ツキシキ
2015-08-08 12:31:29
6753文字
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★艦これまとめ

2作品。ブラック鎮守府。



魂の在処は何処にや


任を離れることになる提督と、順番に解体されることになる艦娘たちの、最後のやりとり。シリアス。哲学問答未満。
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 窓の外を見る。格子に区切られた外は暗く、打ち寄せる波もどことなく重苦しそうな雰囲気で、それでいて規則的に流れていく。
 人間の七割は水分でできていると言う。過半数で液体、大賛成のはずなのに、どうも我々の身体は生命の原初へ還るにはまだ堅い。ともすれば、水分以外、残り三割を丁寧に余すところなく削り取れば、我々は液状となり、海へ還れるのかもしれない。砲弾に、油に、艦装の欠片に、怨嗟の声に、汚れてドロドロとしたあの海なら、私のような醜い人間が溶け込もうと大差ないように思う。

 さて問題は、七割の水分と三割のその他、どちらに私たるものが含まれているかである。体液・血液、液体となり海と消えるそちらに入っているのならば、何も問題は無い。困るのは残り三割に私の大部分がはまり込んでしまっている時であり、どれだけ上手く分離したところで、ぽつんと残ったそちらが私であるのならば、決して海に還れる日など訪れない。
 さらに頭を悩ますのは、七割と三割、私たるものがどちらにも均等に混ざり込んでいる場合である。そうなれば、残る私は消えた私を羨んでぐずぐずと今以上に醜くなるのであろうし、消える私は残る私を心残りとして消え切れずに漂い続けてしまうかもしれない。こうなればもう世は生き地獄に等しい。
 
 そう論ずべきは、問うべきは、

「魂の在処とは何処にや、」

 ただそれだけだ。



◇◇◇



 問うた時、彼女は艦載機の補充に勤しんでいた。

「一般には、ここ……

 彼女、加賀は、言いながら自分の胸当てを指先で弾き、硬質な音を立ててみせる。

「胸の奥にあるのだと答える方が多いようですね」

 それが何か?と言いたげな視線。それをあえて無視して、さらに踏み込んで話を進める。一般論などをわざわざ確認したいのではない。名もない誰か達ではなく、加賀自身の意見を訊いているのだと。

「私も同じ、きっとそれは胸の奥の見えないところにあるのでしょう」

 加賀はいつも通り、さほど表情を動かすこともなく、淡々と答える。



◇◇◇



 問うた時、彼女は相方を探していた。

「それより、提督? 天龍ちゃん見なかったかしらぁ?」

 彼女、龍田は、耐久の低い軽巡洋艦ということもあり近頃は戦線を控えていた。彼女自身は大事な姉妹と共にいる時間が増えて喜ばしいようだった。
 だが、珍しく天龍を見失っていたらしい。私も素直に見かけなかったと答え、改めてこちらからの問いかけを繰り返す。

「なぁにそれ、なぞなぞか何か? そうねぇ、魂、たましい……

 龍田は口元に指を持っていき、少女らしくううんと小首を傾げてから、

「きっとわたしの魂は、天龍ちゃんが持ってるわ」

 と答えた。

「わたしが居なかったら天龍ちゃん、泣いちゃうかもしれないものねぇ。だから、離れても一緒に居られるように、預かってもらってるの」

 それならはぐれても安心だ、と私が言えば、龍田は満足そうに微笑んで、片割れを探しに走っていった。天龍も龍田も、それこそどの艦娘も泣かせたくはない。順番を考えなければな、と思った。



◇◇◇



 問うた時、彼女はびくっと身をすくませて、真っ先に謝罪を口にした。

「あ、あの、質問の意味がよく、わからなくって……

 彼女、羽黒は、周囲に目をやって答えか助けを探しているようだった。しかしながら通りかかるものはおらず、絶対の解答用紙がひらりと通路を飛び交っているわけでもない。結局羽黒は俯いてしまう。
 どう答えても叱りはしないことを約束して、素直にどう思うかと再び問いかける。羽黒は震える唇を開いた。

「わ、わからない、です…………。その、えっと、私、私達艦娘が、何なのかすら、よくわからなくて……。」

 そこで羽黒は一度話を切り、伺うように私の顔を見る。

「私、私は妙高型重巡洋艦の羽黒です。名乗れます、やるべきことが戦うことだっていうのも、わかっているんです。
 でも、あの、この前、駆逐艦の子に会って。その子、『これから解体されにいくんだ』『普通の女の子っていうものに戻れるそうだよ』って…………

 頷いて続きを促してみせると、羽黒は少し安堵したように吐息をこぼした。

「何を言ってるのか、私、わからなかったんです。
 解体の方は、わかります。艦装の取り外しを行うんですよね? でも、普通の女の子って、何なんだろうなって。考え始めたら、そもそも私達って、何なんでしょう……
 ねぇ司令官さん、司令官さんなら、わかりますか……?」

