったくちびるは桃色に染まっている。至近距離に映るまなざしに、すっかり意識を奪われてしまった。しょっちゅう駆けまわっている落ち着きのない子だけれど、実は、とても女の子らしい顔つきをしているような───突然、心臓の表面がうずいた気がした。
 司はこほん、と咳払いをする。


……私、まっすぐ家に帰って、自主的にLessonでもしようかと考えていたところなのですけれど。その、最近のKnightsは快進撃の連続で、例えHolidayであっても常に気は抜けないといいますか。これから先、先輩がたと共に歩んでいくためにもこの朱桜司、今以上に己のSkillを磨いて更なる高みを目指すべく、日々精進し───」
「つかちゃん。やっぱり忙しいんです?」
「いえ!……ええと、つまり。そうですね。……まぁ、春川さんが私と遊びたいというのなら、今回は仕方ないといいますか……。貴方を一人にさせるのも、なんとなく気が引けますし。せっかくのお誘いですから、私、そのお誘いを───」
「お誘いを?」
「受けても。……構いませんよ」


 妙な気恥ずかしさに、声が細くなってしまう。
 ぼそっと答えると、宙はぴょんと跳ねて、喜んだ。


「ほんとっ?宙、すっごくハッピーな~っ!」


 宙は元気いっぱいに頷いて、トランポリンのごとく飛び跳ねる。ブレザーから飛びだしたフードも、なわとびのように揺れていた。先ほどはリスに例えたけれど、もしかするとうさぎの血も混ざっているのかもしれない。よく笑い、よく喜んで、よく跳ねる子だ。とても微笑ましかった。胸の奥が温かくなって、この温度にいつまでも溶けていたい。そんな気持ちにさせられる。とくに最近は、その傾向が強くなっていた。
『友達』とは、やはり素晴らしいものだ。友達。そう、友達。友達?───その響きに、どことなく違和感を覚えてしまうのはなぜだろう。


「そうと決まったらっ」


 宙は、司の腕を上下に揺さぶった。


「はやく行きましょう!時間は有限です。ぼ~っとしてたら、あっというまに置いてかれちゃうな~?」


 つかちゃん。はやくっ、はやくっ!
 そう言って、宙は一目散に駆けだしてしまう。教室の外にフードが消えて、司はぽつんと取り残されてしまった。
 そこまでして焦らずとも、決して逃げないというのに。走りだしてしまうほどに喜んでくれているのだとしたら、それはそれで好ましいことなのだけれど。司はかばんを片手に持って、宙の後ろを追いかけようとした。しかし、踏みだした足を途中で止めた。しんとした空気に、張りつめた視線を感じたからだった。
 司はおもむろに振り返る。例のクラスメイトたちと目が合った。


「朱桜、帰るの?」
「バイバイ!」


 愛想よく手を振られる。司はええ、と返事して、また明日、と会釈した。会話の内容はさておき、それさえなければ無害のクラスメイトである。いつもどおりに挨拶を交わして、司は教室を出ようとした。その時だった。


「ところで春川は、どう?」
「全然いける」


 いけるとは?いったい何が?もはや考えるまでもない。品定めの続きをしているのだろう。まったく腹だたしい。そういった話題の対象に、あの純粋のかたまりのような女の子を選ぶとは───司はムッと眉を吊りあげた。
 とはいえ、確かに───宙は、魅力的な女の子である。傍から見ていてあぶなっかしい行動の数々は、男としての保護欲をそそられる。ふわりと踊る金髪のきらめきに、蒼く透きとおった丸っこい瞳。抱きしめるとすっぽり埋まってしまいそうな、小柄な身体つき。そりゃあ、好みかそうでないかの二択でいったら───彼らの言動を軽蔑するかたわら、心のどこかで一定の理解を示してしまう自分がいた。宙の友人ではなく、ひとりの男としての人格がそこにあった。司はかぶりを振った。大切な『友達』にまさか、そんな。絶対にありえない。


「つかちゃん!置いてっちゃうな~?」


 どうやら戻ってきたらしい。宙が、ドアの影からひょっこりと顔を出す。待ちくたびれたのか、八の字の眉をぶら下げていた。
 司は「すみません」と返事して、背筋をまっすぐ伸ばした。


「お待たせしました。さあ、すぐに向かいましょう」


 そう、すぐに行くのだ。決して汚してはいけない『友達』がいる場所に。