頻子
2023-12-03 23:11:00
14678文字
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ドラゴンラージャと蛍光ペン(DRアドベントカレンダー企画)

(DRアドベントカレンダー企画)


【1】宿怨


第一巻を読んでいるあいだ、ずっと、当たり前のようにドラゴンラージャのハルシュタイルが主人公になるのだと思っていた。心を預けていたため、そのまま心の一部はそのままヘルタントにある。



「あ、あの音、何?」
「風の音だろ?」
「私が風の音かどうかも分からないと思って?」
 オレは一瞬、言葉を失って、ジェミニの顔をじっと見た。
p37


 ドラゴンラージャの世界では、誰しもが職業を強く持っていて、ジェミニは森番の娘である。職能がよく現れた一節だと思う。「森番=森の動植物に詳しく、迷わない」……というのもあるが、森番は(おそらく森の中の)風の音を聞き分けるのだ。


「新しいタイプの山賊だな。名を<悪のたいまつ団>とかいう」
p38


 山賊におびえるジェミニに、フチが皮肉を言うシーン。「あれだけたいまつを持って堂々と歩くわけがないだろう」ということで、実際、見回りの兵士たちだった。


「ソフィアへ。約束を守れなくてすまない」
「ジャックへ。約束通り、母ちゃんを頼む」
p120


 アムルタット討伐の軍が旅立つ。そして、トロールに襲われたヘルタントの男たちが言い残した言葉。「約束を」で韻を踏むような対照的な言葉の応酬が、軽やかであまりにあっけない。そのあと、サンソン、さすらいの魔術師タイバーンが加勢するが……


「なあに、おぬしくらいの若者ならいざしらず、わしくらい年を取ると、内と外の心の差なんかありはせんのじゃ。疲れることもないんじゃよ」
p144


 タイバーンは盲目の魔術師である。独り言が多いが、つい頭の中を漏らしてしまうなんて大変だろうというフチに対しての返答。


「魔力の時間っていうのは、いろんな場所でそれぞれ関係なく発生するんだ。秋のある時期っていうのは、まちがいない。人がその場所にはいりこんでしまうと、その人につぎつぎ不思議なことが起こり始める。そして、落ち葉が大地をおおいはじめ、初雪が降るまでの短い間に、一生忘れられない、たった一度きりの秋を経験するんだ。ときには、自分で気づかないこともある。その秋のできごとを覚えていて、何年かたってから、いや年老いてからようやく思い知ることもある。だが、自分が<魔法の秋>にはいったことを自覚するものは、落ち葉が大地をおおいはじめるときから初雪が降るまでのあいだに、おどろくべき偉業を成し遂げられる」
p284


 少々長い引用だが、ここだけはどうしてもと思って引用してきた。良い哲学にあふれた本を読むと、しばしばその本の哲学がインストールされて、多かれ少なかれ行動に影響を与える。ドラゴンラージャは思考の水路を引いてくれたような本だった。


「洞窟の位置を教えてくれなければ、おまえを族長のもとに連れて行くぞ」
p311


 オークを問い詰めるカール。洞窟の位置を知らなければ、オークを族長のところに連れて行くのは不可能である。しかし、オークは頭が悪いため、この脅しに恐れおののくことになる。この程度では冗談の意味を説明するような注釈すら存在しないのだ。


「そうだな。ネドバルくん。協力しなければ、こえることのできない道。すばらしい理想だな。だがな、あの橋では、協力というものがひとつの手段として変質しているんだ。本当の協力というものは、理由なしに生み出されるべきだと思うが」
p370-371


<十二人の橋>は、十二人そろわなければ渡れない魔法の橋である。他種族が手を取り合ってこそ渡れる橋。しかし、思想家のカールは苦言を呈する。
なお、帰り道ではフチは一人旅だが……

【2】陰謀


 フチは若く、読んでいるとまぶしく感じられる時がある。
 ドラゴンラージャをもっと人生の早いうちに読むべきだった。つまりハリーポッターで、グリフィンドールが一夜にして寮の対抗杯に勝ったとき、一緒に快哉を叫べるうちに読めばよかった。 もちろん人生で損するということはないけれど、きっと<魔法の秋>の概念は人生の多くの場面の助けになるだろう。
「自分が<魔法の秋>にはいったことを自覚するものは、落ち葉が大地をおおいはじめるときから初雪が降るまでのあいだに、おどろくべき偉業を成し遂げられる」。