 返す言葉に迷って、とりあえず、おそらくその駆逐艦娘が指したであろう普通を語ってみた。戦うことなどなく、家事に勤しみ、あるいは文と数えを学び、日々を朗らかに過ごすのだろうと。
 羽黒は、ぼうっと、まるで異国の言葉を投げかけられたかのような態度をした。少し、私の後ろに目を向けてまたさ迷うように視線を動かして、指先をせわしなく胸元で滑らせて何かひどい痛みを抑えつけるように唇を噛み締めてそれから、

「戦わなくて良いって……私、司令官さんの言ってること、わからない、です……

 と呟いた。それでようやく、私の対応はまずかったと気づいた。



 同じ艦娘と言っても、色々な事柄への認識はそれぞれ異なっている。例えば入渠にしてもそうで、風呂と呼ぶ艦娘もいれば就寝と呼ぶ艦娘もいる。実際に行うのは艦装の修繕と艦娘自身の治療で、扱いは共通しているにも関わらずだ。
 そして中でも羽黒は、そういった認識のズレにたいそう怯えているようだった。自分が他と比べて浮いていないか、変わった考えをしていないか、居もしない一般大衆にいつも責め立てられている。そして少しでも自分と異なった意見を持つ誰かがいるとわかれば震えだすのだ。常に悪いのは自分ばかりと決めつけているようだった。歯がゆくもあり哀れでもあった。

 どう答えればいいのか、私は戸惑った。ありのままの羽黒でいいのだと説いたところで、彼女は気を遣わせてしまったと、さらに身を縮こませるのだ。
 ついには羽黒が居心地の悪い雰囲気に耐えかね、

「ごっ、ごめんなさいごめんなさい!」

 と叫びその場を逃げ出してしまった。
 責のない謝罪ほど痛いものはない。



◇◇◇



 おそらく羽黒は、彼女・・と話したのだろう。
 解体を命じた時、彼女は頬笑みを返した。

「提督、僕は少しでも役に立てたかい?」

 彼女、時雨は、決して不平不満を口にしなかった。私は勿論、貴艦にはずいぶん助けられたと頷いた。

 最難度と評されたサーモン海域を突破した後、私達には休息が与えられた。ひと月ごとに現れる潜水艦隊の駆除以外、母港で待機するばかりである。
 それをともすれば平和と呼ぶのかもしれないが────それに浸かりきることを、ほとんどの艦娘は拒んだ。しかし、私はもう戦うことに飽いていた。かといって、指揮を放棄し艦娘達を彼女達の思うがままに戦わせるわけにもいかなかった。そんなことをすれば雷撃処分も免れない。

 戦いを求め平和を厭う、今の世に合わない艦娘たちの行方は決まり切っていた。一人ずつ、解体を命じるようになったのは自然の成り行きだった。



 それでも、付き合いの長い艦娘を後に後に回してきたのは、私の未練によるところが大きい。
 時雨は、夕立が解体される時さえ何も言うことはなかった。次は自分だろうとうすうす感じていたようで、酸素魚雷も早々に取り外していた。

「たぶん、他の艦隊でももう、これを使うことは無いんだろうけどね。僕と一緒に潰されるのは、悪いと思ったんだ」

 埃を被って置いておかれるのと、役目御免と廃棄されるのと、どちらが良いか私にはわからない。ただ彼女が願ったからという理由で、その魚雷は倉庫に捨て置かれた。遺品のようで、大切にするには重すぎた。



 解体と言っても、実際に中で何が起こっているのかは知らない。閉じた扉の前で、私がその装置を一押しすれば作業は完了した。終わった後、艦娘だった者と会うことはなかった。また、同型の艦娘と会ったとして、どんなに口調や風体がそっくりだとしても、それは別の艦娘だった。だから、解体は今生の別れと言っても良かった。
 
 扉が閉まる時、彼女は言った。

「僕は行くよ。雨の止む時が来たようだから。」

 もちろん、その後の行方は知らない。



◇◇◇



 魂の在処は何処にや。
 あらゆる艦娘に尋ねたが、いずれも確信できるほどの答えではなかった。完全な答えを得る前に、ついには尋ねる相手の方がいなくなってしまった。……この手で別れを決めた。

 こうして、母港には波の打ち寄せる音しか聞こえなくなった。
 持て余すのは私一人、どう処理したものかと他人事のように考える。軍服を脱ぎ、勲章を置きざりにしてこの場を離れてしまうだけなら簡単だ。それで済まないのは居所を求める私の心であり、在処を失ってしまう魂である。
 私を解体し、彼女達が艦装を取り外すように装置の一押しで、七割と三割に分離したとして。七割の私が海を汚すのだとして。三割の私が埃を被り、幾年かして再び掘り返され、何者かを撃ち砕きこれまた海を汚すのだとして。
 いずれにせよ、私が普通を許される場所など、訪れることはないような気がした。

 消えてしまいたいと思ったが、そもそもそれができないから悩んでいるのであって、ともかく私はただひたすらに、寄せて失せる波を怨みがましく見つめ続けているのである。



 ああ、救われない。






<終>