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黒竹
2022-05-30 22:46:19
21304文字
Public
プロセカ
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#2 UP TO YOU!
【プロセカ】【しほなみ】【MAKE IT REAL】
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今日の体育では、体育祭の出場種目の参考にするために短距離走と持久走のタイムを測ると教師に言われ、志歩は思わず「うわ」と顎を引いた。
なまじ進学校であり、芸能活動をしてる生徒も多かったりするので、校内行事はいつもそれほど盛り上がらない。それが今回に限っては一年生が声を上げて奮闘しているそうなのだ。いきさつをクラスメイトのみのりがまるで見ていたかのような語り口で臨場感たっぷりに教えてくれた。講談を見ているような気分だった。彼女は実行委員ではないはずなのに。
「というわけでやっぱり遥ちゃんは最高なんですよ!」で締められた御高説をほんのり思い出す。生徒だけではなく教師までやる気にさせるとは、桐谷遥恐るべし。
まあ走ること自体はそこまで嫌いではない。体育祭も、まだどんな種目にするのか決まっていないらしいけれど、そうはいっても単なる高校の体育祭だ、それほど突拍子もないことにはなるまい。
昼休みの直前、日直はグラウンドにコースラインを引いておくように、と言われて、みのりと顔を見合わせる。
チャイムが鳴ってからみのりがこちらの席まで尋ねてきた。
「志歩ちゃん、今日はお弁当?」
「学食」
「じゃあわたし、先に倉庫からライン引き持ってきておくね」
教室でこのままお弁当を食べるから、と申し出てくれたみのりの厚意を受け取り、学食へ向かう。とはいえ自分はのんびり昼食をとってみのりに任せきりというわけにもいかない。
足早に学食へ向かい、ラーメンを注文する。好物でもあるし、急いでいる時にも便利だ。
教室に戻って体操着に着替え、グラウンドに向かっていると、途中で咲希と出くわした。向こうもこちらを見つけて「あ」と声を上げる。
「しほちゃん、しずく先輩が探してたよ。今日は学食だから一緒にお昼食べたいんだって」
「もう食べたし、食べてなくてもお姉ちゃんと一緒には食べない」
つっけんどんな口調で言い返すと咲希が少し困ったように笑った。
「あはは〜、相変わらず冷たいんだ。もうちょっと優しくしなよー」
「必要ない。ただでさえ家でもずっとくっつかれてるのに」
「ふぅん。でもちょっと意外だよね、しほちゃんがしずく先輩にそんなふうなの」
「なにが?」
咲希は人差し指を唇に当てながら、なんでもないことのように言う。
「だってしずく先輩、ほなちゃんとタイプ似てるじゃん」
「はあ?」
思わず眉と語尾が上がった。彼女が何を言っているのか分からない。
「全然似てない。穂波はあそこまで間が抜けてないし、方向音痴でもないし、変にベタベタしてこないし。第一、なんでそこで穂波が出てくるの」
関係ないでしょ、と肩を怒らせると、咲希は一瞬だけこちらを凝視して、それから「そうだねえ」とどこか間延びした独特な相槌を打った。
妙なことを言わないでほしい。できる限り避けて通りたい姉と、これから一緒にバンドをやっていこうという幼なじみではまったく違う。
咲希は乾いた笑いをこぼしながら、両手を胸まで上げて志歩を抑えにかかる。
「ほら、ふたりともちょっとおっとりさんで、癒やし系って感じじゃない?」
「それはまあ、そうかもしれないけど。でも穂波のほうが」
言い募ろうとした言葉に自分で驚いて咄嗟に口をつぐんだ。
「ほなちゃんのほうが?」
「
……
なんでもない」
違う、ちょっと言葉を間違えそうになった。タイプの、タイプの話だ。姉が世間的にそうそういないくらい整った顔立ちをしていることは認めるし、モデル仕事もしていたくらいだから、そう、綺麗、だとは思う。
だからそういう話なのだ。タイプが違うということを言いたかった。危ない、口下手が思わぬ事故を生むところだった。
何を口走ろうとしていたのだろう。
「と、とにかくもう行くから。みのりを待たせてるし」
「あ、うん」
咲希と別れてグラウンドへ走る。急に走ったから心臓が痛い。鼓動が早鐘のようで呼吸がしにくい。
