いまち
2022-02-12 15:46:24
7754文字
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もういいです

※実験着リドくんパソストネタバレあり。
あまりにも♣がかわいそうで書いた。あの異世界からのスープ(仮称)、ドゥードゥルして飲んだんかな……

「なに考えてるんですか!!」
 ボクが言い終えるより先に彼女の怒号が耳をつんざく。どうやら話を聞こうと譲歩したのが間違いだったようだ。ディアソムニア生とはいえ、やはりこの学園の生徒、話が通じる人間ではなかったらしい。ならば首をはねてしかるべきだ――

 リリア先輩に教わり、どうにか出来たスープをトレイの部屋へ持って行く。……そのつもりなのだけれど、一抹の不安が拭えなかった。風邪をひいたトレイに食べさせるスープのレシピを探しに図書館へ行ったはいいものの、いいレシピ本を見つけられずにいた。その際、たまたま会ったリリア先輩に教わって作ったスープだ。適量につぐ適量に苦戦しながら作ってみたものの、どうしてもこの見た目と匂いには違和感がある。食堂で出されるスープだってもう少し、大人しいものだったと思うのだけれど、手元にあるスープは見た目からしてくどくどしい。栄養価を重視するあまり、色々と入れすぎてしまったのは否めない、けれど効率よく栄養をとることで回復を早めよう、というのは間違っていないはずだ。
 考えても仕方がない、口に合わなければ無理に飲まないよう伝えておけばトレイだって残すだろう。そう思い、トレイの部屋へ足を向けるとどこからか慌ただしい足音が聞こえてきた。もう消灯時間に近いというのに、特に今は病人もいるというのに、こんなに騒ぐなんてなんという非常識だろうか。トレイの事も心配ではあるけれど、この不躾な寮生を躾けるのが先だろう。幸か不幸か、その人間はこちらに向かっているようだ、そしてこの廊下は一本道、近付いてきたところに首をはねてしまえばすぐ終わる。
 行儀は悪いけれど、スープを蹴り飛ばさないよう廊下の隅に置いて、無作法者を迎え討つためマジカルペンを構え暗い廊下へ目を凝らす。足音は近付いている、人影は辛うじて見えるものの、目をこらせどもよく見えない。おかしい、ハーツラビュルの寮服は暗がりでもそれなりに姿は確認できるはずだ。まさか寝間着で走り回っているのか? 
「リドルさーん! 待ってくださーい!!」
 人影が大きな声を上げた。廊下を走り回る上に大声を上げるなんて――! けれど、その声に違和感を覚えた。寮生はボクのことは「寮長」と呼ぶ。そして、ウチの寮生にこんな声の者はいただろうか? ペンを下げて、その者に近付くと、なるほど違和感の通り、騒いでいたのはディアソムニアの一年生、ティナ・キースリンクだった。見えづらいのも合点がいった、彼女は真っ黒いディアソムニアの寮服を着こんでいたのだから、暗がりに溶け込んでしまっていたのだ。
 こんな時間に他寮をうろつくなんて、当然あってはいけないことだ。けれど、この学園でも常識を弁えている彼女のことだ、非常識を承知の上でこんな蛮行に及んでいるのだろう。首をはねてもいいのだけれど、一応は他寮、それもディアソムニアの生徒に手を上げるのは憚られる。まずは話を聞いてみよう。
「どうしたんだい、こんな時間に。ハーツラビュルはもうすぐ消灯の時間なんだ、用事があるのなら明日の朝にでも――
「なに考えてるんですか!!」
 ボクが言い終えるより先に彼女の怒号が耳をつんざく。どうやら話を聞こうと譲歩したのが間違いだったらしい。ディアソムニア生とはいえ、やはりこの学園の生徒、話が通じる人間ではなかったようだ。ならば首をはねてしかるべきだ。ボクは下げたペンを取り上げた。しかし彼女は臆する様子もなく、顔を赤くしながら「トレイさんに恨みでもあるんですか!」と続けた。
……トレイ?」
 トレイの名前が上がり手が止まる。見ると温厚だと言う彼女にしては珍しく、怒りの色を浮かべている。
 彼女の無作法に思うことがないわけではないけれど、話を聞いてみるのもいいのかもしれない。とはいえ、こんなところで喋っているわけにもいかない。興奮状態の彼女を宥めて談話室へ通した。

