【東←モブガキ】カブトムシ味の夏

モブガキ(2種類)が🍮さんと一緒にカブトムシ取りするお話。夢小説っぽさがありますご注意。


【オバケver.】
夜、聞こえていた虫の声が聞こえなくなる。朝が、来た。蝉が目を覚まし歌い始める。山中に響く音に紛れ、違う音が聞こえる。枯葉を踏み、土の上を歩く、音。
差し込む木漏れ日の間を縫って、現れた朝と夜が入り混じる色。

「よ、カブトムシ一緒に捕りに行こうや」

あなたは、誰?知ってる人?自分は、誰?分からない。
黒い霧の体はその形を、保つのが難しい。小さく蠢いていたら、なんの躊躇いもなく差し伸ばされた手の上に乗せられた。

「で、罠どこだっけか」

。ぼやけた意識の中、細い糸を手繰り寄せた先に見えた記憶の扉を叩いた。

『アッチ』
「よっしゃ」

カブトムシがたくさん、捕まえられるやつ。何故か知らない間に、木々に付けられた、甘くて酸っぱい匂いがする、やつ。それの場所なら、知ってる。たくさんたくさん。
枯葉を踏み、土の上を歩く、音。すぐ近くから聞こえる、声は頭の中にはいるけど、意味が分からない。
だけど、黒い霧の体の奥がドキドキするのは分かる。乗せられた手の感触が、とても心地よいのも分かる。

「まず一個目って、ありゃー?カブトムシ掛かってないな」

見上げた先にはカブトムシが、一匹もいない。おかしい、昨日はたくさん掛かっていたのに。昨日?昨日ってなに?分からない。分からない。

「あ!上のとこにいんじゃん!」

罠の上の方、虫取り網を振るっても届かない場所に一匹、カブトムシがいた。

「おい!肩車してやっから網で捕れ!」

人が黒い霧の体を肩に乗せる。だけど、虫取り網が持てなかった。すり抜け落ちる虫取り網を見て、また記憶の扉が叩かれる。あの時は、……あの時ってなに。
よく分からない記憶の扉を叩くより、もっといい方法ある、できる。

「お前でかくなれんのか」
『でかくなれた』

人の肩から降りた黒い霧の体が人を見下ろすくらい大きく高く伸びた。これなら届く。黒い霧の手を伸ばして、カブトムシの角を掴んだ。
下にいる人がはしゃぐ、それを見てから角を掴んだ手を引っ張った。
カブトムシの頭だけが手に残り、カブトムシの体は気にくっ付いたままだった。

「あー、角掴みやすいけど捕るの難しいもんな」

心なしか人が、がっかりしているように見える。でも、その声は悲しそうなのにあったかかった。不思議。
カブトムシの頭を持ったまま、上を見た。まだいる。今度は角じゃなくカブトムシの体ごと掴んだ。
ぐしゃり。紙風船を潰した時みたいにカブトムシの体が潰れてしまった。紙風船?紙風船ってなに?

「力調整するっての大変な時あるからしゃーないしゃーない」
『たいへん?』

カブトムシの頭と、潰れたカブトムシの体を持って体を小さくした。
手の中にいるふたつのカブトムシ。じーっと見つめてから、黒い霧の体の口に頬張った。ざりざり、ざくざく。

「おー、カブトムシ美味い?」
『おいしくない』
「じゃ、今度から食べない方がいいな。腹、壊さないとは限らないしな」
『たべない』

これよりもっと美味しいのを食べた、気がする。なんだったけ、なんだろっけ。思い出せないな。

「今日あんまり捕れなかった……

人の虫かごの中、カブトムシ一匹もいない。捕れなかった、罠、見たけど、全然いなかった。
倒れた木の上、二人で座って、黒い霧の体が形を、変えた。

『日が暮れる、帰らないと』
「それもそうだな」
『危ないから、早く帰って』
「あんたは何処か帰るところあんの」

……帰って』

倒れた木の上、自分ではない、でも自分の声が、記憶が、扉を開けては閉めてをくり返す。
俺を見る変な人──、薫さんの伏せられた目に黒い霧の心が切なく震える。
どうせ消える体、どうせもう形を保てない体。
だから、最後の願い、最後にしたかったこと、する。
霧散しかけている黒い手で相手の手を握る。握り返してくれた手の強さが嬉しくて堪らなくて、俺は教えてもらった名前を呼びながら意識を黄昏の空に溶けこませた。