【フィル風】シロツメクサの指輪

神殺未遂if時空で🚀☄️なお話。


終礼のチャイムが鳴ると同時に教室内が大いに盛り上がる。賑やかで微笑ましいものを見詰める教師の眼差しは優しく、それでいて廊下を走らないと注意もした。快活な声がそこかしこから聞こえ、小学校の校門が帰っていく児童たちの背中を静かに見送り続けた。
慣れ始めた日常風景はフィルの心を豊かにしていった。沢山出来た友達と一緒に授業を受け、遊んで、大好きな母親が待つ家に帰る。美味しい夕食を食べながら日々新しいものに触れ発見した事を母親に伝えれば溢れんばかりの笑顔で応えてくれる。

「ばいばーい」
「ばいばい」
途中まで帰り道が一緒の友達と別れ一人下校するフィルは見知った人影を通学路で見つけた。
無意識に駆け足になり、どんどん人影が大きくなるに連れ速度が上がる。見知った人影は近付くフィルに終始笑顔を向け続けていた。
「風子お姉ちゃん」
「フィルくん久しぶり! 学校楽しい?」
「うん、楽しい。お姉ちゃんは何でここにいるの」
「こっちに用事があって近くに来たからフィルくんとお話したくて会いに来ちゃった」
……すぐそこに公園あるから座って話そう」
相変わらず無表情であったが、手袋に包まれていない風子の手を掴み公園へ連れていくフィルはとても嬉しそうだった。

否定能力が無くなり、理とUMA、そして神々が変わらず存在する世界は風子が願ったものだ。
加え今までのループでしていた否定者とUMAの不毛な争いを一切起こさせない、人間とUMAが共に暮らすのを前提に言えば神々はそんな事で良いのかと肩透かしを食らっていたようだが、約束は約束だと風子の願いを叶えたのだった。

夏の季節が近い日差しを和らげる木陰の下。並んでベンチに座る二人は他愛のない話に花を咲かせる。
特に風子はフィルが再び話せるようになったのと、学校に通って友達も沢山できたという彼の話を聞いて心から喜んだ。
まるで自分の事のように嬉しがって喜び笑う風子の顔を見詰めていたフィルはずっと宇宙空間で出会った頃から静かな心の奥底でゆっくりと時間をかけ大きくなり灯り続けていた感情を言葉に綴る。

「風子お姉ちゃん、ボクのお嫁さんになって」

はじめは感謝の気持ちだった、それが違う色が産まれ混ざりあい、再び感情を取り戻した際それははっきりと色を成した。
フィル自身風子の想い人の存在は知っている。だが、彼は知っているけどそれを諦める理由にしたくなかった。
もう直接触れ合っても不運が来ない風子の膝の上に置かれた彼女の手を握ったフィルは大きな瞳で見つめ続ける。
その真っすぐ過ぎる眼差しと想いに風子はかなり吃驚したが、困ったようにされど幸せそうに笑い返事を返した。

「ごめんねフィルくん。私、お嫁さんになりたい人別にいるんだ」

完全にフラれた事は分かっているが、それでもフィルは決して引かなかった。
「こういう時、大きくなって覚えていたらねって言うんじゃないの」
「え!? ま、まあそういうのが多いのかな? うーん……?」
愛読書の≪君に伝われ≫にそのような話があったようなそうじゃないような。
記憶の箪笥を引っ切り無しに開けまくり首を傾げ云々唸っている風子の手を取ってフィルは軽やかな動きでベンチから降りた。
「今から結婚しよう」
「今から!?!?」
突拍子のない展開に目を白黒させる風子の手を引っ張るフィルの小さい手。戸惑いはすれど手を振り解かず付いて来てくれるのを確認したフィルは自身の秘密基地的な場所へと連れて行った。



