yasaka
2022-11-25 22:22:55
15192文字
Public Star trek
 

【JJST】キャプテンの恋人

STID前のAOS宇宙で、船を下りる度に見境無く恋人を取り替えるキャプテンと、いつか自分達も同じように平然と見捨てられるかもしれないと考える副長の話。メインはSpirkですがドクターが頑張ってます。

November 19, 2016


「休暇に入ってからジムを見たかって? さぁね。どうせ新しく見つけた恋人の所だろう。アイツのアレはあの身に染み着いた脊髄反射みたいなもんだからな、お前さんもいい加減あきらめろ」
何処か閑散とした雰囲気漂うシックベイでマッコイが呆れながらそう答えたのは、ラボにカークが現れた翌々日のことだ。
「彼の素行と私が何かを諦める話の関連性が理解しかねるが……私が話題にしているのは彼の所在についてだ」
真面目腐った反応に年上の船医は「ああ、そうかい」とだけ返すと面白くもなさそうにカルテ整理をはじめた。まともに相手をする気はないようだが、あからさまに追い出さないところを見ると話ぐらいは聴いてくれるらしい。スポックは相変わらず相反する相手の態度に不可解そうに片方の眉を吊り上げてから、背を向けた相手に構わず話を切り出す事にした。
「海無き海の民の統一政府から、友好の証として当艦出発の際に『舟への祝福』を行いたいと打診があった」
「しゅくふくだぁ?」
相手をする気はなくとも、突然飛び出した耳慣れない単語にはさすがに反応せざるをえなかったらしい。怪訝な顔を向けるマッコイにスポックは相変わらず生真面目な顔でうなづいて見せた。
「彼らに古来から伝わる儀式の一つで、未知の航路へ出発する船団とその長に対し旅路の平穏と無事を神官達で祈祷するものらしい。彼ら以外の船に対して行われるのは稀だそうだが、今回は特別に我々の船に対して大々的な祈祷を行いたいとの事だ」
……なるほど。ジムはよっぽどあちらさんに気に入られたらしいな」
四百を超える乗組員全員を盛大に持てなすだけでなく、本来身内に行うイベントまでわざわざ執り行うというのだから先方の歓迎ぶりは度を超している。その原因について、老若男女種族に構わず人を惹きつけるカークの個性に星の代表も惚れ込んでしまったんだろうとマッコイはあたりをつけたようだ。

誰しも「父子二代で母星地球を救った英雄」と聞けばどんな屈強な男かと興味を持つと同時にひどく警戒もするだろう。そんなところに現れるのがあの人好きのする笑みを浮かべたあの青年だ。どこをどう見ても立派な一成人であるはずなのに、どこか先の行動が読めない幼子を見ているようで目が離せない。艦隊士官として徹底された洗練された振る舞いの中に、どういうわけだか世慣れぬ純朴さと親しみを感じさせる何かが紛れ込む。碧い瞳が輝く度に溢れ出る途方もない二面性。そうして毒気を抜かれたところを、いつの間にかタラし込まれる。そうこうしてるうちに気づけば、ジム・カークのシンパがまたこの宇宙に一人生まれている。まったくもって質の悪い男だとマッコイは常々悪態をつき時に忠告めいた苦言を周囲に吹聴してはいるのだが、他でもなくそうやって誑し込まれた第一号である彼の愚痴か或いは惚気かというその言を、今更まともに聴くクルーは存在しない。その筆頭とも言えるハーフ・ヴァルカンの青年を見上げつつマッコイはやれやれと息を吐いた。
「それで? その儀式ってのとジムの今の所在と何か関係があるのか?」
「休暇に入って以降、彼と連絡が取れない」
あくまでも事務的な声のままスポックは言った。
「政府側から特に返答日時の指定はなされていないが、儀式についてキャプテンの意向を早急に確認する必要がある。だが、コミュニケータの呼び出しにも応じないばかりか休暇初日以降艦へ戻った形跡もない。地上から帰還した数名のクルーからも話を聞いたが、皆伝聞ばかりで彼の姿を直接確認した者がいない」
マッコイは慌てる様子もなく。むしろ当然だろうと言わんばかりに肩をすくめた。
「元々アイツの休暇は明日までだろ? 儀式の準備にどれだけ掛かるかは知らんが、あちらさんが返答を急いでないのならそんなに慌てる事も無いだろう。それでもすぐ連絡を取りたいのなら非常警報でも出せばいい。顔色変えてすっ飛んでくるだろうさ」
「実際の緊急時以外で非常警報を出すのは規約違反に該当する」
「なら明日帰って来るのを大人しく待ってるのが、お前さんが大好きな『論理的な解決法』ってやつなんじゃないのか? せっかく窮屈な船やら緑の血をした厳格な副長殿やらから逃れて羽を伸ばしてるんだ。そっとしといてやれ。……ほらほら、わかったならとっとと持ち場に帰れ。カルテ整理の邪魔だ!」
話は終わりだとマッコイは手をひらひらと動かす。そうして突き放しながらもちらりと相手の様子を伺えば、彼自身自覚できているのか、感情を出すことを嫌うヴァルカンにあるまじく何とも雄弁に不服を語る仏頂面が視界に入る。マッコイは盛大にため息を吐いた。
……スポック。そういやお前さんに一つ頼みたい事があるんだがな」