馬鹿馬鹿しい。何を考えたんだろう。
穂波のほうが、可愛い。
違う、ただの言い間違いだ。言葉選びを間違えた。言う前に気づいてよかった。
足を止めて周りを見回すがみのりの姿はない。グラウンドにもラインが引かれていないし、倉庫でまだ探しているんだろうか。
なにをしているんだろう、もうすぐ予鈴が鳴ってしまう。志歩は呼吸を整えてから体育倉庫へ足を伸ばした。
倉庫のドアが開いている。隙間から白い影が見える。体操着姿のみのりだ。なぜかその場に佇んだまま動かないでいる。
不審に思いながらドアに手をかけて、中に顔を突っ込んだ。
「みのり? いつまでライン引き探して──」
一瞬、時間とか空気とかが止まった気がした。
クラスメイトはひとりではなかった。なぜか倉庫の壁を向いている制服の少女。知っている相手だ。というか、この学校の生徒で知らない者はいないだろう。いろいろな意味で。志歩ともなかなか因縁浅からぬ少女である。
桐谷遥。
が、花里みのりに背後から抱きつかれていた。
あっ、はい。
「
……
お邪魔しました」
無表情で踵を返すと、「待って違うの志歩ちゃん! ただお話を! してただけで!!」慌てた様子でみのりが追いすがってくる。言い訳など無用である。このふたりがそういうことに(それはまあまあ複雑な『そういうこと』だったけれど)なっているのはよく知っているし、別に邪魔するつもりもない。どちらに対しても。
背中に貼りつかれてさすがに足を止める。遥もドアの脇でどうしたものか、という風情で佇んでいる。
みのりがなにやかにやと弁明しているけれど、まあ志歩としては半分くらいは冗談だった。もう半分は本気だった。つまり、桐谷遥への謝罪だ。
あんな顔を見せられては、お邪魔しましたと言うしかない。
──みのりのこと、本気で好きなんだな。
それは「雪が降っているな」とか「風が強いな」とか「夜は寒いな」とか、そういうのと同じ印象としての感想だった。
──あーあ。
己の内側に湧き出たものを静かに眺める。甘い果実とシナモンとバターの香りが鼻孔をくすぐる。パイ生地を犬歯で噛み切って、ホロホロくずれる生地のかけらを口の中いっぱいに散らす。甘くて、ねとついていて、少し刺激的だ。
そういうものと、桐谷遥の顔はよく似ていた。
少しだけ苛々する。
「ごめんね日野森さん。私がみのりを引き止めちゃってて」
「
……
ううん。体育の時間にはまだ間に合うから」
倉庫の隅にあったラインカーを引っ張り出してみのりに一台押し付ける。「ほら行くよ」「う、うん」みのりと連れ立ってグラウンドに戻る間、ずっと苛々していた。まるで嫉妬みたいだと自分でも思って、それがあまりにも的はずれだったから笑えもしなかった。
桐谷遥はあの顔ができるのだ。信じ切って、疑いもしない顔。それはそうだろう。傍で見ているだけで分かる。
「みのり、桐谷さんのこと好き?」
「え? うん、大好き!」
ほら、「どうしてそんなこと聞くの?」なんて尋ねもしない。当たり前の顔で、当たり前のように答えるその純粋。分かってしまうから苛々する。
花里みのりは、桐谷遥を裏切らない。
想いの種類がなんであれ、遥のことしか見えていないし、遥から離れるなんて思いつきもしない。何よりも大事だと迷いもせず言えるその強さ。
嫉妬ではなくて。羨ましいのだ。桐谷遥が。それだけの純粋を手に入れている彼女が。
身体の中で音楽が鳴っている。りんごが焦げついた甘くて苦い音がする。燃え盛る火に放り込めばいっそ一瞬で黒焦げになって消し炭になるだろうに、くすぶる熾火の中に置かれてしまうから、どこかが甘くてどこかが苦い、中途半端な音ばかり鳴る。
ため息にも似ていた。
ひとりが好きで、好きなことができないならひとりで良くて、ひとりじゃない今は四人が良くて、四人が良いのだとみんな思っている。
それが本当なのかどうか、誰も確かめもしないで。
──あーあ。そっか。
うっすらと感じてはいたが、こんなところで自覚することになるとは思わなかった。
好きなことができないならひとりのほうがマシだと思っていた。
身体が奏でている音楽は、子供が泣き叫んでいるような不協和音だった。
──これが、私の
音楽
きもち
か。
ひどく
……
ひどく、耳障りなそれ。
身体の音を校舎から届いた予鈴がかき消してくれて、ようやく志歩は息をつけた。
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