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不破
2024-01-13 17:48:53
6238文字
Public
空戦
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#16
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3
「プロパガンダに使うつもりなら他を当たって?」
大摩天楼の上層階に位置する自身の執務室で、美しい声が告げた言葉にテイルは苦笑した。
来客用の背の低いテーブルの向こう側のソファーに腰掛けた少女、アストライア・オラクル。サンセットピンクの長い髪に巨星のような赤い目をした彼女は、絶賛売出し中のアーティストであり、その歌声は歌姫と称されるほどだ。この間、新たなシングルが発売されたところだが、その週から各ダウンロードサービスのセールスランキングの上位を総嘗めにしたらしい。その勢いは留まることなく、歌手業だけでなく俳優業、モデル業にも挑戦しており、年代を問わず高い人気を博している。そんな人物が軍の応接室で苦言を呈しているのは、我がメルゼブルク軍の広報部を取り仕切っているクラウス・バックハウス中将からの依頼、もとい要請で「戦時下における表現内容の制限」を受けたという内容で軍にクレームがあったからだ。
「あのハゲ爺さん、にわかやアンチなんかよりよっぽど無知だわ。あんなのを広報にしておくなんて損失よ。今どき国の為に歌えなんて、狂ってるとしか思えないわ!」
捲し立てるようにして言うアストライアの言葉に、彼女の隣に腰掛けたマネージャーが「言い過ぎよ、ライア」と宥めている。それを目にしながらも、テイルは嘆息した。あの中将は考えが古い。前皇帝の時代から続く悪しき風習を体現したような人物だ。この間も展望ラウンジでカノープス隊
――
主にはフュゼ・ナイトレイ大尉にだったようだが
――
に難癖をつけるのが多くの兵士達に目撃されている。軍の再編と人事は滞りなく進んではいるものの、広報部のような直接戦争に関わることの少ない部署は後回しになっている部分があるのは事実だった。
「わたしは戦争とか政治には疎いわ。でも、巷じゃ魔王なんて呼ばれてても、皇帝陛下のやり方は評価してる。悪戯に戦火や不安を拡大させるようなことはしてないもの。でもあの爺さんは駄目よ。娯楽や文化を焼いたら、次は進んで人を焼くことになる」
続くアストライアの言葉。サイードとの戦争で魔王と呼ばれたグリーディアの戦略は確かに、戦争をする国家の首領として最善のものだった。
開戦から最短の期間、最小の戦力での電撃戦。瞬く間に敵の頭を潰し、即時降伏を呼びかけた。アクシデントはあったものの、戦略的視点での評価はそう評価されて然るべきだろう。しかし、世論はそうではない。その手でサイードの第3強襲連隊を撃ち落とし、戦争を始めた張本人であり、リベルタリアに戦火を齎した魔の王。そんな見出しが各紙の一面に踊ったことは言うまでもなく、それだけでグリーディアの名は悪名となった。
そんな中、そういった世論に踊らされることなく己の基準で評価を下し、それを言葉にすることの出来る彼女は逸材と言えるだろう。
「陛下にも言っておいて。次、似たようなことをやらかしたら喉を掻き切ってやるから。経済的損失を考えて、考慮してちょうだい? いいわね?」
そう捲し立てたところで大方の気が済んだのだろう。出した紅茶にようやく手を付けたアストライアが一息ついた。それを目にしながら、テイルは短く息を吐くと、口を開いた。
「今回は申し訳ありませんでした。実を言うと、件のハゲ爺
……
クラウス・バックハウス中将には内外から似たような苦情が相次いでいて、対応を検討していたところなんだ。貴女の苦情についても、重く受け止めて、対処を進めさせて貰うよ」
頭を下げて謝罪し、長い髪を払い除けながら言う。ティーカップを手に取り、1度紅茶を口へと運ぶと、カップをソーサーへ戻して更に「お詫びと言ってはなんだけど」と続けた。
「ここに来るまでも見てきてくれたと思うけど、軍って辛気臭くてね。ご飯は美味しいけど、娯楽は限られててね。そこで、歌う場を設けられたらと思うんだ」
ふんと鼻息を荒くするアストライアににこやかな笑みを向けたまま、テイルはそのメリットを提示する。
「慰問という形になるけど、
貴女の
・・・
歌をここで歌うことで、信条をはっきりさせるチャンスになると思うんだ」
その言葉に、アストライアは少しだけ考えるような仕草を見せるも、「いいわ」と返してきた。
「それじゃあ、ギャランティの交渉を
……
」
「ギャラはその美味しいご飯でいいわ。アリエスの分も、2人分」
むすりとした表情で言い放ったアストライアに苦笑しつつ、テイルは「手配させるよ」と言い、再びティーカップを手に取った。
―
「テイル君さあ
……
」
歌姫とそのマネージャーをドアの前まで見送った後、執務室に戻るなり掛けられた声にテイルは視線を上げた。
煙のような滅紫の髪の下の銀色の目と目が合い、その目が滲ませている不服そうな色にテイルは苦笑し、とぼけた調子で口を開いた。
「どうしたの? 不服そうな声出しちゃって」
ソファーの背もたれに両肘を立てて頬杖をつき、こちらにジト目を向ける女、オルカ・リシャールは、放った言葉にため息を返してきた。
「
……
慰問ライブなんて、なんでそんな無駄なことを提案しちゃうかなあ」
「そうでもしないと収まりがつかないさ。どちらにせよ、あの中将の対処はしなくちゃいけなかったしね」
非効率的なことを嫌うオルカにそう返しながら、自分のカップに残っていた紅茶をぐいと飲み干した。
オルカ・リシャール少佐。伯爵家の出身で、軍学校を上位の成績で卒業している。能力として優れた軍人ではあるものの人格にやや難があり、同じ隊に配属された新兵を「効率的ではない」という理由で殺害した過去があり、単独執行官として参謀本部で引き取った人員だ。事務仕事ではテイルの補佐的な部分を任せており、テイルの執務室にも彼女のデスクがある。パーティションで仕切られているものの、先程までのアストライアとのやり取りは彼女にも聞こえていただろう。
「殺しちゃえばいいじゃん。その方が簡単でしょ」
「そんな事したら余計にことが大きくなるじゃない。ちょっと苦情が出てるぐらいじゃ、暗殺なんて出来ないよ」
苦笑しながら返した言葉に、オルカは「そんな事はわかっている」と言いたげな表情を浮かべたまま目で不服を訴えてくるが、テイルは苦笑を浮かべたままこう付け足した。
「段取りは間違えないように、上手くやらなきゃね」
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