「死ぬことは、いつ、どこにおいても可能だ。だが自分が望む場所と時間を選択することは難しい。だから、自分で選んだ場所と時間ならば、喜んで死なせてもらう」
p68


 サンソン・パーシバルは親しみやすい人間だが、物語を通して非常に訓練された兵士だ。知略・謀略・話術には長けていないキャラクターだが、直観的にやるべきことは知っているようだ。
(地図読みと戦術には詳しいと思われる)


「デューカン、あんたは泥棒もやるのか?」
「ふんっ。ドワーフみたいな口のきき方をしやがって。所有権移転の専門家と呼んでくれ」
p125


 脱獄時の会話。


「どいつを起こすか?」
「最後のやつ。一番えらいやつが、最後に腰をあげたはずだから」
p130


 ドラゴンラージャでは立派な君主もいるが、しばしば立場の強いものが滑稽に描かれる。


「世の中には、足にひっかかったものが真理であるといわれるほど、たくさんの真理が落っこちておる。もどってくるときには、そのうちのひとつくらい手にいれてくるんだな。それがむずかしければ、地方の名菓をいろいろ買ってきてくれればよい」
p228


 オークのプリースト、エデリンに対するあたたかい見送りの言葉。


「仲間の魔術師は、女の手すらにぎったことのないまじめなやつなのに、あろうことか性病にかかっちまった。こんなことが信じられるかい?」
p272


 セイクリッドランドのせいで、ランダムな疾病にさいなまれるシーン。笑っていいのか泣いていいのか分からない。

【3】疑念


 私はフィクションの喋る魔法剣の中で、プリムブレードがかなり好き。



「私はまだ若い。剣士の皆さんは、いまから数年が黄金期です。そのあとは、なにかやりたいことがあってもできないでしょう。ですが、私は魔術師。数年の浪費は、大したことありません。労働は戦闘力を食いつぶすかもしれませんが、魔力を食いつぶすことはありません」
p94


 人柄もさることながら、冒険者に生じるだろう「冒険者をやっていられる時間」について、「そうか、役割ごとに違う可能性があるのか」、と気が付かせてくれたセリフだった。


「あんなに抜け目がなくて、がさつな性格に生涯耐えられる男がいるだろうか。ゆで卵からひよこがかえるよりもむずかしいぞ、と伝えてくれ」
「だってさ」
 p130


 ウンチャイとネリアのやりとりはコミカルで面白い。


「本当のことを教えてやろう! きさまの親父の仇は、このオレだっ!」
p222


 衝撃的な事実。違う。フチから、ワイバーンに対しての妄言(挑発)である。ワイバーン相手には、あまり効果をなさない。


「オークはきみたちをねらっていたみたいだな。剣をおさめたまえ。きみたちは山賊……。おいっ。おまえ、いくら言っても聞かないつもりか。山で会ったからって、誰でも山賊か!」
p272


 この人物の奇妙な一人問答は、にぎっている魔法剣プリムブレードがやかましく邪魔をしてくるせいである。ボケとツッコミではなく、一人でどちらもやる羽目になる。


「どのようにして? 不思議なことを。すわり方を知らないのか。足を折り曲げながら体のバランスをとり、まず手を地面に着いてから、尻をそうっと地面におろせばいいんだ。」
p342


 キルシオンから、座り方に対するありがたいご指南。

【4】要請


好きなところを抜き出すだけでは決して伝わらないドラゴンラージャの良さのひとつには、展開が非常に面白いということがある。第一巻で遠征軍を打ち負かしたアムルタットは(これはネタバレになるだろうか)、身代金を要求するのである。ドラゴンラージャは「ドラゴンの身代金を集める」話である。



 キルシオンを3年くらい図書室に監禁すれば、ああいう風貌になるかもしれない。
p82


 地の文でそこそこさらっと不敬なことを考えるフチ。


「至極、至尊、至高、至仁、至愛をもってあらせられるわが国王ニルシオン・バイサス陛下におかれましては……
p83


 国王に謁見したカールの有能さは、どうも「要点を踏まえていて、話を早く伝えられる」風に発揮されるわけではなく、きちんと最上級の形容詞をつけることで手続きを踏むところに発揮されるようだ。


