茜屋(せんや)サナ
2016-12-29 16:16:08
7890文字
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某本丸の指輪物語

宗さにカウントダウン企画
30日担当 茜屋(せんや)サナ(小説)
師走の晦日、宗三との結婚指輪を失くした審神者が必死に探すお話です。

某本丸の指輪物語

 秋晴れの美しい吉日に、審神者である私と、宗三左文字は結婚して祝言を挙げた。
 戦時に身を置く者としては、式を挙げないで事実婚だけで良かった。
 なのだけれど、他の刀剣男士の「ここまでやきもきさせておいて、祝言の一つもないとかどういうことなの」という圧倒的多数の意見と「貴方の白無垢姿を拝ませてはくれないのですか? 僕の晴れ姿を見たくはないのですか?」という小数だけれど決して無視出来ない伴侶の意見があって、祝言を挙げたのだ。
 青空に紅葉が彩りを添える中で、私たちは幸せになった。袴姿の宗三なんて、そうそう拝めるものではない。凛々しくて、とてもカッコ良くて、神々しかった。ああ、神々しいのは当たり前だ。だって宗三は神さまなのだから。
 私の方は、前田と乱、加州、他数振りが用意に付き合ってくれた。いつもは洒落っ気なんてない私だけれど、祝言の場は別格中の別格。朝早くから、頭の天辺から爪先まで余念なく準備をする。
 全部の仕度を終えた自分を鏡で見てみれば、そこにいるのは別人だった。化粧を施されて、大人しそうに、でも驚いて呆けている女性が、鏡に映っている。
「あるじさんは今、世界で一番幸せなひとだね!」
 乱の一言に、危うく泣いてしまうところだった。本当に、心の底からそう思った。審神者に就任するときの私に言っても、絶対に信じてもらえない。「大好きな人と結婚して幸せになれるんだよ」なんて言われても、何の冗談だと一笑に付すに違いない。
 でも、冗談なんかじゃ、ない。もうこれ以上を望めないくらいに、私は幸せになった。
「このまま、貴方を隠してしまいそうです。貴方を誰かに自慢したくてたまらない気持ちと、僕意外の誰にも貴方を見せないで独占したい気持ちで、いまちょっと大変なんですよ」
 宗三は式の最中に、私に囁く。その言葉に、胸がきゅーっと締め付けられるのと同時に、嬉しさがぶわりと全身に広がっていった。
 ああもう、私だって嬉しくって大変なんだってば! と叫びたいのを必死で押し殺す。折角覚えた式句や祝詞が吹っ飛んだらどうしてくれるの。
 その心配は杞憂に終わり、無事退場が済んだ。
 お互いの左の薬指には、ピンクゴールドの指輪がきらきらと輝いている。指輪の真ん中に置かれた紅玉を、瑠璃と翠玉で挟む意匠で、見ていてとても面映ゆい。
 見る度に、ふふふと笑う私を、宗三がじっと見ていた。そんな些細なことさえ、幸せだった。
 けれどまあ、何が変わるということもないのだろう、と私は思った。旦那と嫁になったって、いつも通りの私と宗三だ。
 ちなみに、旦那は私である。なにせ本丸の責任者で世帯主だ。あと「旦那」の響きが格好いい。なので、本丸のみなには「旦那さまと呼ぶがいい。むしろ呼びたまえ」なんて言っていたのに。実際は。
「ねえねえ新妻のあるじさん、出陣について相談したいことがあるんだけど~」
「新妻の主~。あのさあ、内番してたら物が壊れちゃったんだけど……
「よぉ、新妻の大将。今日も別嬪さんだな」
「わぁ~い! 新妻だー! 人妻だーっ!」
「新妻の嬢ちゃん、よけりゃあお酌でも……
 これである。最後の呑兵衛は嫁がガンつけたら高い機動値に恥じない速度で逃げて行った。おじさん、それくらいの速さで高速槍やっつけてください。玉集め辛いです。
 要するに、みんな「新妻新妻」と呼んでくるのだ。そりゃまあ、新妻と呼べるのは結婚してから一年くらいだから、そう呼びたいのも分かる。なにせ期間限定、というやつだ。毎春とか毎夏とかの季節ごとの期間限定ではなく、一年こっきりの期間限定だ。仕方がないっちゃあ、仕方がない。
 斯く言う私だって、今まで一本に結わえて終わりだった髪型を変えて、編み込みを入れて、綺麗な簪やヘアアクセサリーで飾るくらいはするようになった。着物も、無愛想な黒一色は止めて、明るい柄物に変更したり、帯留めもちょっと高いものにしたり。
 既婚になると着物の袖を落とさなくてはいけないのだけれど、碌に着もしないで袖を落とすことになった晴れ着数着には「もったいない。もっと娘時代を謳歌するべきだったよ、君は!」と歌仙からお小言を頂くはめになった。すみません。
