yasaka
2022-11-25 22:22:55
15192文字
Public Star trek
 

【JJST】キャプテンの恋人

STID前のAOS宇宙で、船を下りる度に見境無く恋人を取り替えるキャプテンと、いつか自分達も同じように平然と見捨てられるかもしれないと考える副長の話。メインはSpirkですがドクターが頑張ってます。

November 19, 2016

惑星連邦宇宙艦隊 スターフリート のU.S.S.エンタープライズ号艦長ジェイムズ・T・カークが恋多き男だという評価に異を唱える人物はこの宇宙に存在しないだろう、今まさに彼からの寵愛を受けている恋人以外は……とは誰が言ったか。寄港地に降りればどこからともなく声がかかり、花から花へと渡り歩いていくその様を嫉妬混じりに揶揄する者は後を絶たない。もっとも、話題にされる当の本人に改めるつもりがないようなのでそう囁かれるのは当然といえるだろう。
事実、目を惹く人だ。と地球人の叙情に疎いヴァルカン人でさえも認識せざるを得ぬほどに彼の人は常に他者を惹き付けている。アカデミー時代を知る者達は「あれでもかなり紳士的になった」と嘆息混じりに答えるが、連邦を救う英雄となり、最年少で連邦の最新鋭艦を任されたその後であっても、彼のそういった意味での交友関係は安定した試しがなかった。一歩間違えば大スキャンダルを引き起こし『艦長不適格』の烙印を押されかねないそんな彼の恋愛事情について周囲がある程度寛容に構えている理由はただ一つ「その華々しい関係を任務や艦内に決して持ち込まない」の一点だけは徹底しているためだろう。
それ故に。あの日、地上から戻ってきたばかりの乗組員の噂話を耳にするなり、幼い頃から身につけた感情制御に構わず、スポックはその動揺を露わにするかのように片方の眉を跳ね上げてしまったのだ。
「それがな、今回のキャプテンは相当本気らしいんだ。艦内で合成した貴重な品を贈って、昼夜問わず相手の所に通い詰めてるそうなんだよ。ひょっとすると……このまま艦を捨てちまうかもしれないぞ!」


そこは、地表に降り立つなり乾いた土の独特の香りが鼻腔に広がる砂漠の惑星だった。
遠い過去には青々とした大洋が大半を占めていたというその星に、現在海と呼ばれる区域はほとんど見られない。急激に進んだ砂漠化によりそれまでの海洋交易を主とする生活基盤を失った惑星の人々は、以降星々が広がる漆黒の航路に生きる活路を見いだしたのだという。太古の帆船乗りたちが自在に風を読んだように時勢を読み取り、いかなる勢力にも所属せぬまま時代の荒波を乗り越えてきた逞しき人々、時に『海無き海の民』と呼ばれる独立独歩の通商の民が、突如として惑星連邦への加入を希望してきた。別件の探査途中、そんな歴史的な外交使節として急遽派遣されることになったエンタープライズとその艦長たるカークが未だ戸惑い隠せぬ艦隊司令部から聞かされたのはそんな話だった。