「それではどうすればいいのだ。物価が上昇するのを黙って見ているのか?」
 ニルシオン国王は矢継ぎ早にたずねる。カールは両手を組んで膝に乗せると、ソファーにもたれかかりながら言う。
「御前会議で相談されてはいかがです?」
 鳥肌が立った。
p94


 相手に軽んじられたカールは、相手を突き放す。そう、たとえ相手が国王であっても……


「命令だ! 閣僚は全員、頭をテーブルにぶつけろ! と伝えたまえ」
p101


 ニルシオン国王も、お茶目で憎めない。


「おたずねします。バイサスインペルの最高の料理を味わおうと思ったら、どの店に行けばいいでしょうか?」
「おまえさん、本当についているぞ! うちにこい!」
……もちろん、奥さまの料理の腕がすばらしいことを疑うつもりはありませんが……
「違う、違う! うちは食堂をやってるんだ! うちのコックはバイサス最高のスフレを作るんだ。それにステーキを焼く腕は超一流! わしはハートブレイカーで、市長のトロフィーをもらったこともあるんだぞ」
「ハートブレイカーってなんですか?」
「おまえさんが自分で味わってから、定義すればいいだろう?」
p127


 たんに、生き生きとしたやり取りが大好きなシーン。


「父の生死だけ教えてください。父は名誉ある戦死を遂げられましたか?」
(中略)
「喜ばしいことに、ご尊父様のご名誉、お命とも保たれております」
p165-166


「父は名誉ある戦死を遂げられましたか?」と答えづらい質問をされたときは、このように答えると良い。


 キルシオンは厳粛な表情で、断固として言いわたす。
「さあ、みなさん!」
 オレたちは、真摯な顔でキルシオンを見つめた。
「どうすればいいだろうか?」
……
p208


 キルシオンは面白い男である。


「私のあやまちだ。私がいけなかったんだ。カッセルプライムがいなくなったとしても、デートリヒはデートリヒでならなければならなかったんだ。カッセルプライムがいなくなれば、その少年のことはどうでもよかったってことか? 人間というのは……そうやっていい加減に扱われてはいけない存在なのに。手段や価値とは関係なく、使い道があるかないかに関係なく、尊重されるべきなんだ……。」
 p220-221


 ここ、冒頭で登場した少年の名前。家名ではなく、デートリヒという名前が判明するのはここなのだ。4巻だ。

【5】野望


あまり四捨五入して言葉の強いところをまとめると、なんというか、どうにも意図しない受け取られ方をしそうで迷うのだが、トピックの一つとして、ドラゴンラージャには「女装潜入回」がある。



「盗賊ギルド? ひっ」
「大丈夫、大丈夫。そこにはいった者のうち、死んででてくるのは三人に一人しかいないの。さいわいなことに、あたいたちは二人組よ」
p67


「言いくるめ」に類するようなネリアの軽口である。


「ほう。このソファ、ふっかふかじゃ」
 p141


 これを言っているのが誰かって?
 エクセルハンド様ではないんですよ!

 長すぎるので引用できなかったのだが、本をめいめいに偽装するシーンもあほらしくて笑えるのである。


 デミ王女はふりかえると、眉をしかめた。
「私のポケット、穴は開いてないわよ」
「はい?」
 侍従のひとりがすっとんきょうな声をあげた。デミ王女はぼそっとつぶやいた。
「なんにも落とさないわよ。だから私のあとをくっついてまわったところで、何の得もないはず」
p267


「ついてくるな」というわけである。

【6】神力


ドラゴンラージャの世界の設定の一つに、「魔力は神力を拒否する」というものがある。魔術師はプリーストではなく、プリーストは魔術師ではない(おおむね)。



「私と手を結ぼう。あの子どものことは謝罪する。しかし、刃は危険なまでに鋭くなくてはならぬもの。どうしようもなく他人を傷つけることもある。私がその鋭い刃になろう。あなたは柄になってほしい。われわれは手を取りあい、ルトエリノとハンドレイクの出会いをここに再現しよう!」
p65


 私も世界の破滅の誘いを出すときはこのくらいのオファーをしたいものである。


「サンソン! サンソン!」
 起き上がれない! これがオレの腕か? これがオレの足か? 必死に起き上がろうとするが、気持ちが空回りするだけだ。
p84



「オレは大丈夫だ。サンソン、サンソンは?」
 サンソンはネリアに支えられながら、体を起こす。
「お前と同じくらい大丈夫だ」
「死にかけてるってことか……
p84-85


