和綺
2023-10-02 19:27:11
4015文字
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メダルをあげる。(五歌+硝)

決戦後、歌が倒れた編です。出すなら今のうちだなって。術式の解釈が甘くてごめん。今度直す。


「硝子!!」
歌姫の手を握っていた五条が叫ぶと、周りのがれきがいくつか弾け飛んだ。割れた破片が飛び散る。遠く離れたところから激しい足音が、膝をついている五条へと近づいてくる。まだだ、もう少し待って、お願いだから。五条はおおよそ生まれて初めて祈るようにしながら、歌姫の細い、冷えた手を握り締める。
「先輩!」
がれきを蹴散らすように、硝子が滑り込んできた。勢いよく地についた手のひらはきっと擦れてしまっただろう。
「先輩! 硝子です! 硝子が来ましたよ! だからもう大丈夫です!」
特別かわいがっていた後輩の言葉にも、歌姫は目を開けなかった。ただ、五条の手の中の指先はぴくりと反応している。
「まだ聞こえてる」
歌姫の顔を覗き込んでいる悲愴な顔の同期に囁くと、彼女は小さく頷いた。
「任せろ」
五条の六眼は呪力が見える。そんな基本的な機能を疎ましく思ったのは、本当にもう掠れたところにある幼い時分で、今更そんなことを噛み締めることになるなんてな、と意識がどこか遠い。
硝子の呪力はもうすっからかんで、この状態での反転術式なんて、死に向かうようなものだ。
だけど、これが、硝子の戦いだと五条は知っている。いつだって静かに握り締めた拳から、食いしばった唇から、血を流していた姿を、もうずっと知っている。
「ねぇ、死ぬよ」
それでもそれを口にしたのは、やはり、初めての祈りのようなものだったのかもしれない。
「はっ、上等」
目の下に隈を称えた顔は壮絶で、美しくて、イカれていて、嬉しくなる。
「歌姫にバフってもらったらいいのにね」
……なぁ、五条」
「なに?」
「私がこの十年、ただのんきに校医をやっていたかと思うか?」
「なにそれ。なんか意味深~」
「ふん、見てろよ。術式の研究に余念がないのは、君だけじゃないんだ」
目を伏せた硝子が静かに呪力を練っている。初めて見る姿だ。ひゅーひょいじゃなかったのか、と五条はこんなときなのに笑いだしそうだった。いや、堪えきれず笑った。小さくて細い手を撫でて、ねえ、歌姫、見てよ、と笑う。
容量自体は少ない。けれど、硝子が絞り出した呪力は丁寧に練られて、精度が高いものに見えた。
「私たちだって成長してるんだよ」
「私、たち?」
硝子の反転術式が発動する。やはり、呪力が足りず、それは歌姫の全身を包むには至らない。歌姫の手を握る五条の手に力が入る。今、五条の身のうちにあるこの呪力を与えられたら、こんなの一気に解決するのに。
硝子の呪力が、歌姫の頭に集中しているのが見える。
「頭?……脳?」
「右脳だな」
硝子が自身の右のこめかみを指で叩いている。
「術式は右脳に宿っているだろう? そこだけに集中して反転術式を流して、先輩の術式を発動させる」
「いや、でも、歌姫ももう呪力はほとんど残ってないよ」
「でも空っぽじゃない。先輩の術式は自身にもバフをかけられる。わずかな呪力でもそれを呼び水として、私と先輩の呪力が底上げされたら、全身回復が可能になる」
……掌印は?」
「ん」
「歌姫の術式は、掌印を省略しないことで、完全なる発動をする。硝子も知ってるだろ、歌姫が馬鹿の一つ覚えみたいに、ずっとただそれだけを舞ってたの」
五条の五感には、朝のかすかな光のなか、細かい塵を裂く指の先や、昼の青い空に響く鈴の音、夕方の冷え始めた板の間を滑る土踏まず、夜の月明かりの下で翻る黒髪がまざまざと残っている。知ってるよ、と硝子が呟く。ぽつりと、あの頃、歌姫の周りに漂っていた声は小さくて清廉な泉に波紋を落とすような、黒い声だった。けれど、と、硝子の話はそこで終わらなかった。
「だから、私たちだって、あの頃のままじゃないんだよ」
硝子の唇が、にいっと吊り上がる。その瞬間、横たわる歌姫から、術式発動の気配がした。
……掌印省略」
知覚できたのは、五条の手の中にある細い指先のかすかな振動だけだった。それでも確かに、そこに歌姫の呪力がある。優しくて、暖かで、強制力のある術式が歌姫と硝子を包んでいる。
ぶわりと空気が膨らんで、硝子の呪力が増した。
「はは、すごいな、これは」
……うん、気持ちいいよね、それ」
はたはたと呪力の高まりに合わせて揺れる空気が、硝子の髪をはためかせる。
「ああ……先輩の気配がする」
硝子の破顔は珍しくて、ああ、でも昔はよく見たんだ。
「硝子は、ほんと、歌姫にしかデレないね」
「なにか問題ある?」
「ない!」
五条が、ニッと笑うと、硝子も同じように笑う。
「さぁ、とっとと治して、飲みに行きましょう、歌姫先輩!」
「僕も行く~」
「先輩に聞け」
「聞くまでもなくない?」
「ふん。君はいつも先輩の優しさに甘えすぎだ」
「僕、かわいがられてるからね」
「一番は私だからな」
「僕だよ」
「よーし、それも先輩に聞くからな」
「いいよ」
「二番は一番におごれよ」
「僕が負けるわけないじゃん」
「どうだか。二番すら怪しいかもな」
ふふん、と勝ち誇る硝子の顔に、五条は珍しく譲ってやってもいいかなと考える。常に先陣を切って走ってきたトップ中のトップランカーだ。どんなときでも特別な自分が贈る一番はこの世界で一等特別で、それを冠する腕の中の彼女も、それを受け取る目の前の彼女も、それにふさわしい、五条の特別だ。