30分経過すると、私ははっと意識を取り戻した。
AIアナウンスが「お疲れ様でした、治療が終了しました」と言う。
30分という空白で、どういう治療をしているかなどは、国家機密レベルなので審神者の私にはもちろん教えてくれるわけがない。
ただ、気がついたら怪我や病気が治っている。
いつも感じる空洞のような、ぽっかり穴が空いた感覚。
まるで、記憶の断片がどこかに持って行かれたかのような感じだ。
私がなかなかこの場所に訪れないのは、この感覚がどうも好きじゃないからだ。
何か大事な何かを忘れているんじゃないかといつも脳内をフル回転し、確認する。
今回も特に異常ないようだ。
ただ、身体がすこぶる元気だ。疲労も目に見えて回復している感覚があった。
「ありがとう」
「お大事に」
AIにお礼をいうと、AIも返してくれる。
私は笑顔を作りつつ、少し早足で何かを求めるかのように部屋を立ち去った。
シャーという扉の音が聞こえ、くぐり抜けると待合場にある椅子に、長義が座って待っていた。
ただ座っていただけではなく、施設にある本を読んでいるのだろうか、医療関係の見出しがびっしり出ている雑誌を読んでいた。
(長義って、何をやっても絵になるよね)
そんな彼を離れたところで見ていると、少しずつ気持ちが落ち着いてきたのを感じた。
何を求めてあの場を去っていたのか分からなかったけど、今分かった。
長義の顔が見たかったからだ。
私が彼の前に歩いて行くと、彼は気がついて雑誌からこちらに顔を上げた。
「おかえり、主」
「ただいま」
そう言って私は座っていた長義を思わず抱きしめた。
彼は驚いて「急にどうしたんだ!?」といいつつも、抱きしめ返した。
「安心した」
「どういうことかな?」
「ううん、何でもない。これで、『主』の体調は万全でしょ?」
「
……そうだね、霊気も良くなってる」
私が抱きしめる手を緩めると、彼もまた手を離した。
私をしばらく見てはこくりと頷いた。彼から見ても私の体調は良くなったようだ。
私は最後の受付が終わると、私たちは医療施設を離れ、政府機関の総合案内所に向かっていた。
長義が先に歩いていて、それに続く感じで私が歩いた。
「さて、そろそろ本丸に帰還しようか」
「これから何か用事ある?」
「いや、特には何もないが?」
私は無性に誰かと交流がしたいと思っていた。
人恋しいといえばいいのだろうか。まだ意識が覚醒していない。
いや、正確には覚醒しているが、30分間の空白を何かで埋めたいのだ。
本当は安静にして本丸に戻った方がいいのだが、戻ればまた仕事が待っている。
仕事じゃなくて別の何かで埋めたかった。
「なら、ちょっと付き合ってほしいな」
「買い出しでも行くのか?」
「買い出しでもいいし、ただ散歩するだけでもいいんだけど」
「駄目かな?」と尋ねてみると、彼は何か考えている素振りを見せている。
どういう意図があって誘っているのか探っているのだろう。
主従関係としてか、プライベートとしてか、とか。
彼は次第に「構わないよ。どこに行きたい?」と了承してくれた。
「だが、一つ聞きたいことがある」
「なに?」
「治療した後から君の様子がおかしいなと思ってね。君は普段そんなに積極的な子ではないだろう?あの部屋で何かされたのか?」
「いや、ただ治療を受けただけだよ。例えていうなら、『薬』のようなものといえばいいかな。薬って目的の治療は果たしてくれるけど、『副作用』があるというじゃない?多分、副作用が回ってるんだなと思う」
「どんな副作用かな?」
「他の人はどうか分からない。あくまで私個人のことだけど、30分の空いた空間が異様なんだ。ぽっかり穴が空いた感じ。治療を受けたら、何か楽しいこととかで埋めたいんだよ」
このことは誰にも言ったことがないので、言葉が通じているのか分からない。
緊張しているのか、次第に喉がカラカラになって、声が出づらくなってきた。
「今までは一人で行ってたけど、やっぱりこの感覚は好きじゃない。だからよっぽどのことがない限り利用しないんだけど」
「その『30分の空白』を俺が埋めてほしい、と?」
「そう、なるかな。
……うーん、やっぱりおかしいよね。ごめん、やっぱり本丸に帰ろうか」
最後は笑いながらそう言って本丸へのゲートへ向かおうとするが、手が伸びてきてその先に進めなかった。
長義が手を握ったからだ。驚いて振り返った。
「いいよ、俺がその空白を埋めてやる」
「長義」
「むしろ光栄だね。このことは誰にでも言ったのか?」
「ううん、初めて。多分『何言ってんだこいつ』って言われるんだろうなって思ってずっと黙ってた」
「ならなおさら、主の誘いを断るわけにはいかないね」
そう言って、手を引かれる。
突然のことで足を踏ん張れなくなってそのまま長義の方へ倒れていく。
それを彼が優しく抱き留めてくれた。
「何も主だけじゃない。待合で待っていた俺も、ずっと寂しかったからな」
「長義」
「むしろ、これから出かけようか」
「え、仕事は
――」
「今日が締め切りの仕事はもう終わらせたって臨時の近侍殿から連絡が来ていたよ。ならたまには外で遊ぶのも有意義な時間じゃないかな」
「
……うん、ありがとう」
私たちは小さな休息をしにいくことになった。
万屋で買い物したり、お茶を飲んだり、ずっと忘れていた感覚を取り戻していた。
むしろ『30分の空白』以上に長義から楽しい時間をもらった。
私にとっての薬は、彼との時間を過ごすこと
――なのかもしれない。
「空白」 完
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