 シリアスなシーンでも、場を壊しすぎず、しかし憎めないユーモアがある。


「死も私の人生の一部分だ。わけて考える必要はない。他人の生命力で死から逃避する、おまえたちバンパイアには理解できないだろうが」
p90


 メモした理由ですか。いえその、ちょっと個人的にバンパイアには思うところがあって……


「おい、フチー! あんたの美貌には敬意を表するが、命にまで敬意を表するわけにはいかない、とこの女に伝えてくれー!」
p134


 ウンチャイは教えから女性と直接話すことができないため、モンスターに言っているのである。


「罪人に……酒を与えるなど言語道断」
 スカイラムはそう言ったが、サンソンは肩をすくめた。
「酔っぱらった人間がどうやって逃げるんです?」
 スカイラムの怒りは爆発寸前だ。
p144-145


 スカイラムの登場で、フチ一行はゆるく、ユーモアにあふれた旅をしていることに気が付かされる。


「フチ! この女に、なにをやってるんだ、と伝えてくれ!」
「あたいを見て言いな。あたいを見て言いな。あたいを見て言いな」
 ネリアは呪文をとなえるようにつぶやき、ウンチャイは落ち着きを失った。
p217


 ウンチャイをからかう……というよりは「直接話せ」と言い続けるネリア。


「おもしろいな。意味もなく扉を二つ作るはずはないから、何かを感じとらせるためにこうなってるんだろう」
「なにを感じた?」
 サンソンはじっと考えてから、間の抜けた口調で答える。
「片方の扉が壊れたときに便利だな」
p236


 テペリの入口の扉にて。サンソンは朴訥で素直で、発想が気持ち良い。


「せんべつまでいただいて、ありがとうございます」
「こいつ。そのラバを連れていってしまったら、われわれは荷物をどう運ぶんだ!」
p257



「愚か者め。おまえにやろうと思って準備したせんべつがちゃんとあったのに、たかがラバ一頭で満足するとは。じゃあ、そのラバを連れて……
「それもください」
p258


 お茶目で明るいテペリの神官、ジェレイントの登場。


「ジェレイント、二度と顔を見せるな!」
「戻ってきたら、ただじゃすまさんぞ!」
「帰ってくるときは、ローブを裏表に着て、靴を口にくわえて、『私をぶって』と書かれた札を首から下げてこい!」
p261


 ジェレイントを送り出すテペリの神官たちのおことば。結構俗っぽい。


「人はみな善良であり、いつでも他人を助ける準備ができている。機会さえくれば、彼らはいつでも他人を助けるだろう」
p262


 ジェレイントは神官であり、テキトーでお茶目だが、まったく小ずるくはない。


「あ。それは、こいつのおかげだろう」
 ジェレイントはローブの裾に手を突っ込んで、ディバインマークを取り出した。みんながそのまぶしさにぎょっとする。なかでもジェレイント本人が、一番おどろいている。
「うわ! こんなに光ってる!」
p321


 ジェレイントは神官であり、お茶目でまったく小ずるくはないが、テキトーである。
 

【7】追跡


 すると、勇猛な戦士であり、同時に比類なき智恵をそなえた賢者サンソン・パーシバルは粛然と答えた。
p370 扉



 ところで、何気なく追っていた扉にサンソンがいて、歴史の人物となっている。サンソンの冒険を追っていると、「勇士」ならば頷くのだが、「賢者」と言われると首をかしげる。
 これにも理由があるのだが……
 旅が終わってほしくない。永遠に続いていてほしい。しかし終点の定められた旅であり、カレンダーは容赦なく進んでいくのだった。



「<忘れる>ということができない不幸な種族がいくつかある。その一つがドラゴンだ。ドラゴンは忘却の祝福を与えられなかった!」
p32


 ドラゴンの完全性、それゆえの不完全性は繰り返し語られるテーマである。


「この縄が切れたら、オレたち、もどってこられないんだな……くそっ!」
 カールがにっこり笑う。
「この縄がある以上、われわれはいつでも、もどってこられる」
p162


