【昼の部】君は最高で特別なぼくのライバル

【ドッジ弾子】で二階堂平子×一撃弾子
弾子ちゃんが平子様のお家にお呼ばれする話。

その日、二階堂平子は心を躍らせに踊らせまくっていた。
住み慣れた我が家。ありきたりで何てことのない普通がたった一つの存在で特別に変わる。
「わーっ! 平子の家ひっろーい!」
「(この日をどれほど待ち侘びていたことか……!!)」
炎の如き赤髪のサイドに飴玉のようなヘアゴムで結ばれたおさげが終始ご機嫌に跳ねる様子はどれだけはしゃいでいるかが如実に伝わってくる。
少女らしいパーカースカートを身に纏い大きな瞳を輝かせ広大な平子宅を駆け回る一撃弾子。生憎美術的審美眼を持ち合わせていないが、おすまし顔で置かれている調度品の数々を見ては子供らしい感嘆の溜息を吐き、触って壊さないよう色んな角度から眺める姿は実に微笑ましい。
ピカピカに磨かれた壺に映る逆さまになった自分の顔。誰が描いたよく分からない絵画。廊下端にずらりと並ぶ甲冑。忙しなく近付いては眺め、また次へと動き回る弾子の後ろを平子は自身の身体を掻き抱き荒くなった息を隠さず付いて回る。
まさに興奮冷めやらぬ状態だが、それでも弾子に「これなーに?」と問われれば「それはね弾子くん……」と律儀に答えてはいた。
昂る気持ちを抑えられない平子は終始弾子へ熱っぽい視線を送り続け、ゾクゾクする感覚が一向に止まらない。
「(今日は弾子くんと二人っきり! はやく心置きなく──ッ)」
平子は根回しに根回しを重ね、ようやく弾子だけを家に招待するまでこぎ着けたのだ。誰一人邪魔をさせない、させる気なんて毛頭ない。知らず口端から溢れていた涎を拭った平子は、あれだけ動き回っていたにもかかわらずピタリと止まった弾子の背中に辛抱たまらず手を伸ばし始めた。
「この人、平子の父ちゃん?」
無垢な疑問の声と指さした先にある大きな絵画。そこには幼き日の平子とその父親である大河が彼女を抱き抱えている姿が描かれていた。
楽しそうに笑う平子を見詰める大河の眼差しは朗らかで、二人の間に満ちる幸せな雰囲気に弾子も屈託のない笑みを浮かべている。
「ああ。ぼく自慢のパパさ」
身を包んでいた高揚感が波のように引いていき、心にしまっていた宝箱の蓋を開け懐かしむ平子の穏やかで端麗な表情は一枚の絵画そのものだった。そんな平子を見ていた弾子が数歩下がって彼女の隣に来るなり自身も同じように昔の記憶の扉を開け懐かしんだ。
大好きな父親と一緒に大好きになったドッジをしていた日々。短くも掛け替えのない思い出のページが捲られるたび、弾子は強く疼きだした気持ちを抑えられずにいた。
「平子──、ドッジやろう!」
「その言葉を待っていたよ! 弾子くん!」
そして、それは平子も同じだったらしく先程までの落ち着いていた雰囲気は何処へやら。頬を上気させ息を弾ませてたまま、弾子の手を取り意気揚々と駆け出した。弾子の闘志を宿し輝く瞳のなんと美しいことか。どんな高価で珍しい美術品でも敵わない霞んでしまう魅力的な無垢で強い眼差しに平子の背中がゾクリと粟立つ。
握った手を離さず、全力で駆ける平子に引っ張られるどころか並走しだす弾子の顔はとても楽しげであった。

「まず手始めに乗馬ドッジだ!」
「うわ~っ! お馬さんがいっぱいいる!」
「次! 激流の中でのドッジ!」
「すごい! プールがまるで荒れ狂う海みたい!」
「それから……
「ひゃあ~……

──────