丸く愛らしい白色の花がぽこぽこ揺れる一面のクローバー畑。その真ん中に佇む巨木の根元に出来た虚の中には色々なガラクタ達が詰め込まれ、そこから引っ張り出された色々な物達がテキパキと並べられていき、即席手作り結婚式場完成した。
「(いいよね、こういう秘密基地っての。憧れてたなぁ)」
可愛らしく並び置かれたパンパンダのぬいぐるみたちは招待客だろうか。気付けばテーブル代わりに置かれた段ボールの上にはお菓子やジュースが鎮座し、新郎の席にフィルが新婦の席に風子が其々腰を下ろした。
実に子供らしさが溢れる結婚式”ごっこ”に終始風子は微笑ましく思い顔を綻ばせていたら、徐にフィルがランドセルの中を漁り一枚の紙を彼女の前に差し出した。
「お姉ちゃんこれに記入して」
「おっと? いきなり本格的なものが出てきたぞ?」
ずいっと出された婚姻届。しかも夫の欄は記入済みである。
「書いて」
「これはちょっと……
「書いて」
「(うーん、これ私記入して何かしらの罪に問われたりしないかなぁ。フィルくん流石に出しに行かないよね? でも、出しても役所の人が多分受け取らないから大丈夫、かな?)」
結局押されに押された風子は妻の欄を記入して渡してしまった。
自分と違う筆跡。風子が書いた文字で空欄が無くなった婚姻届を受け取り見下ろすフィルはくしゃっとならぬよう気を付けて抱き締めてから婚姻届を丁寧にランドセルに戻した。
これで終わりかな。そう思っていた風子だったが、フィルが心地よい風に吹かれ揺れているクローバー畑に向かいしゃがみ込んだと思いきや少し経って戻ってきた。
「風子お姉ちゃん、左手出して」
「こう?」
フィルに言われ風子は左手を彼の前に差し出した。鍛えられたされど女性らしい手のひらが天を仰いでいたので、フィルは恭しく風子の左手を掴みひっくり返し、その薬指にシロツメクサで出来た指輪を嵌めた。
一輪で作られているので白い花がさながら大きな宝石な見栄えに風子は感嘆の溜息を零す。そのちょっとばかり本格的で愛らしい出来の微笑ましさ。
柔和に笑う風子は自身の薬指に嵌められたシロツメクサの指輪を翳して心に生まれた想いを言葉に変える。
「可愛い~」
暢気に言っている風子に、今度はフィルが自分に嵌めてと彼女に同じシロツメクサの指輪を渡した。フィルの小さな手から指輪を受け取った風子は先程彼にしてもらったのと同じように、差し出された左手を恭しく取りその薬指に指輪を嵌めた。
するりと薬指に指輪が嵌められていく光景を眺めるフィルの大きな瞳はとても嬉しそうで、風子の胸の内がほっこりと温まった。お揃いの白いお花の指輪、手作りの結婚式会場。ちょっと本格的なものが混ざったりしたが実に結婚式”ごっこ”らしい雰囲気に風子は終始笑みを浮かべていたが、次のフィルの言葉で少々固まった。
「あとは誓いのキス」
あまりにも淡々という変声期前の澄んだフィルの声が若々しい緑と淡い花の香りを連れた風と共に風子の黒髪を撫でていく。
正直一瞬キスというフレーズでドキっとした。ドキっとした風子だったが、落ち着かせずっと見つめ続けているフィルの頬にキスをした。軽く唇を触れさせるだけの優しいキスには親愛の意味以外宿ってはいない。
無自覚の内に閉じていた瞼をフィルから離れるのに合わせ開けた風子の眼差しは慈しみに満ち、彼の頬に沿って添えられていた彼女の手もまた慈愛に満ち溢れていた。
そうこれは子供の本気に付き合い大人らしい態度で返した。ただそれだけのこと。風子にとってフィルの気持ちを最大限にまで汲み取るも決して本気ではない、そんな優しくて残酷な行為。
だが、ふわりフィルの頬から唇を離し始めた風子の柔らかな頬を彼の小さな両手が捕まえ包み込んだ。
周囲に広がるクローバー畑より鮮やかなフィルの瞳に映り込む風子の表情は微かばかりの疑問を抱く暇すら与えてもらえず、ただただ距離が近付き無くなった事を何処か頭の隅で漠然と感じたのだった。
風子は自身の唇にフィルの唇が重なっている感触に目を瞠り、逆にフィルは唇同士が触れ合う柔らかさに大きな目を伏せ感じていた。
明らかに風子がフィルの頬にしていた時間より長いキスは可愛らしいリップ音と一緒に終わりを告げる。
「風子お姉ちゃん、誓いのキスは口同士でやるんだよ」
抑揚のないされど、風子に語り掛けるフィルは何処か得意げで。やにわ口同士のキスをされて思考が追っつかずフリーズを風子は起こす。驚きも、戸惑いも、照れや恥じらいすらも、まだ小さく燻っているだけ。
そんな風子を見詰めていたフィルが本当に本当に薄っすらと笑みを浮かべ彼女の首元に腕を回し抱き着いた。
「ボクのお嫁さん」
頬擦りするフィルの頬の感覚を何処か他人事のように風子は感じ、その後どうやって帰ったかの記憶は見事に吹っ飛び覚えていない。ただただフィルくんと結婚式を挙げてしまったという事だけじんわり残ったという。