「ニルシオン国王に怒ってたな……」と思ってから、なんてこともなくちょっぴりカールを追ってみたら、彼は仲間には頻繁に笑顔を向けてくれるのに気が付いた。


「答えろ、ハスラー! あいつらは俺の障害物か!」
「はい」
p240



「私は選択しなければならなかったんです、ご主人さま。あなたは私の名前を正確に呼び、私に助けてくれと言いました。あなたが、ほかのネクソンを殺せと命じました」
p244


 たとえばピザを切り分けていて、サラミが片方のピースに持っていかれたとき、私はこの一連のできごとを無意識下にでも思いだすのだった(お腹がすいてないか?)。


そしてその前には、ひとりの人間、カールが立っている。カールは小さくなかった。彼はまっすぐに背筋を伸ばし、ドラゴンロードとむかいあっている。彼の体躯はそのままだし、肩も相応にたれている。だが彼は、困難にぶつかっても意思を曲げない松の木のように立ち、ドラゴンロードと対峙している。
p307


 ドラゴンロードに相対するフチ一行は、それぞれに大好きなので、抜ききれないのだが、これには、「従いません」、と続く。


「あ、それはテペリの意思です」
p313


「あ、それは」の部分に痛快なものを感じる。


「くくくっ。うひひっ。それはかんたんすぎます。私が死にます。あははは」
p315


多く悩んでいた問いに、ジェレイントはあっさりと答えを出す。教師テペリからの落第点。それを許すテペリの鷹揚さ、多くの哲学が詰まっている。


「あんたはわけられないものをわけて、そのなかからひとつを選択しろと要求したんだ」
p344


フチはサンソンより、ときにはカールよりも言語にすることが上手だ。

7巻からの引用は、お茶目な神官で締めくくろう。


「もちろん禁書だ。だから読むときの喜びは格別じゃないか」
p384


【8】報復


とくに、読書のときは、光景がそれほど浮かばない性質らしいのだが、この8巻の表紙の青年は誰だろうと思っていた。Wikiによるとキルシオンらしい。なるほど、精悍な青年だ。この表紙を見て彼の来歴を当てられる人はさほど多くないだろう。



「テペリよ! テペリよ! あなたの誠実なる杖をお救いくださいませ!」
 切なる祈りはじつに珍しい方法でむくわれた。オレたちを追ってきた三人が、氷の破片を踏んでひっくり返ったのだ。
「うあっ!」
「やっほう! だから、大好きなんだ、テペリ!」
p25


 ジェレイントはいつも元気をくれる。


「私の名はリチュ。用件が二つある。ひとつは勧告、ひとつは要請」
「智恵ある者ならば、両方に耳を傾けるべきでしょう。私の名はカール・ヘルタントです」
p47


 これは、TRPGでおなじことがあればぜひともこういうセリフを吐こう、というメモ。


 イルリルはきっぱりと言った。
「私たちは旅立ちます」
p99-100



 対話、理解、その末にイルリルの欲するものを知るシーン。


 ウンチャイとエクセルハンドは、おどろきの目でキルシオンを見つめた。あれほどまでに長い言葉を、正確に口にするとは!
p139


 どうして驚いているのかというと、プリムブレードからの妨害がなかったからである。キルシオンが長セリフを吐けるということは異常事態だ。


 アフナイデルは、バイサスインペルからイーストグレードを大きく対角線につっきり、セピアパイン峠を超えるまでの過酷な旅をこう要約した。
「死ぬかと思いました」
p165


 すさまじい旅程だったのだろう。


 宿の主人もあわれに思い、プリーストのお行儀の悪さをとがめないでいるんだ。
 それだけでなく、宿の主人はけっこう融通が利くタイプのようだ。プリーストをとがめるどころか、その体をひょいと飛びこえ、手に持ったジョッキから一滴もこぼさないという妙技も披露した。
p250-251


 生き生きとした市民。

【9】予言


帯に「魅力のある本。大人でも子どもでも楽しめる!」(13歳・男)というコメントが付いていて微笑ましい。どうして13歳が「大人でも楽しめる」と言ってはいけない道理があるだろうか。20を過ぎれば子供の気持ちがわかっていると言えるかい?



