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豆炭々炬燵
7849文字
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アンデッドアンラック
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【シク風】第十席
風子さんのあの言葉を聞いたシックさんの欠けた横顔に想いを馳せた幻覚妄想の煮凝り。全てがご都合主義。
1
2
3
シックとの激しい戦いで病院自体に多大なる被害が出るも、不幸中の幸いか戦いに巻き込まれた一般人を含め死傷者はゼロ。この奇跡を無駄にはしないと風子たちは奔走した。
そして、無事病院内から全ての人々を避難させた風子は、新たに加わったリップ、ラトラを含めた組織のメンバー全員と共に一旦組織に帰還した。各々聞きたい事、話したい事が山ほどあるのは重々承知している。
実際、帰還後すぐに話し合いの場を設けるんだろうなという問いに風子は「話し合いは後日改めて」と答えた時、ニコを筆頭に今すぐ話せというプレッシャーが痛いくらい彼女に突き刺さった。
そのあまりにも鋭い視線から風子は目を逸らし、襟元から零れている後ろ髪をふんわり持ち上げた。
最終的に一部のメンバー特にニコとイチコから絶対話せよと釘を刺された後、風子は如何にか組織内にある自室前まで戻って来れたのだった。
沈黙していた扉が部屋主の姿を認識するなり、ピピッと鍵を解除した音を鳴らし薄くも頑丈なその身を横にずらした。風子が部屋に入った瞬間、自動照明が点灯し暗がりを押しのける。
「ロック」
部屋を空ける時や入浴時以外、有事の際にはすぐに対応できるよう鍵を滅多に掛けない風子の声が室内に響く。瞬く間に扉がロックされる音を背中で聞きながら、風子は真っすぐベッドに向かい腰を下ろした。意味もなく、されど念のため部屋には自分しかいないのを確認してから風子は微かに首を後方に捻る。
「出てきていいよ」
顰めた声色に宿る色は只ひたすらに柔らかく棘らしいものはない。だが、生憎返事は返って来ず、暫し逡巡したのち風子は自身の襟元に入り切っていないたわみ出ている後ろ髪にそっと手を差し込んだ。目視で確認できないが、手袋越しに探せば目当てのものを指先が掠めた。決して傷つけぬよう指で大きさかたちを確認して、項付近に隠れていたものを目の前にまで持ってきた。
片手でも事足りる大きさを風子は両手のひらで持ち直す。
「シック
…
、だよね」
「だったらなに」
ひび割れてボロボロな姿。病院内で対峙した面影をありありと残しているシックの核は抵抗せず、風子の手のひらにその身を収め続けていた。長い黒髪に隠されていない左目は風子と視線を交えようとしていない。
「ボクに気付いてたのなら、あの場で殺れば良かったのに。それとも誰もいないところで殺りたかった?」
淡々と興味薄に吐き捨てるシックに風子は胸の内に浮かんでいた気持ちを言葉にして彼の上に優しく落とした。
「少なくとも、今もそうだけど私はあなたを倒す気にはなれない」
「──お互い課題だってのに何言ってんだか」
裏表のない風子の言葉にシックは呆れた顔で彼女の顔を見上げた。やっと目が合ったと言わんばかりに表情を緩めた風子だったが、すぐさまハッとした顔になったかと思いきや冷や汗を掻き始めた。
「どうしよう
…
”不運”来ちゃうかも
……
」
まだ髪の毛一本でもシックに触れ続けていれば良かったものの、残念なことに離れてしまった後では如何にもならない。髪に触れたばかりか直接肌にも触れている。いくら好感度が低い相手とはいえ、そこそこ長い接触時間にシックを乗せている風子の両手が小刻みに震えていた。
今から部屋の外に出ようにも間に合うかどうか。一番手っ取り速いのはムーブの力を使う事だが、こんな事でムーブが協力するとは思えない。
「
………
」
そんな一人慌てふためく風子を見上げてシックは思う。
シックは風子が”不運”によってシックを中心に起こる被害を恐れているというより、シック自身が”不運”になること自体を恐れているのだと分かった瞬間、あまりのお人好しさ加減に核中の力が抜けていった。
だが、5分10分経過しようとも”不運”が来る気配は全くなかった。風子は時間差で来る”不運”かと疑ったが、それでもなさそうだ。相変わらず、室内には風子とシックの気配しかなく”不運”が突如やってくる気配は一向に来ない。
それでも、未だに不安と心配が拭えず顔を顰めている風子にシックが隠す気なぞない溜息を吐き、徐々に動けるようになった核の状態で風子の頬にぴとり自身の頬を当てた。
「へ?」
呆気にとられた風子から身を離し再び彼女の手のひらに降りたシックが心底面倒くさそうに口を開く。
「これで”不運”が来るかどうか確認すればいい話でしょ」
「あ、うん」
接触時間も面積も其処まで大きな”不運”を齎すものではない。それは分かっている。だが、彼の行動にやれやれと手のひらに収まっているシックを見下ろしている風子はその大きな目をパチクリさせた。
そして、結局”不運”らしい”不運”は訪れなかった。
念のため手袋を外した手で触ってみるが、やはりシックに”不運”は来ず、ただ久方ぶりな無機物以外の感触に自身の能力を気にせず触れられる感触に一人風子が目を細め口元に弧を描いた。
「キミの”不運”、ボクに対して好感度、時間云々じゃなくてボク自身に効かなくなってんじゃないの」
「
……
そういうパターンもあるんだ」
