不破
2024-01-13 17:48:53
6238文字
Public 空戦
 

#16


「それで、どうなの? ニオ。初めての部下は」

 昼下がりの帝都。メルゼブルク軍の本部である大摩天楼の徒歩圏内にある、メインストリートに面したカフェテリアの1席で、食後のアイスティーにミルクを注いでいたニオがテーブルの向こう側から投げかけられた問にアザレア色の目を上げると、昼食ランチをともにしていた親友、ロザリンド・オルテッツが手にしたティーカップをソーサーに戻したところだった。

「どうって?」

 薔薇のような赤い目でこちらを見るロザリンドに問い返しながら、煙のように沈んでいくミルクとアイスティーをストローでくるくると掻き混ぜてストローに口をつけた。

「軍学校の同期が初めて自分の隊と部下を持ったのだから、気になるのは当然ではなくって?」

 ため息とともにそう返してきたロザリンド。軍学校の同期である彼女は伯爵家の出身であり、半年ほどの差ではあるものの、ニオよりも早く隊長となった人物だ。

「まるでお母様みたいなことを言うのね? ロザリー。そんなに心配して下さらなくても、私はあれぐらいモノにしてみせるわよ。貴女の隊の子達より手懐けるのに手が掛からないかも」

「あら、うちの子達は皆良い子よ」

 むすりとした表情で言うと、ロザリンドはくすりと笑いながら返してきた。
 彼女の率いる隊、第2航空師団第7戦術中隊アルコルは、半ば彼女が集めた私兵で構成された私設部隊と言っても良い。
亜人と呼ばれる突然変異した人間。動物の特徴をその身に宿した彼等の多くは差別と迫害の対象となっていたが、最近になってようやく世界的にその人権を保証する環境の整備が進んだ。軍人の家系であるオルテッツ家は亜人の保護を行いながら、希望する者を召し上げて己の部隊に加えてきた経緯があるそうで、アルコル隊はその亜人達で構成されている。傍目から見る分には、そんな亜人達の部隊は手が掛かりそうなものなのだが、亜人達を家族と称するロザリンドにとってはそうでもないのだろうか?

「へえ? 噂のナイトレイの跡継ぎって聞いたけど、やっぱり貴族のお坊ちゃんはしっかりしてるんだ?」

 と、アイスティーのストローに口をつけたところで、ロザリンドの隣で煙草に火を着けたところだったもう1人が煙を吐き出してから口を開いた。
 黒髪にキンセンカのようなオレンジ色の目をした彼女、エヴゲーニヤ・ヤノフスカヤもまた軍学校の同期であり、親友と呼べる1人である。軍学校次代からロザリンド、エヴゲーニヤとは3人で行動することが多く、同期の中でも周囲から仲の良い3人組と認識されていただろう。座学ではロザリンドと、実技ではエヴゲーニヤとトップを競うことが多かった。

「イェーニャよりもしっかりしているかもね?」

「そんなことないでしょ」

 エヴゲーニヤの愛称を口にしながら悪戯っぽく笑うロザリンドの言葉をすぐにエヴゲーニヤが否定する。軍学校時代から変わらない会話に小さく笑みを溢しながらもグラスをコースターに戻したニオはエヴゲーニヤが口にした「噂のナイトレイの跡継ぎ」という言葉に心中でため息をついた。
 確かに、ナイトレイ伯爵家はメルゼブルクに名を連ねる名家の1つだ。真相を知らない者達が注目するのは分からないではないが、これに関しては実態が実態だ。2人には悪いが、ただでさえ悪目立ちしている事柄をわざわざ噂話にする必要などない。

……戦闘訓練ならいい勝負かも知れないわね」

「あら、実技トップだったイェーニャ並みなんて、随分な実力なのね?」

 少し考えてから当たり障りのない範疇で返した言葉に、ロザリンドが冷やかすような調子でエヴゲーニヤに視線を向けながら言った。それに気づいたのだろう、エヴゲーニヤが短く息を吐いた。

「ちょっと、伯爵家のお坊ちゃんに負ける気なんてないんだけど?」

「というか、隊長になったのはイェーニャもでしょう? 貴女の方はどうなのよ?」

 と、そこで話題をエヴゲーニヤにパスし、自分の隊の話から話題を逸らす。

「ああ、まだ会ってない」

「ええ? 辞令が出たのはもう2日前でしょう?」

 エヴゲーニヤの返答に半ば呆れながら問い返し、再びアイスティーのストローを咥える。
 第2航空師団、第6急襲小隊ベガの新設と隊長以下隊員の任命を行う辞令が端末を通して周知されたのは2日前のことだったはずだ。エヴゲーニヤが会ってないということはこの2日間、ベガ隊の隊員達は隊長の顔も知らぬまま過ごしているということになる。

「気が向いたら行くわよ。談話室ももう受領の手続きは済ませてあるし」

 第2航空師団の第6となると、先のサイードとの戦いで全滅してしまったリゲル隊の談話室の撤去が完了したのだろう。カノープスとして受領した談話室も最初は簡素なものだったが、受領後のレイアウトやインテリアはその隊に一任されるため、隊によって事務室であったり、休憩室のような扱いになるなど、パターンは様々だ。

「早めに行ってあげなさいな。部下になる子達だっているのだし」

「はいはい、わかったわよ。ロザリー先生に言われちゃ仕方ないわね」

 言いながらエヴゲーニヤが肩を竦め、煙草を深く吸い込む。
 軍という組織について、自分とエヴゲーニヤよりも伯爵家の出身であるロザリンドの方がその道に明るい。ややずれた――というよりも大抵は無茶が過ぎるのだが――自分達の行動、考えをロザリンドが指摘し、それに従うのは軍学校時代からのお決まりのパターンだ。

「さ、そろそろ戻らないとだわ」

 アイスティーを呑み干し、ニオはそう言って席を立った。