【夜廻】はなれられない理由

『   』の力衰えど『 』には違いあるまい。
よまわりさんとオオムカデさまガチギレるの巻。

 少し前に欠けてしまった左目。ずっとずっと暗い夜のまま、もう明るい朝日を見ることも叶わない。

 しゃがみ込みポロのお墓の前に赤い花をお供え手を合わせ目を瞑る。心の中で今日あったことや、明日も来るからと語り掛けた。木々のざわめきに紛れ頭の隅で聞こえた懐かしい鳴き声が静かな夜にしみ込んでいく。
やおら目を開ける。無機質な懐中電灯に照らされるお墓と赤い花。頭の隅で聞こえていた懐かしい鳴き声はいつしか聞こえなくなっていた。
 途端、欠けた左目からじわり広がる暗く湿った夜の色。左目からだけじゃなくて周囲を覆うように包むように広がる気配に思わず身構えれば、背中から楽しそうな笑い声が聞こえた。
 子供や大人、男の人も女の人も混ぜこぜの、真夜中の暗闇へ引きずり込もうとする不気味な笑い声。大きく鳴っている心臓の音すら塗りつぶしかき消してしまう。ただの枝葉が風に吹かれ聞こえる音ざわめきでさえ不気味な笑い声の一部となり体中に響く。
 濃くなっていく暗闇を抑えたくて、両手で眼帯越しに左目を押さえた。止まれ止まれと震え掠れた声で呟くも、その行為を嘲笑うように左目から滲み出る真っ暗な夜たちが纏わり誘う。
 いやだいやだと、頭を振るう動きに合わせ赤いリボンが揺れる。持っていた懐中電灯はとっくに地面に転がっており、膝をつき蹲ることをも照らし続けている。その小さな体を更に丸めた背中には薄っすらと大きな二つの手が蹲る少女を包み込もうとしていた。

がさっ

草木が揺れる音を立てたと同時に距離を詰め現れた黒い影がこともの後ろに浮かび上がっていた大きな両手を黒い触手で勢いよく払いのけた。
 浮かび上がっていた両手は払いのけられたことで霧散し、こともの周囲で聞こえていた不気味な笑い声がピタリと止んだ。蹲っていた体を起こせば真一文字に黒い線を描かれた丸く白い仮面と目が合った。
 無言で佇むよまわりさんにこともは小さくもはっきり聞こえる声でお礼を言った。すると、黒い触手たちがこともの身を案じるかのように頭を撫でたり、手を握るように巻き付いたり、頬をツンツンと突き始め終いにはウサギのリュックの中身を漁って──これが原因!元凶!と云わんばかりにかわいためんたまを器用に掴みブンブンと振るう。
 こともが「あ!」と声を上げた。
 それは北にある長い石階段を上った先にある、姉が攫われてしまった神社の前で拾ったものだった。家にある綿を敷き詰めた木の箱に入れ、机の中の一番奥の引き出しにいつもしまっているのに何故か気付くとウサギのリュックの中に紛れ込んでいた。丸くて艶々の丸い目玉。乾いてるけど、生きてるみたいにこっちを
睨んでる目玉。
 明らかに苛立っているよまわりさんからやや乱暴に渡された目玉を改めてリュックにしまい「今度はちゃんと置いてくるから」と約束した。
 でも、きっとまた知らずリュックの中に入ってるんだろうなあ、とこともは独りごちる。
 大きな袋をずるずる引き摺って歩くよまわりさんの後ろに付いて歩くこともの左手にはよまわりさんの黒い触手が一本巻き付いている。
 林の奥にあるポロのお墓からまちに出るまでの間、怖いなにか達が出てくることは一切なかった。右手で持っている懐中電灯の電源はオフに。もし、照らしてしまったらよまわりさんが眩しがってしまうからだ。
一回他意なく照らしてしまったことがあり、その時は露骨に眩しがっていた。
 明滅をくり返す電灯下の暗がりから疎ましいような寂しいようなブツブツと囁く声たちを全く意に介さず、まちの中を歩くよまわりさんの背中をこともが袋越しから眺めていると、左手に巻かれていた黒い触手がしゅるりと解かれた。
 廃工場ではない、こともの自宅まで送り届けたよまわりさんは振り返りこともを見つめながら夜の闇に溶けて行った。もう姿が見えない夜の王さまにお辞儀をしてからこともは玄関の戸を開けた。