「クリンゴン側が押し付けてくる理不尽な航路封鎖には、正直我慢の限界でしてね」
地球の砂漠地帯でも見られるようなゆったりとした装束を身にまとい、独特の鋼色の瞳を保つ代表は大様に笑いながらそんなことを言った。
「敵の敵が必ずしも味方でありえないことは理解しています。ですが、少なくとも惑星連邦に所属している限り、今まで通りの交易は続けられるでしょう? あの忌々しいクリンゴンの 鳥どもバード・オブ・プレイ から狙われることは変わらないかもしれませんがね」
「ご心配には及びません。連邦に加盟された際には宇宙艦隊 スターフリート が航路の安全確保をお手伝いいたします。当然ながらそちらの交易の自由についても我々連邦は確実に保証しましょう」
要するに「加入してやるから邪魔なクリンゴンのからの盾になれ」とあからさまに言ってみせる相手に、カークは苦笑しつつもそう返してみせた。宇宙に存在する数多の惑星とそこに暮らす種族達が己の持つ物を互いに尊重し欠けた物を相互に補完し合うことで発展することを選んだのが宇宙連邦という集団である以上、いくら即物的な申出であってもその理念に共感してもらえたのであれば断る理由はないというのがカークの信条だ。もっとも、これを機に相手を都合良く利用してやろうというのは彼らだけではない、彼らの持つ交易ネットワークや独自に進化した星間高速艇の造船技術は連邦としても見逃せない『お宝』である。
「連邦を代表する英雄で在らせられる貴方から、そういったお言葉をいただけると大変に心強いですよキャプテン・カーク。すぐにでも連邦加盟のための正式な手続きに入らせましょう」
感謝の言葉を述べるカークに代表は幾重にも重なる顔の皺を深くして雲一つ無い空と乾いた大地が広がる大窓を指し示した。
「遠路遙々おいでいただいたのです、エンタープライズ号乗組員の皆様は総て我々の正式なる客人。どうぞ地表でゆっくりなさってください。我々の星には砂と岩、多少の塩湖ぐらいしか残っては居ませんが、心より歓迎させていただきます」

そういった経緯により、エンタープライズの全乗務員には数日の上陸休暇が与えられた。乾燥気候に耐えられない者や外の狂騒より艦内の安寧を好む者、岩山に降りる為にワザワザ転送機で原子分解されるぐらいなら艦内に留まる方がマシとうそぶく船医、仕事中毒のハーフ・ヴァルカンの副長など……一部宇宙にいるのと変わらぬ休暇を選んだ者もいたようだが、ほとんどの乗員は連邦と全く異なる世界の物珍しさに惹かれ即座に上陸申請を出したらしい。怒涛の勢いで押し寄せた上陸許諾処理を片手間で済ましつつ、カーク自身もさっさと制服ユニフォームを脱いで転送ルームへと足を向けたのだからとやかく言える立場ではない。
「いやぁ、こりゃいいところだ。何が良いって飯も酒もうまい!」
上陸するなり、カークは市場のような活気あふれる区画で数人の現地の人々と陽気にはしゃぐスコットとキーンザーのコンビにかちあった。豪快に具の刺さった串焼きのような一品を囓りつつ、片手に提げた杯の中身は土地の銘酒であるらしい。
「酒もって、この短時間で良く見つけたな」
休暇が始まってまだ小一時間。すっかり出来上がっている機関長の様子にさすがのカークも呆れるしかない。惑星随一の大都市とはいえ、ここは連邦とは全く異なる文化風習が広がる異世界だ。他の多くのクルーたちが、おっかなびっくりの探索を始めている矢先に、彼だけがここまで街に馴染みきっているのはどういうことなのか。
「愛ですよ、キャプテン。私の酒に対する真摯な愛に、銘酒の方からこちらにやってくるんです!」
いぇーい! とスコットが挙げた叫声に、周囲で酒杯を交わしていた民族衣装の集団が同じ叫声を挙げて酒を天に掲げ、一気にそれを煽りはじめる。これはもはや馴染む馴染まないという状況ではない、完全に彼らの一員と化している。
……キーンザー、これ以上彼が羽目外し過ぎないように見張ってやってくれ」
場の数人と肩を組み気持ちよさそうに歌いだしたスコットを横目に、カークは未知の世界へ足を向けた。乗組員全員を客人として歓迎すると言った代表の言葉通り、赤青黄の鮮やかなユニフォームを着たクルー達はどこあっても熱烈に歓迎されているらしい。遠い別の星から渡ってきたという多様な服飾品を友人達と楽しげに見比べているウフーラや、見慣れぬ品を片手に店主からの話に興味深そうに耳を傾けているスールー、際どい衣装を着た地元の美女が舞い踊る大道芸を歓声を上げながら眺めるチェコフといった多くの見知った顔達を横目に、カークは自分はどうしたものかとさらに街の奥へと足を進める。休暇を楽しむクルーへの配慮と住民からの過剰な歓迎を避けるべく一目で彼と解るユニフォームを脱いできたのは正解だったらしい。伝統的な装束の住民が多い中で地球のジャケットとジーパン姿はそこそこ目に付いてはいるようだが、まさかそこに居るのが連邦の英雄「キャプテン・カーク」とだとは思わないようだ。誰一人己を知らぬ未知の街で、久々の自由を謳歌するカークの元へ乾いた惑星の風が吹き込んできた。巻き上げられた砂と誇りにたまらず顔をしかめた彼が感じたのは、ひどく懐かしい、人によっては不快に感じるであろう、ある騒音だった。