熱く乾いた風が街の目抜き通りを吹き抜けていく。
街の中心に据えられた巨大な市場は古くからの交易によってもたらされた多様な物品で賑わっているようにも見える。しかしながらそこに遠い星から着た異星の商人の姿はまれで、ほとんどが民族衣装を着た海無き海の民だ。クリンゴンによる航路封鎖によって他星域との交易が極端にしにくくなった影響だと先の会談において彼らの代表者が嘆いていた。母星に目立った資源のない彼らにとって人や物流の滞りはとって紛れもない死活問題だろう。連邦に加盟することで、おそらく以前にも増してこの惑星に人が戻ってくることになるに違いない。

「スポック?」
背後から聞こえた呼びかけに振り返れば、自分から少し離れた場所で女性クルー達に囲まれたウフーラが信じられないような顔でこちらを見つめている。何事か周囲に話してから彼女は一人小走りでこちらに駆けてきた。
……驚いた。あなた、てっきり降りてこないと思ってた」
黒曜石のような瞳を大きく見開きながら心底意外そうに彼女は言った。その態度に、スポックは上陸休暇が与えられた直後ブリッジで休暇はどうするのかと彼女から訪ねられた時のやりとりを思い出す。この機会にラボの仕事を片付けると伝えた直後、背後にいたカークだけでなくブリッジの面々から一斉にため息が零れた事は……親しい地球人への対応に失敗した事例として、はっきりと記憶に留めている。
「ドクターから用事を頼まれた。キャプテンを見かけなかっただろうか」
マッコイから渡された包みに視線を向けつつそう答えると、彼女は色々納得したかのように頷いた。
「残念だけど私は見ていないわ。ただ、休暇の初日に町外れの方へ歩いて行くキャプテンとスールー大尉が会話をしたそうよ。なんだかひどく重そうな荷物を抱えてたので気になったみたい。大尉ならこの先の居たのをさっき見かけたから直接聞いてみると良いと思うわ」
「感謝するニヨタ。……良い休暇を」
言うが早いかスポックは素早く踵を返した。そのまま颯爽と去っていく青い背中を見送りつつ、遠巻きに様子を見ていた女性クルー達が気遣わしげにウフーラの周囲へと戻ってくる。
……彼、行っちゃったけどよかったの?」
魚のヒレのような頭部を持つ一人が戸惑うように声をかけると、恋人が去っていった方を眺めていたウフーラは大袈裟に肩をすくめると諦めたように仲間の方へと向き直った。