 結婚することで意識の何が変わるわけでもなし、いつも通りだろうと思っていた。けれど、その見込みは甘かった。光忠特製のずんだパフェよりも甘かった。おしゃれするときの「これでいいのかな」という不安は毎朝つきものだし、こんな風に女性らしくどきどきする自分が気持ち悪い、という嫌悪感が不意に沸き上がって、苦しいときもある。
 結婚する前から宗三の何気ない仕草や微笑みに喜ぶことは多々あったのに、最近は特に嬉しくなるし、「私だけのものだ」という独占欲まで表に出てくる。
 浮かれているし、戸惑っている。どうしたらいいのか、と他の審神者さんには、簡単には訊けない。
 要は、浮かれポンチだ。ハイになっていたのだ。
 …………だから、こういう目に遭うのだ。
「どうして見つからないのさーっ!?」
 ややヒステリック気味に、私は叫んだ。
 本日、師走の晦日は新年に向けての準備で、本丸は大忙し。明日の大晦日はおせち料理に使いたい、という厨班の意見を汲み、一昨日から三日掛けて大掃除をしている。
 大掃除最終日の今日は、個人の部屋の掃除と、少人数で使う小部屋の掃除に割り当てた。自室と執務室、歌仙と共同で使う骨董品収集部屋を、せっせと片付けて綺麗にし、あとはくつろぐか、厨の手伝いでもするか、という状況だった。
 ふと、左の薬指を見ると、そこにあるはずの指輪が、最初からなかったかのように消え失せているではないか。
 気付いた瞬間、ざっと血の気が引くのが分かった。舐めるように磨いたアンティークの鏡に映る私の顔色は、蒼白だった。この鏡が付喪神だったら「どうしたんだいお嬢ちゃん、そんな世界の終わりみたいな顔しなすって」と言ったに違いない。
 ない。ない。ない! どこにやった!?
 ぞわ、と背筋を寒いものが駆け下りていった。
 なんで。なんでないの。さっきまでは確かにあったのに! とまた叫びたいのを必死でこらえて、私は掃除したばかりの場所をひっくり返した。執務机の上、その下、棚の中、書類の間、本の間、壷の中や絵画の下、アンティークアクセサリーを仕舞うケースの中……それでも見つからない。
 あれ、その前に一体いつからつけていなかったけ? ざっと、また血の気が下がるのを感じた。
 あ。あれ。落ち着け。えーと、朝はつけてた。顔を洗う時もちゃんとあった。今朝の連絡確認のときもつけてた。そのあとの自室掃除からよく覚えていない!
 えぇーっ!? ほとんど最初からじゃない! どこを掃除したかはなんとなく覚えているけど、いちいち指輪があるかどうかまで確認しながら掃除はしていないよ……
「どうしよう……
 まあ、探すしかないのだけれど。もう、こうなったら虱潰しの一人ローラー作戦だ。
 絶対に宗三にだけは知られたくない。情けないし、言い出せないでしょ、結婚相手に指輪失くしました、探すの手伝ってください、なんて。ムリ。カッコ悪い。おバカ!
 それはいい。とにかく善は急げだ、すぐに行動しなくては。
 骨董品部屋から、自室へ私はと急ぐ。私だけの部屋だから、誰もいないし、じっくりと探せるはずだ。ただ、そこにたどり着くまでに、誰とも会わなければいいんだけれど。
 どうしてここで、漫画みたいに今出会いたくない人ナンバーワンの宗三に出くわすのだろうか。
「あっ、お疲れ」
 さりげなく、宗三に見えないように、左手を後ろに隠す。たすき掛けさえしていなければ、袖に隠せるのになあ。
「お疲れ様です。どうです、進捗状況は?」
 あっ、比較的長丁場になる気配を察知。
「うん、まあ、ね!」
 あんまりにも不自然だとは思うけど、早めのすり足で逃げた。ゴメン、宗三。悪気はないんだ。光忠の「走ったら埃が立っちゃうよ!」というお小言を背景音楽に、自室へと走った。
 もう、せっかくの掃除を台無しにしてまた最初からやるかのように、私は部屋中のものをひっくり返して指輪を探した。
 桃色の物体が視界をかすめただけで、その一角を掘り起こして夢中になって探すものの、目的の物は影も形も見当たらない。
 ひょっとして、指輪があると認識したのは今朝ではなくて、昨日の朝だったのでは? というとんでもない発想が脳裏をよぎって、不安で泣きそうになった。
 それなら、誰かが既に見つけているはずだ、と思う反面、誰にも見つけられない場所、例えば取り替えた畳の下なんかにあったら、簡単に見つけられはしない、とも考えてしまう。
 本日何回目のどうしよう、が浮かぶけれども。見つけるしかないんだ、と必死に自己暗示を掛けて、私は本丸中を駆け回った。