「教えてやろう。おまえは、じつは俺の息子だ」
「ふざけるな」
「おまえが呪いをかけて、私の姿をこんなにしてしまったんだ。忘れてしまったのか、息子よ?」
……本当か?」
「当然、嘘だろ」
「この……くそガキ!」
p36-p37


 フチの持ちネタ、「実は身内だった」。


「フチ! フチ! フチ!」
 名前を三度呼ぶ人間には、その名の所有権が永遠であれ。オレの名は、生まれたときからオレのものじゃなかった。オレは自分の名を呼ぶことはない。オレの名はつねに、オレ以外の誰かのものだった。そうだ。オレは旅立ち、オレの名だけはみんなのそばに残る。
p89


 ピンチの際に巡る思考であって、ただちに役に立つ気づきではないのだが、いつだって、思考の発展の仕方が美しい。


「ひとつの人生に働く世界の横暴に対して、あたいたちはなにができるの?」
「あざ笑ってやれるよ」
p172


 人生という困難への一つの対処なのかもしれない。


「それじゃ、当ててみてくれよ。オレがあんたに占いをやってもらうかどうか」
「二〇パーセル出すが良い。それから当ててみせよう」
p174-175


ところで、フューチャーウォーカーを読んだ後だと「占い師」というのに思うところが……


 オレは身震いしながら、身体を起こす。そして半分寝ぼけたまま歩きだし、壁に激突してしまった。周囲の視線をごまかそうと、壁に熱烈なキスをする。
「お、おはよう、壁さん」
 周囲の視線は、さらにきびしくなったようだ。
p249-250


 フチのお茶目な奇行コレクション。


「はは。キルシオンさまが礼儀正しい王子という評価をえるために、格別な配慮をなさる必要はないと思います」
「そ、そうかな?」
「世のなかには、いくら努力してもむりなことがありますから」
p303-304


 ずけずけとした物言いをする人間を見ると笑顔が出てくる。


「いやっほ! ハスラーさんをしとめてやったぜ! やっぱり目線だけで通じ合うマスターとギルド員にかなうものはない。あはは!」
p391-392


【10】友情


ところで、日本語版の各巻のタイトルを見て見ると、間違ってはいないが、必ずしもできごとそのものを言い表しているわけではないと感じる。
たとえば1巻は1章と2章の冒頭が含まれているが、2章の冒頭は掴みとしてはとても好きなのだが、区切りとしてはやはり旅立ちの1章だ。1章は宿怨だが、2章の冒頭は宿怨ではない。もともと連載小説だったというから、収録の都合上なのだろう。
その点で言えば、この10巻のタイトル、「友情」はふさわしくはあるけれど、「友情」はどの巻でも正解だと思う(だからといって、たとえば1巻を「友情」と言い表すのは違和感があり、宿怨でいいと思うのだが)。
友情はずっと描かれてきたことであり、ドラゴンラージャには1~12のタイトル、全てが含まれている。



「おや、ここで何を……
(中略)
……しているんだ? 答えてくれないか、山たちよ!」
 ううっ、スパイの守護者ジェレイントが、熱情を込めて叫ぶ。
「答えてくれ、星たちよ! 風よ! ここでなにをしているのだ! 創世以降、そこにいたのだから、語らないそなたたちは、その目で多くをみてきたことだろう。だから、いまこそ答えてみてくれ! ははは! エポーニン! 本当に素晴らしい夜じゃないか! これが祈祷だ。これが信仰だ!」
p15-16


 ジェレイントが覗きをごまかすために長台詞を喋る。これだけポンポンとセリフが出てきたらセリフの方も嬉しいことだろう。


ハンドレイクの青春を奪った男。
p52


 言葉の強さに思わず書き留めたが、私自身はべつに思うところはなく、ただ球速が120km出ていたので思わずスピードメーターを取り出し、記録をしていたが、思うところはなく、思うところはない。たぶん。


ジェレイントは答えを求めるように俺を見ていたが、オレはしらんぷりした。「このあまが! 二人を返せ!」とつぶやいたことは、死ぬまでオレとあんただけの秘密にするからな、カール。
p185


 権威も、神秘も、カールの敵ではない。


「愛が破壊……?」
「そうです。相手をそのままの姿にしておけないんです。どうにかして、自分を愛してくれるよう望みます。その人なりの楽しみ、その人なりの喜びをすてさせ、自分といっしょにいることによって楽しみ、自分といっしょにいることによって喜ぶことを望むんです。相手の気持ちを理解してやらずに。この点では、愛と憎悪はほとんど一緒です。いずれも、相手を変化させようと必死になることだから」
p188


