kazuha.A
2024-02-08 04:50:16
5504文字
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弊ドロこう言うお題 2024.02/08&02/10

「照れてるの?」「かっこいいなクソ」



 東の空が薄っすらと色を変え始めた夜明け前、ロナルドは軽すぎる荷物を抱えて事務所へと帰宅した。

 今夜の退治は難易度の低いものだったけれど、とにかく数が多かった。おかげで終わる頃にはすっかり疲れて、大事な退治人衣装もあちこち汚れていた。空を飛ぶ相手が大量発生すると厄介だ。なかなか間合いに入れないと上空を狙っているうちに、脇腹あたりへ突撃してくる個体がいたりする。攻撃力そのものが強いわけではなかったけれど、服が土埃のほかにかぎ裂きまで出来ていた。吸血鬼対策課やVRCを待つ間に、この衣装もそろそろ仕立て直さなければいけないなと気づいてどっと疲労感が増した。
 ――そういえば、先程までぎゃいぎゃいと煩かったはずの声がしない。貧弱ですぐ死ぬ吸血鬼の同居人は、こんな日にまでほいほいついてきて、何度も自分の命を散らしていたはずだった。
 風が吹けば死ぬような男であるが、次の瞬間には蘇っている。吸血鬼の中でも特殊な部類になるのだろうドラルクは、すぐに死ぬことを分かっていながら面白いからと言ってほとんどの退治についてくる。そちらのほうが愉快だと言ってロナルドを不利な状況へ陥らせることもある男なのだが、その実ついてくることにメリットもあった。今夜も大層騒がしくロナルドへ文句を言ったり助けろと叫んだりを繰り返し、それならもう帰れとロナルドも叫び返したり。無理に帰せるほどの余裕がなかったのもあるが、ドラルクは意外なことに現場を見る力に長けている。本当に危ういと思えば勝手に帰るだろうと言える程度に同じ時間を過ごしていたし、それでいいと勝手に得心できない相手と暮らし続けるほどロナルドだってお人好しではないのだ。
 聞き慣れた騒ぐ声の合間に、マジロの泣く声が混ざる。ぎゃあぎゃあと騒ぐ声が聞こえていたのは退治のはじめ頃だけで、退治に集中すればやがて騒がしい声も遠くなった。ただ……右だ左だ、脇腹を狙われているだとか、そんなドラルクの声だけは不思議と耳に届いた。

 ――あいつらは一度、上空で体制を整え直して下降してくるぞ。比較的大きい個体は外装が堅い。小さい個体は一カ所に誘導してまとめて叩け。
 さすがにゲームが趣味だと豪語するだけはあって、状況分析が得意なのだ。それに死んでもうぐ蘇る性質上、危機に陥っている者特有の悲壮感がない。古き血を引き、二百余年生きているだけあって吸血鬼の習性にも詳しかった。
 散布剤をまくならここ、そうするとこのあたりに個体が集まり出すからそこを個別撃破するか、まとめて焼き払え。そこの群れに集まらない個体は耐性もちのはずで、下手に拳で潰すと体液が飛び散って二次被害がおこるから一定距離を保って射撃が有効だ。まとまり遅れただけの小さな個体は地道にはえ叩きで潰して問題ないなどなど。
 死んで蘇ってを繰り返す合間に、ロナルドにはドラルクの誘導が耳に入り続けていた。
 おかげで不意打ちに大怪我を負うこともなく、埃まみれの泥だらけになりながら――僅かなかすり傷だけで済んだのだ。
 吸血鬼対策課とVRCへの引き継ぎや報告をしている間はすっかりそんな声も遠のき、ふと意識してみれば東の空が白み始めている。報告を済ませきって別れの挨拶をして――ようやく、今の時間に気がついた。陽にあたれば確実に死に続ける吸血鬼は、退治が終わった時点か……それとも報告待ちの間にとっとと帰ってしまったに違いない。退治中に聞こえていた声もすっかり聞こえなくなって久しいし、ドラルクが未だに現場へ残っているだけの理由がひとつもなかった。だから、振り返った時に眩しいものを見るような表情で、見慣れた吸血鬼がこちらを見ていたことに驚いた。
 ぱちりぱちりと数度瞬きを繰り返して……ドラルクが、この退治の顛末を最後まで見届けようと残っていたのだと気づく。
「役に立たねえ死にっぱなしのくせに、根性あるじゃん」
 どこか擽ったい気がするのは何故だろう。何度も死んで、可愛い使い魔を泣かせてまで、面白くもないはずの退治を最後まで見守っている。それが嬉しいと思うのは何故だろう。
……かっこいいな、クソ!」
 見慣れたはずの吸血鬼が悔しそうな顔をして吐いた悪態に、ロナルドの頬がみるみるうちに熱を持った。
 この場所に残っているのはロナルドと、ドラルク。そしてドラルクの腕の中にジョンが居るだけ。他に誰も残っていない空間で、ドラルクは確かにロナルドを見てそう言った。それは確かに自分へと向けられた賞賛だった。
「照れてるの?」
 きょとんと問われて、さらに体温が上がる。普段煽りあいをしているだけに、ドラルクに褒められることがどうにも慣れない。柄にもなく最弱の吸血鬼を見直したばかりであればなおさらだった。
「ちげえよ馬鹿! 動きすぎて暑いだけだ!」
 走り回っていたのはもう随分前のことだし、季節柄とっくに身体が冷えている。言い訳にするのは無理があることなど承知の上で、ロナルドはそれ以外の言い訳をもてなかった。
「たしかに今夜の君はかっこよかったさ。そりゃもう悔しいくらいに」
 眩しいものをみるようにロナルドを真っ直ぐ見つめる小さな赤い瞳が、ドラルクの言葉に嘘も揶揄いも含まれていないことを物語っている。頭を撫でられた使い魔もヌンヌンと可愛い声で同意して、ロナルドはまるで自分の頭も優しく撫でられているように錯覚した。
――――ッ!」
「うわっ! なになに、危ない! おいこら降ろせ!」
 騒がしい声は耳元から。白み始めた空の下、ロナルドのために的確な指示を出し続けた男を死なせるわけにはいかないと思った。
「かっこいいな、クソ」
 もう一度、今度は耳のすぐそばで悪態が聞こえる。照れくさい心地はお互い様であるらしい。
「お前こそ照れてんじゃねえか」
 だから細心の注意を払って担ぎ上げ、事務所へと帰る道を疾走する。自分を褒めてくれた優しい吸血鬼と無事に家に辿り着くまでが今夜の仕事なのだと心に決めた。
「陽が出るまでに帰るぞ!」
 宣言して帰る道はあっという間で、疲れていたはずの足が軽い。笑い出しそうな高揚のまま、慣れた階段を駆け上って我が家へと帰還した。


