yasaka
2022-11-25 22:22:55
15192文字
Public Star trek
 

【JJST】キャプテンの恋人

STID前のAOS宇宙で、船を下りる度に見境無く恋人を取り替えるキャプテンと、いつか自分達も同じように平然と見捨てられるかもしれないと考える副長の話。メインはSpirkですがドクターが頑張ってます。

November 19, 2016


「貴方にエンジニアの心得があるとは存じ上げませんでした」
「まぁな。親父がああいう内燃機関好きだったらしくてさ。アイオワの実家に残ってたんだよ、古い二輪車とか自動車とか」
大きな岩がポツポツと並ぶ荒野をカークは物珍しそうに眺めながら歩いていく。その数歩後ろに付き従うスポックからの問いかけに彼は白い歯を見せながら答えて見せた。

真相を聞けば、地球的な表現で言う所の、全く何でもない事だった。
休暇初日、惑星に降りたったカークは羽を伸ばすクルー達の邪魔したくないと郊外の方へ足を向け、そこでたまたま地球製の古い自動二輪車をレストアしようとする青年と出くわした。この青年、数年前に交易品として流れてきたジャンクの中に奇跡的にも内燃機関エンジンが生きている地球製の自動二輪車を見つけ、この異星の乗り物を復活させるべく長いこと暇を見つけてはいじっていたらしい。ところが、昨今のクリンゴンの航路封鎖により連邦からの資材が激減、必要な部品も入手困難になってしまった。仕方なく自前の知識で悪戦苦闘しているところにたまたまカークが現れ、彼に修理の協力を持ちかけてきたのだという。休暇の有意義な過ごし方を探していたカークにとっても彼の誘いは魅力的で……ラボのレプリケーターで必要部品を精製して以降数日、青年と彼の母親の家に泊まり込みながら作業に没頭していたそうだ。

「愛に年齢は関係ないという言葉は尊重するが、流石に一五人も孫がいる女性となれば色々考えるさ!」
スポックが懸念していたクルー達の噂を伝えるなり、カークは大声をたてて笑い出し、なんとか息を整えたところに出てきたのはそんな言葉だった。酒場でカークの行方を語った男は「夫を亡くした未亡人と息子の二人暮らしの家」としか口にしなかったが、 その未亡人にはすでに独立した七人の子と一五人もの孫がいるという。もっとも、現在彼女と共に暮らしているのは兄姉達とは年の離れた末子の青年だけなので、酒場の男も嘘をついた訳ではないのだが……限られた情報からの推測に迂闊に振り回されるなどヴァルカンの教えを尊ぶ者にあるまじき失態には違いない。
そうは表に見せずとも内心猛省しているスポックの心情など露知らず、カークは緩やかな坂道を登りながら懐かしそうに過去の記憶を語り出した。
「全部親父の個人の持ち物で養父達は全然興味が無かったらしくてさ。掃除とか簡単な整備とか物心ついた頃から兄のジョージ二人でやらされてたんだ。もっとも、そうやって並んでた二輪車は気づいたらほとんどアイツの酒代に変わってたし、最後に残ってた自動車も俺が崖下へ落としてスクラップに変えちまったけど……
不意に言葉を切ったカークの方へ目を向けると、坂を登り切った彼の眼前に濃い青色の湖が現れていた。砂漠化が激しいこの惑星に残された海の名残で、共にバイク修理をした青年に「周辺で一番見晴らしのよい場所はどこか」と聞いたところ、ここを紹介されたのだという。
赤茶けた大地に突然現れた輝く濃い青の水面を見下ろしてカークは更に言葉を続けた。
「埃だらけでバイクいじってる彼を見たらふと思い出したんだ。売っ払われた親父のバイク達どこ行ったんだろうって。まぁ、それなりの値段で売られただろうし、ああやってくず鉄扱いされては居ないだろうけどさ」
「過去に地球で手放されたお父上の二輪車と、この惑星で見つけた古い二輪車に関連があるとは思えません。まったく関係の無い二者を同一視することで貴方自身の精神的な安定を求める代償行為を行ったというのであれば、まだ納得は出来ますが」
ただ事実を述べることしか出来ないスポックの言葉は、地球人にとって酷く冷淡にも聞こえる。だが、カークは彼のその言葉に大きく頷くと、意固地な子供にそっと教えるような柔らかい笑顔を返して見せた。
「そうかもしれない。でも俺自身、よく分からないんだ。ただ、必死に整備してるあの青年を見てたら無性に手伝いたくなったのだけは確かなんだよ」

