【カミ東】首を垂れる向日葵

かなり幻覚妄想強めなやつです。🍮さんよわよわになってますご注意ください。





慣れた手付きで鍵を開け、玄関扉と鍵を後ろ手で閉め、草履を揃えず脱ぎ裸足で廊下を歩いていく。
向かう先は窓際の畳の部屋。明かりを点けず端に寄せられ畳まれた布団の上に左肩から倒れ込んだ。柔らかな布団に沈む体。横向きに倒れていた体を丸め膝を抱え込む。
眇めた目で見詰める無機質な壁。其処にぼんやり浮かぶ涙を流す東雲の姿にカミキリは小さく呟いた。
「僕ダケ、僕ニだけ
膝を抱え込んでいた手を壁に映る東雲の幻影に伸ばし、彼女の頭をそっと撫でれば触れていない掌に夜明け前色の髪の感触が蘇る。
「もっと僕ヲ頼ればイイのに」
煙の如く消えつつある感触を逃がさぬよう掴み引き寄せた。すっかり消えてしまった感触を惜しみカミキリは瞼を閉じ、其の瞼裏にまた東雲の姿を映し出す。

人間がまだ自分を崇め奉り、祈りを捧げ、願いを告げていた頃に往々にして見た──、弱り果てなにものでも縋り付きたいと痛ましいまでの悲しみに暮れ、絶望に心喰われる寸前の顔を、同じく東雲に見た。

だが、とても短い瞬く間のこと。されど、その姿はカミキリの瞼裏に頭蓋の奥に張り付いて離れない。
救いを求め伸ばされた手を掴み救い上げる事は神の所業であるが、誰も彼も掴み救い上げる事はしない。邪な感情を抱かず、痛ましいまでに純粋な願いであれば手を掴むが、それでも全てではない。神であろうとも掴める数には限りがある。
そして、神は自分が気に入りの相手には固執する気質がある。平等に掴んでいた神の手が、たった一人の人間にだけ差し伸べられ──、引っ込んでしまった手を掴むべく逆に手を伸ばし引っ張り上げ、自身の手元に置き離そうとしない。

……大家さン」
カミキリの口から漏れる宵闇の吐息は夕焼け色を飲み込み部屋から明かりを消していった。
明かりが消えた部屋、その中で一際暗く煌めくカミキリの瞳が瞼裏から姿を現す。透明度の高い水底か冷たく澄んだ夜空を一掬いしたかのような神秘的な大きな瞳が壁から天井へと動き、404号室がある方向へと手を伸ばした。虚空を掠め握る様はまるで見えぬ手を掴み離さぬよう。
「僕、ずっと此処にイルから」
恭しく取引寄せる幻の手をカミキリは自身のもとに優しく引き寄せ抱き締めたのだった。