一方、黒髪の操舵士を探して訪れた一角でスポックと鉢合わせたのは、制服の赤にも負けぬ色に顔を染めたたいそう上機嫌の機関長だ。彼は道を歩く副長を見かけるなり大げさな身振りをしつつ近づいてきた。
「いやぁ誰かと思ったら、副長殿じゃないですかぁ!!」
「スコット少佐。だいぶ血中のアルコール濃度が高いようだが……
「ここは副長からもガツンと言ってやってくださいよー! 世の中女なんか星の数ほど居るんだぞと!」
会話が成立しないままがっしりと腕を捕まれ、引きずりこまれた先はがやがやと大勢の人々で賑わう酒場の中だ。
古ぼけたテーブルの周囲に転がる数多の酒瓶。それぞれ酒杯を持ちながらどこか困惑した面持ちで一点を眺める客達。そしてその視線の中心、微妙に引きつった笑顔を浮かべこちらを見上げるスールーの横で、机上に突っ伏すようして真っ赤な顔で泣きじゃくる航海士の青年がいる。
「ひどいですよぉ……ひっろ(ど)いですよぉ! ぼくはもうかのじょだけだったんれす!! すきらったのにぃぃぃ!!」
明らかに呂律の回っていない声で叫びつつ、もはや最後の方は完全に彼の母語になってしまっているのだろう。聴覚に優れているとはいえ、さすがのスポックにもその先の内容は聞き取ることは出来なかった。先ほど会ったウフーラを連れてくれば的確に訳してくれるとは思うのだが……あの情報はあえて聞き取るべきではないとヴァルカンと地球の血の間で珍しくも意見が一致する。それでも艦長不在時の責任者として何が起きたかだけはと把握しようとしたスポックが声を出そうとした矢先、何者かが突然服を引っ張ってきた。
……
驚いて下を見れば、青い制服の裾をむんずと掴んだキーンザーが無言で首を横に振っている。岩のような皮膚の合間にある、何の感情も映さない瞳が何かを必死に訴えているようだ。困惑したスポックが顔を上げれば、視線の先でスールーも同じように無言で首を振っている。スポックはしばし視線を彷徨わせてから、この渦中にいて唯一上機嫌のスコットへと向き直った。
「ミスター・スコット。ここでの件は君に一任する。ところで、君はこの惑星でキャプテンの姿を見かけなかっただろうか」
「ふぇ? キャプテンですかぃ?」
酒臭い息を吐きながら、スコットは酒場にいた人々に声をかけた。
「おーい、誰かうちの艦長知らねぇか!?」
彼の声が響くなり、酒場の奥で思い思いに過ごしていた赤いシャツの集団ほか、民族衣装の人々までもがカークに似た男の目撃情報を口々にしゃべり出す。一通りの騒ぎが落ち着いたところで、一人の男が西の方を指さして声を張り上げた。
「お前のキャプテンかは知らないが、金髪の地球人が街の西外れの家に入り浸ってるのは知ってる。ピジって女の家だ、五年前に旦那が死んで今はレオルって息子と二人で暮らしてるはずだが?」
「はっはー! さすが我らがキャプテン! 銀河を股に掛ける男前だねぇ! おいおい、聴いたか? キャプテンカークぐらいの男ともなると初めて来た惑星だろうと女の方が掴んで放さな……
「Он подложил мне свинью!」
調子よく続いたスコットの言葉は、突如として響いた悲痛な絶叫によって中断させられてしまった。場に居た全員が凍り付く中、その声の発生源たるチェコフは母語でさらに何事かを叫んだかと思うと机に突っ伏して大声で泣き喚き始めてしまう。
「少佐。傷に塩塗り込むような発言は控えていただけますか?」
赤子のようにワンワン声を上げて泣きつづけるチェコフを介抱しつつ、乾いた笑顔のスールーが地を這うような低い声で釘を差す。周囲の士官や地元の人々はオロオロしながら必死の体で慰めの声をかけ、素面に近い数名が小さくなったスコッティに説教を始める。色々収集の付かなくなった現場を眺めつつ、入口で一人棒立ちになっていたスポックだったが、傍らのキーンザーが力いっぱい自分を押しやり始めたのに気づき視線をそちらに向け直す。
……あとは彼らに任せるべきだと?」
小柄な異星人は大きく頷くと、立てた親指でそのまま外を指し示した。何も読み取れぬはずの相貌から「いいから行け」と無言の圧のような物がにじみ出ている。てんやわんやの室内を今一度見回してから、スポックは無言で踵を返していた。