────
──

体力がすっからかんになるまで心置きなく多種多様なドッジをした弾子と平子。息も絶え絶え満身創痍で大の字に倒れながらもその顔はこれ以上ないほど充足感に溢れていた。
「全力でドッジやるの楽しー……
満面の笑みで夕焼けに染まった空に向かって言う弾子に平子が頷く。
「全くだ。君とのドッジはいつもぼくを楽しませてくれる」
火照った体を撫でていく風の心地よさ。遠くに聞こえるカラスの鳴き声に弾子が思ったままを口にする。
「そろそろ帰らなきゃ」
まだまだ一緒にドッジをやりたいが家に帰る時間が迫ってきている。そんなちょっとばかし寂しそうな気持ちになっている弾子を察した平子は勢いよく上半身を起こし矢継ぎ早に捲し立てた。
「もし良かったら今日はぼくの家に泊まるといい! いや泊っていった方がいい! もうこんな時間だ! 君の家の人に”今日は宿命のライバルである平子の家に泊っていくよ”と電話をかけたまえ! とびっきり豪勢な夕食を君のためにすでに用意してある! さあ!! さあ!!!」
「う、うん」
いつの間にか見下ろしてきている平子に押された弾子は思わず了承してしまった瞬間、終始息を潜めていたが沸き立つ嫉妬から爪を噛みながら繊細な模様が描かれたアンティーク調の電話を五十嵐がススっと持ってきたのだった。
はじめからこうなる事を見越していたような準備の良さ。だが、そんな事とはつゆ知らず弾子は自宅に今日泊っていく旨を電話し、その光景を平子は満足げに眺めていた。
……うん、分かった。じゃあ切るね。泊っていっていいって」
「よし」
受話器を下ろした弾子の言葉を聞くなり平子が指を鳴らす。すると、恭しく電話を回収した五十嵐が途轍もない妬みの視線で弾子を一瞥した後また姿を消してしまった。
「まずは夕食前に汗を流そうじゃないか。──ぼく専用のバスルームで一緒に」
「平子専用?」
きょとんとしている弾子の手を優しくされど、しっかり掴んだ平子が彼女と共に腰を上げる。自分より背の低い彼女の見上げる屈託のない眼差しに思わず手を強く握りたく気持ちを諫め平子は手を離した。
「そうさ。弾平さまの立派なお墓を望める最高のバスルーム」
如何に素晴らしいか説明する平子の隣を歩く弾子が感嘆の声を漏らす。自慢げに語る平子は何処までも楽し気で、それを見ているだけで弾子の心もなんだかぽかぽかしてきた。
でも、何故ぽかぽかになるのか理由は分からず。それを気にも留めない弾子は平子自慢のバスルームに着いた途端、泡のように弾け消えてしまったのだった。
「父ちゃんのお墓が見える!」
なめらかな泡がもこもこ浮かぶ猫足のバスタブ。薄暗いバスルームにま香り高いアロマが漂い品の良さを感じさせるが、遮るものが一切ない映画のスクリーン並みな大きな窓ガラスの先に聳え立つ一撃弾平の墓石を見ては年相応にはしゃぐ弾子の姿を平子は目に焼き付けていた。
「気に入ったかい弾子くん」
「うん! お風呂から父ちゃんのお墓が見えるのいいね!」
バスタブの縁に両手を置き平子に振り返る弾子は白い歯を見せて笑う。その純真さからバスタブに背を預けていた平子が静かに身を起こす。白く泡立った泡を掻き分け素肌が触れ合うギリギリまで弾子に近付き見下ろした。
……平子?」
影を従え見下ろす平子の表情は真剣そのもの。やんわり赤らめた頬はお湯で血行が良くなった所為なのかは定かではない。バスタブの縁を掴んでいる弾子の小さな手の上に平子のすらりと長いモデル染みた手が重なる。
