yasaka
2022-11-29 02:31:18
9518文字
Public Star trek
 

【JJST】迷い途

ハロウィンの夜に思いついた、カークが迷子になる話

今でこそメジャーイベントながら、そもそもハロウィンって
死者の世界の「門」が開くお盆イベントだよねということで
若干オカルトホラー寄りです

――ここは?」

風化した石壁の先に、星もない真っ黒な空が広がっている。
時刻でいえば、真夜中あたりだろうか?地球の月のような薄荷色の衛星が漆黒の空の真上から辺りを煌々と照らし出すほかには何も視界に映らない。
上下左右の感覚も曖昧ながら細かい砂埃が頬に落ちてくる感触で自分が仰向けに倒れているのだと気づいたカークは素早くその場に身を起こした。
とっさに掴んだハンドフェイザーを構えながら辺りをうかがえば、どうやらここは巨石で造られた遺跡の一角であるようだ。天井の大部分は屋根ごと崩落したらしく、箱のような形で残存する部屋の大半は多数の瓦礫に埋もれている。
「呼吸、生命活動に支障なし。……周囲に何の気配もなし。か」
敵対生物どころか、風と砂粒が擦れ合う音以外は何もない状況にカークは警戒の構えを解く。
傍らに落ちていたフェイザーと自分が上陸活動時に着用するサバイバルスーツ姿であることから調査任務中である事は間違いなさそうだが、どういう訳かカークはこの場所に至るまでの一切の記憶を思い出すことができなかった。
コミュニケーターはどこかに落としてしまったらしく、ベルト脇のホルダーには入り込んだ僅かな白い砂が入っているだけ。任務であれば当然のように同行しているはずの他のクルーの姿もどこにも見当たらない。
少しでも現在地についての情報を集めるべく、拳一つ分程度に壁に開いたひび割れから外を望めば、この遺跡が広大な砂砂漠の中にある事がわかる。
彼方に広がる地平線に至るまで、周囲を埋め尽くすのは圧倒的な量の白い砂だ。それは大波のような稜線を幾重にも描き、時折乾いたつむじ風に巻き上げられると、乾いた大気を背景に淡く白い筋を描いては舞い散っていく。そんな無機質な動きばかりが繰り返される世界に、生命の気配は一切感じられない。壁を乗り越えて外に出たとして、何の物資も無いままあの砂海へ飛び出していくのは無謀すぎるだろう

――カラ

小さな石の破片が転がったような音に振り返れば、自分の背後、高い石壁の一角に遺跡の奥へと続く『入り口』がある。
天井部分が大きく崩れ巨大な衛星の光に照らされているこの場と違い、遺跡内は非常に薄暗いうえ奥からは冷たい空気も流れてくる。しかしこのままこの場所にいたところで何になるだろう。入り組んだ内部になにか情報が残されているかも知れないし、なにより、自分が何らかの調査でここを訪れたのであればクルー達はこの奥に居る可能性が高いはずだ。
「探ってみるか」
砂まみれのウエストバッグから携帯ライトを掲げると、カークは遺跡の深部へと足を向けた。


遺跡の中は思った以上に広大だった。
同じような見た目の石室をいくつも通り抜けたカークが最初に足を止めたのは、見上げるほどに巨大な石柱が等間隔に並ぶ巨大な回廊だ。この辺りにはまだしっかりと天井が残っているようで、遺跡の奥に向け暗い道が一直線に伸びている。その反対側、外壁との突き当たりに存在したであろう正門部分は殊更激しく崩壊しており、現状ではここから外部へ出入りすることは不可能なようだ。
在りし日にはさぞや立派な門柱であったろう瓦礫をハンドライトで照らしながら、カークは途方に暮れたように頭をかいた。
「参ったな……。俺はどこからこの遺跡に入り込んだんだ?」
それどころか、ここが何処なのか、何故一人で倒れていたのかも一向に不明なままだ。
せめてこの場が何かを示す手掛かりがあればよかったのだが、あらゆる場所が砂と塵にまみれた暗闇の中、クルーの痕跡はもちろん、小さな虫が這った跡すらも見つからない。自分以外の生命の気配は一切存在せず、時折自分が踏みしめる砂の音以外は風の吹き抜ける音しか聞こえてこない状況だ。時間ばかりが無為に過ぎていくのを感じ、カークは少し苛立ったように眉根を寄せる。

