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豆炭々炬燵
5363文字
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訳アリ心霊マンション
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【カミ東】首を垂れる向日葵
かなり幻覚妄想強めなやつです。🍮さんよわよわになってますご注意ください。
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4
耳を塞いでも聞こえてしまう蝉の大合唱。無遠慮に部屋の中にまで入り込む五月蠅い鳴き声が東雲の鼓膜を震わす事は無かった。
東雲は全神経を自分のベッド上で苦悶の表情を浮かべ魘され続けているツヅミに向ける。恐ろしいまでの静寂な世界の中、東雲の耳にはツヅミが発す息苦しい呼吸音しか届かず、僅かな違いを見逃さんと目を凝らす。時折ツヅミが寝返りを打ち、彼女の額に乗せた濡れタオルがズレれば東雲はすぐさま乗せなおした。
触れた箇所から伝わる温くなった濡れタオルに東雲はツヅミの額に手を乗せ顔を歪ませた。大凡人の体温とは思えない熱さから歯を食いしばり、悪寒から体を震わせ縮こませているツヅミを見遣った後、エアコンのリモコンを手に取った。
「大家、それはやり過ギ」
東雲の考えはお見通しだと云わんばかりに、盥に新しい氷水を入れ、替えの氷嚢を持ってきた有希が窘める。
大方冷房を暖房にしようとしていたのだろう。そう有希に問われた東雲は無言を貫き、リモコンから手を離した。
有希に手伝ってもらいながら氷嚢を替え、東雲がぬるくなった濡れタオルを氷水に浸し絞る。随分とくり返しやっている所為か、東雲の手は身を切るほどの冷たさを感じなくなっていた。
汗が出ないほどの高熱に魘されているツヅミの額に濡れタオルを乗せなおしたのと同時に玄関扉が開く音と気配に東雲が視線を部屋の入り口を見遣る。程なくして現れたカミキリが無言のまま東雲の左隣に腰を下ろし正座した。
視線をベッドに寝ているツヅミに戻し東雲が抑揚のない声で話しかける。
「何かあった」
「何もナカッタよ」
カミキリもまた隣に座る東雲を見ず、ベッドで寝ているツヅミを見ながらこたえた。
「
……
そ」
どんな事を言われようとも東雲が返す言葉はとっくに決まっており、カミキリはそれすらも分かっていた上でスズが言っていた事を詳しく伝えやしなかった。
東雲とカミキリの静かなる会話はツヅミの頭上付近で浮かび続け、苦しそうに目を瞑る彼女を見下ろしては切れ目なく汗ばんだ黒髪を撫で続ける有希の耳には届いていない。細く長い指先に宿る労わりの念、そして、気遣わしげに伏せられ見詰める有希の瞳から滲む尊大ながらも早く治れと云う直向きな想いは二人の目にもありありと映った。
掻いた胡坐の上。固く握りしめ過ぎた指先は血の気を失い、爪が掌に食い込み鈍い痛みが産まれようとも東雲は力を緩められずにいた。目の前に横たわるツヅミを見る度、不甲斐なさと悔しさ、烈しい怒りで拳が震え、真一文字に閉じた口端から零れ落ちそうになる”たられば”を必死に噛み殺す。
そんな東雲を隣に座るカミキリは横目で見遣り、スッと目を細めたあと自身の左手を固く握り震えている東雲の右拳を包み込むように被せた。
「管理人サん、きっと良クなる。信じヨう」
変わらず拳を握る力が弱まる事は無かったが、震えが止まった東雲は小さく頷き視線を僅かばかり下へ落とした。
──霊障に寄る体調悪化はその者自身の体力気力に左右される為、たとえ病院に駆け込んだところで治療の手立てがなく追い返されるだけ
そう告げた際に見た東雲の今にも泣きだしそうな顔がカミキリの脳内でフラッシュバックする。
東雲の心から聞こえる慟哭に似た懇願。其れは烈しい炎とも、澱み濁る泥とも、止まない雨とも想える色味を称え、次々に塗り替え塗り潰され最後には小さな灯火となって揺らめいた。
ツヅミの邪気を全て吸い終えたカミキリの鼓膜奥に入り込む、喉奥から絞り出した東雲の声色から滲む暗い嘆き。それを聞こえなかったフリをしたカミキリはベッドの前に正座し、東雲もまた力なく彼の隣に腰を下ろしたのだった。
朝、昼途切れずツヅミの看病をし続け、窓から夕陽が差し込み部屋の中を染めあげる頃。
もう何十回目かも分からない濡れタオルを氷水に浸け絞り、ツヅミの額の上に乗せる作業をしていた東雲の手が止まる。
「う、う~ん
……
」
睫毛が小刻みに震え、ゆるゆると上げられた瞼から赤色の目が覗く。未だ弱々しい。されど、朦朧としているが、意識が宿っているツヅミの瞳は自分を見下ろす東雲のあまり見ない顔付をはっきり映していた。
「しののめ、さん
…
?」
「ツヅミ!痛いところないか?!何処か変とか、嫌な感じするとか!?の前に熱!!」
ボーっとする頭で東雲に捲し立てられ碌に返事できないツヅミの脇の下に体温計が差し込まれる。暫くして鳴る電子音を合図に体温計を抜き出し表示された数字に東雲は安堵から大きく息を吐いた。
「何度?」
覗き込む有希に東雲は持っていた体温計に表示された数字を見やすいよう傾け、カミキリもまた体温計を覗き込むように身を乗り出した。
「37.2℃
…
とりあえず熱下がったーよかったー」