「弾子くん」
緩慢な動きで顔を近付けてくる平子をじっと見詰めていた弾子は不意に鼻がむずむずとしだし、ついには我慢できずくしゃみをしてしまった。
垂れてしまった鼻水をズズっと啜る弾子の姿に平子は目を白黒させ、フッと表情を和らげた。
「そろそろ出ようか。夕飯の準備も終わっている頃だろう」
近付けていた距離を戻し、泡に塗れた裸体を惜しげもなく晒し立ち上がる平子に合わせ弾子も一緒に立ちあがったのだった。

風呂上りに用意された豪勢な夕食。見るのも食べるのもはじめてな料理の数々に弾子は目を輝かせ舌鼓をして美味しく全部平らげた。決して上品とは云えない弾子の食事風景。それ眺め食事をする平子の所作が美しい故に際立ってしまうが、誰も彼も豪快に食べる彼女を注意する者はいない。否、一瞬でも口出ししてはならぬ。そんな弾子以外にしか分からない緊張感が満ち満ちていた。
「ふぅ~。お腹いっぱい、けぷっ」
満足げにお腹を擦る姿もそうだが、平子は弾子が今着ているネグリジェの見ては一人悦に酔いしれている。
「(思っていた通りサイズはぴったりだ)」
身長体重スリーサイズにまで秘密裏に網羅。
そして、この日のために用意したと言っても過言ではない弾子の燃える髪色に合わせた淡い色合いのマリアージュっぷりに平子は自身の豊満な胸を掻き抱いた。
「このパジャマすべすべして気持ちいい~」
無邪気に肌触りの良いネグリジェに頬ずりしている弾子は自分の前を歩き盗み見しつつ息を荒げている平子に気付かない気付いていない。
しばらく長い廊下を歩いた先、平子が細かな模様が刻まれた大扉を開け放つ。シックに纏められた家具に囲まれた広々とした部屋。その部屋の中で一際目立つ天蓋付ベッドが弾子を出迎えた。
「わあーっ! お姫様みたい!」
扉前でぴょんぴょん跳ねたあと、天蓋付ベッドに駆け寄り勢いよく弾子がダイブする。柔らかで丈夫なスプリングが弾子の小さな体を跳ねさせ落ち着く頃には扉を閉めた平子がベッド脇まで歩いて来ていた。
「ふかふかだあ。しかも、転がっても落ちないくらいおっきいー」
「よく眠れそうかい?」
「うん! あれ? 平子の寝る部屋は?」
「ぼくもここだよ」
「?」
「ここはぼくの部屋だからね」
「じゃあ、ぼくはどこで寝ればいいの?」
「君も一緒にぼくのベッドで寝ればいい。なにせ二人揃っても余るくらい大きいからね」
「──そっかあ!」
素直で無垢、何も疑わない弾子。平子が体を戦慄かせ四つん這いで近付きベッドに潜り込むよう促せば、彼女は何の迷いなぞ抱かず殊更楽しそうにその身を横たえさせた。
ネグリジェと同じくらい肌触りの良いシーツに包まれる心地よさ。体中でそれを表す落ち着きの無さ。自分の部屋ではない、自分がいつも寝ている布団ではない。適度に沈み受け止める柔らかさが弾子の心を弾ませ続ける。
「お泊り楽しいっ!」
裏表のない弾子の言葉が平子の心を掴んで離さない。可能であれば語り明かしたい気持ちもある。だが、明日朝早くドッジをやろうと平子が誘えば、弾子は二つ返事で返したかと思えば数秒で寝入ってしまった。
寝つきがいいというレベルではない。そんな弾子に再び平子は目を白黒させたが、すぐさま彼女が完全に意識を沈ませ夢の国へ旅立っているのを確認後、細心の注意を払い寝入っている弾子に身を寄せた。
