茜屋(せんや)サナ
2016-12-29 16:16:08
7890文字
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某本丸の指輪物語

宗さにカウントダウン企画
30日担当 茜屋(せんや)サナ(小説)
師走の晦日、宗三との結婚指輪を失くした審神者が必死に探すお話です。



 時刻は、夜十時。半べそになりながら掃除だけは済ませ、夕食を食べ終わり、私は宗三に話がある、と言って部屋に来てもらった。
 結局、指輪は見つからなかったのだ。いやだ、泣きたい。辛い。
 更に、今日至る所で出会った宗三を避けたり、彼から逃げたりして傷付けてしまった。辛いのは彼の方だ。私はなんて酷い旦那なんだろうか。
 部屋に先に入った宗三は普段通りに、いつものように炬燵へと入り込んだ。対して私は、閉めた障子の前に、所在なさげに立っている。
「おや。そんなところに突っ立ってないで、貴方も入ったらどうです? お話しするにしたって、寒かったら、しにくいでしょう?」
 返事をする前に、宗三が私を炬燵へと引き入れた。
「それで、お話とは何でしょうか?」
 あんなに無視するみたいに避けられ続けたのに、宗三は全然堪えてないように笑う。綺麗な青と翠の双眸が、こんなにも直視しづらいときが来るだなんて、想像をしたことはあるけれど、実際はその何倍も心にくるものがある。
「あ、あのね……を、……ちゃ、って」
「はい?」
 聞き取れないから、聞き返されただけなのに責められてるように感じるのは、やましいからなのだと、嫌というほど痛感した。
「結婚指輪、失くし、ちゃった……ごめんなさい」
 すっと左手を差し出すと、随分と寂しくなった薬指が強調されているように見える。
 私は、狡かった。何が狡いって、すぐに宗三から目を離したのだ。彼の視線が、薬指に注がれているのを良いことに、すぐに下を見た。
「寂しい指ですこと」
 何の感慨もない、ただの感想を言われただけなのに、肩が大きく跳ねる。ごめんなさいや許して下さいの言葉も言えず、舌が凍りついたかのように動かない。
「ちゃんとつけていないとダメでしょう? なんのために、外れないように『これ』のサイズ合わせをしたとお思いですか」
「え……?」
 いつの間にか、マジックのショーみたいに、何もないはずの宗三の右手の中に、指輪があった。ピンクゴールドの地に、紅玉を瑠璃と翠玉で挟んだ、ちいさな円環。私の瞳の紅蓮色と、宗三の青と翠色を乗せた指輪が、彼の手の平の上にある。
「これ、どこにあったの……?」
 宗三はふっと苦笑した。それを見て、私は切なくなる。
「執務室の、棚の上にありましたよ。棚の埃一つないところを見ると、最初に掃除して、汚さないようにそこに置いておいて、忘れてしまったのでしょう」
「あ……
 そういえば、そうだ。ここなら、どこかにいったりはしないと思って、外して置いたんだった。
……どうして『失くした』と最初から言わなかったのですか?」
……情けなくて」
「こんなに小さいものですから、不意に失くしてしまうこともあるでしょう」
「だって、イヤじゃん。『失くした』とか言われるの」
 はぁ、という宗三の嘆息に、腹の底が冷える思いだった。冷たくて重い鉛を、無理矢理飲み込んだような心地がする。
「それよりも、教えてもらえないで、隠し事をされて、コソコソされ、意味も意図も分からず避けられるより、ずーっとマシです。貴方、同じことを僕にされたらどう思います?」
……
 一秒、二秒と間を置いて。
「水臭いと思います」
 と、絞り出すようにか細い声で私は言った。
「どうしてそれを、すぐに考えられませんでしたかねえ、このおバカさんは」
「ふぐぐ」
 宗三が鼻を摘まんで引っ張るけど、今回ばかりはされるがままだ。
「指輪くらいで今回は済みましたけど、これがもし、他の重要な案件の隠し事で僕が気付く頃には全て手遅れでした、なんてことがあれば僕、絶対に嫌ですよ。もし、そんなことがあれば――
「あ、あれば?」
 ふふふ、と美しく艶麗に微笑する様は、間違いなく人間の顔なのに、刃物の冴え冴えとした輝きを思い出させるのに十分な恐ろしさを備えている。
「草の根掻き分けてでも貴方を探し出し、僕がどれくらい貴方を愛しているのかを、骨の髄までじ~っくり、ことことと煮込むように教えて差し上げますよ」
 あ、怖い。背筋がゾッワゾワする、やだこのお刀さま超怖い。笑ってるけど目だけが笑ってないよ。
「分かりました? ほら、返事はどうしたんですか?」
「ハイ。はい。超よく分かりました、はい!」
 はいか、イエスしか返答に残されていないレベルだった。愛が重くて辛い。
 けれどそれが嬉しいとか思ってる私も、相当な状態だ。どこまでこいつのこと大好きなんだよ、私。
「というわけで、いい機会ですから、隠し事があるなら、今仰いなさい。へそくりから昔の男のことまで、洗いざらい吐いてしまいなさい」
 なんでこんなにイキイキしているんでしょう、この嫁は。
「へ、へそくり云々は博多裏銀行に任せてあるから、そっちに訊いて」
「貴方、へそくりを他人任せにしてるんですか? そんな状態で大丈夫ですか?」
「うるさい! 言えって言ったのお前だろう!? そっちはどうなのさ!?」
 宗三のやつ、もったいぶって笑いやがった。
「お小夜か兄さまが知っていますから、どうぞお聞きください」
「兄弟共有財産か、了解」
「で、昔の男の話は?」
 そっちが本題だろう、と叫びたかった。ん? あれれ? なんでいつの間にか私の腰に宗三の腕が回ってるの? ホールド? 逃げられないカンジですか?
「え、あ、いや……。だいたい、知ってるじゃん。手を繋いでキスしたくらいが関の山ですよって」
 心なしか、宗三の顔が近付いてきたので、両手を前に出して距離を置く。
「初恋からきちんとお話してください」
 お前は、小学校低学年から全部話せというのか! などと反論する暇もなく、私は洗いざらい話した。正直、顔も名前もおぼろな相手の話をするのは楽ではなかった。所々で、宗三が茶々入れやらイヤに鋭い突っ込みをしてくるものだから、輪を掛けて面倒になる。
 指輪を失くしたのを隠しただけでこれなら、重要案件なんてものを隠した暁には、私が隠されそうだな、というのをひしひしと感じた。
 話し過ぎて舌が乾いてしまうんじゃないか、と思った頃には炬燵に入れていた足が出ていて、なぜか宗三の膝の上に座って話をしているではないか。お前、その隠蔽能力は戦場で使いなさい。それとも私が集中し過ぎなのか、注意力欠如なのか。ああもう、どっちでもいいよ。
……満足した?」
「ええ、ありがとうございました。お疲れ様です。それでは、最後に」
 まだあるのか、と言い掛けて、一番大事なことを放置していたことを思い出した。
 宗三が持つ、桃色が掛かった金色のちいさな円環。まだ返してもらっていなかったのだ。
「かわいい旦那さま、貴方は健やかなるときも病めるときも、この可愛い宗三に隠し事をしないと誓いますか?」
「ち、誓います」
 妙に厳粛な雰囲気なのに、妙な形容詞を挟んで言うものだから、やや拍子抜けする。宗三が指輪を私の薬指にはめると、きゅうっと心臓が締まるような心地がした。
「ん……
「僕の方も、お願いしますね」
 私のよりも一回り大きいサイズの指輪を渡され、同じ言葉を言う。
「かわいい嫁さん、私の宗三。貴方は健やかなるときも病めるときも、このカッコいい旦那さまに隠し事をしないと誓いますか?」
「もちろん、誓います」
 指輪は抵抗なく、宗三の薬指に落ち着いた。
「はい、けっこうです」
「んむ」
 不意に、宗三に唇を奪われる。慰めるような、優しい口づけだった。
「これですっきりしました。さあ、寝ましょうか」
「は~い……え、わぁっ!」
 膝に抱き抱えた格好から、そのまま肩と膝裏に手を回して宗三は立ち上がる。わお、力持ち。
「床までお送りします」
「眠いから寝るぞ、私は」
 すぐ近くにある青と翠の双眸を睨むと、宗三はきょとんとした顔で
「当然。睡眠不足は体に毒ですよ」
 と返してきた。
……
 まるで私が…………。いや、いいや。何も言いたくない。じゃあよろしく、と言って私はそこでもう意識を手放した。代わりに、彼の首にぎゅっときつく縋り付く。
 鼻先をくすぐる、桜の香り。宗三の神気が香った。
 私の愛しい桜。私の愛しい春。それがここに在ることは、永遠だ。絶対に変わらない。変えさせない。
 そんなことを思いながら、微睡の中へと意識は潜っていく。