「いや知らないけど」
むにむにと風子に頬を揉まれるのを甘んじて受けれいていたシックが彼女の手のひらから抜け出し、ふよふよと部屋の奥へと飛んでいく。
「あ、部屋から出ちゃだめだよ」
「出るわけないじゃん。出たらボク殺されるし」
ちょっと探検、と言い残し角を曲がって見えなくなったシックに風子はくすりと笑い、そろそろ自分も休もうとパジャマに着替え始めた。
風子がパジャマに着替え終わったの見計らっていたのか、単純に部屋探索が終了したのか定かではないがシックがベッドがある部屋に戻ってきた。シンプルな長袖長ズボンなパジャマ姿。長い黒髪も襟元に入れず、ベッドの上に黒いその身を寛がせている。
空に漂っているシックを手招きすれば、何も言わず風子の隣にふわり降り立った。
「そういえばUMAって寝るの?」
「ボク達は睡眠を必要としない体だから寝ないね」
「へー」
「だけど休息は取るから、これ伸ばしておいて」
シックは風子に断りを入れる前に早々にベッドの上に広がっている黒い海にその身を埋めた。その姿はさながら素麵の山に埋もれている氷のよう。枕元に移動するため、風子は自分の黒髪ごとシックの体を持ち上げ寝返りを打っても潰さない距離にシックを静かに置き、自身も体を横たえさせた。
目と鼻の先、先刻まで命のやり取りをしていた相手の隣で風子は何の警戒もなく目を閉じ意識を放った。程なくして聞こえる穏やかな寝息に黒髪に埋もれているシックがあり得ないものを見るように顔を歪めさせた。
「(馬鹿なの? 寝込み襲われるとか全然警戒してないわけ?)」
刹那、シックの脳内に何もできない無力な核状態だから、という薄暗い疑問は風子の指先がたまたまシックの核に触れ優しく撫でる動きによって消え去った。
「(大概ボクも馬鹿ってことか
……
)」
重くなってきた瞼に抗わず、シックもまた目を閉じ意識を自身を包み込む柔らかな黒色に溶かした。
無機質で耳障りな電子音が部屋に淡々と響き、シックは意識を黒の海から引き揚げたのと同時に五月蠅い音を発する元を壊した。
「・・・」
右手に持った指揮棒から伸びる黒く歪んだ閃光がサイドテーブルに置かれていた目覚まし時計を貫いている光景にシックは首を傾げ、ワンテンポ遅れてから自身の身の変化に気が付いた。
「体が戻っている
……
?」
上半身を起こして体を隈なく確認する。確かに姿かたちは風子とはじめて対峙した時と同じように元に戻っているが、これは核自体が体の形を形成している。操れる力は多少以前より落ちるが、それでもスキを突かれない限り組織のメンバー全員で掛かって来られても返り討ちにできる程度にはある。
そして──。
「う~ん
……
」
上半身を起こし、伸びをした風子は寝ぼけた眼で空に漂っているシックの核に起きた時にする挨拶を述べた。
「ひとまず私が合図するまで髪の中に隠れてて」
「はいはい」
風子としては円卓の間で核になったシックを連れて返ってきたのを含めて、マスタールームでの出来事を皆に説明するつもりだった。それはもう穏便に、当たり障りなく。
だが、円卓に座るメンバーをぐるりと見てからいざ話そうとした時、風子を見る視線が一斉にざわつきはじめ如何したのと問いかける前に
……
。
椅子の背もたれから発する気配に、風子の頭上から垂れ下がる黒髪のカーテンが彼女の頬を撫で、筋張った男の長い指がむき出しの顎やわく掴み首筋を撫でる感触に風子は顔を上げ、それをする張本人の実に愉快そうな顔を大きな瞳に映した。
「シック!?」
「なんでこいつが此処にいるんだ!?」
「つーか、半分に斬られた筈なのになんで体が戻ってんだよー!?」
一気に警戒され戦闘態勢に入る病院内で戦った面々にシックの顔が厭らしく歪む。それが正しい反応だと言わんばかりに。だが、椅子の背もたれ越しに抱き込んでいる相手はそうはいかなかった。
「傷治ったんだ、良かった」
人体の弱点でもある首元を押さえられていても尚、屈託のない顔で風子が笑うものだからシックの顔から表情が消えた。何やら二人の間に漂う空気の違和感に薄々気付き始めた一部のメンバーが訝し気な視線を送り出すが、ジーナが震えた人差し指で風子を指し放った一言に違う意味で皆身構え始めた。
「風子ちゃんに直に触ってる
……
」
だが、風子の実に危機感の無い一言にジーナをはじめとしたメンバーの顔が一気に信じられないものを見るかのようなものになった。
「あ、シックには私の”不運”効かないんだって」
言いたい事も聞きたい事も山ほどある、というより追加で出来てしまった事にニコは目頭を揉み、他のものは盛大な溜息の合唱が繰り広げられた。
「
……
随分、賑やかなんだねココ」
「うん、皆私にとって最高の仲間だよ」
「ふーん」
シックの脳裏に過るマスタールームの光景とは大分違う、第一席だろうとも自分の意見を忌憚なく言い、不満をぶつけてはしょうがないと笑う者も含め、寂しさを覚えた。
自分は誰からも求められていない期待もされていない。だが、この円卓の間ではどの者にもそれが一切ない。皆が皆を必要とする光景がシックの気持ちを暗く沈めさせる。
「(嗚呼、羨ましいねホント)」
でも、何処か期待をしてこの場に来たのだとシックは一度目を閉じ、そして、開けた。
「ボクが知っている事、話してあげるよ。ボクらがしていた課題内容、キミ達がこれから倒す相手の事も全部ね」
今日一のどよめきが円卓の間に充満する中、風子だけは柔らかな笑みをシックに向け続けていた。
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