 さすがにこの時間となると、寮生のほとんどは自室へ戻っている。談話室に残っていた寮生もボクの顔を見るなり各々部屋へ戻って行き、談話室にはボクとキースリンクの二人きりになった。
 ソファのひとつに座らせると、さっきまで騒がしく怒っていた彼女はしおらしく項垂れた。
……ごめんなさい、こんな時間にうるさくしちゃって」
「驚いたよ。まったく、ウチの寮生だったら首をはねていたところだよ」
「えぅ……ごめんなさい……
「それで、何の用だい? 時間が時間だからね、手短に頼むよ」
「あ、はい」
 促すと彼女はおずおずと話し出した。なんでも、リリア先輩との料理の話を聞いて慌てて来たのだという。彼女曰く、リリア先輩の料理は病人はおろか、健康な人間にも食べさせていいシロモノではなく、そんなリリア先輩から教わった料理なんてどう考えてもまともな物であるわけがない、と、断言されてしまった。
「大げさじゃないかい?」
「私、この世界にきて初めて食べたのが、リリアさんが作ったっていうビーフシチューなんです」
「それがどうしたんだい?」
「一口食べただけで気絶して、気付いたら朝になってました」
 嘘か本当か分からない話だ。けれど、話をする彼女の目は真剣そのもので嘘とは思い難くもあった。多少の誇張はあるかもしれないけれど、リリア先輩の料理に難があるかもしれないのは少し分かる。スープを作っている間も先輩の説明にはどうにも納得しきれない箇所が多々あった。料理に詳しいような口ぶりだったから聞いてはみたものの、やはりというか真に受けていい話ではなかったようだ。
……ところで、スープってまだトレイさんに出してないですよね?」
「あぁ。持って行こうとしたらちょうどキミが来たからね」
 そう告げると、彼女は安心したように大きく息を吐いた。
「えと、一応、見せてもらってもいいですか?」
……構わないよ」
 スープ皿は廊下の隅に置いてきてしまったけれど、まだキッチンにたくさんあった。散々な言われようから見せるのに若干の抵抗はあるものの、彼女もまたトレイの身を案じているようだし、断るのも忍びなかった。女性であれば、ボクよりは料理の心得もあるだろうし、違和感のあるスープも少しは良くなるかもしれない。そう思い、彼女をキッチンまで案内した。

「うっ……
 キッチンに入るや否や、彼女は顔をしかめた。匂いの強い食材を多く調理したせいだろう。作っている間はあまり気にならなかったけれど、こうして改めて嗅いでみると相当な刺激臭であることが分かる。心なしか目も痛くなってきた、
「換気しなかったんですか?」
「スープくらいならいいと思ったんだ、リリア先輩も何も言わなかったからね」
「そりゃあ、ただのスープならいいですけど……あ、これですね」
 鍋の蓋を開けると彼女は見たことのない形相を見せた。そして、無言のままレンジフードの上のボタンを操作すると低く唸るような音が響いた。そして泣きそうな顔をボクに向けると「どうやって作ったんですか?」と絞り出すような声を上げた。
「まず水をカップ3杯、そこにコンソメをスプーンで12杯入れて沸かせて……
「え?」
「風邪とはいえれっきとした病気だからね、具材には体力が付くように卵やにんにく、あぁ、あとリリア先輩のおすすめでバナナやヨーグルト、それと……
「もういいです」
 ボクの言葉を遮り、彼女は大きくかぶりを振った。まだ話の途中なのに。
「えと、リドルさんはトレイさんをいじめたいわけじゃないんですよね?」
「当たり前だろう」
「その、作ってて何の疑問もなかったんですか?」
……
 それは大いにあった。けれど、自信満々に教えてくれたリリア先輩の態度から、漠然とそういうものなのだと思ってしまっていた。答えに迷っていると彼女は困ったように鍋の中身とボクとを見比べた。彼女の態度から、ボクの作ったスープがいかに問題のある物なのかはよく分かった。
「トレイさんが食べる前でよかったです。こんな……
 言いかけて彼女は口を噤んだ。言わんとしていることは分かるものの、こうも真っ向から否定されるのはあまり気分のいいものではない。トレイを慮ってのものだろうが、もう少し言いようというものがあるのではないだろうか。
「あの、作り直しませんか? 私もお手伝いするので」
「気持ちはありがたいが、もうこんな時間だ。作り直す時間なんてないんじゃないかい?」
 このスープだって作るのにずい分と時間がかかっている。今からまた作るとなると日付が変わってしまうのではないか。そう思うボクに彼女は「大丈夫です」と小さくかぶりを振った。
「簡単なスープなら10分もあればできますよ」
「そんなにすぐにできるのかい?」
 聞くと彼女は「はい」と当然のように答えた。そういうものなのだろうか。料理の経験が乏しい身としてはいまいち信じがたい。
 さっきまでの彼女の非難がましい態度に思う事がないこともないが、ボク自身疑問に思うものを病人に食べさせるのには抵抗があったし、彼女の提案に乗ることにした。
「それなら頼むよ」
「任せてください」
 にっこり笑う彼女は一年生ながら、どことなく頼もしく見えた。