 翌朝。目を覚ますと私は宗三に湯たんぽ兼抱き枕にされていた。中に綿が詰まってるわけでもなく、豊満な体つきでもない私を、よくもまあ抱きすくめて寝れるものだと感心する。
 障子の外からの呼び声に反応してそこを開けた。朝を告げに来た小夜が、口の端で微笑んだ。仲が良いって、すてきだね、と可愛らしいちいさな唇が呟く。小夜の微笑みが見れたのは眼福だけど、ちょっと恥ずかしい。
 それから「共寝だったのかー、新妻は大変だなひゅーひゅー」的なことを言って来る男士全員の腰に蹴りと言う名の激励を入れ、ついでに心の中の閻魔帳の特別ページ「新春羽根つき大会でこんてんぱんにしてやる」リストに入れておいてやった。ふんっ。
「おはようございます。どうして先に起きて行ってしまうんですか? 起こしてくれてもいいでしょう?」
 僕を置いて行った罰、ということで、私は宗三に髪を結われている。髪結い中は、もうどんなことがあっても逃げられない。
 大人しく座って、宗三が意図的にうなじや耳元を撫でるように触るのを、甘受する。かなりくすぐったいし、照れ臭いのだけれど、拒否権はない。明らかに必要のない、うなじの窪みから背筋に向かって肌を撫でる行為もじっと耐えなければいけない。
「ひゃあっ」
 甘い恍惚を伴う寒気がしても、ひたすら我慢だ。
「ふふふ。さあ、出来ましたよ」
 本日の髪型は、左右に細い編み込みが二本あるポニーテールだった。ハーフアップじゃなくて、良かった。
「はい、今日の髪結いさんにご褒美をください」
 すっと目を閉じる宗三。キス待ち顔じゃないくせに、キスをねだっていると分かるのは、夫婦だからだろうか。というか、罰なのにご褒美をねだるってなんなのさ。
 と言うのは後回しにして、黙って「ご褒美」をかわいい嫁の唇に送ってやる。宗三が私の薬指を撫でて来るから、私も宗三の同じところを撫で返した。
 そんなこんなで、我が本丸は平和に、新年を迎えることとなったのであった。

〈了〉