 好きな哲学のうちのひとつ。


 ウンチャイは再び咳払いし、うしろを向こうとして、だしぬけに言った。
「もどってくれて嬉しい。それから、馬車の屋根から馬ばかり見ているような真似は、もうよせ」
p223


 ウンチャイからフチへの友情。


シオネの目が突然、細くなった。なにかいけないことを言ったのか。大変なことをしでかしたくせに、まだ罰を受けていない人間をとがめるまなざし。
p256


 うっとりする描写なので書き止めました。いえ。ヴァンパイアにはちょっと脆弱性が……


「それで終わりか。どうも気づいていただけないようだが、さっきから王室冒涜罪もおかしている」
p302


 ケンカをまっすぐに売るとこういうセリフが出てくる。

【11】真実


ドラゴンラージャの旅路を振り返ると、やっぱりちょっと考えたりする。「あそこでああしていれば」、「あの時にこうしていれば」……。壮大な運命の分かれ道の最後は、11巻ではなく12巻にあるように思われる。



 剣士たちは、グリフォンのくちばしと爪にひっかかれて血を流し、翼に殴られてあざができている。今後オレの前で「羽毛のようにやわらかい……」と口にするやつがいたら、そいつをグリフォンの羽でばしばし叩いてやりたい。
p88


 いついかなるときも、フチの悪態はユーモアにあふれている。


「それでなくてもトップメイジという呼称は、私にはふさわしくありませんでした。私がテペリの福音を伝播しますから、山を裂くトップメイジを名のってはいかがですか」
(中略)
「テペリよ! 本当にこんなことを! うわはははは! 感動して死にそうだ! 私はあなたの意思を実践するのが、身もだえするほど嬉しいんだ!」
p196


 おお、テペリよ。なんていうことをしてくれたんですか。教師テペリ、あなたの責任ですよ。


「私? なあに、生涯、不自由しない金も手に入れた。あとは死ぬまで大陸のあちこちを遊覧できればいいなあと思ってる」
 つぎの瞬間、みんなの疑わしげな視線がジェレイントにつきささった。しょんぼりしたジェレイントが、沈んだ声で訂正する。
「遊覧にかこつけた布教生活」
p215


 ちょっと現金ではあるが、善か悪かで言わずとも、かなり「善」の部類に入る人物だ。


 ウンチャイは、すーっとすべるようにかけだした。ウンチャイがとおりすぎたあとも、草はまったく折れていない。草が避けているのかと思うほど、やわらかな動きだ。一方、むこうではサンソンが、正反対の動きで走っていく。盆地を掘りかえすように、草むらをかき分けながら突進する。
p310


 ウンチャイの闘い方と、サンソンの闘い方の対比。

【12】飛翔



オレの<魔法の秋>は終わった。
p298



 TRPGなら、
「キャンペーンセッションが終わりました。みなさんはなにをしていますか?」
というシーンのように思われる。
 ひっきりなしに響いていたダイスの音が途絶える。
 冒険を手放すのがさみしい。映画のあとの、スタッフロールのように感じる。この物語の終わりは、なによりも大好きだけれど、終わってほしくなんてなかった。引用が少ないのは、文脈の味わいを損なうと思ったからだが、それでも好きな数個を引用してきた。



「すばらしい死なんか……ない。すばらしい生があるだけだ」
p77


 ドラゴンラージャに起こるすべては喜ばしいことではないが、それでも人の営みは素晴らしいと思う。人は努力することで、運命をかえられる……と、テキトーに月並みな教訓を得て帰ろうとすると、フューチャーウォーカーでうちのめされることになる。
 それでも、彼は素晴らしい人だった。


「この目は夕陽を見られない。それで、わしは夜の中で黄昏を生きている」
p288


 偉大な魔術師でゆるぎない正解を見せてくれていたタイバーンが等身大に見える。タイバーンの魔法の秋は今ではなく、遠い日のことなのだろう。


 彼女はあたりをきょろきょろして、胸のあたりにたれた豊かな黒髪をにぎった。そして、自分の髪でオレの目元をそうっとぬぐってくれた。
p330


 イルリルとの別れが、一番好きかもしれない。