心此処に在らずな状態で夕食を食べる風子に同居人であるアンディの片眉が大仰に上げられた。
目線は常時遠くの何かを見詰めており、無心でぱくぱくと箸を動かしては咀嚼する姿に違和感を覚えるなという方が難しい。
そもそも帰ってきた時点でおかしかった。まだ結婚していないとはいえ晴れて正式に付き合っている身としてはお帰りのハグのひとつやふたつ毎回あるものだとアンディは思っていた。だが、今回はそれが無かったどころかアンディが声を掛けても風子は生返事で返し、用意した夕食を見ても「わー、おいしそう」と殆ど片言に近い感想しか述べていない。
「(何かがおかしい)」
いつもと違う点は無いか。アンディが風子を観察してれば、彼女の左薬指に付けられたシロツメクサの指輪を発見した。
「それどうした?」
ビッとアンディの太い人差し指が指し示す場所を目で追った風子は漸く意識を現実世界に引き戻せた。
「え? あ、これ?フィルくんに貰ったんだ」
照れくさく笑っているものの、指に嵌められた指輪を大事そうに触れ撫でる風子にアンディは「ほーう?」と自身の顎先に軽く握った手を添え、更に指輪が嵌められている場所を凝視してからニカリと笑った。
「なんだ結婚式でも挙げたのか」
「え!? なんで分かったの!?」
風子の分かり易すぎる反応にアンディの笑みが益々深くなる。
「おいおい。俺に黙って結婚式挙げるなんざ浮気か?」
「違うっ、違うって! いや違くないけどフィルくんの結婚式”ごっこ”に付き合ったと言いますか……
いつ時かのアンディは自分が先に結婚式を挙げた事は敢えて言わない。顔つきは大分悪人面に磨きがかかっているが口ごもる風子を見詰めるアンディの眼差しはあまりにも優しかった。
「全く俺がいるってのに妬けちまうなあ?」
「あう……
とても言い返せず茹蛸状態になって頭から湯気まで出ている風子にこれ以上意地悪する気はアンディには更々ない。
ゆえに風子にとって大事なものであろうシロツメクサの指輪に特殊加工を施した上に透明なケースに入れ渡し、ずっと持ち続けてもいい許可を出すアンディの懐の広さに風子は最大限の感謝の気持ちを伝えたのだった。






否定能力が無くなり、理とUMA、そして神々が変わらず存在する世界は風子が願ったものであり、古代遺物も一部の機能を無くしたが存在し続けていた。
現にフィルの体は未だに古代遺物”託す者”のままであり、定期的なメンテナンスを変わらず受ける為、都度大っぴらな活動をしなくなった組織のメンバーの誰かがフィルを迎えに来ていた。
そして、今日は風子の番だったらしく校門前でフィルが下校するのを待っていた。ホームルームが終わり窓際近くの席に座っていたフィルは校門前で待っている彼女の姿を見付けるなりクラスメイト全員に。

「あの人、ボクのお嫁さん」

と言いまくったお陰で、フィルと同じクラスの子たちが風子の横を通り過ぎる度に。
「あ。フィルくんのお嫁さんだー」
「フィルくんのお嫁さんばいばーい」
って他意なく言う事態が発生したため、風子の脳内ずっと「!?」状態に陥る事になるも律儀にバイバイする子たちには手を振って返したのだった。
やっと言いふらしていた張本人が来たので風子がフィルに聞けば、先の事を言ったと言うので「今度から迎えに来るとき、ずっと言われるのか~」と風子はまたお嫁さんだという子たちに手を振りつつ遠くを眺めた。
ちょっと呆然としている風子の手を握って校門前に停められている迎えに来ている黒塗りの高級車に向かってフィルが歩き出す。ほんの僅かな距離だろうが風子をエスコートしているフィルは車の扉を開け彼女を先に座らせた。
車に乗った後も窓際に座っているフィルとその隣に座っている風子を見つけたクラスメイトが次々に窓から中を好奇心旺盛に覗き込む。
「フィルくんまた明日ねーばいばーい」
「フィルくんのお嫁さん見たいー」
窓の外にいるクラスメイトに向かって手を振っているフィルの隣でもう恥ずかしくなって顔を両手で覆い隠す風子。そして、更に隣に座っているアンディが実に悪そうな顔で足を組みなおした。
「随分嬉しそうじゃないか」
「これは違うんだってばー!」
即レスする風子の顔は真っ赤に染まり、からかい笑うアンディの横腹をドスドスと小突いたが彼には全く効いてはいなかった。
車が走り始めてクラスメイトの姿が見えなくなったフィルが窓に向けていた体を風子に向けて小さな手で今は指輪を嵌めていない左手を指が絡み合うように握りしめる。
「ボクのお嫁さんだからね」
フィルからの幼くも真っすぐな宣戦布告にアンディの表情が僅かに男の顔になるも、すぐに笑っては風子の逆の手を取って口づけを落としニヤリと笑った。
「多夫一妻の国でも行って挙式あげるか」
「ちょっとアンディ?!」
冗談とも本気とも取れるアンディの声色に風子は顔を赤らめたまま騒ぎ続け、フィルは彼からの申し出に虚空を見遣ったあと「いいかもしれない」と肯定したため風子は益々熱が上がり、アンディはアンディで実に楽し気に笑い続けたのだった。