シックベイで渡された包みを抱え、スポックは街の郊外へと淀みなく足を進めた。
よく整備された市場地区とは異なり、周辺は遮蔽物もなく恒星からの容赦ない直射光がジリジリと照りつけてくる。乾燥と高温、地球人には酷に思えるこの環境は、むしろ今は無きヴァルカンの気候を思い出させる世界だ。――彼は本当にこの惑星を終の住処にするつもりなのだろうか? 空を埋め尽くす濃い青と赤茶けた世界を眺めながらスポックはただ黙々と歩き続けていく。
エンタープライズに限らず、深宇宙探査の過程でその土地の人物と深い関係になったり、他様々な理由で船を降りたクルーが居ない訳ではない。だが、キャプテン自ら艦を降りるというのは前代未聞のはずだ。前例のない事ばかり引き起こしてきたカークだが、流石にそこまで無責任な行動を引き起こすとは考えにくいとは思うのだが……
規則的な歩みは止めることなく、スポックはポケットに入れていた金属片を取り出す。最後にカークを見たラボに落ちていた謎の欠片だ。かなり緻密な構成を目指していたらしいそれは何かの精密部品のようにも思える。休暇中の彼が何故そんな物を必要としたのか、任務外で起きる色恋事に対しては徹底して艦と無関係の立場を貫いてきた彼が何故今回ばかりはそのモットーを翻したのか、理由は分からないままだ。何も知らないクルーの無責任な発言すら一つの可能性として考えねばならぬ程、今のスポックはカークの行動をはかりかねていた。
そもそも、万人をむやみやたらと惹き付けておきながら、カーク本人がその事についてどう考えているのか、スポックは元より理解できなかった。英雄色を好むという地球の慣用句そのままに振る舞う様に見せかけて、その実、彼の恋愛はかなりの確率で実利に基づいていると気づいたのは最近のことだ。コバヤシマルテスト突破のため、当時テスト運営を手伝っていた女性を口説き落とし、彼女の特性を躊躇いなく利用したのはその一端だろう。そう本人に指摘したときは「そこまで冷血な男じゃない」とわざとらしく頬を膨らませていたが、どこまで信用していいものかスポックには全く判断が付かない。そして、カーク自身が『家族』と表現する乗組員達への思慕と、数多の女性達に向ける一種の八方美人的な愛情の差異も、地球人の情緒に疎い彼に理解できなかった。自分本位の理由で安易に女性との関係を清算するように、いつか突然に自分を含むクルー達の目前から消えることはないと、誰が断言できるというのか。

迷いなく目的地を目指しつつも、思考の中では当て所もなくさまよい続けていたスポックの前に、岩で出来たドーム状の一軒家が現れた。酒場で聴いた話ではこの家こそが『最近金髪の地球人が入り浸っている』という未亡人の家らしい。スポックは歩みを止め改めてその家を見回した。脇に抱えたマッコイからの荷が無ければ決してここに来ることは無かっただろう。スポックはまるで緊張しているかのようにその荷を持ち直すと、その建物の扉をたたいた。
「誰だい! 売れる物ならとうに市場に回しただろ!?」
しばらくの沈黙の後、スポックがもう一度扉をたたこうとしたその矢先。鼓膜に響くようなキンキンとした声とともに中から一人の女性が現れた。そう、女性だ。……紛うこと無く。
恒星からの強い光を避けるゆったりとした生地の民族衣装に身を包み、この星の人々の特徴であるその鋼色の瞳は幾重にも年齢を重ねた皺の中から鋭い光を放っている。その光の位置が幾分低くなっているのは、加齢により腰が曲がっているせいだろうか。ずいぶん低い位置で扉に掛けられた手も同様で、その皺の一つ一つが長いこと逞しく働いてきた事を示している。
突然現れた、老婆、というよりほかない女性の姿に、スポックは言葉も無く目を瞬かせる。一方の老婆も、目の前に立つ制服姿の男に鋼色の瞳を大きく見開くと途端に慌て始めた。
「あらまぁ! これはこれは、大変失礼しました。あなた『わくせいれんぽう』ってところからのお客人でしょう? ごめんなさいね、てっきり身内のもんだと思っちゃって! 今すぐ何かご用意いたししますからね!!」
「いや、歓迎はけっこうだ。それよりもここに……
民を挙げて歓迎すべき客人を不躾に扱ってしまったとパニックに陥る老婆に、スポックも戸惑いながら声をかける。困惑する彼らの耳に、轟くような騒音が響いてきたのはその直後のことだ。スポックが外を見れば、地球のバイクに跨がった二人の青年が砂埃を上げてこの家の前に到着したところだった。
「すげぇ! すげぇぇっ! 走った! 本当に、本当に走ったぞ!!」
「だから言っただろ、三日で絶対動くようにするって!」
荷台に腰掛けた民族衣装の青年はバイクが止まるなり興奮したように騒ぎだし、ハンドルを握っていた青年はその様子をみて満足げにゴーグルを外した。現れたのは彼の母星を思わせる碧色の瞳。そこかしこ砂と油に汚れてはいるが間違いなく三日前にラボで出会ったそのままのキャプテン・カーク、その人に違いない。
「何をしているのですか、キャプテン」
荷を抱えたまま、スポックは呆然と彼らに声をかける。そこで初めて彼の姿を視界に留めたらしいカークはその瞳を大きく見開いた。
「スポック?!」