「さあ、埃まみれ泥まみれの君は先に風呂へ行ってきたまえ」
 ここからは私の仕事だと言って、帰還した吸血鬼は薄い胸を張った。手を洗うより、いっそ風呂で小綺麗になってこいということだ。一緒にジョンも頼んだよと言って、ぐいぐいと風呂場へ弱い力で押し込まれた。
 もう少しすれば本格的に太陽が昇る頃合いだろう。それなのに仕事とはどういうことか。ロナルドは僅かな困惑を抱えながら汚れた衣装を脱ぎ捨てる。仕立て直す必要性を思い出したので、洗濯かごには入れず脱衣所の床に衣装をまとめた。下着はそのまま洗濯かごへ。ジョンを抱えて風呂場に入り、まずは可愛い丸を優しく洗った。ヌフヌフ擽ったそうに笑う声に自然と笑みを零しながら仕上げに泡を洗い流し終わると、風呂上がりのメンテナンスはドラルクに任せることにする。先に上がっているヌと片手をあげるマジロを笑いながら見送って、自分の身体もすっかり綺麗に洗い流した。
 ドラルクはジョンの手入れを怠らない。甲羅にクリームを塗り、腹毛を優しく乾かして梳かす。羨ましくもあるが、彼らにとって大切な時間であることを知っていたし、その前段階である入浴を任せられただけでも彼らの『特別』な輪に交じったような気がしてはらの奥から温もるようだった。
 ロナルドが風呂を出る頃にはきっと彼らは寝付いていることだろう。吸血鬼の生活リズムから言えば、もう『朝更かし』の時間帯を過ぎていた。ジョンの手入れ時間を考えても、ロナルドがゆっくり湯をあびていて問題ないはずだ。熱い湯をかぶりながら、かっこいいなと言った悔しげな声を思い出して頬が緩む。そうか、あいつにとって俺はかっこよく見えるのかと思うと、叫び出したいような照れくささが襲う。そして認められたという事実に心が満ちて、だからきっとロナルドのそばで退治を見守って指示を出していたのだと噛みしめた。たとえそれが享楽の一端であっても……いや、だからこそ。それに値するだけのものを自分が持っている。そう思えることが、今はただ嬉しく思った。
 風呂場を出ると、真新しいタオルと着替えの一式が準備されている。柔らかいタオルに髪の水分を吸わせながら、そういえば着替えも何も準備せず風呂に行ったことに気がついた。ロナルドの気づかぬ間に準備された着替えに袖を通し、居間へと戻ると食卓の上に皿とマグカップが揃えられていた。

 ――おつかれさま。
 それだけ書かれたメモ用紙と、白い皿にクリームサンド。マグカップに入ったココアはまだ温かい湯気が立ちのぼっている。
 ――ここからは私の仕事だ。

 風呂に押しやられながら聞いた台詞を思い出す。仕事を終えたロナルドへのねぎらいに、陽の昇り始めた時間からわざわざ準備して棺桶へとおさまったらしい。
「クソ! かっこいいことしやがって」
 先程の吸血鬼と似たような悪態が口をついて出る。
 閉じられた棺桶からガタンと小さく音が聞こえ、ロナルドはタオルで自分の口元を覆い隠した。どうしてもゆるむ口元を見る相手などいないのに、照れくさすぎて隠さずにいられない。




 いちごとばななの挟まったクリームサンドはほどよい甘さで、濃厚なココアとよくあった。疲れた身体を解すような甘味に、力が抜けてほんのりと眠気が襲う。
 今日はぐっすり眠れる予感がして、ロナルドはソファベッドに満ちた身体を横たえた。遮光カーテンの隙間から僅かに朝陽が差し込んでいる。
「もっと遮光性の高いやつ買わなきゃなあ……
 ――なにせここには退治人のために無茶をする優しくかっこいい、貧弱すぎる吸血鬼がいるもので。

【終】





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