 
 キッチンに通すと彼女は「失礼します」と冷蔵庫を開けた。そして中から卵一つとほうれん草ひと株だけを取り出す。それだけでいいのだろうか? 先に使った材料を思えばずい分と少なく感じて思わず聞いてしまった。
「それだけでいいのかい?」
「はい。ほうれん草と卵のスープを作るので」
「それでは栄養が足りないんじゃないか?」
「そうかもですけど」
 言いながら彼女は鍋をふたつ取り出すと片方に水を入れ、そのまま強火にかける。彼女は魔法薬学や錬金術の実技は得意だと風の噂で聞いていたけれど、量りもしないんだろうか。それとも、これが彼女の「適量」なのだろうか。
「風邪をひいてる時ってお腹も弱ってますから、一回で色々摂ろうとすると、かえって体力を消耗しちゃうんです」
 そしてもう片方の鍋にカップふたつ分の水を入れ、こちらは弱火にかけた。そして話をしながら調味料にまな板に包丁とその辺の棚から取り出した。彼女はここに来たことはないはずだけれど、よく物の場所が分かるものだと少し感心してしまう。
「効率よく栄養を、と思ったのだけれど」
「元気な時ならそれでいいですけどね。でも、病気をしてる時なら、お腹の負担にならない軽いものが一番です」
 先に火にかけた鍋の中で湯が沸いた。彼女はそこに塩を一振り入れた。
「リドルさんもそのつもりでスープを選んだんですよね?」
「あぁ。どうも間違ったようだけれどね」
「えぅ……ごめんなさい、言い過ぎました」
「構わないよ。それで、どうするんだい?」
「えと、まずは――
 そうして、彼女に教わりながらスープ作りを始めた。
 ほうれん草をゆがく、根本を切って洗う、食べやすいサイズに切る。どの工程一つとっても適量のオンパレードで正直辟易した。それでも、彼女は分かりやすく説明してくれた。何故そうしなければいけないのか、どんな具合にすればいいのかと。意味の分からないでも、その理由が分かれば適量の意味も少し掴めた気がする。包丁の使い方一つ知らなかったことには我ながら呆れたけれど、彼女はそんなボクを笑うでもなく丁寧に教えてくれた。なんとなく、世の女の子はこうやって母親に料理を教わるんだろう、そう感じた。
 ボクに説明をしながら下ごしらえや片付けを済ませた彼女の手際は実に慣れたものだった。噂では彼女の祖父は飲食店を経営していて、元いた世界ではその手伝いをしていたそうだから実戦的なものなのだろう。
 最後に穴の空いたレードルを使い、卵を鍋に落としてスープは出来上がった。食堂でも見覚えのある、ごく普通の見た目のもので、奇怪な臭気もなければ湯気で目が沁みることもない、ごくごく普通のスープだった。過程も、結果もリリア先輩と作った時に感じた違和感はなかった。
 彼女は小皿に出来たスープを注ぐと「一応、味見してみてください」と僕に手渡した。口にすると少し薄く感じる。物足りない気はするものの、彼女の言い分を思えば病人にはこれくらいでいいのかもしれない。
「どうですか?」
「美味しいよ。こんな短時間で作れるものなんだね」
 答えると彼女は「よかったです」と嬉しそうに微笑んだ。
「えと……こっちのスープはどうしますか?」
 そう言って彼女が指したのはリリア先輩と作ったスープ……のつもりだった何か。
「破棄するよ。さすがにこれを食べさせるのも悪いしね」
「分かりました、片付けますね」
 彼女は小さく頷くと卵を落とすのに使ったレードルを鍋に差した。そして一回りさせるとかすかな風の音と共に中身は消え、代わりに妙におどろおどろしい光が鍋底に溜まる。これが噂に聞く異世界の錬金術の「源素還元」という技術なんだろう。彼女はどこかからか取り出した試験管にその光を閉じ込めた。魔法を勉強している身で言うことではないが、その一連の流れはまるで魔法のように不思議めいていた。
 それから片付けてから帰ると言う彼女を諫めて、鏡舎まで送り寮へ帰るのを見届けた。それから、キッチンに戻り作り直したスープを盛り付けた。今度は見た目も味も問題ない、これなら何の疑問もなくトレイに渡すことができる。
 さして時間がかからなかったとはいえ、遅い時間には変わりない。トレイが起きているかは分からないけれど、駄目は元々だ。熱々のスープをトレイに載せて廊下を歩く。寒い廊下に美味しそうな匂いがふわりと香る。今度、今日のお礼もかねて彼女をパーティーに招待しよう。彼女の世界の錬金術にも興味がわいた、ぜひ話を聞いてみたい。そんなことを考えながらトレイの部屋に向かった。

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→gdりそうだからカットした部分