――――カラ、カラン……

回廊に響いた物音に、カークは即座に反応した。固い欠片が転がったようにも聞こえるが、何もないこの場所でそのような音が聞こえるのはいささか違和感がある。
「誰か、そこにいるのか?」
奥へ向かって放った声は、何重にも響いた後で積もった砂中に消えていく。
カークはハンドライトを高く掲げて音が響いたと思われる方向へ差し向けた。ぱっと明るくなった視界のその先、塵と砂の積もった回廊の一角に微かな痕跡を見てとると、彼は思わず駆け寄った。
「これは……足跡か?」
見つけたのは自身のサバイバルブーツのそれとは明らかに異なるやや小型の足跡だ。砂が途切れているためどこから来たかは解らないが、遺跡の深部に向けて真っ直ぐと向かっているのが見て取れる。
辺りは一段と濃い闇に包まれ、奥からはさらに強い冷気が漂ってくる。
孤独な迷宮内にようやく見つけた他者の手がかりを前にして、カークは改めて考え込む。ここは何処なのか、自分は何故このような場所に居るのか、どうして周囲には誰も居ないのか……

――――カラ、カラン、カララララ……

迷う彼を誘うように、再度遺跡の奥から物音が響く。まるで、進むべき道はここしかないのだと囁いてくるように思えるのは、闇の中を長く彷徨いすぎたからだろうか。
意を決して足跡沿いに回廊を進んだカークの前に次に現れたのは、地下奥深くへと向かう石造りの階段だ。
探索用のライトを向けても、数メートル先の石段が照らされるだけで他には何も見えてこない。回廊部より更に濃い闇が留まっている階段は、まるで底など無いかと思えるほどに延々と続くばかり。しかし、砂上に残された微かなしるべはその奥底を指し示すように真っ直ぐと奥底へ向かっているらしい。
カークが殊更慎重に、一歩、二歩と石段を降り始めた時だった。

「   」

ふと、何者かに呼びとめられたように感じてカークは足を止めた。
背後を振り返るも何もなく、ただ真っ暗な闇が自分を包んでいるだけだ。
気がつけば、先ほどまで途絶えることの無かった風の音が止んでおり、全く無音の空間の中早まった己の鼓動と呼吸の音だけがやたら耳にまとわりついてくる。
確実に何かがおかしいのだが、それが何かがわからない。
ここに至るまで不気味に沈黙していた自身の直感が唐突に目を覚まし「この先は危険だ」と確信めいた警告を発しだす。しかしその一方で、石と砂ばかりの世界にようやく見つけた他者の痕跡がカークを「奥へと向かえ」と誘ってくる。
相反する思いと、込み上げてくる異様な焦燥感にカークは思わず身震いした。やはり、闇の中の単独行動で自分はどこかおかしくなりはじめているのだろうか。

――――ガラ、ガララ、

背後に気をとられたカークに対し、戻ることは許さないと闇が蠢いたかのようだった。
積み上げた石が崩れる音とともに踏みしめていたはずの石段の感覚が瞬時にかき消える。同時に、大きく体勢を崩した身体が宙に浮き、カークは何も出来ぬまま闇の奥底へと転落していった


そのまま、どこまで落ちたのだろう。
目を開いているのか閉じているのかもわからない闇の中、カークは厚く堆積した砂の上でうめき声を上げた。幾層も積み上がった砂がクッションの役目を果たしたらしく、幸いにして身体へのダメージは最小限で済んだらしい。
ぼんやりとする頭を振りながら起き上がれば、落下の際に取り落としてしまったらしいハンドライトが少し離れた場所に転がっているのが見える。現状、周囲を取り囲む暗闇に対する唯一の対抗策であるそれにカークは追いすがるように手を伸ばし、掴み取ったところで彼はふと動きを止めた。……ライトが照らした先に、誰かがいる。

闇を切り抜くような携帯ライトの強い光を向けると。現れたのは少し先でうずくまる小柄なヒューマノイドだ。
それは膝を抱えた姿で俯いており、顔形をうかがうことはできないが、地球人のサイズ感ならばまだ年端も行かない子供のようにも見える。
先ほどからカーク自身が追い求めていた足跡の主は、この子なのだろう。
「君は……
うつむいたままの子供に声を掛けつつ、そこへ近づこうとしたカークの肩を、突如背後の闇から延びてきた手がしっかりと鷲掴んだ。