その言葉の裏に隠された意味でも探そうとでもしているのか、小首を傾げたまま思案するスポック。そんな相手にカークは小さく吹き出すように肩を揺らすとその視線を青く輝く湖面へと向ける。風波も無く恒星からの光をきらきらと反射させる長閑な風景をしばらく存分に楽しんでいた様子の彼だったが、突如その体がぐらりと不安定によろめきだす。
「おっ…………
前のめりになった途端、背後から伸びた二本の腕がしっかりと揺れる体を抱え込んだ。突然の体の異変に目を丸くするカークの耳元でどこか呆れたような副長の声が響く。
「このような高温乾燥下において、湿潤気候に適応した地球人はよほど注意して水分摂取をしない限り水分不足に陥ります」
「ああ、ありがとうスポック。助かったよ」
まるで予め用意されていたかのように差し出された飲料水のボトルを受取ながら、カークはすぐ背後にある顔に苦笑を向ける。そう言えばこの三日間、修理に夢中になるあまり大して水分を採っていなかった気がする。意識では忘れていようが身体の方は余程水を求めていたらしい、その場に腰を下ろしキャップを開けるなり猛然とボトルを空け始めたカークの姿を眺めつつ、スポックは小脇に抱えた荷からもう一本のボトルを取り出した。
「この水はドクターが私に持たせた物です。キャプテンが何をしてるかは存じないが、水も飲まずに没頭してるに違いないだろうと」
……くそ、行動全部読まれてる」
船医の掌上に居たことがよほど悔しいのか、早速空になったボトルと新たに差し出された水を持ち替えながらカークは苦々しい表情を浮かべて口をとがらす。そんな彼を直射光から守るように直立しつつスポックは小さく息を吐いた。
「ジム、炎天下の中自身の体調を顧みることなく、歓迎されている現地の母子とはいえ身分の分からぬ相手と三日間も行動を共にし。エンタープライズへの連絡も無いまま、油と埃まみれになりながら古い二輪車を復元するなど、仮にも惑星連邦の代表として訪れた……
学生教官だった頃を思い出させる勢いで上申という名の説教を始めた副長にカークは慌てて首を振った。
「待て待て待て、これは任務じゃない、休暇だ! 連邦の代表者としてここに来たのは認めるが、休暇の過ごし方までとやかく言われる筋合いはないぞ」
「差し出がましい指摘をしたことは認めます。ですが、せめてどちらにいらっしゃるかご報告はいただきたかった」
いつもにまして刺々しく感じるスポックの言葉に対しカークは一瞬だけ戸惑うような顔を見せた後、何を思ったかすぐその表情を和らげた。
「心配させたようで悪かった。確かにちょっと没頭しすぎたよ」
その返答に、今度はスポックが戸惑う番だった。
ヴァルカンの思考に心配という概念はない。何かの実現可能性に対し失敗する可能性が高いのであれば直ちに実質的な修正を施すべきであり、何もせずただ心の中で憂慮する事に論理的な意味合いはないからだ。しかし、ラボでカークと別れてから三日間。散々思考を巡った数々の疑念や憂慮は、彼の言う『心配』だったのだろうか。

「理解していただければ、それで結構です」
なんとかそれだけを口にして、スポックは視線を湖の広がる風景へと向けた。今は無き故郷にも似たその空に、小さいながらも一羽の白い鳥が遠方より舞い飛んでくる姿が見える。
……ああ、綺麗だ」
足元から上がったうっとりとそれに見惚れているかのような声に、スポックはその鳥が大気圏外から降下しつつあるエンタープライズの船影であることに気がついた。明日、出発と共に盛大に行われるという『舟への祝福』に参加する為、その高度を下げてきたのだろう。 現在あのブリッジにはカークの意を受け、意気揚々と式典準備を進めるスコットが居るはずだ。
「なぁスポック。本当に目の覚めるような美人だと思わないか? 『彼女』は」
恍惚とした表情を浮かべ、碧色の瞳を細めた黄金色の地球人が彼を見上げてくる。

カークが地上の恋愛沙汰を任務へ持ち込まないのは当然だ。世俗にまみれた色艶事を真に愛する貴婦人の前に晒すはずも、ましてや目先の恋に走って麗しの淑女を放り出すはずもない。彼はもうずっと、一途なまでに『U.S.S.エンタープライズ白銀の貴婦人』の虜なのだから。
魅入られたように空を見上げるカークの姿をまじまじと見下ろしてから、スポックはゆっくりと視線を彼と同じ空へと動かした。惑星の濃い大気を身に纏い薄蒼色のヴェールをつけたかのようなエンタープライズがさらにその高度を下げてくる。幼い頃からヴァルカンで学んだスポックには地球人の言う美醜や愛着は理解できない。それでも、他でもない彼が愛し守り抜くと定めた物があの航宙艦だというのならば……。スポックは静かに目を伏せた。
「私には分かりかねます」
平坦な声でそう返しながら、彼の口角はほんの僅かに上がっていた。