山のように積まれたサンプルを一つ一つ分析器にかけていく。そうして出てきた数値を逐一記録し、適切にラベリングを行わなければ探査によって得られた貴重な情報は無為に死蔵されてしまうことだろう。まるでその為だけに組上げられた機械のように、スポックはエンタープライズのラボでその単調な作業に没頭していた。
激務である航宙艦の副長職にありながら科学部門の長としての役割も兼任している以上、彼の双肩には通常の倍の業務量が乗せられている。そんな状況を彼は徹底的な業務の効率化とその超人的な身体能力で乗り切ってきた。しかし、このエンタープライズ特有の事象として、副長が補佐するべきキャプテンが毎度のように最前線に飛び出していくため……副長職としての作業量は彼の処理を超えるほどに肥大し、結果、科学士官としての業務は後回しにせざるを得ない事態が度々起きていたのだ。今回も有能な部下達が分担してある程度は終わらせていたとはいえ、さすがに諸々先送りにしすぎたらしい。感情的な理屈で休暇を渋る彼らに論理的な理由とともに上陸休暇を言い渡し、申し訳なさそうにラボを後にする科学士官達を見送って、さて何時間経っただろうか。ふと我に返ったスポックは無人のはずのラボ内に人の気配を感じて振り返った。
「キャプテン? 何かご用でしょうか」
振り向いた先にいたのは、とっくに惑星に上陸し休暇を楽しんでいるはずのカークだった。私服のジャケット姿なので休暇中であることに違いは無いのだろう。だが、それならば何故こんな所にいるのか。首をかしげるスポックの前で、カークは少しばつが悪そうに頭をかきながら口を開いた。
「いや。君に用事があるわけじゃないんだ……ラボのレプリケーターを借りても良いか?」
「使う分には構いませんが、日用品を生成するのであれば既にパターン登録がなされている自室の装置を使用した方がよろしいのでは?」
「ああ、うん、作りたいのはそういう品物じゃないんだ。プログラムは済んでるから時間は掛からないよ」
ラボに備え付けのレプリケーターは工業用品にも対応した大型だ。完成品の精密さでやや劣るものの、服や日用品、簡単な食品であればスポックが指摘した通り部屋にある小型の物で十分のはず。しかし、カークが作成したい代物はそれではだめだという。休暇中に必要になりそうな品物で、レプリケートに厳密な精密さが要求される条件に当てはまる物などあっただろうか?
キャプテンの不可解な言動を訝しげに思うスポックだったが休暇中の相手に使用目的を問いただすのは、彼にしては珍しく、躊躇われた。ラボの機材を無断で使おうとしていた様子がみられるものの、結果として責任者たる自分の許諾を得ようとしているので手続的な問題もない。しばしの逡巡の後、スポックは手元のコンソールからレプリケーターを起動させた。
「使用方法は一般船室のものとほとんど同じです。疑問があればその時点で質問を」
「ありがとう、助かるよ」
人を惹き付けてやまないあの笑顔を輝かせ、カークは起動したばかりの大型機械に飛びついた。航宙艦のラボで私服の艦長がいそいそと物品形成を行う様は見慣れない光景ではあったが、端に積み重ねられたサンプル達からの無言の催促に追い立てられるようにスポックは再び元の作業へと没頭していった。
やがて、大方のサンプルを片づけたときにカークの姿は既になく。何かを成形し損なったらしい精巧な造りの金属片だけが床に転がっていただけだった。