――いけません」

突然の接触に飛び上がるようにして振り返れば、そこには空色のユニフォームを身につけた見慣れた男が立っている。
「スポック!?」
「ジム。それ以上、先に進んではいけません」
あまりに暗い為、その詳細な表情まではわからないものの、それは間違いなく自らの副官であるヴァルカン人の青年だ。いきなり有無を言わさぬ口調で制してくる彼の様子に戸惑いながら、カークは自身の視線をスポックが見つめる先、自身の足下へと向ける。
すると、僅かに薄くなった闇の先、己のつま先からほんの数センチ先の床が存在していない事に気がついた。
単に床材がないわけではない。この世の全ての闇を溶かし込んだかのような真っ黒な空間が自分をすぐそこに迫っている。もし、あのまま一歩でも踏み出していれば先ほど石段から落ちたように、否、そんな事態との比較で無く、今度こそ確実にこの奈落で命を落としていたことだろう。
「君が再びここへ迷い込む可能性を考慮し『この時点の姿』で待機していて正解だった」
まさに間一髪の状態でカークを救ったスポックは、淡々とした口調でそんなことを言う。
なんとも言えない違和感を覚えつつ、カークが再び視線を上げれば、ライトの光を浴びながらうつむいた子供は相変わらず微動だにしていないようだった。
それどころか、その子供の姿以外周囲にはどんなに目が闇に慣れようと一切何も見えては来なかった。当然、その足元にあるはずの床すらも、だ。自分のすぐ先には底も見えぬほど深い奈落が広がっているというのに、数メートル先に居るその子はまるで、黒い闇の中、不自然に浮かんでいるようにも思えてくる……
そんな異様な事実に思い至った瞬間、突然背中に走った強烈な寒気によってカークは淵から一歩、二歩と後ずさった。

「スポック。あれは、いったい……
「正体はうかがい知れないが。少なくとも、君が手を差し伸べるべき相手ではないだろう。ミスター ・・・・・カーク」
彼からはあり得ない呼称と、これまで薄々感じていた違和感が唐突に脳内で結びつき、カークは目を見開いた。
……スポック、大使?」
全てを理解し、驚愕の表情を浮かべるカークに、暗がりに佇むスポックの口元が肯定するように僅かに緩んだ。
すらりと伸びた手足に纏うのは旧式のユニフォーム、いや、『この時点の姿』と当人が言っていたので、これは彼が若い頃、彼のエンタープライズで正式採用されたものなのだろう。カークの危機にタイミング良く現れることができたのも、カーク自身がサバイバルスーツを着込んでいるというのに彼だけが艦内ユニフォーム姿であることも、おそらく彼が『実物』ではないからだ。
そして、自分が迷い込んだと認識していたこの遺跡の光景も、実際の遺跡ではないのだろう。夢か、幻覚か、あるいはもっと深刻な……
戸惑うカークに彼はゆっくりと声を掛けた。
「残念だが、これ以上君の導き手を務めることは出来ないようだ。これはかつて私とマインドメルトを行った際、君の意識に残った僅かな切れ端。遠く別れた魂の幽かな影のようなもの。彼では降りられぬこの淵で役目を果たした以上、まもなく消えることだろう」
「それは、なぜ、いや、俺はどうすれば……?」
震える声で尋ね返せば、年月を経て節くれ立った彼の指が自分のこめかみに伸びてくる。
「ジム。あなたが向かうべき場所は、あなたが一番理解しているはずだ。思い出しなさい」
古い友人にうながされるようにゆっくり目を閉じれば、変わらずどこまでも続く闇だけが広がるだけだ。しかし、改めてその『先』へと意識を向けていくと、ひどく騒がしい、そして懐かしい声達が聞こえ始める

――くそっ!冗談じゃないぞ!!」「医療キット持って来い!ありったけだ!!」「無理に動かすな!腕が千切れる!」「だめだ」
「間に合ってくれ!」「いかないで」「「キャプテン!」」

声を発する彼らの姿が明確に脳裏に浮かんだ途端、カークの表情が見る間に一変した。
不安に曇り、孤独に混乱し、ただ弱々しく惑うばかりだった瞳に強く光が灯り、やや暗い黄金の髪が淡く輝く。闇に遮られながらもその遙か先を確実に見据える表情は毅然と、そして何より、自らを取り戻そうとする決意に満ちている。
かの友人の姿は既に消えていたが、目指す先が定まった以上もう不安は微塵も感じられない。

――カララ……

再び気を引こうとしたのか、足下に転がってきた白い欠片をカークは一瞥もせずに踏み潰す。
そのまま迷い無く歩き始めた身体へ、今度は幾重も闇の筋が追いすがるようにまとわりつくが、それでも彼の歩みは止まらない。しびれを切らしたように暴れ始めた闇が、手中のライトや腰のフェイザーをはたき落とし、床に落ちたそれらがその瞬間白い砂となって砕け散っても、カークは振り返ることすら無く遙か先に見据えた一点を目指して進み続けていく。
何もかも忘れ去り、闇の底に沈みながらも、僅かにつながり続けた意識の一片。深淵に降りた自分を一瞬呼び止めた、その声達が呼ぶ先へ……