仰向けで寝ている弾子を上半身だけを起こして見下ろす平子の眼差しは何処までも熱っぽい。寝息はおろか、ふるり揺れる睫毛の動きが見えるほど顔を寄せた平子の顰めた吐息が丸い彼女の頬を撫でる。
「(嗚呼、なんて魅力的なんだ弾子くん。もっとその熱い闘志が宿り心震わせる眼差しでぼくを見て、もっとその小さくも力強い耳当たりの良い声を発する唇でぼくを呼んでくれたまえ)」
平子がサイドアップが解かれた丸いシルエットの弾子の頭を撫ぜ髪の毛越しに額に口付けを落とす。
ひとつ落とせば心が満たされ飢える。次に瞼に隠れてしまっている瞳の上に柔く口付けを落とし、穏やかな寝息を漏らす愛らしい唇──、ではなくふっくらとした柔い頬に口付けを落とした。
「ん~っ……むにゃむにゃ」
流石の違和感に反応したのか。覚醒せず弾子が寝返りを打った。
「──大胆だね君は」
平子が寝ている側に横向きで寝返った弾子はあろうことかその豊満な胸に自ら顔を摺り寄せる。沸き立つ衝動に身を委ねた平子は弾子の背中に腕を回し赤く燃え盛る髪に顔を埋め大きく吸い込んだ。
普段自分が使用しているシャンプーに紛れ香る異なる匂い。落ち着く事なんか出来ない抗いがたい匂いの正体は分かり切っている。
「(弾子くんの香り……)」
荒い息遣いの代わりに弾子の旋毛に唇を寄せる。ちゅっちゅと音を立て身を蝕む興奮から平子は長い足を弾子の小さな体に巻き付かせ、自身の胸に押し込めるよう強く彼女の頭を引き寄せた。
結果、柔らかな乳に挟まれ息苦しくなったようで身動ぎ唸る弾子から平子はパッと彼女の頭を開放した。
「むぅ~……すよすよ」
少々顔を渋めたものの覚醒には至らず再び弾子は夢の中。そんな彼女の様子を見て胸を撫で下ろしたが、未だ興奮が冷めることのない平子は目を細め、また額、瞼、頬と口付けを落とし始めた。溢れ止まらない好意の感情。丸く形の良い頭を撫で髪を手で梳き、一定の間隔で寝ている者にキスをくり返す。
「(君は鼻の形も素敵だ)」
端的に言えば平子は調子に乗っていた。乗っていたが為、完全に寝ていると思っていて疑わなかった弾子の鼻先に唇を寄せ、可愛らしいリップ音と共に離れた瞬間、眠たげであるが弾子と目が合い心臓が大きく鼓動を打ち鳴らしたのだった。
「ぺいこ、なにしてんの……? ちゅう……?」
「え、いや……これは……
珍しく慌てふためく平子を眠たげに目を擦り見詰める弾子。うつらうつらと閉じては半分まで開く瞼はとことん重い。それでも平子からの言葉を健気に待つ弾子の姿に彼女は焦り、今し方していた行為を誤魔化すべくありそうでないような事を口走ってしまった。
「これは、そう挨拶! 外国式おやすみの挨拶さっ!」
「おや、すみの……?」
「そう!!」
殆ど眠りに落ちかけている弾子は小さく「そうなんだ」と呟いたかと思えば、平子の唇に自分の唇を触れ合わせていた。短く重なった時間は弾子にとっては文字通り短く、平子にとっては何が起こったのか理解する前に終わってしまっていた。
二人の顔がぼやけず見える距離まで離れた弾子はふんわり笑い。
「おやすみ、平子」
一緒のベッドにいる平子に挨拶を述べ、降りてくる瞼を持ち上げず眠りについた。
寝息を立て始めた弾子の唇を見遣ってから、平子は自身の唇を指先でなぞる。淡く微かに残る感触に心臓が五月蠅く鳴るどころか徐々に落ち着いていき、最後は参ったと云わんばかりに形の良い眉尻を下げた。
「君には敵わないな」
弾子に掛布団を掛け直した平子は、今一度だけ彼女の柔らかな頬を撫で重くなり始めた瞼を閉じたのだった。