まだ微熱ではあるが、汗も出てきて意識もはっきりしてきたツヅミに緊張しっぱなしだった三人から力が抜けていく。
はじめこそ目の前の光景に小首を傾げ。そして、疲れ切っているものの口々に良かった良かったと言う東雲たちにツヅミは徐々に自分の身に起きた事を時間差で理解するのだった。
ツヅミが動き辛い体を起こせば、一番近くにいた有希があわあわと彼女を支えるべく手を伸ばす。
「すみません
…
、皆さんに迷惑をかけうわっ」
「迷惑なんかこれっぽちもねぇって。それよか、何か食べれそう?」
しょんぼりする暇もなく頭を控えめにだが、わっしわし撫で笑いかける東雲にツヅミもにへりと笑い返した。
「食欲はあんまり」
自分の額に乗っていた濡れタオルを見下ろしながら呟くツヅミに東雲は鼻で息を吐きながら腰を上げた。
「じゃ、食欲無くても食べれそうなやつ
…
、ゼリーとか桃缶とか」
「あ、良かった。東雲さん台所に立たないんですね」
「・・・ッスー」
恐らく熱云々ではなく素で言うツヅミに一瞬東雲は言い返しそうになるが、グッと留飲を下げキッチンに向かうべく歩を進めるが、ふと思い出し振り返った。たった短いキッチンに行く間、それでも心配は尽きない。
ツヅミを後ろから抱き込む形でくっ付き頭を撫でこ撫でこしている有希にしっかり彼女を見ておいてくれ。そう東雲が言えば有希はツヅミに抱き着いたままサムズアップしたので、安心してキッチンに向かう矢先──。
「管理人さン、平気そうだかラ僕も帰るネ」
「じゃあ、玄関まで送るわ」
カミキリも腰を上げたので東雲は彼を見送るべく一緒に玄関へと向かった。
玄関扉を開ければ夕焼けに染め上げられている空が東雲の目に入り、間髪入れず肌に纏わりつく生温かい空気と静かになりつつある蝉の鳴き声がやたらはっきりと感じた。玄関扉を押さえながら感じる全ての感覚が何処か懐かしく思える東雲の横をカミキリが通り過ぎ、廊下に出るなり向かい合った。
「カミキリさん今日もツヅミの傍にいてくれてありがと。すっげー心強かった」
「ううん、僕何もシテないよ」
頭を振るうカミキリに東雲は感謝の気持ちを込めた言葉を紡ぐ、
「そんな事ないって。ツヅミが倒れた時だってカミキリさんが来てくれなかったら──」
「大家サん」
「何処か痛いノ?」
「
……
?」
筈だった。
カミキリが人差し指で目元を指差すので、東雲は自分の目元を触れれば指先に湿った感覚が伝わる。
漸く其処で東雲は自分が知らず涙を流しているのに気が付いた。赤い世界に佇むカミキリの姿がぼやけ揺れ動き、ハラハラ零れ落ちる涙が頬を伝い顎先から落ち足元に丸い跡を残していく。
「あっれ
…
、っかしいな
…
、なんで涙なんか
……
」
何故涙を流しているのか分からない東雲は玄関扉を押さえていない方の腕で目元を乱雑に拭う。だが、一回では拭いきれず、数回拭う様をカミキリは何も言わず見続けた。
やっとこさ何回目かで涙が流れなくなるも、腕で拭い去った目は赤く潤み、擦れた涙跡が薄っすらと残った顔で東雲はバツが悪そうに笑う。
「年甲斐にもなく情けないところを見せてしまった」
「そんなコトない」
「だけど、私が泣いてたってのはツヅミと有希には秘密で頼むよ」
もっとも東雲自身カミキリがその事を言いふらすような相手ではない事は分かっているので、今の出来事を極力重く受け止めないようお茶らけて言えば「分かっタ」とカミキリは自身の口元に人差し指を当て言うので東雲は笑みを深めた。が、やにわカミキリが両手を広げる姿に東雲は頭の上に疑問符を浮かべた。
「ン」
「いや、”ン”って」
「ンッ、ンンッ」
梃子でも動かぬ強い意志をカミキリから十二分に伝わってくる。
東雲は気恥ずかしさから頬を人差し指で掻き、目を伏せたあと半ば開き直るかたちでカミキリが恐らく所望しているであろう事を実行に移した。玄関扉を押さえていた手を離し、扉が閉まったのを確認してから東雲が小さな腕の中に身を寄せ、自身もカミキリの背に腕を回す。
如何やら東雲の起こした行動は間違っていなかったらしく、伸ばされいたカミキリの腕が彼女を包み込むように閉じられ、慈しみが込められた手で東雲の頭を撫で始めた。
よしよしと頭を撫でられるのは如何にも恥ずかしい。傍から見れば子供に慰めてもらっている大人の図なため益々恥ずかしさで顔が熱くなり、何より居たたまれない気持ちでいっぱいになる。
その後、数分間カミキリが満足するまで東雲は込み上がり続ける羞恥と戦い続けた。
「にしても、人前で泣くのはじめてで自分も吃驚したわー」
諸々吹っ切れて自虐を含む明るく笑い飛ばす東雲にカミキリは純粋な疑問を投げかける。
「僕がハジメテ?」
その疑問に東雲は虚空を見やり、記憶の引き出しをひとつずつ引っ張り開けるがやはり辿り着く答えは同じだった。
「そうだなあ。カミキリさんだけだねェ
…
。カミキリさんの前でしか泣いてない。あ、改めて口に出したら恥ずかしくなってきた。忘れて忘れて」
折角落ち着いてきたと云うのに再び恥かしさから火照る顔を冷ますように東雲が手で仰ぐが、カミキリは其れに対して何も言わず頷きもせず、ただただ微笑んだ。
その後、カミキリを見送った東雲は玄関を閉めながら一先ずキッチンを漁る前に顔を洗うかと洗面所に向かった。
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